「願い」破7


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                   【破】 7章 

千葉県  千葉駅周辺
PM 4:00


<<京介side >>

――どうしてこうなった…。


あの謎の告白の後、桐乃ちゃんから付いて来てとだけ言われて外に連れ出された。

口を閉ざしてズンズンと進む桐乃ちゃんに声をかけることもできず、
後ろから敗残兵のように目線を落としてトボトボと歩き続けている。
心の中では桐乃ちゃんの真意が掴めずに、先程から様々な疑念が飛び交っている。

『俺、このまま警察か病院に連れていかれるのか…?
 いや、だが万が一、億が一ここからピンクなシチュエーションにってことも…!」

そんな大きな不安と一抹の期待(妄想)を抱きながら、見知らぬ街を歩き続ける。

「…着いたよ。」

『っ!!どっちだ?警察か、ピンクか!?』

目的地に着いたらしく、立ち止まって振り返る桐乃ちゃんの声に反応して、
下げていた目線をバッと上げる。

「……………?」

連れてこられた先は警察でもピンクな建物でもどちらでもなかった。
俺の目が節穴でなければ、目の前のそれは、
【激安!携帯ショップ】という看板を掲げた普通の携帯量販店にしか見えない。

頭の上に?マークを浮かべていると、

「それじゃあ〝買い物に〟付き合ってね。」

と、お約束の言葉を投げつけられた。
そのあまりにもあんまりなオチに呆然となっている俺に、
ドッキリ大成功~♪と桐乃ちゃんは某テレビ番組の演出を真似してぶっちゃけっやがった。


「………紛らわしいわっ!!
 買い物に付き合って欲しいならそう言えよっ!?」

「えぇ~?変に勘違いしたのは京介のほうじゃん。
 それとも何ぃ?本当に告白したほうがよかったぁ?」

騙されたと両手を振り上げながら激昂する俺に、
桐乃ちゃんはニシシ、とこれまた憎たらしい程に可愛いらしい笑顔で答える。

「ちげぇよ!俺は桐乃ちゃんの国語力の無さを嘆いてるんだっ。
 ちゃんと目的語を使いなさい、目的語を!」

「あれぇ、あたしにそんなこと言っていいんだぁ?
 あの本のこと、お父さんとお母さんに言っちゃおうかなぁ?」

「口答えしてすいませんっした!!!」

桐乃ちゃんの小悪魔的な脅迫に、コンマ0.01秒で俺は平身低頭する。
あの後、問題のエロ本は即没収されて桐乃ちゃんの部屋に持っていかれてしまった。
生涯弄られ続けるであろうネタを桐乃ちゃんに握られてしまった俺は、
今や忠犬ハチ公より従順な犬畜生に進化(退化?)したのだった。

――本当、兄の尊厳も何もあったもんじゃないな。

ちなみに桐乃ちゃんの鬼のような追及に遭い、他の秘蔵エロ本の在処も白状させられた。
その眼鏡っ子コレクションの方は全て紐に縛られて、問答無用にゴミ箱へ投げ捨てられてしまった。
すまん、以前の俺っ!桐乃ちゃんに俺達の理想郷が汚されちまったよ……。

「ちょっと、京介。なんか今すっごい失礼なこと考えてるでしょ。
 もともとはアンタが、…あ、あんな本を持ってたのが悪いんでしょっ!?///」

俺の心の声を読んだのか、顔を赤らめながらもジト目で睨んでくる桐乃ちゃん。

「それに、この買い物も京介のためなんだからね?
 車に轢かれた時に京介の携帯、壊れちゃったじゃん。
 記憶が無くなってるんだから連絡手段が無いってわけにはいかないでしょ?」

そう、あの車との事故で俺の携帯は原型を失うほど木端微塵になってしまったのだ。
病院で俺の所持品として先生から渡された時はなんのゴミ屑かと勘違いした程だ。
そして、記憶を無くした俺が何かのトラブルに出くわしてしまった場合、
連絡手段が無いというのはあまりにも危険だ。
まさに正論。しかし、正論すぎて反論できないのが余計に悔しさを募らせるんだよっ。


「ほら、いつまでも文句言ってないで早く入るよ?」

「お、おい。そんな急かすなって。」

ぶつくさと文句を言っていると、桐乃ちゃんは俺の腕に自分の腕を絡めて、
店の中へとグイグイ引っ張っていく。
体がピッタリと密着する形になり、桐乃ちゃんの鼻を擽るような香水の香りと、
柔らかい腕の感触に心臓がバクバクと早打ち始める。

『いや、しょうがねえよ!?
 こんな可愛い子に密着されたら誰でもドキドキするだろ!
 っていうか、胸!胸が当たってるって!!』

誰に言い訳するでもなく、心の中でぎゃあぎゃあと喚き散らす。
京介は自らの理性がガリガリと削られていくのを、歯を食い縛って耐え忍ぶのだった。


<<桐乃side>>

「いらっしゃいませー。」

ショップの店員さんが営業スマイルを浮かべながら、入店してきたあたし達に声をかけてくる。
この店は幅広いメーカーを取り扱うスタイルなのだが、
穴場のようでこの時期としては客の数も疎らだ。
店内では中学生と小学生ぐらいの姉妹しか見当たらない。
その2人は携帯を手にとって楽しそうにじゃれあっており、実に微笑ましい。

『やっぱり妹はかぁわいいなぁ~。』

「…?どうしたんだ、そんなニヤニヤして。
 あの子たち、桐乃ちゃんの知り合いか?」

「あ、えっと…違う違う。
 や、やっぱりこういう買い物ってテンション上がっちゃう感じっていうか?
 …ほら京介っ、これとか良くない!?」

その姉妹に見とれていると、不思議に思った京介に横から声をかけられて慌てて話をそらす。
それを切っ掛けに、あたしと京介で携帯をあれやこれやと探し始めた。

「お、これとかどうだ?」

「えー?それっていわゆる簡単ケータイじゃん。
今時そんなの選ぶ若い子なんて誰もいないって。

それよりこっちのオシャレな方のが絶対イイよ。」

何世代も前の携帯をわざわざ店の奥から探し出してきた京介。
それをバッサリと切り捨て、あたしは代わりに最新式のスマートフォンを勧める。
テレビでジャニー○がCMをしており、学校の友達の間でも非常に人気な機種だ。

「これって画面をタッチするヤツだよな。
操作も難しそうだし、俺には向いてないんじゃないか?」

「そんなことないって。
慣れたらこっちのが使いやすいよ。
試しにちょっと触らせてもらお?」

扱いにくそうだと訝しむ京介を納得させるため、店員さんに触らせてもらうようお願いする。
快く引き受けてくれた店員さんの懇切丁寧な説明に合わせて、必死に手を動かす京介。
勝手に画面が変わったり、ボタンを押し間違える度に慌てふためく京介を茶化しながらも、
要所要所で京介の手を取って操作を手伝う。


「使い勝手の方はいかがですか?」

「な、なんとか大丈夫…だと思います。」

「あはは、後は慣れるだけだし大丈夫だって。
それじゃあこれでお願いします。」

「お、おい。ちょっと待てって。
俺お金なんて持ってきてないぞ?」

一通り操作説明が終わり、店員さんが感想を求めると、京介は不安そうに応える。
それに太鼓判を打って店員さんに購入をお願いすると、
今すぐ買うとは予想していなかった京介が慌てて耳打ちをしてくる。

「元は携帯壊しちゃったのもあたしのせいだしね。
モデルのお給料も貯まってたし、ここはあたしが払うから大丈夫だって。」

「あたしが払うっても、おまえ…。」

「あたしがいいって言ってるんだから気にしなくていいのに。
あ、それじゃまた今度京介の奢りで遊びにいこうよ?
それならおあいこってことでいいでしょ?」

「うーん、それならいいかな…。」


携帯の代金をあたしが払うことを渋る京介を、
次のデートを全て京介に奢らせるということで納得させる。
服とか買ってもらおうかなぁ、と冗談めかして京介を弄るのも忘れない。

「それではお手続きがありますので、こちらへどうぞ。」

「あ、はーい。」

あたしたちのやり取りを見守っていた店員さんがカウンターにあたし達を案内する。



「…では、こちらでお手続きの方は終了になります。
他にオプション機能などはどうされますか?」

「あ、それじゃこの『特定サイト制限コース』と『安心GPS ナビ』をお願いします。」

「ちょっ!桐乃ちゃん!?」

書類の記入を終えてオプションの有無を確認する店員さんに、
閲覧可能なサイトを制限するサービスと、GPSから居場所を特定できるサービスを指定する。
どちらも一般的には子供が危ない目に合わないように契約するサービスで、
高校生が進んで契約するものではない。

店員さんも一瞬呆気にとられるが、すぐに事情を察したのか、素の笑顔を浮かべる。

「フフフ、カッコいい彼氏さんを持ってらっしゃるといろいろ大変ですね?」

「そ、そうなんですよ。///
しっかり首輪をつけとかないとすぐにどっか行っちゃうんです。」

「もう好きにしてくれ…。」

クスクスと笑いながら苦労を労う店員さんの言葉に、顔を染めながらも調子を合わせる。
後ろで小さな姉妹がキャーキャーと盛り上がっており、恥ずかしいことこの上ない。


「ありがとうございましたー。」

どうぞお幸せに、というセリフ付きで見送られるあたし達。

「まったく。ちょっと調子よすぎじゃないか?」


「えへへ、ごめんごめん。
…もしかして、気分悪くしちゃった?」

店を出るとすぐに、呆れたような口調で諌められる。
それに謝りつつも、京介の機嫌を損ねたかと心配になる。

「いや、全然。
桐乃ちゃんの彼氏に見られるなら逆に自信が持てるぐらいだ。」

「もう!京介の方が調子いいじゃん。///
ほら、あたしのアドレス登録したげるら携帯貸してっ。」

京介のおどけたセリフに、思わず顔が赤く染まってしまう。
照れ隠しで京介の携帯を引ったくり、真っ白な電話帳にあたしの名前を入れていく。

連絡先を保存しました
No. 1 桐乃

その表示と共に、あたしの名前だけが電話帳に新しく表示される
最初に登録したので当然なのだが、「1番」という文字が輝いて見える。
今この携帯は〝あたし専用〟だと思うと、気持ちが自然と昂っていく。

「はい、登録しといたよ。」

「ありがと、桐乃ちゃん。
まだ操作とか慣れてないから助かるよ。」

「これくらいいいってば。
…そういえば、なんであたしを呼ぶ時『ちゃん』付けなの?
普通に呼び捨てでいいのに。」

「ん?あー…何て言うのかな。
桐乃ちゃんは『妹』って感じがしないんだよなぁ。」

「え……?」

呼び方の違いを指摘すると、少し困った顔をして京介は答える。
その反応は、あたしの心臓をギュッと締め付けるものだった。

「あ、いや変な意味じゃなくてな?
記憶が無いから桐乃ちゃんは『妹』っていうより、ただの可愛い『女の子』って感覚なんだよな。
だから、呼び捨てにするのはなんだか恥ずかしいんだよ。」


「ばっ、バカじゃん!///
そんなこと気にしなくていいって。
桐乃でいいよ?ほら試しに言ってみて。」

「……………桐乃?」

「なぁに?京介。」

「えっと、その…よ、よろしくなっ。///」

「ぷっ。はいはい、あたしのほうこそよろしくねっ京介♪」

「ちょっ、そんなに引っ付くなよ。
みんなに見られてるだろっ?」

「え~、別にいいじゃん。」

顔を赤らめてあたしの名前を呼ぶ京介がおかしくて、思わず吹き出してしまう。
恥ずかしがる京介の腕を絡め取り、お互いに何度も名前を呼び合う。
あたし達は束の間の幸せを堪能しながら、ゆっくりと家路に就くのだった。



高坂家 玄関
PM 5:30

「「ただいまー。」」

「あら、おかえり。
 何?2人してどこかに行ってたの?」

家の中に入ると、ちょうどお父さんとお母さんも帰ってきたところのようで、
お母さんが玄関からリビングに買い物袋を運びながらあたし達に問い掛ける。

「ああ、ちょっと桐乃と買い物に行ってたんだ。」

「ふーん?まぁいいけど、あんまり無理しちゃダメよ?
 すぐに夕飯の準備するから食材運ぶのを手伝って頂戴。
 あ、京介は病院からの荷物を部屋まで持って上がっときなさい。」

「「はーい。」」


お母さんの指示の下、京介は大きめの紙袋を持って二階に上がっていく。
リビングに入ると、大量の食料品や日用品が入った袋が山のように積まれた光景に唖然とする。
正月に向けて、おせち料理の材料やおもちなども一緒に買ってきたようだ。
これだけあれば1週間は買い物に行く必要もないだろう。

『それにしたってお母さん、これはちょっと買い込みすぎじゃない…?』

荷物の多さに少し辟易しつつも、積まれた袋の中身をキッチンに運んでいく。
すると1つの袋の口から何冊かの本が姿を覗かせているのが目に入る。
チラッと題名を見ると…

『禁断の洗脳術』、『尊敬される父親』、『パパと呼ばせる10の方法』etc…

……………。

『……うん、あたしは何も見てない、何も見てませんよー?』

あたしはその本の存在を極力無視して、黙々と荷物を運ぶのに専念するのだった。




「「「「御馳走様でした。」」」」

夕御飯を終えて全員で手を合わせる。

「昼のカレーもおしかったけど、このハンバーグもおいしかったな。」

「本当っ!?」

京介は満足気にお腹を擦りながら、ハンバーグの味を絶賛する。
その言葉を期待していたあたしは、目を輝かせて京介の方を振り向く。
なぜなら…

「そのハンバーグは桐乃が作ったのよ。」

「そうなのか。
 うん、すっげーうまくて正直ビックリした。
 桐乃は本当になんでもできるんだな。」

「え、えへへ。ありがと、京介。///
 あっ、それじゃあさ、明日の夕御飯は一緒に作ろうよ?」


お母さんが、ハンバーグを作ったのがあたしだと教えると、
京介はあたしの料理の腕を讃嘆してくれる。
その褒め言葉に照れながら、京介に夕飯を作ることを提案する。

「え?俺も一緒にか?
 たぶん料理なんてできないから桐乃の足を引っ張るだけだぞ。」

「だからあたしが教えたげるって言ってんのよ。
 今時男の人も料理の一つくらいできないとダメっしょ?」

「うーん、そんなもんか。
 わかったよ、それじゃお手柔らかに頼むな、〝桐乃先生〟?」

少し悩みつつも、その提案を了承する京介はおどけた口調で、よろしく先生と頭を下げる。
その答えに、あたしは腰に手を当てて満足気に頷く。

「任せなさ~い。
 それじゃ明日は学校終わったらすぐ帰ってくるから、京介はちゃんと家にいてよ?」

「ああ、どうせ行くところも無いから大丈夫だよ。
 明日は部屋で大人しく携帯でも弄っとくさ。」

「ん。約束だからね?」

「はいはい、そうと決まったら桐乃は部屋に戻んなさい。
 後2ヶ月で高校受験だし、ちゃんと追い込みなさいよ?

「はーい♪わかってるって。」

京介との予定ができたあたしは、上機嫌で階段をあがっていく。
部屋に入るとすぐに机には向かわず、ドサッとベッドに身体を投げ出す。
今日1日の間に様々なことがあったが、何とも心地よい疲労感に包まれる。

「…あ、そうだ。」

1つやり残していたことを思い出して、ベッドからムクリと体を起こす。
携帯を取り出してアドレス帳を開くと、そこには裏表関係なく多くの名前がズラっと表示されている。
そのアドレスの一番上へとアイコンを合わせる。

No. 1 シスコン兄貴

京介に見られたら文句を言われそうな名前が表示される。
新しい京介の携帯の番号とメアドは上書きしていたのだが、
大事な部分を変更するのを忘れていた。


「これでよしっと!」

手馴れたキータッチで画面を進めて行き、変更された表示に満足して一つ頷く。


No. 1 京介


これは自分なりの〝誓い〟だ。

あたしと京介は兄妹で血が繋がっていることも、
この想いが世間一般には絶対許容されないことも十分理解している。
それでも、自分の素直な気持ちに気づいてしまった。
京介が好きだという気持ちに背を向けることはもうしたくなかった。

だから、今はまだこんな小さなディスプレイの中で誓いを立てる。
京介を『兄』ではなく、1人の『男』として意識するという誓い。
自分の気持ちから逃げ出さないことへの決意の顕れだった。

その誓いは静かであるが、消えることのない熱い炎を心に灯す。
体の中で、遥か昔に錆びついて動かなくなっていた歯車が、
低く鈍い音を響かせて再び廻り始める。




??? ????
PM?:??

『お兄ちゃん、どこーーっ!?』

ふええ、と涙声になりながら、幼い姿のあたしは彼を探している。
小さな商店街のようだが、あたしにとっては巨大な迷路にしか思えない。
トボトボと一人で店の間を縫うように歩き続ける。

『おにいちゃーんっ!!』

どのくらい探したかもう既に分からなくなっていた。
空は夕焼けで赤く染まりつつあり、子供の遊ぶ時間は終わろうとしている。
周囲が段々と暗くなり、小さな体に強い恐怖を植え付ける。



その時、ベチャッと水っぽい感触が靴底に伝わる。

足下を見ると、そこには水たまりが広がっていた。
先程まで何もなかったところに現れたそれは、少しずつ地面に広がっていく。
周りを見回すと、場面はいつのまにか秋葉原に変わっていた。
白黒だった風景も色づき、水たまりだと思っていたそれが真っ赤な血の海に変わる。

そして、その中心には―――の体があった。
―――はうつ伏せに倒れて、ピクリとも動かない。

『お、…おにい…ちゃん?』

呼吸が止まる。
あまりに突然の状況に頭が付いていかない。
心臓が鷲掴みされたような強い圧迫感に襲われる。

『いや…。』

それでも血の海は広がり続け、ついには視界さえも真っ赤に染めていく。
そして世界が紅に侵させる。

『いやぁああああああ!!!!』




高坂家 桐乃自室
AM1:00

ガバッ!!

深夜の闇の中、あたしはベッドから飛び起きる。
部屋はひどく冷え切っているにも関わらず、驚く程の寝汗が額に浮かんでいる。
先程の夢が頭を過ると、心臓の音が早鐘を打ち、強烈な頭痛が襲い掛かる。

恐怖
罪悪感
不安
恋慕

様々な感情が現われては消え、神経が昂って眠気が一瞬で霧散する。
隣に京介の存在を感じられないことが、心の揺れを更に強めていく。


―――京介ぇ……。

あたしの足は無意識に京介の部屋へ向けられた。
廊下は部屋の中より暗く、より一層の焦燥感に駆られる。

『起きてない…よね?』

物音一つしない京介の部屋。
躊躇しながらも、そのドアを静かに開く。

「京介…?」

「…ん?どうしたんだ桐乃?」

「あ…まだ起きてたんだ。」

「あ、ああ。なんとなく眠れなくてな。
 …まだ1時か。
 なんだ、桐乃も眠れなかったのか?」

「…?
 う、うん。嫌な夢見ちゃって怖くなって…。」

扉を開くと、予想に反して京介はベッドの上で片膝を抱えて座っていた。
京介もどうやら寝付けなかったのか、些か表情が優れない。
その返事にどこか違和感を感じながらも、夢のせいで眠れないことを伝える。

「えっと、それでね…。
 ちょっと京介とお話できないかなって思ったんだけど。」

「ああ、そういうことなら構わないぞ。
 ほら、そんなとこ突っ立ってないでこっちに座れよ。」

ベッドの縁に座り直した京介は、自分の隣に座るよう言うとベッドをポンポンと叩く。
その言葉に甘えて、京介の隣にストンと腰がける。

「「……………。」」

二人の間を沈黙が支配する。
ただ顔を見たかっただけなので、話すことなんて何一つ考えていなかった。
なんとか話を振ろうと頭を回転させるが、やっと出てきた言葉は謝罪の言葉だった。


「…ごめんなさい。」

「なんだ?突然謝ったりして。」

「だって…事故に遭ったのも、記憶を無くしたのも全部あたしのせいだし。
 今まで京介にはずっと助けてもらってきたのに…。
 あたしは京介を助けるどころか…、迷惑ばっかり…っ!」

それはあたしの贖罪だった。
事故のこと、記憶を無くしたことだけではない。
気付けばこれまで様々な場面で京介に迷惑をかけてばかりいた自分が感じていた罪悪感を、
全て吐き出していた。

「……大丈夫。俺は全然桐乃のせいだなんて思ってやいないさ。
 事故も記憶のことも気にしてないしな 。
 それに以前の俺も桐乃のことを迷惑だなんて思ってなかったと思うぞ。」

「でもっ!」

「それにな俺は正直、自分を誇らしく思ってるんだ。」

「え…?」

桐乃は悪くないと諭す京介に納得できず、反駁しかける。
しかし、そこから返ってきた答えは全く予想外の言葉だった。

「記憶を無くす前の俺は桐乃を守ることができたんだろ?
 もし桐乃が事故にあってたら、俺は自分を許せなかったと思う。
 どうして桐乃を守ってやれなかったんだってな。
 だから桐乃を守れたことを自慢には思っても、後悔なんて絶対しないさ。」

「でもっ、でも結局はあたしがもっと気を付けてればっ!?」

「ったく、しょうがないな。
 よし、それならちょっと待ってろ。」

それでもやはり自分のせいだと、自虐の言葉を吐き出すあたしに対して、
京介はベッドから立ち上がると、部屋の隅に置かれていた紙袋から何かを取り出す。

「あ、それって…。」

それは一見するとボロボロの綿の塊に見えるが、よくよく見ると、
昨日秋葉原で手に入れたメルちゃんのぬいぐるみだった。

事故のせいで至るところに大きな穴が開いて、
京介の血糊でどす黒く変色して原型を全く留めていない。

「やっぱり桐乃のものだったんだな。
 それじゃ桐乃は俺の命の恩人だ。」

「え…、どういうこと?」

あたしの反応で、そのぬいぐるみがあたしのものと判断した京介は、
なぜかあたしを命の恩人だと言ってくる。
その言葉の意味が分からず、思ったままに問い返す。

「病院の先生から聞いたんだ。
こいつが事故のときにクッションの役割をしてくれたから殆ど無傷で済んだってな。
もし、これが無かったら本当に死んでたかもしれないって言ってた。
俺は桐乃を助けたけど、桐乃も俺の命を救ってくれたんだよ。
だから、俺は桐乃に感謝こそすれ、恨むことなんて何一つ無いんだよ。
…ありがとな、桐乃。」

あたしの大きなぬいぐるみが自動車との緩衝材となったと説明する京介。
だからあたしは悪くない、あたしに命を救われたんだと改めて感謝を伝えてくる。

あたしが京介の助けになることができた。
その事実は、罪悪感を霧消させて心の中の闇に光を灯す。

「あたし、京介の役に立てたんだ…。」

「ああ。だから桐乃が気に病むことなんて何もないんだよ。
 俺たちは2人で助け合ったんだ。
 それだけで十分だろ?」

そう言うと、京介はあたしの頭をクシャクシャと撫でて、
今日はゆっくり休むように囁く。

「ありがと、京介。
 その…ごめんね?こんな遅くまで。
 おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

京介に撫でられる感触を満喫したあたしは、
一つ頷くとおやすみのあいさつを言い残して部屋を後にした。
暗い廊下を進む足取りは軽く、悪夢に怯えていた時の心の重さも消えていた。

先程までの感情の荒波も収まり、ただただ温かい気持ちに包まれる。
布団にくるまったあたしは、京介への想いと共に深く安らかな眠りに就くのだった。



<<京介side>>

「ああ、おやすみ」

俺の言葉で安心してくれたのか、いつものような柔らかな笑顔に戻った桐乃を見送る。
そして桐乃が自分の部屋に戻ったことを確認した途端、手が小刻みに震え出す。

『…くそっ。止まれ、止まれよ!』

それをなんとか抑えようと腕を抱えるが、震えは身体全体に広がり止まらなくなる。
背骨に氷の棒を突っ込まれたような異常な寒さが体を襲う。
先程から嫌な汗が背中に流れ続けて、寝間着は既にその役割を果たしていない。

10時過ぎにベッドに入ってからずっとこの調子だった。
何度寝ようとしても、姿の無い焦燥感に苛まれて飛び起きるということを繰り返した。
途中からは寝ることを諦めて、ベッドの上でガタガタと震えながら2時間以上耐え続けていたのだ。

桐乃が部屋に来た時は、自分の震えが隣にまで伝わってしまったのかと肝を冷やした。
実際は違ったが、あれだけ不安そうにしている桐乃には自分が震えている姿は見せられないと、
膝に血が出るほど強く爪を立てて震えを我慢していた。
終始、異常な汗の量に気付かれないか戦々恐々と対応していたのだ。

その反動なのか、桐乃が部屋に戻った途端に身体の震えは尋常ではないものになる。


『事故も記憶のことも気にしてないしな』


―――はは…よく言うぜ。

先程の桐乃への言葉を思い出して、自嘲の籠った乾いた笑みが零れる。


なぜ俺が事故に遭わなければならなかったのか。

なぜ俺が自分の記憶さえ無くさなければならないのか。

なぜ俺だけ…。

一体誰のせいで……。



耐え忍ぶ間、そんなことばかりがずっと頭を支配していた。
時間と共に思考が醜悪なものへと堕ちていく自分は、とても誇らしい人物だとは思えない。

身を挺して桐乃を助けたこと自体は神に誓って後悔はしていない。
しかし、桐乃が部屋を立ち去るときの柔らかな笑顔に嫉妬している自分がいることも確かだった。
幸せそうな笑顔のまま、今から安らかに寝りにつくであろう桐乃への醜くて矮小な嫉妬。
そんな気持ちを少しでも持ってしまう自分に吐き気すら覚える。

しかし、自分自身の立脚点を失った恐怖はそれほどまでに凄まじいものだった。
人間という生き物は自分が理解できないものに恐怖を抱く。
幽霊しかり、呪いしかりだ。

そして今、京介は〝全て〟に心の底から恐怖していた。
両親、桐乃、自分の部屋、そして自分自身でさえも恐怖の対象になっていた。
まるで周囲の全てが自分を押し潰そうとするような錯覚に陥いっていた。

特に自分自身を理解できない恐怖は、確実に京介の心を蝕び、磨り減らしていく。
それでも、自分の醜い姿を家族に、そして桐乃にだけは知られたくなかった。
もし知られたら、自分は本当に〝孤独〟になってしまう。
その思いが京介の精神を更に磨り潰していく。

『俺は…一体誰なんだ……?』

恐怖に苛まれつつ、そんな答えの出ない自問を繰り返す。
自分の存在に怯える少年は、底知れぬ闇の中でただ一人震え続けるのだった。





                   【破】 7章  完
ツールボックス

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