「高坂京介は落ち着かない」04


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一月某日。
正月休みも明けてセンター試験まで十日をきっている。
今頃になって最後の追い込みってんでもないが、
人並みに募らせた緊張感に駆られて、先日買い足した問題集と格闘する俺である。
そろそろ暗記もののチェックに移ろうかと考えた矢先、
時間的に今日は来ないらしく思われた加奈子が元気よく訪ねて来る。


「京介、根詰めすぎても良くないから気分転換に外出よーぜっ!」
言って加奈子は肩掛けのスポーツバッグを示して見せた――



あれよという間に近場の公園まで連行される。
まぁ気分転換するのは吝かでないので、べつに文句の一つもありはしないが。


「それでバッグの中には何を用意してるんだ。勿体つける程のもんじゃないだろ」


促すと加奈子は待ってましたと言わんばかりにそれをご開帳する。
ラケットとシャトル…?
てっきり無難にキャッチボール用のグラブでも取り出すのかと思ったら
少しばかり想像の斜め上を行かれたようだ。


生憎バドミントンの競技ルールには明るくないものの、そこは加奈子も似たり寄ったりで
ネットを張る準備も無かったため、地面に棒で線を引き仮装陣地の体裁をとる。


「どっちかってーと羽根つきに近いんじゃないか、コレは?」
「言われてみるとそうかも。細かいこたぁ気にすんな、ってね」


楽しげに素振りしてグリップの具合いをみる様子から、加奈子は腕に覚えありという事なのか。
いくら最近は体がなまってるとはいえ、これだけ体格差のあるちびっ子に負けてはやれん。
にわかに闘志がムラムラと、…もといメラメラと燃え上がる


サーブは加奈子が取った。
ぱすん。と軽い響きとは裏腹に、えらい勢いで放たれるシャトル。
外したと思いきや空中で失速して俺の陣地の角を脅かす。
こいつ……出来る。どうやら歓談を挟みながら和やかにゲームさせてくれる気はないな?



ゲームはしばらく一進一退の攻防が続いた。
しかしそれもいつまでもはもたない。当然だ。
加奈子が想像を上回る素早さと小癪な攻め手を見せても、
手足の長さと、それ以上にスタミナに勝る俺を圧倒するには至らない。
何度かデュースに食らい付かれつつ勝ちを拾えた時にはヨッシャ!などと叫んじまった。
今思うと恥ずいな


「なんだよぅ、年下の女子相手にマジで勝ちに来るなんて大人気なくない~」
「言ってろ。お前こそこっちが運動不足なのを見越して容赦なく振り回しやがって」
「ぶーぶーぶー」


本気で俺を倒すつもりだったのか、擬音を口に出して悔しさを表す様が微笑ましい。


日差しのよさもあってワンゲームでくたびれ果てた俺は、早々に水道へ向かう。
躊躇なく頭から水をかぶったあと水分補給もしようとすると
丁度そこへ横合いからタオルとドリンクを差し出された。


「サンキュー。今日はずいぶん気がきくじゃないか」
「これくらい普通。……でしょ、マネージャー?」


いつかの回想を引き合いにしてか加奈子はにへっと苦笑を浮かべる。


「でもさ。白状しちゃうとこれは、っていうか今日のは全部桐乃のお膳立てなんだよね」
「桐乃の?」
「うん。昨日一昨日から京介がちょっと息詰まってるぽいから、ガス抜きさせようって」


そんなんおくびにも出してなかったが、よく見てんだな妹様は。
気遣いに感謝しつつ、そうすると今この場にあいつが居ない事が気にかかる。
聞けば陸上部の用事が外せずこっちには参加できないらしい。俺にも伝えとけっての。


「そう言ってやるなよ。こっち来たがってたけど我慢しないとで、余裕無かったんじゃん?」


それは頷ける。葛藤があろうと、桐乃は公用を投げ出して私的な楽しみに走りはしない


「仕方ないか。あとで埋め合わせしてやらなきゃな。まったく……出来た妹様だ」


それにしても近頃はこうして桐乃に借りを作る事に抵抗の薄れてきた感がある。
互いを気遣えるごく普通の兄妹関係になって喜ばしいには違いないんだが
以前との落差があまりに大き過ぎて、どうもむず痒く落ち着かないのも本音である。



それアタシにも寄越せ、と言うが早いか横に置いたドリンクが奪われる。
ゴクゴクと美味そうに喉を鳴らし、ぷはぁ~と息をつく加奈子はフェミニンには程遠いが可愛かった。


ふと気付いた事実を指摘してやるか迷う。
お前、何気無く飲んでるけど……間接キスですよ?
若いこいつはその程度は気にしないんかしら。逆に俺が気にしすぎなのだろうか。


意を決して言ってみると、加奈子は平然としたもので
「こんなん大した事じゃないっしょ。思春期的な発想だねホント」
とまぁ、にべもない。
もう少し恥じらいがあってもいいと思うんだ。


それから更に2ゲームを終える。
俺に一泡ふかせたい加奈子は渋ったが、風が冷えてきたので帰る頃合いとした。
気が付けば、俺達と同じく遊びに来ていた子供らの姿も失せている。
健康的に汗を流したはいいが風邪を引いたら本末転倒だ。さっさと引き上げよう。


帰り支度といっても足元に引いた線を靴で踏み均し、道具一式をスポーツバッグにまとめるだけ。
来るときは加奈子が持ってきたので、帰りは俺がとそれを手に取る。
そういえば…


「なぁ、加奈子」
「ん~?」
「今更だけど今日は珍しくスカートじゃないんだな。そのスウェットも桐乃が?」
「そそ。汗吸ってべとべとになったら最悪だからって、勧めてくれてさ。だいぶ具合いいよコレ」


こいつにしては気合い入った格好だと思ったら、どおりで。
そうまで俺を負かせたかったのか。まぁ…らしいっちゃらしいな。
と、何とはなしに納得しかけていたところ


「なんだぁ、加奈子のスカート姿が見られなくてそんなに残念?ww」
「言ってねーし。こちとらそれほどフェチじゃございません」
「またまた。正直になれよ、京介が頼むってんなら着替えてきてやるぜ」


またも用意がいい奴。予め聞いてれば俺もアンダーの替えぐらい持ってきたものを。
チョコマカとまとわりつく加奈子を適当にいなしておく。


「変に色気づいたこと言うなって。だいたいお前相手にそういう感覚は湧かないっつの」
「…………」


突然の沈黙。まずい、ストレートに言い過ぎたか。


「……そりゃ、あんたがアタシの事そうゆうふうに見てないのはわかるけど。
  正直にも程があるだろ。もうちょっとオブラートに包むとかさぁ」


すっかり拗ねてしまったご様子。どうフォローすべきか迷ううちに加奈子は続けた。


「桐乃には、あるくせに」


ちょ――


「否定しないってことは、やっぱあるんだ。ちくしょ…へこむわ~」


呟いてすぐトイレの方へ駆けて行ってしまう。
俺は追えず、その場にぽつねんと残された。


何故ここで桐乃の名前が出てくる。
あいつはどれだけ俺と桐乃の関係を知ってるというのか。
近頃は以前にも増して仲良くなってるようだから、桐乃から色々聞かされてるとか…
まとまらない思考の断片が頭の中でザリザリと音をたてる様な感覚に苛まれる



しばらくして加奈子が戻ってきた。
着替えている。それはそうか、その為に持ってきたわけだし。


「わり。待たせちゃったか」
「大して待っちゃいないさ。それに俺のほうこそ悪かった、その……さっきはスマン」


他に言いようもなく、頭を下げるにとどめると


「いいって。あたしも何も桐乃を引き合いにする必要なかったって悔やんでたところ」


苦み走った表情を見せる加奈子に、申し訳ない気持ちが募る。


「あー、あの、だな」
「……?」
「さっきはああ言ったが、パンツルックよりスカートのが似合ってるな。普通に可愛いと思うぞ、うん」


気恥ずかしさをどうにか押し込め、口に出してみる。あれだ、まさに言わせんな恥ずかしいってやつだ
加奈子は一瞬キョトンとしたあと、何だよそれ~と破顔する。


「パンツルックとかいつの時代の言葉だっつの。それに『普通に可愛い』は誉め言葉じゃねぇし」
そ、そうなのか!?
いちおう意味は伝わってるみたいで一安心しつつ、言葉は水物と思い知らされる。


「それにしても京介が可愛いだなんて言うのは久しぶりの気がする。へへ、嬉しいかも」
「そうだっけか。俺は常々お前のこと可愛いと思ってるけど。切っ掛けがないとなかなかな」
「止せやい、あんま連呼するもんじゃないだろ」
「…かね。ただ、さっきのフォローってんでもないが、スウェット穿いてきながら着替えのスカート選んで用意してきたのは俺の目を意識してなのかなって思うと、普段は見えにくいお前の女の子っぽさが愛らしく感じられるよ」


先刻より更にこっ恥ずかしい台詞と自覚するも、言わないと伝わらないものもあると思い切る。
当の加奈子は赤面して、うぅ…とかあぅ…とかひとしきり漏らすと「バカ」とこぼした


「あんたってたまに自然にキザなこと言うんだもん、タラシなの?天然?」


誰がタラシか。返すより早く腕を引かれ危うくつんのめりかける。


と、頬に柔らかい感触が触れた


「――好きだよ、京介」


こうして俺と加奈子は恋人になった。めでたしめでたし。
で終わるならグッドエンドなんだが。
仮にそんな帰結に至ったとしても、ゲームや小説の物語と違って変遷は止むことがない。
それを空しいと思うか素晴らしいと思うか……って田中氏は言った。
人生という冒険は続く。



「おぃ、なに呆けてんだよ。目ぇ覚ませって」


加奈子のツッコミを受け、ようやく我に帰る。


「いや、いきなりだったから、ついな…」
「ったく。驚いたのはわかるけどリアクション薄くない?
  感動した!とか、俺も好きだ愛してる!!とかさぁ、何かあるでしょ」


捲し立てる加奈子は自分の行為に少し浮き立っているらしい。当然か。
いくらこいつが俺を好いてくれてても、付き合ってもない男にキスするのは思い切りが要るだろう。
もちろん、当事者たる俺はこの愛情表現に何らかの答えを返さないとなわけで。
せっつく加奈子を不安がらせないうちにと、軽く抱き寄せた。


「サンキュ。みっともないとこ見せちまった…感動したし、嬉しかった」
「最初から素直に言えっての。ヤキモキしちゃったじゃん」


加奈子は清々しそうな顔を見せる。
見上げるその笑顔に、胸を締め付けられるような感覚がよぎる。
これだけ純粋な好意を向けられながら、どうしてか俺は加奈子と付き合おうと思い定められずにいる。
いま一番欲されている言葉は十分わかっているのに。


次の言葉に迷っていると、まるで見透かしているかのように加奈子は続けた。


「いいよ京介、そんな悩まなくても。別に今日ここで彼氏になれとか無理は言わないって」
「あぁ、悪い」
「むしろ悩んでくれたならそんな簡単に謝るな。怒るぞ?」


脇腹をつねられる。
大して痛くもないが、痛みを感じてるのは加奈子の方じゃないかと思うと居たたまれない。


「ま、受験生なんだから彼女だ彼氏だ言ってられないのは仕方ないね。春になって進学する頃にはアタシも晴れて高校生、今の『中学生と付き合うのは……』って抵抗も解消するし、それまではこのままでいーや」


「おまえ、見た目に反して随分男前だよな…」
年不相応な器量を覗かせる加奈子に改めて感嘆していると


「そう言う京介は、優しげなキャラに反して結構粗雑だよな~。
  3つも年下の加奈子とやり取りが対等になりがちって時点で、考えたほうが良いと思うww」
諭されてしまった。面目次第もない。


「けど、これで加奈子のこと前よりかは女の子って意識してくれたみたいだし、よしとしとくか」


そんな風に結んで、加奈子は俺の背に回した腕を解いた。
ええっと、俺達ってばつい今まで抱き合いっぱなしだった、のか?
まだ陽の高い公園で?
衆目を憚ることもなく??


とんだバカップルだ。付き合ってるとかないとか以前の問題である。
羞恥のあまり頭痛に襲われる俺にお構いなく、追撃が飛んでくる。


「それで、どうよ。アタシへの気持ちに変化はあったワケ? ほらほら白状しなさいよー」


未だにこいつに恋愛感情を持ててないのは違いないが、
楽しげかつ執拗に絡む加奈子に根負けして、嘘にならない程度に一言だけ歩み寄る


「そうだな……好意に値するよ」
「『好きってことさ』? やりぃ!それが聞きたかったんだぁ」


お、通じた。意外だ。


上機嫌の加奈子と連れ添って今日も我が家への道を辿る。
もう馴染みのパターンと化しているが、傍目からは知れないだろう昨日までとは少し違った俺達二人である


「あーあ、ほっとした。勢いでキスなんかして身構えられたらどうしようかって思ったもん」
「そんな心配してたようには見えなかったがな」
「こう見えて乙女心は繊細なの。自分の気持ち押してばっかで重い女って思われるかも、ってのも恐かったし」


そんなようには…って、同じ台詞を繰り返すのは流石に気が咎め、自重した。
知り合った当初はともかく今であれば、こいつが乙女心を語ってもおかしかない。
ここで下手にからかいを挟むほど野暮じゃないつもりだ。


「重いってこたぁないんじゃないか。お前がそれだけ恋愛に入れ込むタイプだとは思ってなかったにしろ」
「…あんがと。そう言ってもらえると助かる」


そうして加奈子は一拍置いてから、事も無げに重大な話を告げた。


「そうそう。アタシ今日はあんたの家に泊まってくから」



どうしてこうなった。


前門のトラ後門のオオカミじゃないが、
加奈子と桐乃との板挟みでまんじりとも出来ない俺がいる。物理的な意味で。
可愛い女子と部屋を同じくして且つ一緒に寝るって状況ともなれば、
健全な男子としてはこう……来るものがあって然るべきなのかもしれないものの…
妹の部屋で、自分を慕ってくれる子を目の前にして、それでいて妹からも引っ付かれているのだ。しかも三人が一つの布団の中で。
おかしいですよカテジナさんと言いたいのは山々ながら、浅い眠りにあるらしい加奈子を起こしてしまうおそれがあり何とか堪える。
この困った状態に対するある種の緊張を逸らしたくて、ここへ至る経緯を思い返してみた。
そうだ、加奈子が昼間いきなり俺の家に泊まると宣言して――



「泊まってくだぁ? なに言っちゃってんのお前、藪から棒に?」
驚きのあまり思わず文語表現が口をつく。これも受験生のサガか


「そんなおかしな事もないっしょ。桐乃とたまにはゆっくり話するのもいいねって。
 京介、動揺しすぎ。別にあんたの部屋で寝かせてほしいとか言ってるわけじゃないし」


聞けば、お泊まり会の企画は以前からあったらしく。
どうせなら俺には秘密のまま当日まで引っ張って吃驚させようという、ちょっとしたサプライズを狙ったようだ。
してやったりの顔で「なーなー今どんな気持ち?」と絡む加奈子に苦々しさを覚えつつも、
こんな害のない悪戯心くらいは笑って負けておくかとも思える。


あんなことの後だから慌てちまったが、予め決まってた話ってんならこいつに他意は無いのだろう。
落ち着くんだ、俺……



家に着く。
桐乃は今回の件を自分が明かしたかったようで「なんだもう話しちゃったの」と拍子抜けしていた。
改めて考えると…桐乃に話されたならさっきみたいに激しい動揺はなかったかもな。
加奈子本人の口から「あんたの家に泊まる」はインパクトがあり過ぎた。認めるのは癪だが。


ウチに随分馴染んだ様子で自然に振る舞う加奈子を見てると、二人が姉妹であるかのような錯覚すらある。
そりゃこれだけ一緒にいれば、お互いの性格やら仕草やらにも影響を受けるってもんか。
…なにかもう一つ忘れてる気がしたが、それも思考から汲み上げる前に霧消した


女三人寄れば何とかいう諺がある。
こいつらの場合二人で充分で、お袋は賑やかでいいわとホクホクしている。
構わねーけど、二人を(特に桐乃を)夕飯作りに関わらせるなら念入りな監視と手解きを願わずにいられない。


不安もものかは、出てきた夕飯はまったくいつも通りで胸を撫で下ろす。
一瞬だけ親父も似たような安堵を浮かべたのを俺は見逃さなかった。そうだよな…!
お袋は二人を味付けに携わらないよう上手いこと誘導したようだ。今日のお袋はやけに眩しいぜ


桐乃がこの和え物は自信作だと言えば、加奈子が野菜炒めとの奮闘を熱弁する。
普段なら静かに食えとたしなめる親父も来客のお陰で一歩引いてくれたようで
終始和気藹々と食事は進み、おかしな話だが家族四人揃ってるとき以上に団欒を実感できた。
加奈子効果、侮りがたし。



「兄貴、お風呂沸いてるから入っちゃえば?」
「いいのか。先に入っていいなんて珍しいな。じゃあ一応親父にも聞いて…」
「お父さんも兄貴先でいいって。今日は外で汗流してきたんでしょ。さっさと行ってこいっての」


言われてようやく気付く。そんなでもないと思って着替えなかったが…汗臭かったろうか。
そそくさと用意をして風呂場へ向かった。


入浴を済ませてしばらくまったりする。
何か飲み物でもと部屋を出ると、ちょうど桐乃と加奈子が階下から来るのに遭遇。


「よ、風呂上がりか。結構長湯だったな」
何の気なしに声をかけたところ


「妹の入浴時間を一々気にかけてるわけ? シスコン通り越してちょっと変態的じゃない?」
などと笑われてしまう。


「特に気にかけちゃいない。ただ二人で盛り上がってのぼせてないかって思っただけだ」
「やっぱり気にしてんじゃんww」
「ほっとけ。にしても、大して広くもないウチの風呂場によく二人で入るなんて考えたな」
「こんな機会めったに無いからさぁ、勢い任せで行っちゃえーみたいな」
加奈子がお得意のニヒヒ顔でのたまった。


話を長引かせるとマイサンが反応しかねない予感がして、まだ湯気を漂わす二人に道を譲る。
すれ違いざま香るシャンプーの匂いにつられ、ふと目で追ってしまう。


すると二人はクスクスと肩を震わせ
「兄貴、見とれすぎ。アタシたちが魅力的だからって露骨に欲情すんなwwww」
「そうだそうだ~」
「誰が欲情したってか。いいから早く髪乾かしてこい、風邪ひくぞ」


示しあわせたようにキャーと黄色い声を響かせて部屋へ駆け込む妹たち。まったく……
そういやあ加奈子が髪下ろしたのを見るのは初めてだった。
欲情云々はともかく、見とれたってのはあながち間違いでもないか?
当人が耳にすると調子づきそうなので、心中に留めおくとしよう



ふぅ…


まだ0時ではあるが、今夜分の進捗を確かめて問題集を閉じ、デスクライトをおとした。
薄い壁越しに隣室の会話がチラチラ漏れ聞こえるのがどうもいただけない。
何度か釘をさしてやろうかと思うものの、せっかく楽しげにしているのを妨げるに忍びなく、
まして話題が度々俺のことになってるのでは下手な横槍は薮蛇と察するに難くない。


少し冷えてきた。
相変わらずこの部屋にはエアコンが備わってないため、ガスストーブを置いている。
だが空気の乾燥した感じが嫌で、それもさっき消してしまった。


「このストーブ旧型だからタイマーセットして寝られないのが最大の欠点だよなー」


冬の相棒に愚痴のひとつもこぼしておいて、寝支度にかかる。


と、その時。ドアが控え目にノックされた。何だ?
「はいよ、いま行く」
隣室のメンツ、たぶん桐乃だろうか。
用向きに心当たりは無いが、シカトする理由もないので脱ぎかけのズボンをはいて急ぎドアを開ける。


「あ、着替え中だったんだ。ゴメンゴメン」
「いや気にすんな。覗かれたわけじゃないし謝んなくていいぞ」
「あんたね、妹相手にセクハラ…まぁいいや。単刀直入に言うけど、あたしの部屋に来ない」


唐突な召集に、つい疑問符を浮かべる俺。桐乃は続けた。


「ほら今夜はだいぶ冷え込むし。ストーブつけっぱに出来ないこの部屋じゃ辛いんじゃない?」
「そりゃ、正直ありがたいお誘いだが……。一体どういう風の吹き回しだ」
「か勘違いしないでよね、加奈子があんまし兄貴のこと心配するから。今日は特別。いい?」


念を押す桐乃の提案を謹んで拝領、布団一式を持ち込んでお邪魔する運びとなった。



夜半。


温温と心地好い眠りに浸っていたところ、後ろ側から揺さぶり起こされる。
なんだよぅ桐乃…寝かしとけって…


(ちょっと、あんた何してんのよっ)
「うるへーまだ夜中だろ」
(声が大きいのは兄貴のほうだっつの。静かに目ぇ覚ましなさいよね)
(ホント何だってんだ…ったく……)


不承不承目を開けると、胸元に加奈子の顔が。道理で暖かいわけだ。
ってオイ


俺はいつの間に寝惚けて二人の眠るベッドに闖入してしまったのか。
記憶を引っくり返すが手応えはない。
それもそのはず、寝ついた時と同じ床に敷いた布団に俺は…俺と加奈子は横になっている。
闖入者はコイツだったか。人騒がせな。


(加奈子のやつ、いつからこっちに潜り込んできたんだろうな?)
(だろうなって、あんたがそっちの布団に連れ込んだんじゃないの)


割と本気で疑わしい視線を送ってくる桐乃。俺の信用ってこんなもんだったのか。


「なワケねーだろっ」
(こらぁ、声大きい!)


すかさず諌められてしまった(´・ω・`)


(言われてみたら、兄貴が加奈子を自分の布団に誘うとか、キャラじゃないわね。早とちりか)
(トイレに起きた時にでも寝惚けてこっちに来たとか、せいぜいそんなオチでねーの)
(あー、トイレに…行ってたかも。寝惚けてかどうかはわかんないけど)


気のせいか機嫌悪そうなトーンの妹様である。


(こっち一人ぶん空いちゃって寒いんだケド。あたしもそっち移るかんね)
(……はぁ?)


許可を得るまでもなく、モゾモゾと気配を感じたかと思うと背後に桐乃の体温が。
またこんな展開かよ、これなんてエロゲっ


(なんか言った?)
(いや…それよりも近いよお前…)
(仕方ないじゃん。こっちのが暖かそうだし、くっつかないと布団からはみ出ちゃうんだし)
(それはわかったが、なら俺を抱え込むように腕を回してるのはなんでなんだぜ…)
(抱き枕もってくるには狭いの。兄貴が代わりになってよね)


もうヤダこの妹、どうして俺をこうも窮地に追い込んでくれるの。性的な意味で。



そんなやり取りも知らずに、加奈子のやつは安らかな寝顔のまま丸まっていた。
犬か猫かとツッコミたいが、起きずにいてくれて助かる。これ以上のカオスは御免だ。


ややあって興奮状態のナニがおさまった頃、まだ眠れずにいたらしい桐乃が話しかけてくる。


(ねえ、ちょっと訊いていい)
(……なんだよ改まって)
(兄貴はこれだけ好かれてて、それでも加奈子と付き合おうとしないのはどうして?って)


来たか、この問いが。いずれはと予想していたものの、返す答えに困るには違いない。


(自分でもよくわからん。試しに付き合うかって軽いノリで応えてやれればいいんだが)
(ふーん…)
(桐乃はどう思う。加奈子の気持ちを汲んで、形からでも彼氏役をやってやるべきと思うか?)
(それこそわかんない。あたしに聞くな。あたしは、当事者じゃないんだから)


そうだろうか。台詞の後半に若干の引っ掛かりをおぼえる。


(でもさ、加奈子とくっついた方がいいって言うんじゃないけど。年が離れてるからとか、妹…みたいに見てるからとか、本人にどうしようもない部分でそういう対象になれないんだとしたら、それってメチャクチャ悔しいし、悲しいことだよね)


所々言葉を詰まらせつつ桐乃は言った。
悲恋を語る桐乃に加奈子のイメージが重なる。
違うか? 逆かもしれない。
加奈子に桐乃をダブらせてしまって、それが俺を躊躇わせている?
片や恋愛、片や家族愛と異なりはあれ、こいつらが俺を慕ってくれてるのは共通で、
どちらかに寂しい思いをさせたくない俺のエゴが今みたいな現状を作ってるのは疑いの余地もない。


(加奈子は、だけど、そうやって悩んじゃうのが兄貴らしい優しさだって言ってた。そんな兄貴に惚れちゃったんだからしょうがないって。物好きもいたもんだと思うわ)
(……)
(そんな健気な子は何人も居ないんだから。あんまりつれない態度で悲しませたらダメよ?)
(ああ、わかってる)


そしてその言葉が額面通りの友人と兄との恋へのエールではないことも、わかっていた。
俺を抱え込む手に少し力が加わり、まるで桐乃の言う枕のように抱き締められる


(オヤスミ、兄貴)


心にもない事を平気で言う。お前、俺を寝かす気なんてないだろう。


(おやすみ桐乃……)
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