「・・・京介?」
「・・・ベランダでなにしてんのあんた?」
「んー?」
背後から声を掛けられ、俺は肩越しに真っ暗な部屋の中を振り返った。
「星を見てた」
「星?」
「ああ」
桐乃にそう答えてまた目の前の空に顔を向ける。
目の前には満天の星空が広がっていた。
俺が大学を卒業してすぐ。
今俺は、桐乃と黒猫とで郊外のマンションに住んでいた。
「・・・そんなによく見えるの?」
「ああ。部屋を暗くしてるとなおさらな」
カラカラと窓を開けつつ黒猫が出てくる。
自然と隣にスペースを作ってやると、ちょこんとそこに収まった。
そして、「へえ」と楽しそうな息をもらす。
「すごいわ。松戸のアパートでもこんなに良くは見えなかった」
「ここが最上階ってのがあるんだろうな。周りを遮るものや街灯の明かりが邪魔にならないから」
「よく気付いたわね?」
「引っ越しから1週間。やっと粗方片付いた今日、ふとベランダに出たら偶然」
「へえ、さすがね」
なにが流石なのかわからなかったが、とりあえず、ありがとうと言っておいた。
そしてまた星を見上げる黒猫。
でも俺は、星に目を移さず、そのまま黒猫の綺麗な横顔を見続けた。
あの頃と違い、もう猫耳をつけていない彼女の顔を。
「・・・見惚れてるとかチョーありえないんですけど?」
「げ」
耳元でいきなり声を掛けられて、ビクンと体が跳ね上がる。
今ので何か月か寿命が縮まったな。
「・・・どうしたの?」
「今こいつ、あんたの顔にポーッと見惚れてたの」
「あらまあ」
「あー・・・桐乃?とりあえず気配を絶って背後に立つのはやめなさい」
「ぼーっとしてるあんたが悪いだけでしょー?」
言いながら俺がすでに、黒猫とは反対側に作ったスペースに腰を下ろす。
「わ!ほんとに綺麗!」
「すごいわよねえ」
桐乃の忌憚ない賞賛に、黒猫も素直に同調する。
- こんな風に二人がいがみ合うことなく一緒に居られるなんて、当時のこいつらは思ってもいないだろうな。
俺は知らず微笑んでいたらしい。
気が付けば桐乃が俺の顔を覗き込んでいた。
「・・・どしたの?締りの無い顔がもっと緩んでるよ?」
「・・・」
「あらほんと。なんというか不謹慎な顔になっているわ」
桐乃に続き顔を覗き込んだ黒猫が困ったわ、といった表情を形作る。
「・・・お前らはよ・・・」
左右からひどいことを言われて、少しだけ当時を思い出す。。
まだまだガキだったあの頃、それでも俺たちは、ガキはガキなりに必死だった。
『だからっ!京介が大学に受かったら、あんたは黙って一緒に住めばいいのよっ!』
『訳が分からないわ!!私に同情でもしているつもり!?無様にも振られてしまったこの憐れな私をっ!?』
『黒猫、もう一度同じこと言ったらお前でもぶん殴る。俺の大切な人を憐れとか言ってんじゃねえ』
『っ!・・・くっ!な、ならどうしてこんなこと言うのよ!?』
『決まってんでしょっ!あんたと一緒にいたいからよ!!』
『!』
『桐乃が言ったんだ。あの黒いのは、高校卒業と同時にあたしたちの前から姿を消す。絶対に。だから京介お願い。あいつを絶対に離さないでって・・・な』
思わず苦笑が漏れる。
なんて身勝手な言い草だ。
黒猫の心情そっちのけで、俺たちの思いだけぶつけるなんてよ。
バカだったと思う。
ガキだったと思う。
それでも・・・俺たちは必死にあがいていたんだ。
今・・・こうしているために。
「・・・まったく可愛い奴らだよ」
「や、ちょ・・・!」
「ど、どうしたの急に?」
両手で抱きよせてクシャクシャと頭を撫でてやると、言葉とは裏腹に、一切抵抗せずに二人ともされるがままになっている。
そう。
こうして三人笑いあっているために。
「いや・・・このままずっといられたらいいなあって、急に思ってさ」
「このまま?」
「・・・そうね」
めいめいの呟きに、心の中で、わかってるよ、と呟く。
このままずっとなんて無理なことぐらい。
俺はあの時、桐乃を選んだんだ。
それなのに黒猫をつなぎとめてるのはただのエゴに過ぎない。
だけど・・・と、俺は星に願わずにはいられない。
どうかできるだけ長く、俺達がこのままでいられますように・・・と。
続いて黒猫side
↓
「・・・京介?」
「・・・ベランダでなにしてんのあんた?」
「んー?」
桐乃との話しが一段落して飲み物をとりに来たリビング。
ベランダにいるあの人を見つけ、声を掛けた。
「星を見てた」
「星?」
「ああ」
桐乃にそう答えてまた夜空に顔を向けるあなた。
その横顔はあの頃と変わらず愛おしくて・・・。
『星に誓うわ』
彼が大学を卒業した翌4月。
今私は、彼と桐乃と一緒に郊外のマンションに住んでいた。
「・・・そんなによく見えるの?」
「ああ。部屋を暗くしてるとなおさらな」
カラカラと窓を開けつつ彼に話しかける。
自然と隣にスペースを作ってくれるあなたの横に、私はちょこんと腰かけた。
「へえ」
思わず感嘆の声が漏れる。
「すごいわ。松戸のアパートでもこんなに良くは見えなかった」
「ここが最上階ってのがあるんだろうな。周りを遮るものや街灯の明かりが邪魔にならないから」
「よく気付いたわね?」
「引っ越しから1週間。やっと粗方片付いた今日、ふとベランダに出たら偶然」
「へえ、さすがね」
素直に感心して見せると、ありがとうと返してくれた。
思わず笑みが漏れる
そしてまた星空へと目を向ける。
降ってきそうな空とはこういうのを言うのだろうか?
美しさとともに、どこか寂寥感を覚える私の耳にふと彼女の声が飛び込んだ。
「・・・見惚れてるとかチョーありえないんですけど?」
「げ」
何事かと目を向けると、そこには彼の耳元に口を寄せている彼女・・・桐乃の姿があった。
「・・・どうしたの?」
「今こいつ、あんたの顔にポーッと見惚れてたの」
「あらまあ」
呆れたような声音にくすりと笑みを漏らす。
「あー・・・桐乃?とりあえず気配を絶って背後に立つのはやめなさい」
「ぼーっとしてるあんたが悪いだけでしょー?」
言いながら彼女は私とは反対側の位置に腰を下ろす。
「わ!ほんとに綺麗!」
「すごいわよねえ」
桐乃の忌憚ない賞賛に、私も素直に同調する。
- こんな風に私たち、がいがみ合うことなく一緒に居られるなんて、当時の私たちは夢にも思ってもいないでしょうね。
ふと気が付くと彼が微笑んでいた。
先に気が付けいたらしい桐乃が、彼の顔を覗き込んでいた。
「・・・どしたの?締りの無い顔がもっと緩んでるよ?」
「・・・」
「あらほんと。なんというか不謹慎な顔になっているわ」
桐乃の言葉に、すかさず私も言葉を重ねる。
覗き込んだ彼の顔は、なんともいえない表情を形作る。
「・・・お前らはよ・・・」
私たちにひどいことを言われて、それでも彼は笑っていた。
それだけの年月を過ごしてきたのだと、少しだけ当時に思いを寄せる。
まだまだ子供だったあの頃、それでも彼らは私を救ってくれた・・・必死に捨て身で。
『なんで・・・?私が離れようと離れまいと、あなたたちに関係ないでしょう!?』
『あんたそれ・・・本気で言ってんの?』
『ほ、本気よっ!卒業してしまえばもう関係なくなるじゃない!それのどこが・・・』
『俺たちが嫌なんだよっ!』
『っ!?』
『・・・あんたが一緒に居たくないってんならそれでもいい・・・なんて絶対に言ってやらない!!あたしはっ!あんたと京介と・・・一緒に居たいの・・・』
『!』
『ねえ・・・お願いだから・・・一緒にいてよう・・・』
思わず苦笑が漏れる。
なんてバカな娘だ。
そのままでいれば一人占めできるものを。
本当に馬鹿で・・・優しい娘。
自分の心情そっちのけで、私のことだけ思いやるだなんて。
バカだったと思う。
子供だったと思う。
それでも・・・私はそれに縋り付いてしまった。
今・・・こうしているために。
「・・・まったく可愛い奴らだよ」
「や、ちょ・・・!」
「ど、どうしたの急に?」
両手で抱きよせてられてクシャクシャと頭を撫でられる。
私は一切抵抗せずにされるがままになる。
そう。
この優しい手に身をゆだねて。
「いや・・・このままずっといられたらいいなあって、急に思ってさ」
「このまま?」
「・・・そうね」
あなたの呟きに、心の中で、ありがとう、と呟く。
でも、このままずっとなんて・・・無理。
あなたはあの時、桐乃を選んだんですもの。
それなのに私がここにいるのは・・・ただのエゴに過ぎない。
だから・・・と、私は星を見上げて誓う。
できるだけ早く、この幸せな空間にサヨナラを告げようと。
私の心が、完全に囚われる前に・・・。
ラスト、桐乃side。
↓
「・・・京介?」
「・・・ベランダでなにしてんのあんた?」
「んー?」
瑠璃と二人、飲み物をとりに来たリビング。
ベランダにいるあのバカを見つけ声を掛けた。
「星を見てた」
「星?」
「ああ」
あたしにそう答えて、また夜空を見上げる京介。
『星になど祈るもんか』
京介が大学を卒業して翌月。
今あたしは、京介と瑠璃・・・黒いのと一緒に郊外のマンションに住んでる。
「・・・そんなによく見えるの?」
「ああ。部屋を暗くしてるとなおさらな」
カラカラと窓を開けつつ、瑠璃が京介に倣って出ていった。
薄着なのに平気かな?
京介の横にちょこんと腰かけた瑠璃は、「へえ」と感嘆の声を上げた。
そんなに綺麗なのかな?
「すごいわ。松戸のアパートでもこんなに良くは見えなかった」
「ここが最上階ってのがあるんだろうな。周りを遮るものや街灯の明かりが邪魔にならないから」
「よく気付いたわね?」
「引っ越しから1週間。やっと粗方片付いた今日、ふとベランダに出たら偶然」
「へえ、さすがね」
「ありがとう」
二人の背中を見ていたあたしだったが、
「あれ?」
星空を見上げる瑠璃をみつめている京介に気付き、そろりとベランダに出る。
「・・・見惚れてるとかチョーありえないんですけど?」
「げ」
突然声を掛けてやると、京介は飛び上がるようにして驚いた。
いい気味だと内心で笑う。
「・・・どうしたの?」
瑠璃の声に、わざとらしい渋面を作って答えてやる。
「今こいつ、あんたの顔にポーッと見惚れてたの」
十分わかっているのだろう。
瑠璃は頬に手を当て「あらまあ」と笑って見せた。
「あー・・・桐乃?とりあえず気配を絶って背後に立つのはやめなさい」
「ぼーっとしてるあんたが悪いだけでしょー?」
べっと舌を出しながら、あたしも京介の隣に腰を下ろす。
「わ!ほんとに綺麗!」
思わず声が出てしまった。
だって本当に綺麗だったから。
降ってくるような星空ってのはこういうのを言うんだろうな。
「すごいわよねえ」
あたしの言葉に、瑠璃も素直に同調する。
- こんな風にあたしたちが、いがみ合うことなく一緒に居られるなんて、当時のあたしたちなら考えられないだろーな。
- あれ?京介が笑ってる?
なーに嬉しそうに笑ってんのよ?
「・・・どしたの?締りの無い顔がもっと緩んでるよ?」
「・・・」
あたしの言葉に、予想通り複雑な表情を浮かべる京介。
「あらほんと。なんというか不謹慎な顔になっているわ」
勝手知ったる何とやら。
瑠璃がすかさずあたしに続く。
この辺の呼吸はすでに阿吽だ。
「・・・お前らはよ・・・」
どんな反応するかな?と思っていたら・・・それでも京介は笑っていた。
それだけの年月を過ごしてきたのだと思うと、少しだけ感慨深い。
それもこれもあの時に諦めなかったからだ。
ううん、ちがう。
あの時のあたしは、諦めるなんて微塵も考えてなかった。
『一緒にいてよぅ・・・黒猫ぉ・・・瑠璃ぃ・・・』
『な、なんで泣くのよあなた・・・』
『あんたが離れるとかいうからじゃんー・・・やめてよーそんなこと言うのぉ・・・お願いだからさぁ・・・』
『・・・』
『・・・俺からも頼むよ、く・・・瑠璃・・・』
『・・・ああ、もうっ!信じられない!なんだってこうあなたたち兄妹は・・・もう!わかったわよっ!』
『!』
『・・・どこにもいかない。一緒に居てあげる』
『・・・ほんとに?・・・嘘じゃない?』
『ええほんとよ。・・・ああもう!可愛い顔が台無しじゃない!ほらこっちきなさい!』
『うえーん。うれしいよー』
いやー思い出すと恥ずかしいなー。
なんてバカな娘だあたし。
友達引き止めるのに、泣き落としとかマジありえないし。
でも後悔なんていっこもない。
あたしはそれだけ真剣だったし、瑠璃も真剣に受け止めてくれた。
バカだったと思うし、子供だったとも思う。
でも今こうしていられるのは、大袈裟じゃなくあの時選択肢を間違えなかったからだ。
あの時瑠璃は言っていた。
『・・・桐乃。一つだけ確認させて?私が京介と住むということは・・・間違いが起きるかもしれないということを含むのよ?』
そのことは何度も考えた。
そしてあたしは、それでもいい、としっかり答えた。
瑠璃は驚いていたようだけど、実際あたしは本当に平気だと思っていた。
あ、腰の軽いあのバカのことじゃなくて、あたしの気持ち的にね。
もし京介と瑠璃がそういう関係になったとしても・・・絶対にあたしを蔑ろにするはずないって信じてたから。
むしろ、大好きなあいつと、大好きなこいつが、そうなるなら嬉しいとさえ考えた。
あはは。あたしバカだねー。
「・・・まったく可愛い奴らだよ」
「や、ちょ・・・!」
そんなことを考えてたらいきなり京介に抱き寄せられて、クシャクシャと頭を撫でられた。
見ると反対側では瑠璃も同じようにされている。
思わず笑いがこぼれてしまう。
「ど、どうしたの急に・・・?」
「いや・・・このままずっといられたらいいなあって、急に思ってさ」
京介が笑顔のままそう言った。
「このまま?」
「・・・そうね」
瞬間ぴくんとあたしの耳が動く。
瑠~璃~?一瞬口ごもったのわかってんだかんね?
あーもーったくぅ。
どーせまた、『いつかは・・・消えなくてはならない身だわ。たとえ煉獄の炎に包まれようとも・・・』とか、わっけのわかんないこと考えてんでしょあんた?
そうは問屋が卸すかってーの。
他人の目から見たらどー見えるのかってのも。
でも・・・だからどーした!
他人なんか知ったこっちゃないっつーのっ!
大事なあんたの気持ちすら無視したあたしに、怖いもんなんかあるかっての!
ずっと前に、沙織に見せてもらったアニメですっごくいいこと言ってた。
『そんな道理っ!私の無理でこじ開けるっ!!』
ひゃっはーっ!グラハムさんカッケーッ!
そうよ。
どんな道理も、あたしの無理でこじ開けてみせる。
そのための秘策もあるしね~。
これはこないだ見たアニメで言ってたんだけど、等価交換てやつ。
『等価交換だ!俺の人生半分やるから!お前の人生半分くれ!!』
うっひょーっ!エドワード君カッチェーッ!
そうよ。
等価交換で人生貰っちゃえばいいのよ。
しかも!
エドワード君は一人だけだけど、こっちはなんと京介と二人!
つまり、あたしの人生半分と、瑠璃の人生半分。
そんで、京介の人生半分と、瑠璃の人生半分。
やったー!瑠璃の人生すべてゲットーッ!
あんた一生ウチの猫ー!
そんな簡単にうまくはいかないだろうけど、あたしは絶対に諦めない。
そしてあたしは星を見上げる。
よく星に願いをなんていうけど、そんなもん気休めだ。
だからあたしは不敵に笑う。
見てなさいよあんた?
あんたなんかに祈らなくても、あたしは必ず欲しいものを手にしてみせる。
そこにどんな障害があろうとも、必ず乗り越えてみせる。
だってあたしは、欲張りな女だから。
すべて手に入れるまで、諦めたりなんかしてやんないから。
だからあたしは。
星になんて祈ってなどやらない!
最終更新:2012年11月19日 01:29