「願い」急3


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                   【急】 3章


12月22日(木)
高坂家 リビング
PM4:20


<<京介side >>

「ただいまぁっ。」

リビングのソファに座っていると、玄関から桐乃の元気な声が響いてくる。
少し開いたドアからひょっこりと顔だけ覗かせてきて、
俺の顔を見るやパッと屈託の無い笑顔を向けてくれる。

「遅くなっちゃってゴメンね、京介。
 すぐに着替えてくるからちょっと待ってて。」

手を合わせながら舌を出して可愛らしく謝ると、パタパタとスリッパの音を立てて二階へと上がっていく。
だが、その軽快な足音とは対照的に、俺の心の中は泥のように重く澱んでいた。
俺の脳裏に昼間の黒猫との遣り取りが思い起こされる。




12月22日(木)
千葉弁慶高校
PM1:00


『あなたの妹は―――オタクよ。』

『……オタク?桐乃が?』

現実を直視してもらうという言葉の後に、黒猫は俺を正面から見据えて、
容赦も躊躇も無く桐乃がオタクなのだと言い放った。
それに対して、俺の弱弱しい呟きが既に2人だけとなった部室に小さく響き、すぐに霧散していった。


『ええ、そうよ。それも重度のね。
?妹モノ?を中心にアニメやフィギアから18禁ゲームまで何でもありよ。
 コミケ…の記憶はあるのかしら?
 有り体に言えばオタクの祭典なのだけれど、そこにはあなたも何度か一緒に行ったのよ?』

『…………。』

黒猫から俺の知らない桐乃の趣味の話を淡々と聞かされ、思わず口を噤んで俯いてしまった。
桐乃がオタクだということはある程度予想できていた。
しかし、いざそうだと知らされた衝撃は想像以上に大きかった。
ただそれ以上に、桐乃の趣味を突き付けられた今に至ってなお、
その事実を認めたくないと頑なに拒絶している自分自身の気持ちに強い衝撃を受けていた。


『……やはり、受け入れられないかしら?』

『―――え?』

俯いてしまった俺に黒猫が声をかけてきた。
その声色は母親が子供をあやすような、姉が弟を励ますような慈愛の籠もった優しい声だった。
その言葉でようやく顔を上げると、優しげで、
それでいてどこか寂しそうな黒猫の視線が俺に向けられていた。

『以前のあなたはあの娘がオタクだということにもっと寛容だったわよ。
 いえ、どちらかといえばあなたの方から積極的に踏み込んできていたかしら。
あの娘の為に必死になって、いつも馬鹿みたいに走り回っていたわ。
 でも、今のあなたはどうやら違うようね。』

『そ、そんなことっ……!』

無い、と否定しようとして、俺はその言葉を最後まで言い切ることができなかった。
記憶を失くす前の俺がどうだったか、なんて正直関係ない。
ただ、?今の俺?が桐乃がオタクだという事実に強い抵抗感を感じていたのだ。

『俺は…俺は……。』

何か言わなければと口を開いたものの、話す言葉が思いつかずに再び口を噤んでしまう。
すると、その様子を見かねたように黒猫は大きな溜息を一つ吐いた。


『――はあ。しょうがないわね。
 あの娘のことになると自分が見えなくなるところは死んでも変わりそうもないわね。
 それなら…。』

昨日出会ったときと同じような不適な笑みを浮かべて、黒猫はある提案を持ちかけてきた。
それは…

――――――――

――――

――




「――――すけ、京介っ?」

「――っ!!」


桐乃の声でようやく、俺の意識が記憶の海の中から水面へと浮かび上がる。
いつの間にか部屋着に着替え終えた桐乃がリビングに降りてきており、
俺の目の前で腰に手を当てて頬を膨らませていた。

「さっきから何度も呼んだんですけど?
 どうしたの?そんなボーッとして。」

「あ、そうなのか?ゴメンゴメン。
 ちょっと考え事してた。」

「……考え事って?」

「――え?いや、本当に大したことじゃないけど…。」

むうっと不満を垂れてくる桐乃に本当のことなど言えるはずもない。
適当に誤魔化そうとすると、桐乃は目を僅かに細めてそう問うてくる。
そこまで深く聞かれるとは思っていなかったので答えに窮していると、
桐乃の顔が途端につまらなさそうな表情へと変わっていく。


「―――ふーん、まあいいけど。
 今から紅茶淹れるけど飲むよね?」

「あ、ああ。それじゃあ頼む。」

やや不機嫌な声でちょっと待っててと言い残し、キッチンへと歩いていく桐乃。
その後ろ姿を眺めながら、頭の中では黒猫の言葉の続きが蘇ってくる。


『それなら、自分自身の目で確かめてみることね。
もしそれでもまだ幻想を抱くようなら、私が直々に引導を渡してあげるわ。』

何かのキャラを肖っているのか、やけに芝居がかった言い回しで黒猫はそう挑発してきた。


『……言われるまでもねぇよ。』

部室で黒猫に切った啖呵を俺は再び心の中で繰り返した。
そもそも桐乃がオタクなわけがないだろ。
状況証拠?黒猫が言ってた?そんなもん知るかよ。


―――俺が桐乃の真実を証明してやるっ。


そう決意を固めると、紅茶を淹れる準備を始めた桐乃の背中へと声を掛ける。

「桐乃ぉ。」

「ん?どうしたの京介?」

「紅茶を飲むならさ、せっかくだしお前の部屋に行ってもいいか?」

「――――え?//」

俺からの呼び掛けに、桐乃はコンロに火をかけようとしたところで驚いた様子でこちらへ振り返る。
振り返った顔はやや朱がかかっており、心なしか期待の込められた視線が注がれる。

べ、別に変なことは言ってないよな俺?
桐乃と一緒に茶を飲むだけだからな?


――10分後


「さ、どうぞ入って。」

「お、おう。」

淹れたての紅茶と少しの茶菓子をお盆に乗せた桐乃の後について、
少し緊張しながら部屋の中へと足を踏み入れる。

初めて入る桐乃の部屋は一言で言えば実に女の子らしい部屋だった。
サッと見渡せば、まずピンクを基調とした可愛らしい飾り付けが目に入ってくる。
俺の部屋と比べてやや広めで、ベッドなどは俺のものより何倍もしっかりとしたものだ。
箪笥の上にはウサギや犬のぬいぐるみがあり、
その右隣の勉強机にはデスクパソコンが置かれている。
部屋全体に染み込んでいる香水の微かに甘いフルーツの香りが俺の鼻孔をくすぐり、
桐乃の匂いだな、と我ながら馬鹿げた感想が浮かんでくる。

「きょ、京介…さ。」

「――ん?どうした?」

物珍しさからついキョロキョロとしていると、
紅茶をテーブルに置いた桐乃がなにやら言い辛そうに声を掛けてくる。

「えっと…そんなにマジマジと見廻されると…ちょっと恥ずかしいかな…?////」

少しモジモジしつつ上目がちにそう訴えてくる桐乃。
そこでようやく、自分がデリカシーの欠片もなく桐乃の部屋を眺め回していたことに気がついた。

「――あっ!わ、悪い!
別にそんなつもりじゃないんだ。」 

「……ぷっ。あはは。別にあたしもそこまで気にしてないからいいよ。 
 ていうか京介、さっきから謝ってばっかだよ?」

「そうだよな。すまん…。」

「ほらまたぁ。別に悪いことしてるわけじゃないんだし、京介が謝る必要なんてないじゃん。
 それよりせっかく淹れた紅茶が冷めちゃうから、ひとまず座って座って。」

まるで漫画や小説のようなお約束の展開だ。
桐乃から謝り過ぎていることを笑われ、自分が変にネガティブになり過ぎていたことに少し凹んでしまう。

手渡された座布団を敷いて、ベッドに腰掛けた桐乃と対面する形で腰を落とす。
桐乃は上機嫌に鼻歌を唄いながらティーカップに紅茶を注いでいく。
ティーカップに注がれた紅茶の柔らかな香りが部屋に広がり、寒さが気持ち和らいだ気がする。

飲みやすい温度になった紅茶を早速一口流し込む。
前に飲んだ時より幾分濃いめの味ではあったが、今の疲れが溜まった身体には最適の塩梅だった。

「ん……やっぱ美味しいな。」

「ほんとっ?」

「ああ、俺やっぱり桐乃が入れてくれた紅茶好きだわ。」

「―――えへへ、ありがと///」

紅茶の味を誉めると、桐乃は少し照れながらも、本当に嬉しそうに微笑んでくる。
事実、紅茶を飲んだことで澱んでいた心が少しだけ軽くなった気がする。
そして何より、桐乃の笑顔が目の前にあるということが俺にとっての安らぎになる…なんてな。

そこからは非常に暖かな雰囲気に包まれながら、桐乃が出ている雑誌を見たり、
昔の思い出話を聞いたりと緩やかな時間を過ごした。
そして、用意された紅茶を飲み終えたタイミングで、俺は桐乃にある話を切り出した。

「そういえば、桐乃ってノートパソコンとか持ってるか?

「ノーパソ?
 一応持ってるけど…それがどうしたの?」 

「ちょっと調べたい物があるから今日1日貸して欲しいんだ。
 ダメかな?」

「別にダメじゃ無いけどさ、調べ物って何なの?」

桐乃からは明らかに疑いの籠められた反応が返ってくる。
そりゃ突然ノートパソコンを貸してくれなんて言われたら誰でも怪しむよな。
けど俺の中でこの反応は予想できていたので、予め考えていた答えを返す。


「おいおい、野暮なこと聞くのは無しだぞ。
 明後日の準備だよ。何もないってのは流石に味気ないだろ?」

「―――あっ!」

俺の思わせぶりな言葉から桐乃はすぐに事情を察してくれたようだ。
そう、明後日は世に言うクリスマスイヴだ。
その日は桐乃と渋谷に遊びに行くわけで、
そのための準備と言えば結び付けられるのは一つだけだろう。

「そういうわけで明日は昼前に1人で出掛けるけど大丈夫だよな?」

「うん。あたしも明日は夕方まで高校の説明会にお母さんと行ってるから大丈夫だよ。
 でも明後日楽しみだねっ。///」

「…ああ、そうだな。」

期待で目を輝かせながら、無邪気に明後日のイヴを楽しみにしてくれる桐乃。
その疑いのない視線を注がれて、針に刺されたような鈍い痛みが俺の心に走る。
ノートパソコンを使って桐乃のためのプレゼントを探すのは一応嘘じゃない。
けど、本当の理由は別にあった。


『あの娘があなたにプレゼントしたエロゲがあなたな部屋にあるはずよ。
 まずはそれを探してみることね。』


黒猫からの話を確かめるために、都合のいい言い訳を使って桐乃を騙している。
そのことに小さな罪悪感を感じてしまい、その辛さを誤魔化すために話を切り上げにかかる。

「それじゃあこいつをちょっと借りてくな。
 夕飯の手伝いはちゃんとするからその時は呼んでくれ。
 あ、部屋に入る時はノックはしてくれよ?」

「うん。わかってるって。
 ……明後日、楽しみにしてていいんだよね?」

「――ああ、当たり前だろ。」



ノートパソコンを持って部屋を出ようとすると、桐乃が俺の背中に言葉を投げかけてきた。
桐乃を騙していることへの後ろめたさもあって、
俺は桐乃の方に振り返ることができず背中を向けたまま、一言だけ応えて足早に自室に戻った。



―――もし、この時振り返っていれば、俺は気付いてやることができていたのかもしれない。
俺を見送る桐乃の表情が、今にも壊れてしまいそうな程に儚くて哀しくなっていたことに。
泣き出しそうになるのを必死に耐えながら、
それでも俺に助けを求めるような目で訴えていたことに……。





                   【急】 3章  完
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