「遅い、遅すぎ」
「あー…すまん。でも今日は用事が出来たって連絡したろ。帰ってもよかったのに」
部屋で一人待たせちゃ悪いと、随分前にメールしといたんだが。
「そういうこと言う、フツー? 可愛い彼女が健気に待ってたんだから他に言いようがあるじゃん」
カバンを置き上着を脱いでいるところへ加奈子が絡んでくる。
ご立腹であるような口調の一方で、期待をちらつかせつつ。
「可愛いとか健気とか臆面もなく自分で言うかよ普通」
すこし意地悪をしたくなってかわしてみると、堪えかねた加奈子に捕まった。
「もう、まだるっこしい、ただいまの挨拶はー!?」
「わかった。わかったから。引っ張るな。倒れちまうっての」
改めてただいまを言い、抱き寄せる。
おかえり。待ってた。呟いて加奈子は俺の胸に顔を埋める。
こうなるとしばらく離してくれそうにないんで、自然と加奈子の髪を撫でたりして過ごす。
黙ってても間が持たなくなるなんてことはないが
今日はマジでいい時間になってるのが気にかかり、語りかけてみる
「本当に帰りが何時になるかわからなかったから、まさかずっと待ってるとは思わなかったよ」
「……またそゆコト言うし。アタシが好きで待ってたの、野暮言うなよなー」
続けてわからずや呼ばわりして、俺の背中に回された腕に力が込められた。
「そか。まぁ俺も照れくさくてあんな態度しちまったけど、白状すると結構嬉しかったぜ」
家族と住んでた自宅に帰るのと違って、一人暮らしのアパートにそれも夜遅く疲れて帰りついたとき。
明かりの灯された部屋に、俺を迎えるためだけに待ってくれてた加奈子を思う。
これが家庭の温かみってやつかと、年不相応にも染々実感されちまうのだった。
そういえばこいつ、飯は済ませてんのか?
ようやく思い至って訊ねてみると。
さすがに空腹には抗えなかったらしく「一人で食っちった、悪ぃ」とのこと。
「いやいやいや。謝るなって。むしろそこまで待たれたら俺立つ瀬なくなるっつの」
普段ならもっと早くに待ち合わせてダベるなりDVDで映画見るなりの後、
夕飯どうしようか…なんてやりとりをかわすのが常だったが
「さて。会ったばっかで名残惜しいが、そろっと家に帰る時間だろ。送ってく」
「え゛~」
ことさらに渋面を作る加奈子に、むず痒さを禁じ得ない。
「ウチけっこー放任だし、まだ大丈夫だって」
「そりゃ俺だって本意じゃないけどな。もう九時だ、観念しとけ」
「ぶーぶー」
またぶーぶー言ってやんの。お子様か。
都合のいい時だけ幼ぶってもアピールとして成立する、女子ってずりぃ。
「あんまり駄々こねるなよ、俺をケジメのない彼氏にしてくれるな」
「泊まってくか、とか言ってくんねーの?」
上目遣いががががが
ぐぅ…
「ダメだ。今日のとこはな。週末まで我慢するように」
「わかった。土日は空けとくんだぞ、約束な?」
こうして今週末も泊まりの予定が組まれるのだった。
うーむ、うまいこと誘導された気がしないでもない。
言葉少なに夜の通りを行く。
足の運びが次第にゆっくりになり、それでも歩みは止まらず
ほどなく来栖家に到着する。
「はぁ…もうついちゃったか」
門前で最後の別れを惜しむ俺達。
と言うとやや大袈裟だが、ここまで来たらあとは「じゃあな」と口にすればそれまでだから
逆にもうちょっとくらい喋っててもいいだろうって気安さも湧く。
「あ~あ。1日がもっと長かったらなー」
「お定まりだな。同感だ」
「48時間とか贅沢言わないからさ、せめて25時間になってくんねーかな~って」
割と謙虚なことを言う。
「なかなか魅力的な絵図だと思うが、実現は難しそうだ。社会の在り方がひっくり返っちまう」
規模的にサマータイムとはわけが違う
「京介、頭かてーよ。そんなマジな話じゃなくて……24時間で25時間過ごせるような感覚があったら、とかさ」
「それはそれで実生活が破綻しかねないぞ。単純に1時間得できるってだけじゃ済まないだろ」
我ながらくどい性分と自覚しちゃいるが、気が付くとついついツッコミをはさんでしまう。
「そうだけど。そーいうんじゃなくて、二人で一緒にいる時間が1日1時間だけ伸ばせたらなー、とか」
言わんとするところはわかる。わかりすぎるほどだ。
体感時間を任意で引き伸ばせたら、か。マンガなんかだとよく見るな。ただあれって
「寿命縮みそうじゃね?」
「かも」
有り得ないことを真面目に語ってしまい、同時に苦笑を漏らした。
「でもこれから先、京介と過ごす24日が25日に、24週が25週に、…24年が25年になるなら、
そんなフツーじゃない感覚と寿命と引き換えにするのも悪くない気がする」
「は、ずいぶん大胆発言だな」
今一度、クスリと小さく笑いを交わす。
「じゃあ俺としちゃ『時間が経つのが早すぎる足りなすぎる』って、どんだけ思わせられるかで真価が問われるわけか」
その決意はしかしまたも加奈子の笑いを誘う結果に。
「なにそれ、おっかしーの」
潮時のようだ。
別れの挨拶に代えて、背伸びした加奈子にあわせて屈んで、いつもより気持ち長めにキスをする。
離れた唇から溢れる吐息が、一瞬ふわりと互いの間にとどまり、霧散した。
「オヤスミ、京介」
「おう。おやすみ」
<終>
最終更新:2012年02月29日 12:57