「願い」急2


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                   【急】 2章

12月22日(木)
千葉弁慶高校通学路
AM12:20

骨の芯まで凍えそうな北風が吹く中、俺は両手を擦りながら通い馴れていただろう通学路を進んでいく。
右手を見れば道に沿うように桜の木が植えられており、冬の寒風に吹かれてその枝が揺れている。
春の入学式の時期ともなれば満開の桜並木が生徒達の目を楽しませることだろう。
自分も見たであろうその風景を、頭の中で想像するしかできないことに幾分かの歯痒さを覚える。

そんな記憶を無くしてしまった俺が、何故こんな時間に学校に向かっているかというと、
昨日出会ったばかり(俺の主観でだが)の謎の女の子から呼び出しを受けてたからだ。

その子の名前は「黒猫」

俺と桐乃の両方の知り合いのようで、まるで日本人形に生命が宿ったような可憐な女の子だ。
最初は冷たい印象もあったが、少し話しただけでもわかるほど本当は心優しい子だった。
突然謎の発言をしてくるのが玉に瑕だが…。


その黒猫が〝桐乃の秘密〟を教えてくれるというので、こうして学校に向かっているのだ。
酷い眠気でしょぼつく目を擦りながら歩を進めると、ようやく高校の正門の前まで到着する。
ちょうど昼休みの時間が始まったところのようで、校舎の中から生徒達が溢れ出し始めている。
俺は校門のところに待ち人の黒猫が居ることに気付き、片手を上げて近づいていく。

「よっ。待たせたな。
 わざわざ外で待っててくれたのか?」

「――っ。偶々…その、早く着いたのよ。
 それより皆はもう部室に集まっているはずだがらさっさと向かうわよ。」

照れと寒さからか顔を少し赤く染めながら、黒猫は足早に校舎の中に入って行ってしまう。
俺も慌ててその後に付いていく。
黒猫と歩いていると、チラチラと周りの生徒から好奇の視線が向けられている気がしてならない。
あまり注目されないように部屋にあった学校の制服を着てきたんだが、
少し自意識過剰になってるのかな…。


「あ、そういえば昨日は部活って言ってたけど、俺って何部に入ってたんだ?」
「―――ここよ。」


部室棟に入って段ボールが乱雑に置かれた廊下を歩きながら俺が黒猫に質問するのと、
彼女が立ち止まるのはほぼ同時だった。

目の前にはゲーム研究会と書かれたプレートが付いた扉がある。
それだけならまだいいのだが…

「超義妹」

という文字と、所謂萌キャラが大きく描かれたポスターが目に入ってくる。
……胡散臭い。どこからどう見ても超胡散臭い部室だ。

「………マジ?」

「ええ、マジよ。」

嘘だろ?と再確認するように黒猫に尋ねると、彼女は首を縦に振って肯定してくる。
自分の部屋にゲームの類が全くなかった俺がゲーム部に、
それもエロゲーのポスターを張っているような部活に所属していることが俄かに信じられないでいると、
そんな俺の様子を完全に無視して黒猫がノックと共に扉を開く。


扉を開くと、そこには外とは別世界が広がっていた。

部屋の真ん中に置かれた長机の上にはパソコンが数台置かれており、如何にもゲーム部らしい。
両隅にある本棚には数種類の漫画の他に大量のゲーム関係の専門書が並べられており、
ただ遊ぶだけの部活というわけではなさそうだ。
…なにか変な人形やゲームの箱も見えるが、敢えてスルーする。恐らく突っ込んだら負けだ。
その奥には部長の席なのだろうか、非常に大きなパソコンが鎮座している。
部屋の中には2人の男子と1人の女子がおり、彼らの視線が開いた扉の方、黒猫と俺に注がれる。

「おお、兄弟!久しぶりだな。元気にしてたか!?」
俺達が部屋に入るのとほぼ同時に、メンバーの中で年長者っぽい人が、
扇子を持った右手を上げて明るく挨拶をしてくる。
目元が窺えない程に色の濃い眼鏡をかけており、容貌も微妙に10代には見えない程老け顔だが、
その笑顔は不思議と人を惹きつける明るさがある。
一番奥の席に座っているので、おそらくこの人が部長なのだろう。


「お久し振りです、高坂先輩。」
部長の次に、大人しそうな男子が礼儀正しい挨拶をしてくる。

元々童顔なのだろうが、老け顔の部長の横に座っているので余計に幼く見える。
だがその佇まいは非常に落ち着いており、部長とは真逆のタイプのようだ。


「高坂せんぱい、こんにちは。」
これまた生真面目そうなショートカットの女の子が頭を下げる。
一言で表すと〝巨乳眼鏡〟だな。ゲーム部より生徒会のメンバーなどにいそうな子だ。
何故か眼鏡の奥の瞳に飢えた獣のような光が灯っている気がするんだが、気のせい…だよな?

「俺は部長をやってる三浦だ。俺を呼ぶ時は部長でいいぞ。
 他の奴らは順番に真壁、赤城だ。
 後2人いるんだが、あいつらは飯の時間には絶対に来ないからまぁいいだろう。」

「あ、どもです。
 俺は高坂京介です。」

最後に部長がメンバーの名前を紹介してくれる。
それぞれ心の中である程度の感想を抱きながら、少し緊張しつつも皆へ挨拶を返す。

「で、記憶がなくなったってのは聞いたんだが、実際のところはどうなんだ?
 本当に何も覚えていないのか?」

「事故は大丈夫だったんですか?」

「学校にはいつ頃からもどってくるんです?」

「え?えっと……。」

部長を筆頭にして全員から質問が矢継ぎ早に投げ掛けられ、俺はその勢いに少し怯んでしまう。
それを見かねた黒猫が横から助け船を出してくれる。

「…あなた達少し落ち着きなさい。
 先輩が怯えてしまっているわよ。
 そんな一度に質問されても答えられるわけがないでしょう。」

「むぅ、そうだったな。すまんすまん。
 まあ立ったままっていうのもなんだし、そこにでも座ってくれ。」

狭くて悪いなと謝りつつ、部長はパイプ椅子を指差して俺に薦めてくる。
黒猫からも促されて俺はおずおずと席に着く。


席に着くと部室に集まった皆の視線が俺に集中する。
その視線に少し緊張しながらも、ゆっくりと一息ついてから口を開き経緯を説明し始めた。

妹と行った秋葉原で交通事故に遭ったこと。
怪我はなかったがそれが原因となって記憶を失ったこと。
まだ記憶は全く戻っていないことを説明していった。
記憶を戻すために以前の自分がどういった人間だったかを知りたいとも付け加える。
…もちろん不眠症のことやあやせちゃんの件は省いてだが。


俺が説明し終えると、想像以上の内容だったのか部室には重苦しい沈黙が降りる。
その空気を破るように部長がまず最初に口を開いた。

「どういう人間だったのか知りたい…か。
 なかなか難儀な悩みだな」

「そうですね。僕たちも高坂先輩の人柄なら大体話すことはできますけど、
 高校生活全体の細かい思い出となると難しいところですね。」

「そ、そうなのか…?」

部長たちの話では、どうやら俺は3年になってからゲー研に入部したらしい。
それも入部してからほんの数か月後にはほとんど顔を出すことも無くなっていったので、
そこまで思い出に残るような話ができないだろうということだ。
昨日の黒猫の話から、ずっとこの部にいたから連れてきたのだと思っていた俺としては、
その予想外の言葉に驚いてしまう。


「あ、でも。」

俺が肩を落としていると、赤城ちゃんが何か思い出したかのように手を打つ。
そして、満面の笑顔で口を開いた。

「高坂せんぱいって実はあたしのお兄ちゃんとガチホ――――ムグッ!!?」

「…………は?」

赤城ちゃんが何かを言いかけたところで、真壁くんが後ろから突然赤城さんを羽交い絞めにして、
口を無理矢理塞いだのだ。
その突然の出来事に俺は呆気にとられるて、目が点になってしまう。


「フガムガガ!?(真壁先輩!?)
 モガフガガモガ!!?(急に何ですか!!?)」

「――ごめんね、赤城さん。
 でもこれも五更さんに頼まれてて仕方なくなんだ。」

赤城ちゃん本人も驚いたようで、塞がれた口から何とか言葉を発している。
口を塞いでいる真壁くんの方は悔しそうな声で赤城さんに謝る。
しかし、その顔は微妙に楽しげなのは見間違いではないだろう。

「…ふっ。記憶を無くした先輩に変態のあなたがやりそうなことなんて全てお見通しよ。
 だから今の先輩にあなたが変な事を吹き込まないように、真壁先輩にお願いしていたのよ。
 もし特定のワードを言う予兆があれば止めるように…ね。」 

黒猫がまるで汚物を見るような冷たい視線を赤城ちゃんに向けながら、
勝ち誇ったような笑顔で真壁くんの行動を説明する。
黒猫さんかっけー。

「モフガーーーーー!!(そんなーーーー!!)」

憐れ赤城ちゃんの声にならない嘆きが部室に響き渡るのだった。
…っていうか、ここまで止められるって一体なんの話だったんだ?



それから数分して、ようやく落ち着いた赤城さんも解放され大人しく席に着かされる。

「で、高坂は自分がどういった人間だったか知りたいんだよな?
 俺の感想としては、後輩想いのいい先輩だったと思うぞ。
 この部に入ったのもどちらかというと五更のためだったみたいだしな。」

「僕も部長と同じ意見ですね。
 ゲーム作りの時も、何かと五更さんと赤城さんの世話を焼いてくれていましたからね。」

「ああ、そうだったな。
 確かに高坂がいなかったらあのゲームはできてなかっただろうな。」

「――へえ。」

どうやら俺は少なからず活動に貢献することができていたらしい。
短い間だったにも関わらず皆から俺が必要とされていたことに、嬉しさでくすぐったい気持ちになる。

その後も、ゲー研の思い出話に花が咲き、俺と黒猫が付き合ってる噂があったことや、
部長の武勇伝、間壁くんや赤城ちゃんの苦労話で盛り上がった。

「それにしても五更と赤城は最初は仲が悪かったのに、よくここまで仲良くなったもんだな。」

「ゲームを一緒に作るまでは本当に犬猿の仲でしたからね。
 それからはお互いの能力を認め合って、仲良くやってくれてましたけど。」 

「あ、あの時はあたしも五更さんもお互いを理解できてなかったから仕方ないじゃないですか!
 教室でも痛い発言の多い問題児だと思ってましたし…。」

「ふん。私は常に自分の気持ちに正直なだけよ。
 それに腐女子のあなたにそんなことを言われるのは心外だわ。
 この部でもあなたの趣味が一番理解を得られていないのではなくて?」

「なっ!?」 

「わはは!瀬菜っち。これは一本取られたな。」

懐かしむように部長と間壁くんが女子2人の話題を振ると、赤城ちゃんが慌てたように釈明する。
それに対して黒猫が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて赤城ちゃんに皮肉を言うと、
部長のツボに入ったらしく爆笑する。

「……でも、五更さんも優しくなりましたよねー。
 なんたって高坂せんぱいのためにあたし達に集合までかけて、
 わざわざあたし達に黙って転校した高校をサボってまで来るぐらいですからねー。
 これこそ愛の成せる業じゃないですかあ?」

「えっ!?そうなのか?」

「なっ!!////
瀬菜、それは言わない約束でしょうっ!?」

「あれれー?そうでしたっけー?
 ごめんなさい。最近物忘れが激しくなっちゃいまして。」

「――くっ!まだ黙って転校したことを根に持っているの!?
 そのことは既に謝ったでしょう!」

「いえいえー、そんな過去のことはとっくに水に流れちゃってますよ。
 ただ私は知り合った当初の五更さんからの変わり様に驚いちゃただけです。」


今度は赤城ちゃんが黒猫の秘密を暴露し、黒猫が顔を真っ赤に染めながら喚き立て、
それを赤城ちゃんが軽くあしらう。
そのコントのような遣り取りを見てまた部長と間壁くんが笑い声を上げる。


『―――いい仲間達だな。』

目の前のバカみたいな、それでいて温かい遣り取りを見て、素直にそう思った。
こんな仲間たちに囲まれて毎日馬鹿をやっていたのなら、
俺の高校生活も捨てたものじゃなかったことは容易に想像できる。



「――っと。もうこんな時間か。
 もうすぐ昼休みも終わるし、一旦お開きとするか。」

部長が時計を見遣ると、時間が経つのは早ーなと言いながらそうを宣言する。 
確かに予鈴がなるまで後5分と無い。
その言葉を合図に各人が机の上に広げられた弁当箱を閉まって、バタバタと片づけを始めていく。

「そういえば高坂はこれからどうするんだ?
 放課後までいるのならまた部室に集まるぞ。」

「あ、すんません。
 ちょっと放課後までいると妹から煩く言われるんで、適当な時間になったら帰ります。
 せっかく誘って頂いてるのにすいません。」

部長から放課後も部室に来るかと薦められたのだが、この前のこともあるので俺はその申し出を断る。
すると、部長は眼鏡の角を光らせて俺の方に目を移してくる。

「高坂の妹って前にコミケで紹介してくれた子だよな。
 あんな可愛らしい妹に慕われてるんだから羨ましい限りだぜ。
 うちの妹にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ。」

「――そ、そうっすか?」

「先輩。鼻の下が伸びてるわよ。」

「あはは。高坂せんぱいのシスコンは記憶が無くなっても変わらないんですね。」


部長から、可愛い桐乃が俺のことを慕っているといわれて照れていると、
女子2人からからかわれてしまう。


「わはは。だが、俺たちと同じ趣味を持っている妹なんて珍しいからな。
 大事にしてやるんだぞ。」

「―――っえ?
 それってどういう―――?」

「っと悪い。授業があるから俺達は先に行くわ。
 また卒業してからでもいいから部室には顔を出してやってくれ。
 ―――俺は来年も3年だしな!わははは!!」

立ち去り際に部長が気にかかる言葉を発し、そのことを聞こうとすると、
部長は自慢にならないことを自慢して颯爽と立ち去ってしまった。
間壁くんと赤城ちゃんも気付けば部室から出て行ってしまっており、
気付いた時には俺と黒猫の二人だけが部屋に残される。



「黒猫。桐乃の秘密って一体何なんだ?
 部活のみんなも知っているみたいだったけど。」

ここに来た本当の目的を思い出し、唯一残った黒猫に尋ねる。
俺の過去より気になって仕方がなかったこと。
―――桐乃の趣味だ。

「………本当に分からないの?」

「―――――っ!」

黒猫の応えは鋭い刃となって俺の心に突き刺さる。
本当は答えを知っているのでしょうと。
なぜ現実を見ようとしないのかと責め立てるように。

ここまで多くのヒントを与えられて本当に分からないわけはない。
俺の中でも殆ど〝答え〟は出ているはずだ。
――だが、まるで本能がそれを認めさせないように俺の心と思考を曇らせていく。
そして…


「……ああ、分からない。」

俺は伏し目になりながら黒猫にそう答えていた。
黒猫はその答えを聞いて、ひとつ大きな溜息をつくとゆっくりと口を開いた。

「……そう。あの馬鹿な妹にしてこの馬鹿な兄ありといったところかしら。
 記憶が無くなっても馬鹿は治らないようね。
 それなら、―――あなたには現実を直視してもらうわ。」

俺を真っ直ぐに見据えて黒猫はそう宣言した。





                   【急】 2章  完
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