「願い」急5


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                   【急】 5章


12月23日(金)
秋葉原駅周辺
AM13:20


<<桐乃side >>

はぁ…!はぁっ…!はぁっ…!!

…なんで?

激しく息切れしながらも、あたしは地面を強く蹴り、少しでも前へ前へと走り続ける。
だがフォームはど素人のようにグチャグチャ。
心臓は壊れたエンジンみたいに暴れ狂い、脚を止めろと悲鳴をあげる。

……なんで?

それとは逆に、心は走れ、走れとあたしを急き立てて、身体の悲鳴を強引に抑えつけて走り続ける。

……なんで?………なんでっ!?

必死に脚を動かしながらも、頭の中ではさっきから同じ疑問の言葉がぐるぐると廻り続けている。
そのたった1つの疑問が、あたしの中でどんどんと膨れ上がり、脚を突き動かしていた。

―――なんで黒猫がっ!!!

疑問が不安を呼び、その形の見えない不安に心が塗り潰されて、
どす黒い感情が体の中で音を立てて溢れだそうとする。
憤怒の泥が体中から湧き出し、あたしの理性という壁を瞬く間に浸食し、腐敗させていく。

そんなあたしの手の中には携帯電話が握られていた。
その携帯の画面にはあるメールが表示されていた。
一通のメールこそが、あたしの激しい焦燥を生み出している原因だった……。






同日
高坂家玄関口
AM7:30

「桐乃ー?
早く行かないと説明会に遅れるわよ。」

「もう。待ってよ!お母さんっ。
 まだ余裕で間に合う時間だよ?」

玄関口で急かしてくるお母さんに、制服に着替えたあたしは出るのが早過ぎだと文句を垂れる。
今日はあたしの受験校の説明会なんだけど、
会場までは電車で行く必要があるから早めに出たいってのはわかるけど…。
それでも京介を起こしてから出てもバチは当たらないよね?

「何言ってるのよ。こういうのは最初が肝心なのよ?
 ほら、文句言ってないで早くなさい。」

「……は~い。
 京介ー!朝ご飯は下に置いてるからね!
 あたし達出掛けるけどちゃんと起きるんだよっ?
 それじゃ行ってきまーす。」

これ以上お母さんに何を言っても仕方がないと抵抗を諦め、渋々返事をして玄関へと向かう。
最後に2階の寝坊助に声を掛けてから、あたしとお母さんは家を後にした。



『はあー…。せっかく今日も紅茶淹れたげたのになぁ。
 ……飲んで欲しい人がいなかったら意味ないじゃん、バカ京介っ。』

高校に向かう道中、あたしの朝起きてこなかった京介のことで溜息をつく。

『まぁ、…でも昨日は夜遅くまで京介の部屋で物音がしていたしなぁ。
 たぶん、あたしへのプレゼントを頑張って選んでくれてたんだよね…///
 ―――ん。それなら許してあげてもいいかな?」

そう、明日はあたしが待ちに待ったクリスマスイブなのだ。
プレゼントを買ってやるという昨夜の京介の言葉を聞いてから今に至るまでずっと、
あたしの気持ちはフワフワと雲のように浮ついていた。
そんなあたしの頭の中で、明日の京介とのデートの様子が再生され始める。




――
―――
――――
聖夜の渋谷の街では色とりどりのイルミネーションで彩られ、
多くのカップルの存在も合わせてなんとも幻想的な世界が創り出されている。
その中でも一際美しく輝くクリスマスツリーの前で、あたしと京介は静かに肩を寄せ合っていた。

「……ほら、これ。//」

緊張からか少し頬を赤く染めながら、綺麗に包装されたプレゼントを鞄から取り出す京介。 

「わぁ!嬉しいっ!
 ありがとね、京介っ。」

そして、感謝の言葉と共に最高の笑顔でそれを受け取るあたし。
すると、京介はプレゼントを持ったあたしの肩にそっとその手を置いてくる。

「あ、それともう一つプレゼントがあるんだけど……。」

「―――え?///」

突然の行動にキョトンとして京介の方に向き直ると、京介の顔が徐々に近づいてきて―――。
――――
―――
――

『えへ……えへへ………///』

そんな夢のようなシチュエーションを妄想する私からは、だらけきった笑みが零れてくる。
頭の中でその後のことも考え始めると、自然に頬が緩んできてしまう。
お母さんの後ろで1人、妄想の世界にどっぷりと浸っていたあたしは……

「あら、新垣さん。」

「―――っ!」

お母さんの一言であっさりと現実世界に意識が引き戻されてしまった。

「――あら、高坂さん。おはようございます。
 桐乃ちゃんも説明会ですか?」

「そうなのよぉ。こんな年末の忙しい時期だと大変よね。」

「本当ですよね。そう言えば聞きました?―――。」


お母さんがあやせの母親を見つけお互いに声をかけ合うと、
そこから直ぐにママさんトークが始まり、即興の井戸端会議となってしまった。

「……き、桐乃?」

そして、母親の陰に隠れるように立っていたあやせが怖ず怖ずとあたしに声を掛けてきた。

「お、おはよ?桐乃。」

「……………。」

「あ、う………。」

極力明るい雰囲気であやせがあたしに挨拶をしてくる。
だけどあたしはそれに応えることなく、無言でお母さん達の後ろに続いて歩き始める。
あやせはそんなあたしの反応に肩を落とすと、口を開くことなくトボトボと付いて来る。

――――チッ!

あたしはあたし自身の子供じみた振る舞いにイラついて、心の中で小さく舌打ちをする。

……あの日、公園で絶好したあの時から、あたしとあやせの関係は完全に破綻してしまっていた。
その日のうちにメールや電話があやせから何度も来たので、着拒にして連絡を取らないようにした。
次の日登校すると校門であたしを待っていたあやせ。
それからあやせは何度もあたしに話しかけてきたが、あたしはそれら全てに無視を決め込んだ。
無視を決め込まなければ、あやせを許してしまいそうだったから……。

こうなってしまった今でもなお、あやせのことは大切な親友だと思っている。
けど、だからこそ許せなかった。
許すことができずにいた。

あたしに黙って京介に会ったことが。
―あたしの秘密を京介に言いかけたことが。
――何より京介の■■を勝手に戻そうとしたことが!

あたしの中で、自分でもよくわからないドロドロとした感情の粘度が増していく。
そのままあたし達は一言も交わさず処刑場の囚人のように黙って歩き続け、
説明会場に着いてもこの重苦しい空気が拭われることはついに無かった。





同日
船橋高等学校
1-A教室
AM12:20

会場の高校に到着したあたし達はお母さん達と別れ、指定された教室へと誘導された。
受験生は各教室で、保護者は体育館で担当の教師から説明を受けるのだ。
そして、あたしとあやせは同じ教室に誘導され、あたしは窓側の席、あやせは廊下側の席に着席した。

そこからは真面目に教師の説明に耳を傾け、説明会は粛々と進行していった。
そして教師の説明も一段落し、昼食の場所と時間の説明が始まった時に事件は起きた。

ヴィーン……ヴィーン……

――あ、ヤバっ。電源っ。

あたしの内ポケットに入れていた携帯が突然震え、小さな機械音を発し始めた。
少しの間震えていた携帯はすぐに止まり、また静かになる。
このまま昼休みに入るまで放置してもいいのだが、あたしの性格がそれを許さなかった。
ポケットから携帯をこっそりと取り出して、電源を切るために画面を開く。
念のため着信したメール画面には黒いのからのメール着信情報が表示されていた。

――メール…黒いのから?

携帯のディスプレイには、送り主の黒猫の名前と短い件名だけがポッと表示される。
休みの日に暇になってメールしてきたのかな?と思い、その内容を見てみると……

from:黒猫
件名:先輩が倒れた


――――っっ!!?


その件名を見た途端に、あたしは頭から血がサァっと引いていくのを感じた。
見過ごすことができないその内容に、あたしは慌てて受信メールのフォルダを開く。

from:黒猫
件名:先輩が倒れた
本文:あなたのお兄さんが病院に運ばれたわ。
   場所は―――



――――ガタッ!!!!

メールの最初の一文を読んだ瞬間に、あたしは勢いよく席から立ち上がっていた。
あたしが説明の途中で突然立ち上がったせいで、教師は心底驚いたようにこちらへ振り返り、
周りの生徒も大きくざわめき視線があたしへと集中する。

「ええっと――高坂さん?
 ど、どうかしましたか?何か質問でもありますか…?」

当然事態を呑み込めない教師は、やや戸惑いがちにあたしへ声をかけてくる。
だけど、あたしの耳にはそんな教師の声は既に入ってこなくなっていた。

頭の中が一瞬ホワイトアウトした後、即座に京介が倒れたという事実だけで埋め尽くされた。
メールの内容が嘘だとしても本当だとしても、あたしが取るべき行動は一つだけだった。

……みんなに見られてる?……高校受験?
――――そんなもの知るかっ!!

そこからのあたしの行動にはほんの一瞬の躊躇も無かった。
あたしは足下に置いてあった自分の鞄をひっつかむと、教室の外へと全力で走り始めた。

「き…桐乃――っ!?」

教室を飛び出す直前に、慌てふためいたあやせの声が投げ掛けられる。
その言葉だけがあたしの耳に粘りつくように残ってしまった……。







同日
秋葉原中央病院
AM13:30


――――バンッ!!


病院の受付で教えてもらった病室のドアを壊しかねない程に勢いよく開け放つ。
そこには、ベッドで横になって眠っている京介と、そのすぐ隣の椅子に座っている黒猫がいた。
......本当にそこに2人がいた。


ギリッ……!

想像していたとはいえ、その光景を実際に目にすると、
激しい憎悪の感情がマグマのように沸き上がってくる。
あたしの口からは奥歯を噛み砕きかねない音がありありと聞こえてくる。

「……先輩が寝ているのよ。
 もう少し静かにしてくれない?」

黒猫はそんなあたしの怒りを全く気にする素振りも無いかのように、
挑発的な言葉と一緒にゆっくりとあたしの方へと振り返る。
振り返った黒猫の手は眠っている京介の手を優しく包み込んでいた。

―――なんであんたがっ!!!

京介と黒猫が触れ合っている事実はあたしの頭の中を一気に沸騰させて、
右の拳が無意識にきつく握り込まれ、小刻みに震えだす。

『………ダメっ!
 まずはっ。まずは事情を聞かないとっ……。」

今もベッドで横になっている京介に何が起きたのか、何をしたのかを聞く必要があると考え、
放っておけば即座に暴走しかねない心を、脆く崩れかけた理性で強引に抑え込む。
心の中でゆっくりと息を吸い込み、ほんの少しだけ気持ちを落ち着かせてから黒猫に糾問する。

「あんた…、京介に何したわけ……?」

黒猫へ問い質す声は自分でも驚く程冷たい声となる。
それでも噛みつくような怒りの感情が滲みだすのは止められそうになかった。

「……事故の現場に連れて行ったのよ
 先輩の無くした記憶を取り戻せると思ってね。
 そしたら突然気を失って倒れてしまった、…というのが全てよ。」



「―――はぁっ!!?事故現場に行った?
 あんたっ!なんでそんなことっ!!
 っていうか京介の記憶のこともなんで知ってんのよっ!?」

あたしは黒猫に京介のことを一言も言っていないのに――!!
黒猫の思わぬ答えにあたしは激昂して、さらに事情を追及しようとする。


「……なんで?なんで、ですって?
 決まってるでしょう。先輩の記憶を取り戻させてあげるためよ。
 それ以外に理由なんてあるわけが無いでしょ?
 ――逆に聞かせてもらうけれど、何故私達に先輩のことを黙っていたの?」

「――――っ!!」

あたしの追及に対して、至って当然でしょうという口調で答えてきた。
それだけでなく、逆に黒猫はあたしへと京介のことで説明を求め返してきた。
その黒猫の声はあたしが今まで聞いたことが無いくらい冷たく単調なもので、
虚を突かれたあたしは思わずたじろいでしまう。

「そ、それは……し、心配かけたら悪いと思ってっ!」

「私達に心配をかけないため?
 心配をかけないために、私や沙織に黙っていたって、あなた本気でそう言っているわけ?」

「―――こ、これはあたしと京介だけのことなんだから、あんたには関係ないでしょっ!?
 さっさとここから出てってよ!!」 

黒猫の詰問に対して咄嗟に答えると、黒猫はより一層底冷えのする声で更に聞いてきた。
正論過ぎてまともな答えも思い浮かばないあたしはヤケになって、黒猫を病室から追い出そうとする。



「―――きり…の……?」

その時、黒猫の後ろで眠っていた京介の意識が戻り、目を覚ます。
状況を全く把握しきれていないのか、薄ぼんやりとした眼でこちらを見つめて弱弱しく呟いてくる。


「――あ、京介っ!大丈夫だった!?
 あたし、京介が倒れたって聞いて!」

目を覚ました京介に慌てて駆け寄ろうとすると、
それを阻むように黒猫があたしと京介との間にズイっと立ち塞がった。
2人の一触即発な空気が狭い病室に張り巡らされ、一瞬の沈黙が下りる。

「……何?もうあんたと喋ることなんてないんだけど?
 さっさとあたし達の前から消えてくんない?」


「お生憎様、私の方にはあなたと話すことがまだ残っているのよ。」

立ち塞がってきた黒猫に、あたしは正面から恫喝の勢いでここから出て行けと告げる。
あたしの言葉を真正面から受け取った黒猫は、どこか諭すような口調でそうい返してきた。
その諭すような、どこか上からの喋り方がまたあたしの癪に触る。

「――はあ?何言ってるわけ?
 本っ気で意味わかんないんですけど。
 いい加減にしないと怒るよ……?」

「………なぜ先輩の記憶を戻そうとしないの?」

「―――――っ!!!」

その黒猫の言葉は鋭いナイフのように、あたしの心にズブリと深く刺し込まれた。
一瞬目の前の女が何を言ってるのかあたしには理解できなかった。
そして、その意味を理解すると、あたしの心は即座に凍りついた。
黒猫はあたしの狼狽する姿を蔑むように見つめつつ話し始めた。

「先輩の話だと、あなた、あやせって娘と会っていたことで怒り狂ったらしいじゃない。
 元々の知り合いだったそうだし、会うだけでそこまで怒るなんてどう考えても異常よ。」

「あ…う……。」

「それに、一度も田村先輩の話が出てこなかったわ。」

「―――そ、それはっ。」


黒猫の静かな、それでいて厳しい追及にあたしは何も口にすることができなかった。
その上、黒猫からあの女の名前が飛び出して来て、あたしは雷が落ちたみたいに衝撃を受ける。

「悔しいけれど、これまでで先輩と一番長く付き合いがあるのは田村先輩よ。
 だから記憶を戻そうとすれば、嫌でも田村先輩に辿り着いてしまう。
 それなのに先輩は、田村先輩がどんな人かあなたからは聞いていないと言ったのよ?
 おかしいと思って当然でしょ?
 どう見ても、私にはあなたがわざと先輩の記憶を取り戻そうとせずに、
 周りとの繋がりを極力減らそうとしているようにしか思えないわ。」

重い言葉だった。
黒猫の言葉は、既に満杯に近いあたしの心に重く、巨大な重石として圧し掛かる。
もはやまともな思考力はあたしの中から失われ、
馬鹿みたいに口をパクパクと開け閉めすることしかできなくなっていた。


「――改めて訊くわ。
 何故、先輩の記憶を取り戻そうとしなかったの……?」

静かな、そして怒りの感情が込められた言葉があたしに投げ掛けられる。

――答えられない。
―――できるわけがないっ。
――――だって、それは……。

「……答えられないの?まぁ、答えられるわけが無いわよねっ。
 先輩の記憶が無い方があなたにとって都合がいいから、なんてっ!」

「――――っ!!!」

「なぜ先輩の呼び方が変わっているのかしら?
 なぜ携帯ショップで彼氏扱いをしたのかしら?
 なぜオタクだという趣味を隠し続けるのかしら?
 なぜあたし達との繋がりを絶とうとしたのかしら?」

なぜ、なぜと、あたしの行動の一つ一つに理由を求められる。
その1つに答えることさえできず、頭がパニックを起こし熱暴走が始まる。
そして癇癪を起したあたしは、左手で黒猫の襟首に掴みかかり叫び声をあげた。

「―――うっさい!うっさい!うっさい!
 あ、あんたなんかに!!
 あんたなんかにあたしの気持ちがわかるわけないっ!!!」



「ハッ!わかるわけないでしょ!?
 好きな人の記憶を自分好みのモノに改竄しようとする女の気持ちなんてね!!」

あたしに首元を掴まれながら、黒猫も負けじとあたしに叫び返してくる!

「――――え?」

「―――あっ!!」

そこで、今まで状況を呑み込めずにいた京介が、黒猫の叫び声に初めて反応を示した。
その時になって、あたしも目の前に京介がいたことを思い出す。



――京介に聞かれたっ!
――-京介に見られたっ!
――--京介に嫌われるっ!!

よく考えてみると、目覚めたばかりの京介に黒猫の言葉の真意などわかるはずなどないのだ。
けど、黒猫の言葉でポカンとした顔になった京介を見たあたしは、一瞬でパニックを起こす。

京介に嫌われる恐怖で頭の中が一瞬で真白に染め上げられる。
芯の芯まで腐食が進んでいた最後の壁が音を立てて崩壊する。
長く溜まっていた泥が体中に溢れ返り、視界は真黒に塗り潰される。
そして……

バキィッ――――!!


何も見えない闇の中で、鈍い音だけがあたしの耳の中に重たく響き渡った……。





                   【急】 5章  完
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