無題:13スレ目165


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 桐乃がまた小説を書くと言い出した。

 俺は例によって例のごとく取材と称して引きずられる運命となった。


 という訳で着いたのは──

「なあ、桐乃」
「なに?」
「なんでまた皇居なんかに。皇室でも題材にするのか?」
「違うよ。あたしが見たいのはあくまで江戸城址」

 江戸城、ね。
 どうやら時代小説のようだ。
 これなら危ない事を書いて不敬罪でしょっ引かれる事は無さそうだが。

 現在地、堀の前の道路。
 桐乃は現在の地図と古地図、江戸城の図面を見比べている。

「江戸時代の火事で無くなっちゃったけど、天守があったのはこの方向か……よし」

 ……この時点で嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 桐乃はおもむろに紙袋を俺に差し出してきた。

「なにこれ?」
「ロケット花火」

 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!

「城攻めのシーンを書きたいんだけどさすがに大砲、当時の大筒なんて用意出来ないから」

 そういう問題ではない!

「それじゃ、あっちの方向にぶっぱなして」
「思いっ切り逮捕されるわ!」

 皇宮警察本部マジ近衛兵(マジのマジで)。

 ていうか皇居でなく他の城跡でも公共物に向かって花火を打ち上げたらマズイだろう。

「大丈夫。あたしは離れてるから」
「お前じゃなくて俺がだ!」
「その程度のリスクは覚悟してる」
「俺は覚悟できねーよ!?」

 桐乃はチッと舌打ちし、

「使えねー……」

 このシチュエーションで使える奴っているのか? と小一時間問い詰めたい衝動を俺は何とか押さえ込んだ。

「だいたい、取材って他にもあるんだろ? ここで俺が国家権力によって強制退場させられたらこの後どうすんだよ?」

 桐乃はしぶしぶといった感じだがどうやら納得してくれたようだ。

「じゃあ、ここの取材は一番最後にする」

 ──前言撤回。
 このアマ、全然納得してねー!

「最後でも俺はやらん!」

 続いて到着したのは──

「なあ、桐乃」
「なに?」
「赤穂事件でも題材にするのか?」

 泉岳寺である。
 江戸城松の廊下の刃傷事件で切腹になった浅野内匠頭、その仇討ちをした大石内蔵助ら赤穂浪士の墓がある寺だ。

「直接的には関係ないケド、時代的には同じ時期を想定してるから一応」

 元禄時代に江戸城攻めの戦ってあったっけ?
 ていうか江戸城を舞台にした戦なんて、室町時代の江戸城築城した太田道灌死後の内乱程度だったと思うのだが。
 幕末にしても勝海舟とかの活躍によって無血開城したわけだし。

「あのねー、あたしが書こうとしてるのは歴史書じゃないの、小説! あくまでフィクションなの!」

 ま、まあ確かに水戸徳川家の隠居爺は日本漫遊なんてしてないし、八大将軍は旗本の三男坊を自称して火消し一家に居候なんてしていないし。

「あと、現代からお医者さんがタイムスリップしてくるから」

 JINかよ!? あ、あれは幕末だっけ。

「ちなみに針灸医ね」

 現代から来た意味ねー!

「江戸時代には発見されてなかったツボの知識を引っさげて、敵を体内から破壊するの」

 北斗の拳かよ!?


 ここで俺はある事をふと思い出した。

「ところで桐乃。今までの取材で、妹に関係するモノは無いようだが?」

 そう、桐乃が書く小説で妹が登場しないのはおかしい。

 しかし桐乃は俺の発言に対し何を勘違いしたのかジト目で「シスコン」と答える。

 いやいやいやいや。
 リアルでは俺は桐乃に対してシスコンと言われても仕方ないが、フィクションにおいては桐乃の方がよっぽどシスコンですってば。

 過去書いた桐乃の小説は理解できない世界だし、ゲームに置いても俺は未だに妹に対してアレやコレやをやるストーリーには抵抗がある。
 さしずめ俺はリアルシスコン、桐乃はリアル&フィクションシスコンといったところか(桐乃の場合、黒猫の妹も萌えの対象なので)。

 俺の質問の意味をようやく理解したらしい桐乃は、

「今回は今までのあたしの小説には無い斬新なストーリーにするつもりだから」

 と言う事は妹は登場しない、と?

「主人公のセリフは最初から最後までずっと男言葉で通すの。他の登場人物も主人公の性別に関するセリフは無いようにする。そうすると読者は『あ、主人公は男だな』と思うでしょ? ところがここにどんでん返しがあるワケ。主人公は実は妹だった! とね」

 ここでこの質問を桐乃に対してしてはいけないんだろうな、と思いながらもあえて聞く。

「誰の妹?」

 桐乃は途端に機嫌を損ね、

「妹は妹よ」

 答えになってねー。

 俺は幼稚園児に説いて聞かせるように、

「桐乃、お前は妹だよな?」
「なにいまさら当たり前のこと言ってんの?」
「でも、それは俺の妹という訳で、兄にしろ姉にしろお前の上にきょうだいがいない限り妹ではない。つまり、お前の家族に俺がいなかったとしたらお前には妹という属性は無くなり、単なる親父、お袋の娘でしかなくなる。分かるよな?」
「ワケ分かんないコト言わないでよ。京介がいようといまいとあたしは妹よ」
「だから、誰の妹なんだよ?」
「妹は妹って何度言ったら分かるの!?」

 逆ギレしやがった!

 いつもの桐乃ならこの程度の分別は出来ている(と信じたい)が、今は小説にのめり込んでテンションMAXのせいかヤバい状態になってる。

 これ以上この話題を引きずるのは俺の生命にも関わるような気がする。
 しかしそのトリック(と呼んでいいのかどうか分からんが)を実践するには問題点がある。

「主人公の名前はどうすんだよ? 現代だと色んな名前があるから、聞いただけだと男なのか女なのか分からないというのも結構あるけど、江戸時代だろ? ナントカノスケって名前を女に付けるわけにはいかないだろ?」
「あだ名というか通り名で呼ばせるようにしたらいいじゃん。本名なんて出さなくてもストーリーは進めれるよ。もちろん作中には出さなくても設定として名前は決めてるよ」
「……言ってみろ」
「みやび」

 やはりエロゲネタか。

 しかし名前でなく通り名で呼ばせ、尚且つ性別をうやむやにしても違和感無いようにしようとしたら、主人公は江戸の町で普通に生活しているとは考えられない。
 どうしても盗賊とかそういう素性になってしまうだろう。

「主人公の職業は?」
「普通の町人の娘だとみやびって名前はこの時代だと高貴すぎるよね」
「そうだな」
「この名前に説得力持たせようとしたら花魁さんしかないでしょ?」

 いやいや、公家なんかにもあるかも知れないじゃないか。
 やはりこいつの脳はエロゲ脳か?
 ていうか、花魁って女でしかありえないじゃないか。
 これでどうやって性別をうやむやにするんだ?
 完璧に破綻している。

 だが、今の桐乃には何を言っても無駄だろう。

「──そうかい」

 これ以外にどうコメントしたらいいんだ。


「無駄話してるヒマは無いよ。取材するよ」

 と桐乃。
 ここは依然として泉岳寺である。

「はいはい、とっとと終わらせようぜ」
「それじゃあアレに向かってロケット花火ぶっぱなして」

 やっぱりそれか!?
 しかもアレって浅野内匠頭のお墓じゃないか!?
 お墓にそんなことしたらバチ当たるぞ!?

「京介がやるんだからあたしにバチは当たらないよ?」

 なにキョトンとした顔で言ってるんだ、こいつは!?

「あのなあ、小説のイメージを掴むためにストーリーを実践してみるのは分かる。実際にそういう作家もたくさんいるだろうからな。だが、法律とか公序良俗に反する行為はダメだ。ミステリ作家だって取材で本当に人を殺したりはしないだろう?」

 あと、違反行為ではないが、ファンタジー作家だって魔法なんか使えないしな。
 自分はナントカの転生ですごいチカラを持っていると思い込んでいる知り合いならいるが。
 たとえば黒猫とか黒猫とか。

「だから、現代日本においての常識内での取材なら協力するけどロケット花火は止めておけ」

 お願いですから、桐乃さん。

 桐乃は頬を膨らませ唇を尖らせた。

「……じゃあ、次に行くよ。今度こそ協力してもらうから」

 ──へいへい。
 続いて到着したのは吉原である。

 なるほど、『みやび』は花魁だからか。
 それにしてもこいつはどうやってこの主人公の性別をうやむやにするんだ?
 謎は深まる。

「それじゃ、あそこの喫茶店で待ってるからソープランドってとこ行ってどんなサービス受けるのか実地体験してきて?」

 いきなり爆弾投下しやがった!

「ただし、最後までやったら殺すから」

 そういう問題じゃなくて!?

 だいたい、そういうお店に行ってお姉さんとハダカになって入浴だけして帰ったら俺自身いろんな意味で耐えられないんですけど!?
 そもそも、そういうお店に出せるほどの大金なんて持ってきてねーし!?

「──桐乃、訂正だ。万単位の金銭の協力も俺には無理だ」

 すると桐乃は気味悪くなるくらい満面の笑みで、

「昨日『妹空』増刷の印税の振込みがあったから取材費用なら出すよ?」

 ……クリスマスの取材では俺の金で一万のピアス買わされたのにいったいどういう心境の変化だ?

 まあ、金の心配しなくていいのなら、喜んで突撃取材に──

「行かねーよ!!」


「江戸城攻撃シーンもダメ、泉岳寺爆破シーンもダメ、吉原遊郭シーンもダメ。全く取材にならないじゃん」

 さっきから桐乃がブツブツ言ってるが、俺は爽やかに無視する。

 ていうか、お墓にロケット花火打ち込むだけでなく寺そのものまで破壊するなんて大それた事を考えていたのか、こいつは?

 ちなみにソープランドに俺を行かせようとしていたのは、主人公『みやび』の普段の仕事を書きたかったかららしい。
 本当にこれでどうやって性別をうやむやにするつもりだったんだ?
 野郎言葉の遊女なんて絶対に萌えないぞ?

 しかし、不思議な事に桐乃の脳内ではこれでもしっかりと整合性は取れているらしい。

 そもそも、遊女のお仕事シーンなら客の立場ではなく実際に働いている立場で取材した方がいいんじゃないだろうかとも思うが、それは俺的に絶対にやらせない(さっき「仕方無いからちょっとあたしが面接受けてくる」と言うので、年齢的にアウトだ、小説の取材のために下手したら店一つ潰すことになる、となんとか思い留まらせた)。

 言い忘れたが、ここは喫茶店である。
 俺はコーヒー、桐乃は紅茶を飲んでいる。
 店内には俺たちの他にこれから出勤なんだろうとおぼしきお姉様方が何人かいる。

 実は俺は何度も桐乃に取材メモとかを見せろと言っているのだが、クリスマスの時と違って頑なに拒否されている。
 これじゃあ協力するにも何も出来ない。

「そうだ!」

 何やら桐乃の脳内ランプが点灯したようだ。

 桐乃はいきなり立ち上がり、店内を歩く。
 目指すは気だるそうに煙草をふかしているお姉さん。

「あの、済みません! ちょっと質問なんですけど、お姉さんは何のお仕事──」

 この時の俺のダッシュスピードは間違い無く陸上選手の桐乃よりも速かっただろう。

 俺は素早く桐乃の背後に駆け寄り、片手で桐乃の片腕を羽交い絞めし、もう片方の手で桐乃の口を塞いだ。

「いやー、何でも無いっす! いま起こったことはきれいさっぱり忘れてください!」

 じたばたしながら「むー、むー!」と叫ぶ桐乃を引きずって元の席に戻る。
 お姉さんは当然のことながら口をポカンと開けていた。

「何すんのよ!?」
「それはこっちのセリフだ! お前何やろうとしてたんだ!?」
「見て分かんない!? インタビューに決まってんじゃん!」

 見て分かったからこそ止めたんだがな!
 しかし改めて見ると凄く綺麗なお姉さんだな。
 大人の色気っていうのがムンムンしてる。
 年齢は二十代半ばから三十代、店のプロフィールには二十二歳と書かれてるって感じ。
 こんな美人があんな事やこんな事を──

「エロキモい」
「ハハハ、何言ってんだ桐乃。さ、飲み終わったら外に出るんだ。お茶代くらい払ってやるよ」

 桐乃の背を押すようにして店の外に出し、レジで精算していると、先ほどのお姉さんが妖艶な笑みで近付いてきて、

「いつでもいらっしゃい。サービスするわよ?」

 と耳元で囁きながら小さな紙を俺の手に握らせた。

 紙を見るとお姉さんのお店での名刺だった。
 本名ではないだろうが、お店での名前は……『みやび』……?

 当然のことながらエロゲの妹キャラのみやびちゃんとは全く違う容姿だ。
 しかしこの喫茶店には他にもお姉さん方はいらっしゃるのにピンポイントでこの名前の人にインタビューを敢行しようとしていたとは、桐乃の嗅覚おそるべしってところだな。
 ひょっとしたら桐乃の脳内イメージによる花魁『みやび』に似ていたのかもしれない。

「あー、みやびさん、抜け駆けずるい!」
「わたしも!」

 気付いたら喫茶店内にいるお姉さんたち全員(みんな凄い美人)から名刺を頂いていた。
 それぞれ『いきな』『くいな』『しおり』『ファナ』だった。
 この人達のお店のオーナーはエロゲオタか?


「おっそーい! 会計するのにどんだけ時間かかってんの!?」

 店から出ると桐乃はお怒りモードだった。

「あー、この喫茶店のマスターにちょっと探り入れてたんだ。少しでもお前の取材に協力してやろうと思ってな」

 口から出まかせ言うと桐乃は目をパチクリと瞬いて、

「へえ? あんたにしては殊勝な心掛けじゃん? なんか面白い情報あった?」
「いま店にいた女のお客さんはみんなそういうお店で働いている人たちだってさ。マスターから名刺貰った」

 お姉さんたちから直接貰ったとは言えないので嘘を付きつつ桐乃に名刺を渡す。
 俺がポケットに入れっぱなしにしたままお袋が洗濯しようとして気付く、なんて事があったら桐乃のオタバレイベントどころの騒ぎではなくなる。
 かと言って仮にも名刺、捨てるのも忍びないので所有権を妹に譲渡したという訳だ。

 桐乃は名刺の名前を見て、

「すごーい。オーナーさん分かってるねー」

 心から感心しているようだ。

「でさでさっ! 他に何か分かった事ある!?」

 大昔の少女漫画のキャラクターのように桐乃は目をキラキラさせた。

「あ、いや、これだけだけど?」

 途端に「信じらんない」という表情。

「名前だけ分かっても意味無いじゃん!? もう一度聞いてきてよ!?」

 いま店内に戻ったら、お姉さん方のお店に拉致されて回されたあげく法外な代金を請求されそうな予感がする。

「タダで聞けるのはこれだけだって。これ以上の情報は百万だってさ」

 口から出まかせパート2。
 半端な値段だと取材費なら出すと言いかねないが、この金額だとさすがに桐乃も諦めるだろう。

「そっか……。じゃあ仕方無いか」

 百万あれば情報を聞くまでも無く実地取材を何回も出来るはずだろうに、なんで桐乃は気付かないんだ?
 相変わらず妙なところで抜けている。
 最後の取材の地は──

「おい桐乃」
「なに?」
「……いやなんでもない」
「だったら話し掛けんな」

 だってさ!?
 どう突っ込めばいいの!?
 江戸時代を舞台にした小説の取材で東京スカイツリーなんてさ!?

 桐乃は展望台から見える風景をケータイカメラでぱしゃぱしゃ撮っていた。
 どう見ても取材ではなくただの記念撮影。
 たまたまそばを通りかかった人に頼んで俺と並んだところを撮ってもらうなんて、小説となんの関連性があるんだ?

 あれ?
 展望台から見える風景をバックに桐乃とツーショット?
 これって傍目からだとどう見ても──

「なに呆けてんのよ。そんな暇あったらケータイ貸して」

 返事も待たずに桐乃は俺のポケットから携帯電話を勝手に取り出し、

「済みませーん。このケータイでもあたしたちの写真撮って下さーい」

 どう見てもアツアツバカップルデートじゃないですか!?

「──なんて事が先日あってな」

 放課後のゲー研の部室で俺は黒猫に話していた。
 ここには現在俺と黒猫しかいない。
 他の連中は掃除当番か日直か何かで遅れているんだろう。

「はぁ……」

 これは黒猫の溜息だ。

「呆れてものも言えないわ。兄妹の惚気話を聞かされなきゃいけない理由なんて私には何の心当たりも無いわよ?」
「な、なにが惚気だ? 桐乃の思い付きに振り回された俺の不幸な話のつもりだぞ?」
「不幸の割には顔がにやけているわ」

 え? にやけてる?
 そんなつもりは全く無いのだが。

「で、あなたの妹の小説ってこれかしら?」

 言いながら部室のデスクトップのディスプレイの角度を変えて俺に見せる。
『けーたいi倶楽部』のPC用ページ(このサイトは携帯からの操作に特化しているが当然ながらPCからでもホームページの閲覧や編集が出来る)だ。

「えっとどれどれ? あれ? 作者名が『理乃』じゃなく『きりりん』ってなってるぞ?」

『妹空』も元々は他の名前で書いていたが、例の盗作騒ぎでフェイトさんが勝手に名乗った『理乃』の名前でいくことになったのは御存知の通りである。

「あの小説が無駄に評判になったから『理乃』という名前も一つのブランドになってしまった事をあなたの妹は不本意に思っているみたいよ」

 なるほど。
『理乃』で小説を発表したら、あの『妹空』の作者だ、という目で見られるぶん一定のページビューは稼げるだろうが、その代償として正当な評価をされない恐れがある。

「んで、タイトルが『えー毎度』? ふざけてんのか? それにどこにも『妹』なんて入ってないぞ?」

 桐乃らしくないな。

「ふざけたタイトルというのは同意するけど……先輩、どこに目を付けているの? 『江戸』に『妹』という字を挟んで『江妹戸』、そこから転じてこのようなタイトルにしただけってすぐ分かるでしょう?」

 すぐにその回答を導き出せるお前こそ信じられないぞ。

「でも『理乃』でないのに露骨に『妹』という字を使うと、良くてペンネームを変えただけ、下手をしたら『理乃』の二番煎じと思われるでしょうね。これで一般読者の目は誤魔化せるわ。でも身内のあなたが分からないなんて本当に救いようのない莫迦だわ」

 悪かったな。

「まあ、このまえのアレも一応取材だったという事だな」
「そう。そして東京スカイツリーも」
「いやいや、あれだけは本当に無意味だったぞ?」

 黒猫はブラウザで別ページを開く。

 表示されたのは浮世絵のようだった。

「スカイツリー建設は江戸時代に予言されていたという説があるの。ここを見て頂戴」

 その浮世絵の黒猫が指し示す部分を見ると、当時の技術的には有り得ないであろう高さの塔が描かれていた。

「この絵は幕末に描かれたもの。あなたの妹の小説は元禄だから時代は違うけど、位置的には現在のスカイツリーとほぼ同じ場所に描かれているわ」
「う、嘘だろ……?」
「そう、嘘よ」

 なっ……!?

「予言なんてのは嘘。でもこの絵が江戸時代に描かれた事は真実。位置的な部分はただの偶然ね。当時は江戸城よりも高い建物は御法度だったからその鬱憤を晴らすために描かれた、ただの櫓よ」

 ふう。脅かしやがる。

「でも、この高さの櫓が江戸時代に本当にあった、という設定であなたの妹の小説は書かれているわ。相変わらず有り得ない展開だらけで文章も稚拙だけど『妹空』よりも私的には楽しめたわ。悔しいけど本当に面白かったわ」

 黒猫がここまで言うからにはよっぽどの事だろう。

「もちろん、江戸城を見下ろすような櫓は恐れ多い、御法度だという設定はちゃんと生かされていて、取り壊しをしようとする幕府側とそれに対抗するレジスタンスという対立の図式がストーリーの基本となっているようね」

 そこから江戸城攻撃シーンに繋がる訳か。

「赤穂浪士の吉良邸討ち入りは主君の仇討ちではなく幕府への異議申し立てだという説があるのは知っているでしょう?」
「ああ、喧嘩両成敗のところが吉良には何のお咎めも無かった事への抗議運動だったという考え方だな」

 幕府が不平等に扱うのだから自分たちで喧嘩両成敗を成立させよう、という説だ。

「つまり、泉岳寺に葬られている浅野内匠頭や赤穂浪士は反幕府の象徴として描かれている。だからレジスタンスへの見せしめのために、」
「幕府は泉岳寺を取り壊した訳か」
「そう。よく分かったわね」

 なんだ桐乃のやつ。
 しっかりストーリーライン練られてるじゃないか。

「レジスタンスメンバーの一人がタイムスリップして来た針灸医っていうのはちょっと笑えたけど、この程度のお遊び要素は物語のアクセントとしてじゅうぶん機能していたわね」

 北斗神拳の使い手も登場するんだな。

「それにしても私としたことが騙されたわ。主人公は最後まで男だと思ってたのに」

 えぇ──!?

「吉原の花魁が男のわけ無いだろう!?」
「ずっと男言葉だったから遊女だとは思えなかったのよ。せいぜい遊郭の客引きかなにかだろうと思ってたわ。でも主人公が妹だったと分かってから改めて読み返したら、なるほど確かに上客でないと遊べないレベルの花魁だ、という伏線があちらこちらに散りばめられていて。あのビッチによくここまで綿密な計算が出来たものだと本当に驚かされたわ」

 そっか、やはりただの女ではなく『妹』なのか。

「ちなみに、誰の妹だ?」
「妹は妹よ?」

 黒猫さん、桐乃菌に感染してませんか?

 黒猫はフッと笑みを浮かべ、

「これはストーリーの根底に関わる部分だから自分で読んで確認して頂戴。話を聞いた限りでは、あなたの妹の取材で無駄になった行為は一つも無かったわ。そう、」

 いつのまに黒猫の手には俺の携帯電話が握られていた。
 俺の抗議を無視して携帯を操作し、データフォルダから一枚の写真を表示させる。

「──これもしっかりストーリーに反映されてるわね」

 スカイツリーの展望台での俺と桐乃のツーショットがそこには写っていた。

「先輩から取材の話を聞くまで私のこの小説に対する評価は高かったのだけど、ストーリーの中に隠されたこの写真──当時は写真なんて無かったけど──の意味を考えたら私的評価は一気に落ちたわ。ストーリーの根底部分の『妹は妹』も重ね合わせて考えると……よくもまあいけしゃあしゃあと甘々ラブストーリーを書いたものだと反吐が出そうになったわ」

 罵倒しながらも黒猫の顔には笑みが浮かんでいた。

 それにしても幕府と反幕府の図式でラブストーリー?
 バイオレンスじゃなくて?

「でもこれは私の評価に過ぎないし、面白かったと言うのは事実だから誤解はしないで頂戴。あなたの妹──桐乃の小説の完成形と言っても過言ではないから」

 確かに黒猫の解説だけ聞けば凄く面白そうに聞こえるのだが、『妹』が出てくるラブストーリーという部分が引っかかる。
 読んだら俺の中の何かが壊れてしまいそうな予感がする。

「ま、まあ。気が向いたら読んでみるわ……」

 言いながら俺はマウスを動かして浮世絵ページから『けーたいi倶楽部』の『きりりん』ホームページの小説表紙ページに戻す。
 更新日時と現在のページビューを確認するとかなりの勢いで伸びている。
 このペースだと『妹空』もすぐに超えるだろう。
 続いて、この小説の読者レビューを見た。

「ハラハラする展開」だの「映像化希望」だの、概ね好評だ。

 しかし、恋愛要素についてのコメントは見付からなかった。
 事情を知らない人が読んでもラブストーリーには見えないらしい。

「そういえば黒猫? この小説の主人公、名前は出てきたか?」

 無言でページ閲覧するのもなんだから場の繋ぎとして出しただけの俺の質問に、

「最後まで明かされなかったわ。でも物語の随所にヒントはあったわね。そこから導き出される答えは……『みやび』ね、多分」

 恐らく正解だろう。

「本当、下手なミステリ作家にも負けない高等なトリックだったわ」

 桐乃の小説を読むかは決めかねているのだが、読んだとしても俺の読解力で『みやび』のヒントは見つけれるだろうか。

「そうそう、取材の事を私に話したなんてあなたの妹には伏せておいた方がいいわよ?」

 黒猫の言葉の意味が分からず俺は首を傾げる。

「話してもいいことなら本人から自慢たっぷりに言ってくるはずだからよ。でも私はあなたの妹からこの話は聞いていない」
「ようするに、俺は余計な事をしたっていう事か?」
「そう。やっと分かったのね。本当に莫迦だわ」

 そういう黒猫の顔は優しい笑みで彩られていた。

<了>
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。