「高坂京介は落ち着かない」03


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「ふあぁ~……ぁふ」


 ついつい大欠伸を洩らしてしまうのも仕方ないやな。
 ほんの数時間前、親父に付き合って二年参りに行ったばかりだ。
 あの外見に違わず家長として家内安全無病息災の験担ぎを大事にする人であり、今年はおそらく俺や桐乃が無事に受験に臨めるようにという祈願もあったのだろう。
 特に誘いがあった訳ではないんだが、同行することにした。


 結果、元日で普段より大分朝が遅いってのに、やたらと欠伸が出てしまう。なんだかな……
 家族全員の失笑を買いつつ、餅と雑煮を食べ、こうして二度めの初詣?に出掛ける俺だった。


 というのは、正月早々赤城からメールが届き新年の挨拶がてら初顔合わせという趣きらしい。
 麻奈実も誘ってくれと頼まれ電話してみたはいいものの、今年は和菓子屋のがいつになく好調で今日は時間を取れないと言う。
 後で改めて俺の方から挨拶に行くべきか……
 ほんの少しばかり残念さを覚えながら指定の待ち合わせ場所へ歩を進める。


「よう高坂、あけましておめでとう!」
「あー、おめでとう。今年もよろしくな」


 知れた仲ならではの簡潔な挨拶を済ませると、赤城が続けてきた。


「気のせいか今日は張りが無くね? 風邪とか、それとも朝の冷えが腕に響いてるとか?」


 こいつに心配されちゃ世話ぁない、寝不足のいきさつを白状する。


「そういう赤城は随分ハツラツとしてるようじゃないか。
 まさか、俺と会うのが楽しみで…とかいう気色悪いオチは聞かんぞ」


 不意に瀬菜的な発想が浮かび、悪質な冗談を否定するべく口走ってしまう。


「いやいや瀬菜ちゃんじゃあるまいし。高坂、お前こそ大分染まったな」


 どうやら自爆のようだ。不覚……
 その瀬菜はこれから友達と合流して初詣に来るらしい。
 よもや友達とやら腐ったメンバーなのではと疑念に捕らわれるが、敢えて言葉にはすまい。
 赤城は先発隊として焚き上げや破魔矢の買いつけを任されたそうで。
 シスコン大王たるこいつにしてみれば、そんな頼まれごとさえ嬉しいのだろう。


「そういやぁ、田村さんは一緒じゃないのか? 妹さんも?」


 当然のごとく赤城が訊ねてきたので、二人の不参加の事情を伝える。
 麻奈実のは斯々然々。
 桐乃は、何か思う所があったのか、今朝になってお袋にお節の作り方を習うんだと言い出した。
 お袋のお節料理は本人いわく「大半が適度に手を抜いてる」割には美味いもので、どうやらそこらへんに触発されたように思われる。


「初詣自体は、振袖着ていくの楽しみにしてるし、何だかんだで俺は今日明日中にもういっぺんここに来るんだろうよ」


 そう苦笑をしてみると、奴はしたり顔で、


「高坂、お前のシスコンぶりも変わらないな。仲睦まじいようで何よりだ」


 などと勝手に納得しやがる。
 違うから。赤城兄妹同様の仲じゃなく、俺のは単に妹の我が侭に付き合わされるだけで……
 そう返すところの筈が何故か思い止まっちまった。去年なら言い切ってただろうに。


 近頃の俺と桐乃はというと――
 なんとも落ち着かない思いに耽るうち、懐の携帯が着信を告げる。
 ディスプレイには加奈子の名が表示されていた。
 出来すぎだろうこのタイミングは。




「京介ー、こっちこっちー」


 年が明けてもチンチクリンな加奈子が人混みの向こうで力強く手を振るのが辛うじて見えた。
 まあ、年越ししたからってグンと背が伸びてたら怖いな。明晰夢を疑うこと間違いない。
 赤城にも協力してもらい、ちょっとしたラッセルで掻き分け掻き分け距離を詰める。


「あけおめ~。初詣に来たからよ、折角なら一緒にと思って桐乃に電話したら丁度出たところだって」


 なるほど、そゆことね。
 聞けば事務所の仲間との初詣を済ませたところとか。
 用事があってあやせやブリジットは先に別れたそうで、特にブリジットは加奈子と離れるのを渋って今しがたまで相当ゴネてたらしい。


「そりゃあ、ありありと想像つくわ。俺も機会があえば年賀の挨拶はしたいし。
 あやせたんとは……桐乃が連絡とった時にでも会えるか」
「『たん』とかマジきめぇ。自重しろ自重。
 ンだよ、加奈子じゃご不満ー?」


 会ったばかりで早くもむくれてしまった加奈子の機嫌を直すべく、習慣的にどう宥めるかの手立てを思案していると、


「あのさ、そろそろ俺にもこちらのおちびちゃんを紹介してくれ。高坂んちの親戚の子だったり?」


 赤城が待ちかねたように話しかけてくる。
 いかん赤城、いま口にしたのは禁句「ぐはっ!?」


「誰がチビだっつーのっ……ざけんな」


 これでも気にしてんのに、とか呟く加奈子の気持ちはわからなくもないが。
 普通に疑問を聞いただけでトーキックを見舞われ悶絶する悪友には同情を禁じ得ない。南無三。


「お前、俺の連れ相手に、それ抜きにしても初対面なのに手が早すぎだろう……」
「初対面で無礼なのはソイツじゃん、手は出してないし」


 見苦しく言い訳する加奈子。
 駄目だこのガキ、たまにはお灸を据えてやらんと。


「痛ッ、痛いって! 離せバカ! 卑怯もん!!」


 ぎゃあぎゃあ喚く加奈子の髪を引っ張り、一方で暴れる手足に倒されないよう身をかわす。
 髪を掴んだまま下手にバランスを崩すと危ないもんな。
 ジタバタと足掻き疲れた加奈子がようやく観念したころ、こちらも手を離し解放する。


「お………女の……髪は……命って……知んないワケ……」


 フゥフゥと威嚇する猫のような息を漏らし、目の端に涙を浮かべて睨み付けてくる。
 ちとやり過ぎたか、と内心では反省しつつ、


「なーにが女の命だ。あの程度の悪意ない一声で癇癪おこすお子様は、相応の罰受けて当然だ」


 ここで怯んじゃいかん。
 たとえコイツが俺に求めるものと違ったとしても、憎まれ役を果たしてやらないと。
 自分に懐いてくれる子に辛辣な言葉を投げ掛けるのは正直かなり抵抗ある。心が痛むよ、だが……


「そんな恨めしそうな目で睨んでも俺からは折れないぜ。
 憎らしく思われようが、嫌われようが、子供の間違いを諌めてやるのが年長者の務めだかんな」


 俺たちの間の緊張した空気に耐えかね、赤城が仲裁の言葉を探す素振りを見せたとき、


「……わかった」


 苦りきった顔で加奈子は言い、続けて赤城にゴメンと謝った。
 しおらしい様子にほだされたのか、赤城のやつ「泣かすほど怒るこたぁない」と責めやがる。
 うるせ。俺だって泣きたい気分ですよ?


 凹みかけていると、加奈子が不服げを隠さず言い募ってくる。


「でもやっぱ糞マネ、京介は卑怯もんだ。あんなの、ねーよ」


 髪のことだろうか。力加減はしたつもりだったけど。
 あの対応を悔やむまいにしろ、肉親でもない俺がこいつを傷つけてまで説教する筋合いは無い。


「髪、痛むか……力ずくってのが大人気なかったのは悪いが」
「違うって」


 途中で俺を遮り、


「あんたが加奈子のこと本気で叱ってんのに、嫌えるワケないし。
 だからああいうのは、卑怯なんだって」


 苦心の選択はきちんと受け止めてもらえたようだ。
 根は素直なやつでよかった。


「あんたのお節介も大概だよね。マネージャーの時もそうだったけど、こういう風にガチで向き合ってくれる奴のがアタシには必要なのかな……」


 場に似つかわしくない真っ直ぐな視線を寄越す加奈子。
 俺は思わず胸に迫るものを感じて、うまく言葉にできない。


 それは数秒か数分だったか、赤城がまたも耐えかねて「お前ら俺のこと忘れないで」と横槍を入れるまで二人はただ向き合っていた。


 一悶着が収まり、改めて赤城に加奈子の紹介などしていると
 ややあって今度は赤城の携帯に着信があった。
 案の定その連絡は瀬菜からで、すぐこちらへ向かえなくなったので合流場所を変更したいとの旨


 赤城のやつは「急で悪いな」と挨拶もそこそこに手荷物を抱えて、混んでない出口を探す。


「自慢の妹によろしくな。また何かあればメールする」


 投げかけた言葉に軽く手を挙げて参拝客の間を縫うように去っていく後ろ姿を見送った。
 呼びつけをくらったにもかかわらずやけに楽しげな様子が、理解に苦しむところだ。


「見ての通り、妹煩悩っぷりが少々イタイが、基本清々しくていいやつさ」
 そう言って我が悪友の加奈子への紹介を締め括ろうとするや、


「それをあんたが言う? 兄馬鹿っぷりは似たり寄ったりなんじゃねーの?」
 などと宣う。ハハハこやつめ。
 事実無根を訴えたい。何を根拠に…


「だってよぉ。桐乃から聞いた感じだと京介こそ
  妹が好きで仕方ない、妹の頼みは何だかんだ言っても聞く、妹と離れると寂しがる、なんだろ?」


 ……あ、あんにゃろう。


 そう言われてしまえば、シスコンを自認しつつある俺としては否定できるわけがないんだが
 そこらへんの事情を知らない友達に吹聴して回るこたーないんじゃないか。
 桐乃のやつは何のつもりで兄の恥態を晒したりすんのかしら…
 妹様の動機と、俺の社会的信用の失墜とに頭を悩ませていると


「まー、つい話して聞かせたくなる気持ちはわかんなくもないけどね」


 ほど近くのお焚き上げの方向から舞い上がった灰が飛来した。あと、あたりめの匂いも。
 風に乗って届いたそれらを意識の片隅にとらえて問う。


「わからなくもない、というと?」


「どんだけ自覚してたかは知んないよ。たぶん桐乃は自慢したかったんでしょ。
  自分のこと凄い気にかけて、愛してくれてる兄貴をさ」


 愛して、って……。
 突然耳に滑り込んだ衝撃的な響きに思わず絶句する。


「『聞いてよバカ兄貴ったらさぁ』とか言ってあんたの話する桐乃ってば、
  さっきの、赤城ってったっけ?あんたのダチと同じよ~な顔してたし。
  カレシをノロケるバカップルの片割れかって、正直ウザく思うこともあったりした」


 妹の周りでの俺の評は既に赤城に引けを取らないレベルのシスコンです
 本当にありがとうございました……残念ッ!


「え~と、とにかく。京介が思うほど、あんたのソレは恥ずかしがるばかりじゃないってコト」


 そういうものかね。
 他でもない当の桐乃に恥ずべきシスコンというからかいを受けすぎたせいか
 どうも俺は妹相手にあるべき距離を保てない、兄妹離れから遠い関係に落ち着かなさを覚えるんだが


「アタシからしたら、あの日『糞マネ』が」
 ふと語りを止めて加奈子はほんの小さな笑いを挟む。


「さんざん話に聞いた桐乃の兄貴だったってわかって、すげー納得っていうか……
  あぁ、そういう事なら桐乃がお馬鹿になるのも頷けたっていうか」


 お、馬鹿とか言っちゃったよこいつ? 人の妹を、よくまぁ。
 それを言ったらお前も大したお馬鹿だろうに、と喉まで出かかった台詞を飲み込む。
 言えば俺も含めて愚にもつかない馬鹿ばかりという実態が哀しくなりそうでな


「別にあんたみたいな兄貴がほしいってんじゃないのね。
  ただ近頃は桐乃のこと羨ましく感じたりもしたから…
  アタシもいつの間にかお馬鹿になっちゃったかーって、思う」
 桐乃とおんなじに。
 そう付け加えて、加奈子は一息ついた。


「京介はどう思う、こんな話聞いてさ。
 我が侭で世話のかかる妹分が二人になって面倒が増えるとか。当たり?」


 こいつにしては珍しい婉曲的な物言いをする。
 そうだな、面倒が増えるに違いない予感はある。


「うーむ……あたり、めでも焼きに行かないか」



 それから俺たちは、炙ったあたりめをどう食い進めるのがうまいか意見を戦わせたり、
 餅つきに参加して甘酒を振る舞われたり、
 参道から外れた入口辺りの屋台を冷やかしたりする。
 二人とも文字通りの意味での初詣は済ませているとはいえ、
 こういった楽しみを味わえるのは正月ならではと実感された。


「さて、帰る前に形だけでもまた拝みに行っとくか?」
 何の気なしに訊ねてみたところ、頓狂なものを見たような顔を向けられる。


「なに言ってんの。そんな次々願い事したらご利益減っちゃうじゃん」


 ご利益ねぇ。
 神仏に何かを叶えてほしいと切に祈願してるでもない俺としては、
 こいつが神頼みを当てにするタイプだというのが新鮮に思える。
 いや、神頼みに限らず、大抵の女子はこういう願いをかける類いに思い入れる傾向あんのか。
「それもそうだ、やめとこう」と無難に返事して神社めぐりは切り上げとなった。



 加奈子が桐乃にも会っておきたいと言い、例によって家へ寄ることに。
 コンパスの違いがあるのでやや遅めに歩く。
 しばらくは何を話すでもなく、話題のひとつも振るべきかと気になり出したとき


「なぁ、ちょっといいか」


 おずおず…といった風に下から声がかかる。
 加奈子は正面に向いたまま、心持ち俯くように続けた。


「こないだのさ、アレ、桐乃がやってたみたく…してみていい?」


 この間ってーと……何だっけ。俺が思い出せないままでいると、
 「ん~」とでも言ってただろうか、肯定の合図にとったらしい加奈子が横から上着を摘まんだ。
 それのことだったか。
 ちんまいコイツがやると桐乃と違って微笑ましいんだが、
 自分でしといて桐乃以上に恥ずかしがってる様子に当てられ、むず痒い事この上ない。


「普通に手ぇ繋げばいいだろ。ほら」
「うぇ、ちょっ」


 年下のガールフレンドと手を繋ぐくらい普通普通と思い聞かせ、手を取る。ままよ!


「加奈子、おまえ随分手が冷えてんな。今日そんなに寒いか?」
 照れ隠しに気付かれないよう聞いてみる。


「う~、わっかんない。
 けど……京介の手は温かいよ」


 それきり両方口を閉ざしたまま家路を辿る。
 何か喋るようせっつかれるかと思ったが、杞憂のようだ。


 これなんてエロゲ?って思考がちらつくのを努めて振り払う。
 いやいやいや。エロゲに限らないし。冷静に、KOOLになれ。
 こんな時は素数を数えるんだ……
 変に意識しまくりなのがバレないか必死な俺である。


 我が家の門が視界に入ると、加奈子がスルリと手を離す。


「このままってわけにいかないっしょ。惜しいケド」


 そ、そーですね。
 家族に大仰なリアクションされても困るもんな。
 そう言うと、加奈子も苦笑を浮かべた。


 玄関をくぐってただいまの声を発した途端、居間の方からドタタ…と誰かさんが駆けてくる。
 そいつは体当たりするような勢いで俺の手に抱きつき開口一番に叫ぶ。


「遅~い!!兄貴どこほっつき歩いてんのっ」


 妹のあまりの敏捷さに、連れはどうやら面食らって、唖然としている。


「あれ、加奈子も一緒だったんだ? あけましておめでとう」
「あけおめー。てゆーかいくら家ん中でもソレは…ヒクわぁ」


 さもありなん。


「あーヤダヤダ。元日から見せ付けてくれちゃってさー」


 加奈子は呆れのポーズを強調した。
 しかし、ちょっと考えれば解る。桐乃のこれは見せつけとかではないんだ。
 俺が帰宅するや否やなんだから、加奈子の目の有る無しは関係ないわけで……
 最近だいぶキャラ変わってきてんのね、コイツ。


「なにそれ、そんな言うなら加奈子もくっつけば? 兄貴イヤがったりしないよ?」


 断定すんのかよ。せめて推奨はしないでくれ。
 ニヘへ~としながら俺にまとまりつく桐乃を一瞥、ぐぬぬ…って顔をした加奈子は
 一時迷いを見せた後「やったろうじゃん」と反対の腕に絡む。
 こんなんで対抗意識燃やすなと言いたいのは山々だが、聞きやしないだろう。


 こうして俺たちの新年は騒々しく始まったわけさ。先が思いやられるっつーの。






<終>
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