silent


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夜。
息の詰まるような目覚め。

夢でも見てた……?思いつくまでに数秒。
その間に記憶は形を無くしてさらさらと零れ落ち、
重苦しい気持ちだけがザラザラとした感触をわずかに残した

よっぽど悲惨な内容だったのか、溜め息をついてからようやく自覚する。
あんなのは夢だ。もう安心していい。憶えてないし。

背中側から微かに息づかいが聞こえる。
あぁ……ここは京介の部屋だっけ……
今さら気付くのもおかしいんだけど。

もぞもぞと寝返りをうって向き直る。正面にゆるみきった寝顔。
人の気も知らないで安眠して。
それでも不思議とその顔を眺めるうちに、イヤな夢の名残が消えて
かわりに温かくくすぐったい何かが胸の中に宿る。


ほんの一年ぐらい前まで、恋人とか彼氏とかそんなに強い憧れは無かったと思う
それが今や好きな男に愛されることに飢えた甘ったれになりつつある。
どんだけだょ、アタシ。


京介は相変わらず眠っている


抜けた感じがしてなんだか可愛い。
ついさっきまで、起こして構ってもらおうと思ってたけど。
それも忍びないかと考え直す。
というか……やな夢を見て起きたから慰めてほしいとか……子供じゃねーんだから。
言い聞かせて自重した。危ない危ない。

普段は大抵京介のが早起きで逆はあまりなかった。
冗談で寝起きを写メられたこともあるし、仕返しに今日はコイツの寝顔撮してやろうかな。
そう思うものの、布団から出るのが躊躇われて撮影は諦める。

我ながら失笑しな話、どうにもこの距離から離れたくなくって。


規則正しい呼吸音に誘われるように、気付けばその寝顔に手を伸ばしていた。
頬に触れた瞬間、起こしちゃわないかと動揺が走る。
そんな心配をよそに京介は身じろぎひとつしない。

眠りが深いのをいいことに、衝動にまかせて、それでいて細心の注意を払って彼の胸に顔を埋める

京介の匂い、京介の鼓動、京介の温もりを感じる。
思考が組み立てられなくなるような圧倒的な安らぎと
同時に恋しい彼への切なさに襲われる。

理不尽は百も承知ながら、眠り続ける京介が恨めしくさえ思えた。


腕時計をして寝る習慣はない。

起きたとき変に跡なんかついてたら情けないし、
そもそもそれ以上に何かの弾みで壊してしまったらと思うと…無理。
記念の品だからついつい壊れ物あつかいしてよく笑われもする

そういうわけで、自分の部屋なら枕元らへんに目覚ましも置いてるんだけど
ここ京介の部屋にはソレが無いらしい。
いつか置き時計が故障して以来、携帯で済ませてるって聞いた気がする。

今度洒落た壁掛け時計でも買いに行こうと話してたのは何日前だったっけ

さしあたり目の届く範囲に時計は無い。
耳を澄ますか窓を開けるかしない限り、今が夜の何時頃なのか、それとも夜明け前なのか、知るべくもなかった


ないない尽くしだ…
昼間からは考えられない慣れない静寂に、やけに二人きりが意識される

京介は相変わらず眠ってるってのに。


通りの車の音も隣家の生活音もしない、日常とは異質な静けさ。
まるでこの部屋、布団の中の二人だけが世界から切り離されたように錯覚しそうになる


体を寄せて京介にひっつくうち、やがて高翌揚感が安らぎにとってかわる。
たちまち我慢しきれなくなって、熱に浮かされるままおずおずと京介の手に、脇に、胸に唇を這わせる。

あー何してるんだろうアタシは。
起きて抱きしめてほしい、応えてほしい
そんな思いと同じくらい、眠る京介にこうして密かに求愛を続けたい。

どっちつかず。
矛盾してる。

京介……

呼びかけるかわりにそっと指を絡ませ、息も絶え絶え、なぞるだけのキス


――――――――――――
――――――――
――――

はふ……
京介分補給完了

いっぱい吸っちった。冷静になるとスゴイ恥ずいことしでかしてんなぁ、あははー

何やってんだか。と自分にツッコミをいれるのにも飽きたころ思う。
実は京介がちょっと前に起きてて、今の…を、見られてたら。
たとえ優しく笑って受け入れてくれようとしても、アタシはこいつをぶちのめさずにいられないだろう。
だから誰にも、当の京介にも、醜態を目撃されずにすんだのはせめてもの慰めだ

少女漫画に出るような多感なヒロインじゃあるまいしっつーの。ホントにもう。

うぅ……


京介は相変わらず眠っている

起こそうかどうしようかなんて迷いはもう消え失せた。
また睡魔にさらわれるまでこうして寝顔を眺めてよう、そうしよう。
あーあ、よく見たら寝癖とかついてやんの。
しまんないな、カレシ?

いつもとは反対に京介の髪をかるく撫でる。
よしOK、男前が上がったぞ。
ん…こーいうのも新鮮でいいな


他愛もない雑念が1つまた1つ浮かび上がってくる
思い出というには大袈裟な、普段の、交わしたことば。何気ないしぐさ。

京介は熟睡してる。寝言ひとつこぼしやしない。
それでも、声すら聞けなくても、こんなに心をときめかす。


ときめきとか!

く~
はー…

厄介なもんだよね
こうなる前、片想いで悶々としてたころと変わらない
むしろもっと重症になったんじゃねーの、って。
しあわせは人を欲張りにするんだろうか。
それとも、いまの自分、まだ満足してない…のかな。思い当たる節はあるけど。

あるけどさー、そーゆーのってフツーあんまし露骨に言えないもんじゃん…

うりゃ。とかつぶやいて、京介の胸を小突いてみる


幸福に頭を悩ます人間は幸福でない、なんて言ったやつが昔居たらしい。
そいつはさぞやバカだったんだろう。
さもなきゃ人並みはずれて不幸だったとか。

溜め息を吐くたびに幸福が遠ざかる、と尤もらしく言ったトンチンカンも居たらしい。
そいつも、まさかそんな迷言がずっと残るとは思わなかったろう。同情する。

現に幸福感でいっぱいの人間だって、今の、そしてこれからの幸福に思い巡らせはする。
そりゃ、こんなに幸せでいいのかな…ってな悩みは、贅沢には違いないけど。
手に入れた幸せが、与えられた幸せ、身に余る幸せだったりすると、ふとしたきっかけでナーバスにもなる。

京介の投げかけてくれる幸せのボールは、期待して待ち構えてたものだけじゃなくて、
思いがけないコースのもあれば、想像したことすらない速球もあって。
取りこぼさないようにが精一杯のこともある。
翻弄されるアタシは、受け止めたボールをちゃんと投げ返せてるだろうか。
近頃はそんな気掛かりが増えた。


「幸福」や「幸せ」を考えるうち、まるで羊を数えるようにジワジワと眠気がやって来る。

もう一度京介の胸にぴたりと抱きつき

うーん……やっぱすごい収まりがいいわ、ここ……

小さく、長く、息が漏れる。
自然と熱っぽくなる、それ。

嬉しい時にも涙が出るのと似て、満たされた時にも溜め息が出る。
溜め息を吐くほどに幸せを感じられる
否応なく切ないくらい感じられる、だなんて
ついこの間まで知らなかった。


少しだけ強く京介のシャツを握って、鼻先を彼の体に寄せる。
吐息の熱が直接伝わる距離。

あぁ……服のシワが顔に移ったら、こんな格好でしがみついてたのがバレちゃう……かな……


おわり
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