「願い」急4


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                   【急】 4章


12月23日(金)
総武線 車内
AM11:30


<<京介side >>

東京都の都心から千葉の最東端まで結ぶJR総武線。
平日は通勤するサラリーマン、休日は遊びに出掛ける家族など、
生活に欠かせない交通手段として利用されている。

『昨日は一睡も出来なかったな…。』

都心に向かう電車のシートに背中を預けながら、しょぼつく目を何度も揉みほぐす。
記憶喪失のストレスからくる不眠症は日々悪化していき、とうとう一睡もできなくなってしまった。

そのせいで、今朝からそれこそ鉛でも貼り付けられたかのように身体が重く感じられる。
目の下には色濃い隈が浮かんでおり、端から見れば病人にしか見えないだろう。 
桐乃と母さんが朝早くに高校の説明会に出かけてくれたことが唯一の救いだった。

はあ…

心の中で大きな溜め息を零す。
俺の今の状態を例えるなら、限界まで張り詰めている糸、といったところだろう。
いつか耐えきれずに切れるんじゃないのか。
そんな云い知れぬ不安が常に俺の肩に重くのし掛かってきている。


『次は秋葉原、秋葉原。お出口はー』

その時、目的地に到着するアナウンスが車内に流れ、電車の速度が緩やかに落ち始める。
俺は安堵の息を吐き、窓の外の景色を流し見ながら小さく呟いた。

「―――ここが秋葉原か。」


電車から降り電気街の改札を抜けると、そこには地元とは全く異なる世界が広がっていた。
駅前ではメイド姿の女の子がビラ配りをしており、周りには電気屋やらアニメのショップなどが所狭しと並んでいる。
道行く人達の目は子供のように輝いており、街全体がクリスマスなぞ関係ないとばかりに活気づいている。


そんな人混みの中でキョロキョロと目的の人の姿を求めるのだが、如何せん人の数が多過ぎる。
周囲にそれらしい人影すら見つけることができない。

「どうすんだよ、これ…。」


――トントン


先行きの悪さに途方に暮れていると、後ろから誰かに肩を叩かれる。
そちらへと振り返った俺は、


「―――んなっ!?」


思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


振り返った先には黒猫が居た。
それはいい。今日の待ち人は黒猫なので、あちらから接触してくれるのは好都合だ。
それより俺の度肝を抜いたのはその黒猫の服装だった。


全体的に黒を基調として、ゴテゴテとした装飾のついたファンシー過ぎる服装、所謂ゴスロリ少女がそこにはいた。


その予想の遥か斜め上の展開に唖然としていると、黒猫の方から先に口を開いた。

「――急に奇声をあげてどうかしたの、先輩?
 いつも以上に面白い顔になっているわよ?」


「ほっとけや!
 っていうか何なんだその服は!?」

会って早々に毒を吐いてくる目の前のゴスロリ。
それに軽く突っ込みを入れつつ服のことも指摘してやると、黒猫は自分の服を少しの間見下ろした後、不思議そうに顔を上げた。

「私の普段着なのだけれど、何か問題でも?」

「なん…だと…?」

これが普段着だと当たり前の如く言い切りやがりましたよ、この娘は!
こんな浮き世離れした服を地元でも着てるっていうのか?
どんなプレーだよ、それは!

「そんなことより、ここに来たということは覚悟はしてきたようね。
 正直怖じ気づいて来ないと思っていたわ。」

「―――へっ。
 昨日も言ったけどな、やっぱり桐乃はオタクなんかじゃねえよ。
 お前の言ってたゲームも見つからなかったしな。」


そう。俺がわざわざ桐乃に嘘までついて、秋葉原で黒猫と会っているのには理由があった。
それは、桐乃がオタクなんかじゃないと証明するためだ。


昨日、桐乃からパソコンを借りた後、俺は自分の部屋で黒猫の言うゲームを徹底的に探し尽くした。
だが結局、以前自分でエロ本などの類いを探していたことと、それら全てを桐乃に処分されたこともあって、いかがわしいブツは1つも見つからなかった。
ええ、そりゃもうキリスト様も真っ青の健全さでしたよ…。


ただ一点気懸かりなのは、唯一鍵がついている机の引き出しだ。
ゲームと一緒にその鍵も探してはみたのだが、それも結局見つけることができなかった。
最終的には埒があかないと見切りをつけて、黒猫にゲームなんて見つから無かったと電話したのだ。
すると、黒猫から証拠を見せるから秋葉原まで来なさいと言われたのがここに来た顛末だ。

「――まぁいいわ。
 外で立ち話というのも何だし、座れる店に入りましょう。」

どこか呆れたような顔をして、黒猫はさっさと歩き出してしまった。
有無を言わせぬ雰囲気に押されつつ、俺は慌てて黒猫の後について歩いていく。
黒猫は駅から少し離れたビルとビルの間の小道へと迷いなく入っていき、とある雑居ビルの前で足を止めた。

「ここよ。さ、入りましょう。」

「…マジかよ。」

黒猫が入っていったビルの看板を見上げ、俺は自分の口の端がやや引き吊るのを感じた。

『元祖癒し空間
 cure maid cafe』

所謂メイドカフェってやつだ。



「お帰りなさいませ。お嬢様、お兄ちゃん。
 ご予約はございますか?」

店に入るなり、ツインテールの可愛いメイドさんがにこやかな笑顔で俺達に話し掛けてくる。
って、何故俺だけお兄ちゃんっ!?

「いえ、予約はしていないわ。
 空いてる席でいいから案内して頂戴。」

「畏まりました。
 それではこちらの席へどうぞ。」

案内された席につくと、
黒猫はすぐにメニューからファンシーな名前の謎ドリンク(実はただの紅茶)を2つ注文した。

「流石に慣れたもんだな。
 やっぱりこういうとこにはよく来るのか?」

「そんなことないわ。
 ここに来たのも今日で2回目よ。」

余程頻繁に来ているんだろうと思い訊ねると、意外なことにまだ2回目だという。

「そうなのか?」

「ええ。初めて来たのは1年前のオフ会の時ね。
 あなたの妹と初めて会ったのもその時よ。」

「……へぇ。」

俺は少し間を置いてから相槌を打ち、話の続きを促す。

「あの娘はね、その日もいつも通りのど派手な格好で参加してたのよ。
 けれど他の参加者は内気で大人しめの娘ばかりだから完全に浮いてしまって、
 あそこの席で一言も喋らずに座っていたわ。」

黒猫は目線を後ろの席に投げてその時の状況を端的に説明してくる。


何故だろう…。
そこには口を噤んで悔しそうに、それでいて寂しそうに椅子に座る桐乃の姿が
やけにリアルに浮かび上がってきた。


黒猫の話は続いていく。

その後、沙織というオフ会の主催者が黒猫と桐乃、そして俺を引き合わせたこと。
後日俺の呼び掛けから皆で夏のコミケに参加したこと。
桐乃のスイーツ小説が大ヒットしたこと。
その作品が盗作されて、俺がその犯人を説得して解決したこと。
桐乃が俺にゲームをプレゼントして、俺が感動のあまり泣き出したこと。
その中身がエロゲーで全員ずっこけたこと。
桐乃が何も言わずアメリカに留学したこと。
留学で精神的に凹んでいた桐乃を俺がアメリカまで行って連れ返したこと。



黒猫は1つ1つの出来事を懐かしむように、
桐乃や俺と出会ってから今に至るまでの思い出をゆっくりと語っていった。
そして俺の方は、終始黙ってその話に耳を傾けた。

黒猫の話を嘘だと断じることは俺には出来なかった。
何故なら、自らの思い出を語る黒猫は本当に楽しそうな顔をしていて、
どうしても作り話とは思えなかったからだ。

そして何より、話に出てくる桐乃は俺の知っている桐乃とかけ離れているのにも関わらず、何故か違和感を全く感じなかったからだ。

「――と、私の話はここまで。
 最後に言っておくけれど、あの娘があなたにオタク趣味を隠しているのは紛れもなく事実よ。」

「………」

「―――本当はとっくにあなたも気づいているんでしょう?
 それなのに真実から目を背け続けるのは何故なのかしら?」

「それは…。」

黒猫の棘のある追及に、俺は咄嗟に応えることができず口篭もってしまう。

「言いたくないのなら私が代わりに答えてあげるわ。
 あなたはただ優しくしてくれる妹に依存しているだけなのよ。
 隠し事を指摘すればあの娘に嫌われるかもしれない。
 自分から離れていってしまうかもしれない。
 それが怖くて、知らない振りをして楽な方へ逃げているんでしょう。」

「―――っ!!」

黒猫は口調を強めて、俺の“弱さ“をストレートに指摘してきた。
同時に、俺の中で誤魔化しているが、それこそ隠しようのない本心なのだと理解し、小さくない衝撃を受ける。


「……お前に俺の何がわかるって言うんだよ。」

「ええ、わからないわ。
 記憶を失くしたことも無い私にわかるわけがないでしょう。
 それでも、……私はあなたの友達として、あなたに記憶を取り戻してほしいと思っているのよ。
 あなたのために。
 ――そして何よりあの娘のために…ね。」

「――桐乃のため?」

「そうよ。
 なたがどう感じているか知らないけれど、あの娘はあなたが思っている程強くなんてないのよ。
 記憶を無くしたあなたのためにこのまま嘘をつき続ければ、
 近い将来潰れてしまうのがオチでしょうね。」


桐乃が潰れるという言葉に心が反応してドキリとする。

俺が記憶を失ったことへの罪悪感。
あやせちゃんと絶交したことによる孤独感。
一番の趣味を隠し続けなければ、という脅迫観念。

俺が記憶を失ったことで桐乃は少しずつ、
それこそ真綿で首を絞められるように追い詰められていっているんじゃないか?
そして桐乃の首を絞めている人間は……俺だ。

「事故に遭ってから今まで何か1つでも思い出した?」

「…記憶がそんな簡単に戻るなら苦労しねえよ。」

「そうね。さっきの昔話で記憶が戻ってくれるのが一番良かったのだけれど、
 そう都合よくはいいかないわよね。」

ヤケクソ気味に黒猫に愚痴ると、黒猫は意外にもすんなりと俺の話を肯定した。
その返答を訝しんでいると、黒猫は少し言いづらそうに口を開いた。

「1つ…試してみたいことがあるの……。」

「試したいこと?どんなことだ?」

「強力な記憶のフラッシュバックをわざと起こす、というのはどうかしら。
 それで記憶が一部でも戻れば、そこから芋づる式に記憶を取り戻せる可能性は高いと思うの。」

「フラッシュバック…っていってもどうするんだよ。
 桐乃やお前から昔の話を聞いても、俺は何も思い出せなかったんだぞ?」

「そうね。恐らく話を聞くだけだと効果が薄いのだと思うわ。」

「それなら――」

「……あなたが記憶を無くしたのはどこだったかしら?」

「―――っ!!」


その言葉を聞いて、俺は瞬時に黒猫の意図を理解した。
事故現場に行って記憶を掘り起こそう、こいつはそう言っているのだ。


「……正直それで記憶が戻るかは私にもわからないわ。
 もしかしたら、記憶なんて戻らなくてあなたが辛い気持ちを味わうだけかもしれない。
 だから、行くかどうかはあなたが決めて欲しいの。」

「…………」


正直言うと、自分が事故に遭った場所にわざわざ戻るなんて嫌だし、考えたくもない。
しかし、俺の記憶喪失が桐乃の負担になっているという黒猫の先程の言葉が心に重くのし掛ってくる。

『――悩んでても始まらない…か。』

そう踏ん切りをつけて、俺は黒猫の提案に頭を縦に振って答えた。





店を出た俺達は、黒猫の案内に従って歩き始めた。

「あなたから記憶を無くしたと聞いたその日に、ネットで事故のニュースを調べたの。
 そうしたらすぐに見つかったわ。」

黒猫が言うには、あの事故はネットでは大きく取り上げられており、
どうやら具体的な事故の様子や場所なども書かれていたらしい。
ただいくら調べても当事者である俺の名前は出て来ず、
2ちゃんという掲示板でも謎の被害者としてちょっとした話題になっていたそうだ。
後でわかったことだが、これは父さんが俺と桐乃のことを心配して、
マスコミへの情報を完全に遮断してくれたおかげだった。
父さん、マジぱねぇっす。


そんな話をしながら、喫茶店を出た俺達は駅の方向へと迷うことなく進んでいく。
そして、ちょうど狭い小道から大通りに出る手前で黒猫がピタリと足を止めた。

「この角を曲がったところがそうよ。」

本当に大丈夫?と黒猫は不安気に声を掛けてくる。
全然大丈夫なわけがない。
さっきから心臓はバクついているし、喉は干上がった砂漠のようにカラカラだ。
それでも目を瞑り一度大きく深呼吸をしてから、自分を鼓舞するように頷いた。



角から一歩踏み出すと、そこは至って普通のどこにでもあるような交差点だった。
ただひしゃげたガードレールと大きく歪んだ電柱だけが、ここで事故が起きたことを如実に物語っており、


「――――っうぷ!!」


その光景を目にした途端、胃の奥から強烈な吐き気が込み上げてきて、反射的に口を手で覆った。



血  血  血
真っ赤に染まるコンクリート
急速に熱が奪われ冷えていく身体
〝人〟ではなく〝モノ〟を見るような人々の視線
それら全てを丸ごと飲み込んでいく深い、深過ぎる闇


突如夥しいまでの映像が濁流の如く流れ込み、目の前の視界が、そして世界がぐにゃりと歪む。
余りにも鮮烈な“死”の恐怖が首を擡げて、俺の頭の中で暴れ狂う。
その発狂しかねない恐怖に堪えきれず、一瞬硬直した足からは力が抜け膝から崩れ落ちる。


『ちょ…せ………ぶ!?』


誰かの叫び声が耳に入ってくるが、壊れたラジオのように途切れ途切れで聞き取ることができない。
心臓はそれこそ死神に鷲掴みにされたかのようにきつく締め付けられ、
生理的嫌悪感から息を吸うことすらままなくなる。


はぁっはぁっ…はあっ……!!


朦朧とする意識の中で、激しく揺すられている肩の方へと何とか視線を動かす。
そこには大粒の涙を流す■■の姿が幻視えた。

「きり…の――。」

最後にそれだけ口にして、俺は闇の中へと意識を手放した。





                   【急】 4章  完
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