あたしの友達がこんなに名シェフなわけがない:12スレ目834


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「なー頼むヨ、一回だけって言ってるだろー」
「そんな事言っても……」

 加奈子とあやせが何やら話しているのが聞こえた。
 悪いなと思いながらあたしは聞き耳を立てる。

「加奈子が親と仲直りする為に料理の勉強してるのは知ってるけど、なんでそれを桐乃のお兄さんに食べさせないといけないの?」
「何度も言ってるべ? ジッケンダイだって」
「だから、その実験台がなんで桐乃のお兄さんなの?」

 なるほど。
 現在、京介は“複雑な事情”で一人暮らしをしている。
 でもろくに家事なんて出来ないあいつが一人暮らしなんてしてたら絶対にまともな食事なんてするはずがなく、“様々な紆余曲折”があって、食事の世話はあやせに一任する事になった。
 で、加奈子は一回だけでいいから、とあいつのために料理をしたい、と。

 ──あやせの言い分じゃないけど、なんで食べさせる相手が京介?

 初めてウチに呼んだ時なんて、京介の事を中小企業で課長とかやってそうとか言ってたし、デート……のふりした時にバッティングしても完全に顔忘れてたみたいだし。
 でもあたしが認識していた以上に、京介と加奈子の接点はたくさんあったんだよね。
 京介がマネージャーになりすましていたのは、元をたどればあやせがあたしへのプレゼントを手に入れるための手段だったわけだし、その流れでメルフェスのライブチケットを入手する事も出来たんだからまだ許せる。
 あ、そういえばそのライブも京介が一人暮らしする原因の一つなんだよね。
 なんでアニメのイベントがあいつの一人暮らしに関わってるかはあたしにとっても黒歴史だから聞かないで。
 それにしてもClariS可愛かった~! だけど加奈子のメルルとブリジットちゃんのあるちゃんが見れなかったのはすごく悔し~!

 ……話がそれた。

 そうそう! 加奈子が弁当持参で京介のアパートに押しかけて、あまつさえ一緒に食事したってどういうコト!?
 加奈子は実験台とか言ってたけど、別にあたしとかあやせでもいいじゃん!?
 なんかムカツク。


「だから、わたしが桐乃のお兄さんに食事を作るっていうのは桐乃に頼まれたからだから、そういうのはわたしじゃなく桐乃に言ったら?」

 加奈子に言い聞かせてるあやせの声が聞こえた。ちょっと待って、ここであたしに振る?
 あたしは聞こえなかったふりしてさりげなく気付かれないように教室から出ようとした。

「あ、桐乃──」

 ──遅かった。


「……加奈子の言いたいことはわかったケド、兄貴が一人暮らししてるのは勉強のためだから、邪魔になったら困るからあやせに頼んだんだよ?」

 あたしの言葉にあやせが続ける。

「そうよ。変なもの食べて入院とかなったら試験どころじゃないでしょ」

 入院て……。いや、あやせ、そこまで言わなくても。
 でも、なんか加奈子の言い分聞いてると、京介の料理を作りたいというのは、京介に会うための口実のような気がしてそれがなんか妙にムカツクんだよね。
 そういう意味ではあやせのキツイ言い方も、いいぞもっとやれって感じなんだけど。


「あやせに紹介してもらった加奈子の料理の師匠のことは桐乃も知ってるべ? 変なものなんて出さないから~」

 その師匠が地味……麻奈実……さんってのもムカツク理由の一つなんだけど。

 加奈子の事だ、いくらダメと言っても勝手に京介のアパートに乗り込む恐れがある。
 ああもう──

「一回だけね!」
「マジでっ!? さんきゅー桐乃! 愛してるよん」
「桐乃!?」

 あやせが驚いた顔であたしを見る。
 その表情は気のせいかもしれないけどあたしに対する非難の色が見えた。
 あと、なんか悲しそうにも感じる。
 あやせは京介の事嫌いだから、一日だけでも休ませて貰えるのなら喜んでも良さそうなのに、なんでそんな顔するのかな?
 まあ、今はそれよりも、はしゃぎまくってる加奈子に釘を刺すのが先だ。

「ただし! 加奈子が兄貴のところに行く前にあたしとあやせが試食するから! 合格しないとダメだからね! 言っておくケド、麻奈実……さんの作ったのを自分が作ったと嘘ついたらいけないから、あたしとあやせの見ている前で作ること! わかった!?」

 加奈子は一瞬ポカンとしたが、すぐに「……あるちゃんは、わたしの大切な、友達だから!」と叫んだシーンのメルルと全く同じ顔で「うっしゃー!」と叫んだ。
 てか、ホントにそっくり。もしメルルコスしてたら無条件で加奈子の申し出にゴーサインを出してただろう。

 それにしても加奈子はなんでここまで熱くなるんだろ?
 あからさまなお世辞だろうがなんだろうが褒められるのに弱い加奈子、京介のあの性格、これだけでおおよその見当は付くんだケド……。

 それにしても黒いのは短い間とはいえ付き合ってたし、麻奈実さんは言うまでも無い事だし、最近じゃ沙織もなんとなく好意ありそうだし、ここに来て加奈子?
 なんで“あんなの”がこんなにモテるわけ?
 あ~~~もぉ~~~、マジでムカツク!!


 加奈子が去った後。あやせはなぜか拗ねたように唇を尖らせていた。

「あやせ? どうしたの?」
「ううん、別に。それよりも、いいの? 加奈子とあんな約束しても」
「大丈夫だって。この前のパーティーでも麻奈実さんが言ったじゃん? マトモに作れるのは一つだけって。一品だけの食事なんて栄養バランス的にダメだって言えば全然オッケーだよ」
「でも加奈子って自分の意思で覚えた事は絶対忘れないでしょ。それと同じで自分でやるって決めた事はどんなことだって成し遂げてしまいそうな、そんな予感がするの」

 確かに。

「ひょっとしたらわたしなんかよりもすごく旨い料理を作ってしまいそうな気がする」

 あの時、麻奈実さんは確かに、加奈子が美味しく作れるのは一つだけだと言ってた。
 でも、それからもう何日も過ぎてる。
 加奈子が料理の勉強を始めてから、どのくらいの時間がかかって、一つの料理を美味しく出来るところまで持っていったかはわからない。
 パーティーの前に加奈子が京介のアパートに行った日がいつなのか、そしてその時の加奈子の料理が美味しかったのか、それもわからない。
 判断材料としては、パーティーに加奈子がいかにも自分が作りました風に持ってきた弁当が、実は麻奈実さん作だということくらいか。

 真奈実さんの料理が美味しいのは確かだ。

 その真奈実さんが美味しいと認めたくらいだから、加奈子のたった一つの料理も恐らく水準以上だろう。

「もし加奈子の作ったのがすごく美味しかったとしてもさ、その時は、嘘ついたらいいんだよ。マズい、出直してきなって」

 言った後であたしはしまったと思った。
 あやせは嘘が大嫌いなのだ。親友に対してこんなこと言いたくはないけど、もはや病的と言ってもいい。
 恐らくあやせのことわざ辞典には「嘘も方便」なんて項目は無く、「嘘つきは泥棒の始まり」が四倍フォントでデカデカと載っているだろう。
 ところがあやせの反応はあたしの予想と正反対だった。

「……そうよね。時と場合によるよね」

 あたしはあやせの顔をまじまじと見た。間違いなく今現在のあやせの目と表情は通常モードだった。

「あ……あやせ?」
「うん、わかった。桐乃と桐乃のお兄さんにとって必要な嘘だったら仕方がないわ。わたしもハッキリと加奈子の料理は美味しくないって言う」
「そ・そう」

 なんかスッキリしないけど、ま、いいか。


 その日、帰宅したあたしは、旅行会社のサイトと自分の通帳を見比べていた。

「かなり減ってるな~。海外留学もだけどフェイトさんに貸したのがかなり痛いな~」

 でも、勢いとはいえ加奈子を“試験”すると言ってしまったからには責任は取らないといけない。
 あたしは悩んだ上で県外の温泉地のツアーをペアで予約した。

 そして、夕食時。あたしは出来るだけさりげない口調で、

「お・おとおとおとお父さん!? 今度の土日、非番だよね!?」
「どうした桐乃。声が裏返ってるぞ」

 うっ。

「あ・えーと……。“インターネットの抽選で温泉旅館のペアチケットが当たった”んだけど、よかったらお母さんと一緒に行ってきたら!?」
「あら、温泉? いいわね~」

 お父さんより先にお母さんが食いついた。

「でしょ!?」
「でも、桐乃が当たったんでしょ? 友達と行って来たら? あやせちゃんとか加奈子ちゃんとか」
「だって、ペアだよ!? あやせにしても加奈子にしてもランちんにしても一人選んだら他の友達に悪いじゃない!?」
「らん……ちん? そんな子、桐乃の友達にいたかしら?」

 いたよ! 忘れてあげないで!

「どうせ当たるわけないと思って応募したから、当たってしまってどうしようって! まあいざとなったら金券ショップに売るけど!?」
「そうねえ。どうします、お父さん?」

 お父さんはジト目であたしを見ている。
 ひょっとして嘘がバレた? いや、あたしのこの自然な演技のどこにも隙は無いはず。

「そうだな。たまにはゆっくり温泉につかるのもいいだろう」

 でしょ~! 京介と違ってあたしはこういうの上手いからね~!


 という経緯で、加奈子の試験は今度の土曜、我が家のキッチンで行うことが決定した。
 お父さんとお母さんに家を空けさせたのは、キッチンを自由に使える環境を作るための処置ね。
 あと、これはあくまでもついでの理由なんだケド、京介がらみの問題にあたしが関わってるって事がバレないため。
 だって、下手すりゃいくら模試でA判定取ろうと、京介の一人暮らしが終了どころかウチから永久追放になってしまう恐れあるじゃん?


 そして加奈子の試験当日。
 いったんあやせと家で落ち合ってちょっとした打ち合わせをしてから、二人で加奈子のマンションまで迎えに行った。
 でもって、出てきた加奈子の両腕をあたしとあやせはロック。そのまま試験会場である我が家へ連行。

「ちょ、材料とかの買出しはどうすんべ!?」

 などと最初のうちはぶーぶーうるさかった加奈子だけど、あやせが加奈子になにやら耳打ちして以降はなぜか青ざめておとなしくなった。
 なんか知らないけど本能的に恐怖を感じたので気付かなかったふりをする。


「さ、加奈子。冷蔵庫の中にあるもの、何を使ってもいいから思う存分腕を振るって」

 ふっ、我ながら完璧な作戦だぜ。
 材料を加奈子自身に用意させたら数少ない得意料理を作られる恐れがある。
 そんな加奈子には冷蔵庫の余り物で美味しいものを作ってみろという応用問題で勝負!
 あたしは“あんまり”料理は“得意ではない”からわからないので、あやせに事前の打ち合わせの時に冷蔵庫の中身を確認してもらっていた。

「……うーん。これで何か作れと言われてもわたしにはちょっとムリ」

 ということらしい。
 これでほぼ勝利はいただいた。
 加奈子に料理を教えてるのが麻奈実さんだということだけが懸案事項だけど。


 今現在加奈子は冷蔵庫の中身を品定めしている。
 そして、不意に不敵な笑みを浮かべた。
 なぜそこで笑う? ま・まさか?

「マジでこれ全部使っていいの? だったら楽勝じゃん」

 マジでか?

「で、桐乃さー? 鍋とか包丁とかも勝手に使っていいんだよね? あと調味料とかも」
「え? ウン、どんどん使っちゃって」

 言いながらも自分の顔から血の気が引いてるのが自分でもわかった。


 加奈子は鼻歌を口ずさみながら料理を開始した。
 う・上手い。包丁の使い方からダシの取り方までいちいち様になってる。

「桐乃……。どうしよう。こんな手際見せられたら、美味しくないって嘘をつきとおす自信無いよ……」

 あやせは、加奈子の料理する姿を見て唖然としていた。
 ていうか加奈子の手さばきに完全に見惚れていた。

「い・いや、形から入ってるだけだよ、きっと……」

 現在のウチの冷蔵庫の中身だけで料理するのがあやせ的には無理でも、加奈子の料理の師匠はベルフェゴール(命名:黒いの)。
 あやせよりも主婦力が高いのは明白だ。
 まさか短期間の内に加奈子はそのスキルを全てマスターしたとでもいうのか?


 そうして完成した料理は素人目に見ても見事な出来栄えだった。
 い、いや、あくまでも形から入ってるだけだよ、多分……。
 加奈子はフフンと鼻息を鳴らした。

「さ、ジッケンダイのジッケンダイだ。食ってみ?」

 あたしとあやせは観念して食卓についた。

「いた……だきます……」

 ぱくっ。
 うっ。
 こ・コレは……。
 目の前にはドヤ顔の加奈子が不敵な笑みを浮かべて立っている。
 あたしとあやせはほぼ同時に箸を置いた。

「──加奈子」
「んー? どーした? うめーべ?」

 あたしとあやせは何度も台本呼んで練習しても不可能というくらいに完全シンクロして料理の感想を述べた。

「「出直して来い!」」


 そう、コレは料理と言うのも憚られる、いや、地球上に存在するあらゆる生物が食物として拒絶してしまうような代物だった。
 京介は基本的にマズいものはマズいという人間なので、普段だったらこんなモノすぐに吐き出すだろう。
 だけど、加奈子が料理の勉強を始めた理由は京介も知ってるので、事情は変わってくる。
 あいつの性格上、恐らく文句言わずに全部平らげてしまうだろう。その結果どうなるか。
 模試でA判定取れるかどうか以前に、その模試も受けられなくなってしまう。確実に。
 ……最悪、人生終わってしまいかねない。


 加奈子を家から叩き出し、あたしとあやせは我先に洗面台に向かい何度も何度も何度も何度も口をすすいだ。

「桐乃ー、口の中、味が全然消えないよー」

 あやせが涙目で訴える。
 あたしだって泣きたいよ!
 本気でファブリーズを口の中にスプレーしたくなってきた。
 その後、あたしとあやせは無言でゴミ袋に“劇物”を突っ込んだ。
 そして涙目のまま我が家を後にするあやせ。完全に足元がおぼつかない。無事に家に帰り着くのか心配だ。


 そのころ──

「桐乃と会うのはいいが兄妹であることを忘れるな? いきなり電話してきたと思ったらなに言ってんだよ、親父は。今日はずっと勉強してて、桐乃どころか“誰とも会ってねー”よ。本当だって。じゃあ切るから(ガチャ)」
「はぁ~。腹減った。朝からなんにも食ってねえ……」


 おまけ――

「くそー。桐乃もあやせも味オンチかよー。昨日たまたま読んだ漫画『ド○え○ん』の『○ャ○ア○シ○ュー』を応用した自信作だったのにヨ」

<了>
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