「願い」Q2


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                   【Q】 2章 

中学校校舎 3-B
PM12:45

学校は昼休みの時間となり、壁に据え付けられたスピーカーから最近のJ-POPが流れている。
それをBGMとして、教室の中では仲の良い友達同士で机を寄せ合わせて、
ワイワイと普段通りの賑わいを見せている。

食事を楽しむ周りとは対照的に、あたし達3人は異様な雰囲気を醸し出していた。
普段ならペチャクチャとファッションや化粧品の話題で盛り上がっているはずなのに、
今日に限っては3人ともが口を閉ざし、ピリピリとした緊張感がずっと続いていた。
お弁当を食べ終えてしまうと、空気は更に重苦しいものになっていく。

「あ、そうだっ。」

「ん?どうしたの、あやせ?」

「私、家に電話をかけなきゃいけないんだった。
 もうご飯も終わっちゃったし、ちょっと席外すね?」

最初に沈黙を破ったのはあやせだった。
この重苦しい雰囲気から抜け出すためにあやせの言葉にすぐに反応したが、
その内容はあたしの期待とは真反対のものだった。

あやせぇ…。
休み時間の度に携帯で電話してたからよっぽどの用事なんだろうけど、
この場から自分だけ逃げ出すなんてひどいよぉ。
そんなあたしの気持ちも知らず、あやせはそそくさと教室から出ていってしまう。

「「…………………。」」

―――ち、超気まずい。
本当になんでこんなことになったわけ…。

あたしは朝から続いているこの状況に、心底ウンザリしていた。
この緊張感の主因は、他でもなく目の前の加奈子だ。
朝から一言も喋らないうえに、時々加奈子から射るような視線を向けられることさえあった。
あたしには加奈子から恨まれるような覚えなんて当然無く、どうすることもできずにいた。

「加奈子っ、朝言ってた話って何なの?
 ずっと黙ったまんまで、今日の加奈子何か変だよ。」


「………ここじゃ話したくねえ。
 わりーんだけど、ちょっと場所変えねーか?」

「……え?」

あたしが強引に沈黙を破って加奈子に話を促すと、
これまでTPOなど気にしたことも無い加奈子が場所を変えたいと口にした。
その言葉にあたしが面喰っていると、
加奈子はあたしの了解も得ずに席を立ち、スタスタと廊下の方へ歩いて行ってしまう。

「ち、ちょっと待ってよ、加奈子っ!?
 もうっ、ほんと意味わかんない…。」

加奈子の突然の振る舞いに意表を突かれたあたしは愚痴を吐きながらも、
無言で先に進む加奈子に後ろからついていく。

あたし達は生徒達で賑わう廊下を抜けて階段を上り、重い扉を開いて屋上へ出た。
真冬の屋上は凍えるような寒さに包まれており、
そんなところでせっかくの休み時間を潰す物好きはあたし達以外誰もいないようだ。
どうやらここが目的地だったらしく、加奈子はようやくその足を止める。

「こんなとこまで連れて来て何の話?
 いい加減、説明してくれてもいいんじゃない?」

「…………。」

あたしの問いかけに、加奈子は押し黙ったまま、口を開こうともしない。
どんなことでも臆面もなく喋る加奈子にしては本当に珍しいことだ。
そんないつもと違う加奈子の様子に、流石のあたしも少しイラついてくる。

「ちょっと、加奈子聞いっ…。」

「あーーーーーーもうっ!!
 なんで加奈子がこんなことでモヤモヤしねぇといけねーんだよっ!」

あたしがさらにせっつこうとすると、加奈子は突然、ふざけんなぁ!と言わんばかりに、
ウガーっと両手を振り上げて雄叫びをあげた。
その大声にビックリして思わずたじろいでしまう。

「か、加奈子…?」

「あのよー、前に桐乃のカレシって紹介してくれた奴いたろ?」


「え?…ああ、京介のこと?」

加奈子は何の前置きもなく、以前に京介を紹介したときの話を掘り返してきた。
最初何の話かわからなかったが、すぐに今年の夏、京介と偽デートをしたときのことを思い出す。
そういえば、あのとき偶々鉢合わせになつ奈子とブリジットちゃんに京介を紹介したっけ。

「京介…?あいつ、確かコウヘイって言ったろ?」

「……?なに言ってんの、加奈子。
 前に喫茶店で紹介したのは京介だよ?」

「……………。」

2人共に京介の話をしているはずなのだが、会話がどこか噛み合わない。
それでも、あたしの言葉に加奈子はショックを受けたようで、顔には狼狽の色が浮かぶ。
親指の爪を噛みながら、…偽名?いや、でも……と、ブツブツ呟いている。

「チッ、それなら今は京介でもいいけどよぉ…。
 あいつって、本当に桐乃のカレシなわけ?」

「――――っ!?」

加奈子の思いもよらぬ質問に、今度はあたしが息を詰まらせる番だった。
今まで加奈子からは、何度かあたしの男関係のことを聞かれることはあったけど、
あの偽デート以来その話題を加奈子から振ってくることも無くなっていた。
それが今になって突然、しかも彼氏かどうか聞かれてドキリと心臓が跳ね上がる。

「えっと、言ってる意味がよくわかんないよ?」

「しらばっくれてんじゃねーぞ!
 この前、加奈子がモデルの仕事してっときにその京介が見に来てたんだよ。」

一昨日のイベントのときだ!
すぐに土曜日に秋葉原であったメルちゃんのイベントを思い出す。
あのとき、京介に写真撮影を頼んだのだが、そのタイミングで加奈子に気付かれていた…?

「へ、へぇ。そうなんだぁ。
 すっごい偶然だねー。でも、それがどうしたの?」

「それだけじゃねえ!
 そいつの声が、加奈子の糞マネと全く同じだったのはどういうこったよっ。
 よくよく見てみりゃ、髪型が違うだけで顔から背格好まで一緒だしよお!?」


どうせ確証なんてないだろうと惚けると、加奈子の話は思わぬ方向に転がっていった。
く、くそマネって何のこと?
事情を全く呑み込めないあたしは、頭の中が混乱し始める。

「えっと…糞マネってもしかしてマネージャーのこと?」

「それ以外ねえだろ!
 あやせが連れてきたオールバックでサングラス掛けた奴だよっ。
 あのヤロー、加奈子に相談も無く勝手に辞めていきやがってよ!」

「……それってもしかして、加奈子が初めてモデルの仕事をした時の?」

「ああ、そうだよ!
 どうせてめえもあやせかあの糞マネから聞いてんだろ!?」

『―――やっぱり!』

あたしはパズルのピースが心の中でピタリとはまるように一瞬で事情を理解する。

あの日、加奈子が勝ち取った非売品のメルちゃんフィギアをあやせからもらった時に、
あやせは加奈子から譲ってもらったと言っていた。
あのメルちゃんのコスプレイベント会場には〝なぜか〟京介も居たことはよく覚えている。
それも〝オールバック〟で黒いホストのようなスーツを着て、だ。

あの日はメルちゃんフィギアをもらって有頂天になっていたせいで、
京介への尋問を忘れていたけど、加奈子の話から察すれば一目瞭然だ。
経緯はわからないけれど、京介は加奈子のマネージャーをやっていたということだ。

加奈子は京介の正体が自分のマネージャーだと確信していて、
その事実をあたし達が隠していたと勘ぐっているようだ。
しかし、この様子ならまだ京介があたしの実の兄ということまでは勘付いていないはずだ。
それなら、ここでなんとしても京介のことを誤魔化しておかなければならない。

「え~、加奈子の気のせいじゃないかなぁ?
 世の中には似てる人なんていくらでもいるじゃん。」

「あぁ!?仕事モードの加奈子なめてんじゃねえぞ!
 加奈子は一回見た奴はぜってー忘れねえんだよっ。
 あれは間違いなく加奈子の糞マネだった!
 そこまでいうなら桐乃のカレシをここまで連れてこいよ!?」

「そ、それは……。」


下手に誤魔化そうとしたら、逆に火に油を注ぐ結果になってしまった。
加奈子の烈火の如き怒声に圧倒されて、思わず口篭てしまう。

「やっぱりできねーじゃねえか!
 前に喫茶店で会ったときから、どっか変な感じがしてたんだよ。
 恋人ってわりにはどっちもぎこちねーし、カレシカノジョって雰囲気でもなかったしよお。
 どーせ、テメーの我儘で加奈子の糞マネを引っ張り回したとかじゃねーの?」

「そ、そんなこと……。」

我が意を得たりと、加奈子は語気を強めてあたしと京介の関係を否定してくる。
反論しようとするが、京介を強引に振り回したことはある意味間違っていないので、
どうしても語尾が弱くなってしまう。

「加奈子は別にどーでもいいんだけどよー、
 ブリジットのやつが糞マネが居なくなってからうっせーんだよ。
 前のマネージャーさんじゃないとヤダってな。
 あいつもまだガキだし、人見知りも激しいからしゃーねえけど。」

「…………。」

「けど、どうせ桐乃も本当はアイツのこと好きでもなんでもないんだろ?
 カレシでもないなら別にいいじゃん。
 それなら〝京介〟を加奈子に返してくんねーかなぁ?」

最後はまるで勝ち誇ったように意地悪くニヤけると、
加奈子は『京介』のところをわざと強調して強請ってくる。
まるでいつものようにテンパったあたしが押しに負けて、
京介をあっさり譲るものと確信しているかのように…。


しかし、その京介という言葉がスイッチとなった。
ガチンッという音と共に、心の中でどす黒い感情が濁流のように渦巻き始め、
あたしの理性を一瞬にして決壊させてしまう。


「――はぁ?何言ってんの、あんた?」

「………ぁあ!?てめぇ!加奈子に今なんつった!?」

一瞬加奈子は何を言われたか理解できずに呆けた顔になるが、
すぐに怒り狂ったような怒鳴り声を上げる。
それでもあたしの心は氷のように凍てついていて自分でも驚くほどに冷静だった。
現に今、目の前で喚き散らしている加奈子でさえ、ただの生意気なガキにしか見えない。


「1人でキーキー盛り上がんなっつってんのよ。
 日本語もわかんないくらいバカなの、あんた?
 あと、悪いんだけど人の彼氏を勝手に呼び捨てにしないでくれる?」

「なっ!?て、てめえ!!!」

その挑発的な言葉に、加奈子は額に青筋を立ててあたしの胸倉を掴みにかかる。
しかし、あたしはその加奈子の手を無碍も無く払いのけると、逆に語気を強めて声を張り上げる。

「彼氏じゃない?好きじゃない?
 そんなの全部加奈子の想像じゃん!
 加奈子の妄想で勝手にあたしの気持ちを決めつけんなっ!!」

「――――っ!?」

思いもよらぬ反撃を受け、加奈子は目を見開いて一歩後ずさる。
スイッチが入ってしまったあたしは、
そんなことは気にも留めず、さらに強い口調で熱弁を振るう。

「確かに京介は加奈子のマネージャーをやってたのかもしれない。
 けど、それとこれとは話が違う!!
 あたしがあの時、喫茶店で加奈子達に言ったこと覚えてる?
 あたしは京介の優しいとこも、頼りになるとこも、あたしのことを好きなところも全部好き。
 それは何も変わってない。全部あたしの本当の気持ちなの!」

「……………。」

「ううん、あの時よりあたしは京介のことがずっとずっと好きっ。大好きっ!
 誰になんて言われようと、そんなの関係ない!
 京介が誰かなんて全然関係ないっ!
 だって〝あたしが〟好きなんだから!!
 京介は加奈子にも他の誰にも絶対渡さない!!!」

京介はあたしのものだと屋上に響き渡るような大声で吼えた。
気が付けば外見や世間体なんてお構いなしに、
京介への気持ちを親友の加奈子に本気でぶちまけていた。
全てを言い終えたあたしは、はぁはぁと息切れを起こしながらも、
歯を噛み砕く勢いで軋ませて加奈子を睨み付ける。

「…わーった、わーったよ!
 桐乃の気持ちはよーくわかったから、そんなマジになんなって
 ちょっとおちょくっただけじゃねーかよ。」


先程までの強張った表情から普段の気だるげな表情に戻り、
あほくせーと言わんばかりに加奈子は大きく肩を竦める。
あまりに急変した加奈子の態度に、あたしは面喰って狼狽えてしまう。

「え……どういうこと?
 ―――あっ、もしかして!?」

「ほんと、途中で気づけよなー?
 桐乃もどんだけマジになってんだよw
 途中から笑いを抑えるのに必死だったぜぇ~ww」

加奈子はお腹を抱えてケタケタと笑い声をあげ始める。

……か、担がれた!
あたしはこの時になってようやく、加奈子に誘導されていたことに気付く。
そうとわかると、顔を真っ赤にして好きだのなんだの大声で叫んでいた自分が、
無性に恥ずかしくなる。

「か、加奈子~~~!?」

「『あたしが好きなんだから!』ってか?
 ほんと、傑作なんですけどぉwww」

「……………。////」

加奈子に先程の発言を揶揄されて、恥ずかしさから耳まで真赤に染まる。
頭に血が上っていたとはいえ、なんてことを言ってんのよあたしはーっ!?
加奈子に醜態を晒してしまったと思うと、後悔で頭を抱えたくなる。

「てゆーか今のが桐乃の素なのな。
今までどんだけ猫被ってたんだよ、おめえは。」

呆れた顔で肩を竦める加奈子に、あたしは何も言えなくなってしまう。
ううう…。本当に泣きたくなってきたよぉ…。

キーンコーンカーンコーン……

そのとき、終わりを告げるチャイムの音が校舎に響き始める。
校庭に出ていた生徒達も次々と校舎の中に戻っていく気配が伝わってくる。

「ほ、ほら。チャイム鳴っちゃったよ?
 早く教室に戻らないとっ。」


あたしは一刻も早くこの場所から離れたい一心で、チャイムを口実に早く戻ろうと加奈子に促す。
踵を返してドアの方へ向かうが、後ろから加奈子が付いてこないことに気付いて振り返る。

「…加奈子?どうしたの?」

「あー、加奈子はパス。」

「え、どういうこと?」

「なーーんか、桐乃のノロケ聞かされたせいでやる気失せちまったわ。
 加奈子はこのまま授業フケっからよぉ、センコーには適当に言っといてくれヨ。」

「そう…?わかった。
それじゃ先にいくね?」

加奈子はウゲーと吐く真似をしながらあたしを茶化すと、このまま授業をサボると言ってくる。
加奈子はこれまで授業をサボることが度々あったので、
そこまで気にすることなくあたしは屋上を後にした。



<<加奈子side>>

桐乃の姿が扉の向こうへ消えたことを確認すると、
加奈子は大きなため息を吐いて屋上の床に腰を落とした。

「タバコ、タバコと……チッ、そういや禁煙してたんだっけ。
あ~、こんなんなら禁煙する必要もなかったんじゃねーの?」

タバコを求めて制服をまさぐるが、すぐに禁煙をしていたことを思い出す。
そう愚痴りながら、桐乃が消えていった扉の方へと視線を移す。

「……そっか、桐乃とあの糞マネ、本当に付き合ってんのか。」

1人ポツンと屋上に残された加奈子は小さく呟く。
すると、水滴が加奈子のスカートにポタリと落ちてくる。

「チッ、雨でも降ってきやがったのかぁ?」

苛立たしげに空を見上げるが、頭上には雲1つない晴天が広がっていた。

「………?」


疑問に首を傾げると、水滴は更に1つ2つと制服に跡を残していく。
何かと思えば、それは自分の目から頬を伝って流れ落ちていた。

「ちょ、ちょっと待てよ!なんだこれ!?
 なんで加奈子が涙なんて流してんだよ!
 ちっきしょー、だっせーな。マジで意味わかんねえし。」

自分が涙を流している事実に驚愕し、悪態をつきながら袖で目元を拭う。
それでも瞳からはボロボロと大粒の涙が頬を伝い落ちていく。
拭っても拭っても涙は止まるどころか、拭いきれない程に溢れだしてくる。

「っ…なんだよ!?単にあの糞マネと桐乃が付き合ってるってだけじゃねーか!
 べ、別に加奈子には何にも関係ないしぃ~?
 …うっぐ……だからいい加減止まれよ、バカヤロぅ………。
 うぅ……ヒグッ………ちきしょう……エグッ………ちきしょうっ………!」

罵倒の言葉も次第に涙声へと変わっていき、ついには膝を抱えて泣き崩れてしまう。
冬の寒空の下、肩を震わせた少女の泣き声は誰一人いない屋上に寂しく響き続ける。




                   【Q】 2章  完
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