「願い」破5


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                   【破】 5章 

高坂家 桐乃自室
AM 13:50


<<桐乃side >>

「……最低。」

部屋に駆け込むと、途端に足から力が抜けてズルズルとドアにもたれかかるように蹲まる。
電気も付いていない部屋は、私の心を表すかのように闇しか映さない。
その闇から目を背けたくて、両目を手で覆ってみる。
しかし、黒い気持ちからは逃れることができず、リビングでの醜態が頭の中に蘇ってくる。


『―――――うっさいっっ!!!!』

『でも……、あいつはっ!地味子は……っ!』

『あっ………。
 ――――っ。ごめん!!』


先程の状況を思い出し、激しい自己嫌悪に襲われる。
何をやっているんだろう…。
地味子の話が出てきただけで怒り狂って、殆ど八つ当たりでお母さんに怒鳴り散らして、
そのまま部屋を飛び出して…。
家族団欒の雰囲気を無茶苦茶にしたという罪悪感に苛まれる。

それに、京介の記憶を戻す過程で、地味子との話が出てくるのは当たり前なのだ。
その意味では、私は京介の記憶を戻す邪魔をしただけということになる。

『でも、京介は…。京介は…っ!』

自分の中で、京介への気持ちを制御できなくなりつつあることを感じていた。
これまで地味子の話が出てきても、不機嫌になる程度で、我慢自体はできていた。
しかし、今回は自分が地味子と比較されたと思っただけで、
気持ちが爆発するのを抑えることができなかった。
その結果があの様だ。

「……ほんと、最低。」


再び、自分を貶める言葉を吐く。
何よりも嫌悪しているのは、お母さん達への罪悪感よりも、
京介に嫌われなかったかどうかをより心配してしまっている自分自身なのだから。



トントンッ

そんな醜い嫉妬心に囚われていると、背中越しに扉がノックされる音が響いた。

――――っ!!

その音にハッとすると同時に、ある期待が胸を過る。
そして、京介が来てくれることを少なからず期待していた自分に気づかされて唖然とする。


トントンッ

「桐乃ちゃん、いるんだろ?
 少し話できないか?」

2度目のノックの音。
後に続く声は期待通り、京介のものだった。

京介が来てくれたことは嬉しいのだが、
あの醜態を晒した後でどんな顔をして会えばいいかわからずに黙りこんでしまう。

「……しょうがないな。
 よし、それじゃあこっから先は俺の独り言だ。
 だから別に答えなくてもいいし、聞きたくなかったら耳塞いでろよ?」

「……?」

その言葉の意味を掴みきれずにいると、
ドサッと京介も扉に背中を預けて座り込む気配がした。
薄い板越しにお互いの体温が伝わってくるようで、気持ちが幾分か落ち着いていく。
そして、少し間をおいてから京介はゆっくりと喋り始めた。

「本当に俺らの父さんと母さんっていい人たちだよな。

父さんなんて、最初はどこのヤクザだよって思ったけどさ、
話を聞いてみたら結構お茶目だし面白い人で安心したよ。
母さんも母さんで明るい人なんだけど、よくあんなに喋れるよな。

…まぁ正直いうと、あまりに話が長すぎるもんだから、
途中から殆ど聞いてなかったんだけどな?」

母さんには内緒だぞ?と、まるで悪ガキが自分のイタズラを自慢するような口調でぶっちゃける。

「それに桐乃ちゃんもすごいよなー。
 モデルに勉強にスポーツに、なんでも努力して全部成功させててさ。
 まるで映画の主人公みたいだよな?」

『…そんなことない。』

京介の誉め言葉も、今はただの皮肉に感じてしまう。
私が映画の主人公?
そんなバカな、と私の心がその幻想を否定する。
こんな嫉妬にまみれた主人公なんて、B級映画でもお断りだろう。

「…でも、父さんも母さんもめちゃくちゃ驚いてたぞ?
 それに、あれからずっと桐乃ちゃんのことを心配してくれてる。
 まぁ急に大声出して飛び出したんだから当たり前だけどな。」

「………けは?」

「ん?なんだって?」

自分でも驚くほどか細い声だったので、正直聞こえるとは思っていなかった。
それでも、なんとか京介の耳には届いたらしく、私の言葉を聞き返してきた。

「京介は、…その、私のこと心配してくれたの?」

「何言ってんだ、当たり前だろ?
 心配してないやつがわざわざこんな独り言を言いに来るわけないだろ。
 ……あ、そういえばこれって独り言だったっけ。」

「…あはは、そういえばそうだったね。」

京介が私のことを心配してくれていた。
それがわかっただけで安堵する自分の現金さに情けなくなる。
それでも少しおちゃらけた口調で、忘れてた、と言う京介がどこか可笑しくて、つい笑みが零れる。

「ん、やっと笑ってくれたな。
 それじゃこっからはちょっと真面目な話するからな。
 …正直、さっきの地味子っていうのだけは止めといた方がいいと思うぞ?」


「―――っ!あんたも、やっぱり地味子の肩を持つんだ?」

気持ちがようやく穏やかになりかけたところで地味子の話を振られて、
思わず京介に噛み付いてしまう。

「おいおい、記憶の無い俺がなんで見たことも無い子の肩を持つんだよ?」

「だ、だってっ!?」

「俺はな、ただ桐乃ちゃんにそんな悪口を言って欲しくないだけだ。
 俺の記憶もその田村って子も関係ない。
 これは〝今の〟俺の我が儘な願いなんだよ。」

京介は、記憶が戻ればはわからないけどな?と冗談めかしつつも、
悪口を止めて欲しい理由は自分の我が儘だと言い切る。
そう言われると、私からは何も言えなくなってしまう。

「それに桐乃ちゃん、あの田村って子のこと、あんまり好きじゃないだろ?
母さんからその名前が出る度に、顔がすごいことになってたぞ。」

せっかくの可愛い顔が台無しだった、と付け加える京介。
酷い顔を京介に見られていた恥ずかしさと、
可愛いと褒められた嬉しさで、顔が紅く染まっていく。

「2人がどんな関係なのか俺は覚えてないさ。
でも、家族の口から好きでも無い奴の話ばっかり出てきたら誰でもイラつくよな?
俺もそれはしょうがないと思う。」

「………。」

「でもな、俺は桐乃ちゃんにあんな優しい親を悲しませて欲しくないんだよ。
だからさっきのことはちゃんと謝っとけ?」

「…うん。わかった。
 ありがと、京介……。」

京介の優しさが扉を通して、部屋に浸透し染み渡っていく。
つい先程まで闇に覆われて真っ暗だった私の部屋は、
薄ぼんやりとだが目に見える程度には光を取り戻していた。

「ん。気にすんな。
 俺も好き勝手に自分の我儘を言っただけだしな。

 ……なぁ、桐乃ちゃん。

 できればさ、俺がどんな奴だったのか教えて欲しいんだけどいいかな?」

「え…なんで?」

京介からの突然の申出に驚いて、聞き返す。
その話はさっきお母さんから嫌になるほど聞いたはずだ。

「これも俺の我儘だよ。
 ただ俺は母さんじゃなくて、桐乃ちゃんの口から聞いてみたいんだ。
 俺がどんな兄貴だったのか、桐野ちゃんからどう見られていたのか気になるんだよ。」

『京介も私からどう見られていたのか気になるんだ…。』

それは以外な一言だった。
恐らく記憶を無くしたことからの発言だとは思うけど、記憶を無くす前も
そういう風に思ってくれていたのかな、と考えてしまう。

「えっと……、京介は…地味で変態で鈍感で……。」

「そ…そうなのか…?」

「でもね、それ以上にすごく優しくて、頼りになって、いつでも私を見てくれて…。
 お父さんやあやせと喧嘩したときも、間に入って仲直りさせてくれた。
 アメリカ留学中にスランプでどうしようもなくなったとき、突然アメリカまで迎えに来てくれた。
 辛い時はいつでも私の傍に居てくれる、京介はそういう人……。」

「 そっか…。俺は桐乃ちゃんにとっていい兄貴だったんだな。」

「…うん、今でも世界で一番大切な人だよ。」

それは遠回しで拙い告白だった。
記憶があっても無くても変わらない。
私はいつでも京介のことが誰よりも大切なんだと告げる。

「…はは、桐乃ちゃんからそこまで言われるとちょっと照れるな。
それなら桐乃ちゃんが嫌じゃなければ、これからも側に無くなっていさせてもらうよ。」

京介は私の言葉の真意には気付くことはなく、茶化すように答える。
だが、今はそれでいい。
本当に気持ちを伝えるときは、こんな扉越しなんかじゃなくて、
真っ正面から全力で言ってやるんだから。

「…よしっ、それじゃあ俺は先に戻るな。

 桐乃ちゃんも落ち着いてからでいいから、
 降りてきて父さんと母さんに謝るんだぞ?」

「うん。…ありがと、京介。」

京介が立ち上がり、ドアから気配が遠退いていく。
京介には聞こえないことを承知で、万感の思いの詰まった感謝の言葉を扉の外に贈った。




「…よし!」

京介が立ち去ってから5分後、自分の中でもある程度踏ん切りをつけることができた。
掛け声と共に自分に渇をいれて立ち上がる。
ドアノブがいつもより少し重たく感じたが、気持ちを奮い立たせて勢いよく回す。

「お、出てきたな。」

「え……?」

扉を開けた途端に思わぬ声をかけられた私は一瞬自分の耳を疑った。
目を声がしたほうに向けると、そこには先に戻っていたとばかり思っていた京介が立っていた。

「あれ、なんで…?」

「言っただろ、側にいさせてもらうって?
よし、それじゃ一緒に謝りにいきますか。」

京介はニカッと笑いながら、私の頭の上にポンッと手を乗せる。
よく頑張ったな、そんな言葉が聞こえそうなほど優しい力でクシャクシャと頭を撫でられる。

――まるで映画の主人公みたいだよな?

ふと先程の京介の言葉が脳裏に過る。

『やっぱり私は映画の主人公なんかじゃないよ。』

京介に撫でられて髪も頭ももみくちゃにされながら、その京介の言葉を再び否定する。
だって…。


―――だって、〝私の物語〟の主人公は目の前にいるんだから。



                   【破】 5章  完
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