「ふう、まだ寒いな・・・」
何度目かの家庭教師を終え帰路につこうとしたその時、
「おにぃちゃん」
掛けられた声に振り向くと、五更珠希――――日向の妹が玄関からちょこんと顔を出していた。
「ん?どうしたの珠希ちゃん?」
俺がそう声を掛けると、珠希はててててっと俺のすぐ傍まで走ってきた。
相変わらず可愛らしい擬音の似合う娘だな。
「あのですね・・・」
「うん、なに?」
「どうしておねぇちゃんとちぎりをむすんでいたのですか?」
「・・・ごめん珠希ちゃん。ちょっとお兄ちゃんにもわかるように言ってくれるかな?」
俺は視線を合わせるようにしゃがみこむと、意味不明の単語に疑問符を浮かべる。
契り?結ぶ?
以前黒猫と付き合ってる時に聞いた言葉だが・・・ん?いや、いやいやちょっと待てよ!?
あれは確か初めて黒猫の家にきて、日向と珠希に会って・・・そんで・・・ああっ!!
「ちょちょっと待った珠希ちゃん!」
「えーと・・・どうしておねぇちゃんと、ちゅーしていたのですか?」
やっぱりだーっ!
「み、みてたの?」
「はい」
にっこりと笑いながら無邪気に答える珠希。
「珠希ちゃん?」
「はい?」
「お兄ちゃんと日向ちゃんがお勉強してる時、珠希ちゃんはどこに居たのかな?」
「おねぇちゃんに言われておへやにいました。おねぇちゃんが『こうさかくんはあそびにきてるわけじゃないんだから、たまちゃんはおへやから出ちゃだめだよ?』ていいました」
あーいーつー!
追い出し方がまるっきり黒猫とおんなじじゃねーか!!
それで失敗した姉の姿をお前は知ってるだろう張本人!
「でもやっぱりおにぃちゃんにあそんでもらいたくて、え本をもっておへやをでてしまいました」
悪いことをしたんだと思ってるのだろうか、珠希は少ししゅんとしているようだった。
まったく。
「ごめんな珠希ちゃん。これからは一緒に居ていいからね?」
「・・・いいですか?おねぇちゃんおこりませんか?」
「怒るわけないだろ?今まで日向ちゃんが怒ってるとこ見たことあるか?」
「・・・ないです」
だよな。
日向はなんだかんだで珠希には大甘だからな。
「だったら平気だ。なんなら俺から日向ちゃんに言っておいてやる」
「ほんとですか!?」
「ああ」
笑いながら頭をなでてやると、パアッと顔を明るくして珠希が抱きついてきた。
「うれしいですー」
「はは、これからよろしくな」
しかし本当にうちの妹とは別もんだな・・・。
なんか悲しくなってきた。
「それでおにぃちゃん?」
「ん?なんだ?」
「どうしておねぇちゃんとちゅーしてたんですか?」
忘れてたーっ!!
今それ聞かれてたんだよ俺っ!
「あー・・えーっと・・・」
なんて言う!?考えろ俺っ!!
「えーっと・・・こ、これからも仲良くしようねっていう意味でしてたんだよ?」
「?」
「ほら今、俺は日向ちゃんに勉強教えてるだろ?だから喧嘩しちゃったらできないだろ?だから仲良くしようねって意味でしてたんだぞ」
どうだこの言い訳!
一瞬で考えたとは思えないだろ!?
伊達に理不尽な妹や電波の元彼女、ちょっとヤンでる中学生に鍛えられてないっての!
「へええ」
「わ、わかってもらえたかな?」
「はい!」
珠希はぐっと拳を上に突き出して全身で肯定を表した。
はは。ホントに可愛いなこいつは。
「じゃあわたしにもちゅーしてくださいおにぃちゃん」
「なんでそうなる!?」
えーっ!?なに言っちゃってんのこの子!?
「ど、どうしてかな珠希ちゃん?」
「わたしもおにぃちゃんとなかよくしたいです」
ニコッと珠希が笑って言った。
あーそっかそっかそーきたかー。
なるほどな―そりゃそうなるか―・・・って俺のバカー!!
「えーとえーと・・・」
「・・・なかよくするのいやですか?」
泣きそうな顔やめてっ!
これ一回だけ・・・これ一回だけ・・・。
「・・・おねぇちゃんには内緒にできる?」
「?ないしょなんですか?」
「そう。できる?」
「んーと・・・はい!ないしょにできます!」
「よし。じゃ・・・目瞑って・・・」
「はい!」
ん、と素直に目を瞑る珠希。
やっぱ可愛い・・・って、さすがに珠希はヤベーだろ!?
いかんいかん・・・変な気持になる前に・・・。
ちゅ。
「・・・はい。もう目、開けてもいいよ」
「はい・・・えへへ」
少し照れくさそうに笑う珠希はギュッと俺に抱きついてきた。
「えへへ、おにぃちゃんだい好きです」
「はいはい、俺も大好きだよ」
「・・・なにをしているのかしら?」
後方からの声に、ポンポンと珠希の頭を叩いていた手が一瞬で硬直する。
ちょ、ま、このタイミングで・・・?
「あ、姉さま」
黒猫登場かよ!?
「よ、ようおかえり・・・」
俺はギギギッと油の切れた人形のような動きで首を後ろに向けた。
「ええ、ただいま。で?もう一度聞くわ。なにをしていたのかしら?」
「た、珠希ちゃんとスキンシップ?」
「・・・アパートの廊下で?」
「か、帰ろうとしたら、珠希ちゃんが出てきちゃって・・・」
「へえ・・・そうなの珠希?」
「はい!」
「・・・嘘じゃないわね?」
「はい!姉さま」
黒猫の言葉に元気よく返事する珠希。
「ふぅん、そ」
珠希の言葉に、不承不承といった体で納得する黒猫。
やっべー!
間一髪だったよ今俺!
見られてたら完全にアウトだったよ!!
ありがとう珠希!
「おにぃちゃんにチューしてもらいました!」
「うおおおい!言っちゃうのかよ!?」
さっきお兄ちゃんと約束しただろ!?
「?・・・おねぇちゃんには言ってませんよ?」
頭にはてなを乗っけたまま珠希は、間違ってないよね?てな風情で聞いてきた。
あーそっかー、そうだよねー。
おねぇちゃんは日向であって、黒猫は姉さまだもんねー。
そっかそっかーあははは。
「・・・先輩?」
「はいぃ!!」
「・・・ちょっと・・・お話をしようかしら?」
やばい。
これ俺死んだね。
だって黒猫の目に・・・光彩がねーもん
「珠希は先に帰っていてちょうだい」
「はい姉さま」
ててててっと、出てきたときと同じように走り去ると、玄関に入る直前俺を振り返って珠希はこう言った。
「またですおにぃちゃん」
ほわんとした笑顔で手を振ると、パタンと扉を閉めた。
ふるふると手を振り返しながら、俺は心で呟いた。
珠希ちゃんごめん・・・。
「・・・さ、先輩?行きましょうか・・・?」
次は・・・ないかもしれん。
最終更新:2012年11月19日 00:46