或る彼氏の闘い:12スレ目899


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 俺は、高坂京介。これといって特筆すべき事がないぐらいに平凡な男子高校生だと思っている。
 しかし、今置かれているこの状況は果たして、平凡な男子高校生のイベントだと言えるだろうか。

 今いる場所はとある旅館。
 風情のある和室で、今置かれている状況ではなく、それこそ麻奈実との旅行でここに来ていたら今頃のんびりと寛いでいるだろうだろうと思わせてくれるような落ち着く場所だ。
 だが、残念ながら今はそういう状況では無かった。

 目の前に居る、肌が白く、温和そうな雰囲気を放ちながらも、静かに俺を強く睨みつけている壮年の男性は、黒猫の父親である。
 黒猫というのは別に本当の猫の事を指している訳ではなく、人間の女性である人間を指している。
 そしてその女性と俺は付き合っていて、そして、振られるという形で別れたのがつい最近の話。

 状況をお分かり頂けただろうか。
 そう、俺は一度付き合い、そして別れた元彼女の父親とこうして対面で座っている。
 正直に言おう。気まずいなんてものじゃなく、しかも数時間前まではこんな状況になるなんて夢にも思ってなく、心の準備もクソも無かった。

 その隣に居る女性、黒猫の母親は、冷たい雰囲気を放っていて、初対面、俺を嫌っているんじゃないかと思ったが、何のことはない。
 確かに容姿こそは冷たい美女という風な感じではあったが、実際の所、人見知りしやすい体質なのだと知れる。
 実際話してみると、容姿に反して温かい声で俺を迎え入れてくれた。
 実際、俺をここに泊まらす事に反対してくれていたらしい。

 ……その説得を振りきってまで、俺と一緒に話したいと主張したのが目の前の父親。
 見た目こそ温和そうだが、その中身がそうだと限らない事は隣の奥さんが証明している。

 俺と父親をキョロキョロと見ているのが、日向ちゃん。彼女は飛び入りでこの部屋に泊まる事にしたらしい。
 ……俺の事を心配してくれたのだろうか。正直、助かる。
 娘の前で、いきなり俺に殴りかかるような真似はしないだろう。
 し、しないよな。

「……瑠璃と、仲良くしてくれてありがたく思ってるよ」

 ついに、黒猫の父親が口を開く。

「……い、いえ。こちらこそ、仲良くして頂いてます」

 相手の出方が分からない以上、無難に回答するしかない。
 しかし初っ端から娘の話題である。
 地雷を踏まないよう気をつけなければ。

「そうか。仲 良 く ねえ」

 ――仲良く、という部分を強調して繰り返される。
 くっ、さ、早速地雷を踏んでしまったのか? で、でも仲良くしてないなんて言えねえだろ。

「え、ええ。そ、その、健全なお付き合いをさせて頂いてます」
「ほう? お付き合い、ねえ」

 ぐはっ! 俺の馬鹿、主張したかったのは疚しい事なんてしてませんよ、という所だったのにこの台詞じゃ彼女の父親に対して言う台詞じゃねえか。
 実際じゃもう別れてるってのに。

 ちら、と助け舟を求めて日向ちゃんを見やる。
 日向ちゃんは何このヘタレという感じでこちらを見ている。
 ヘタレで悪かったな!

「瑠璃と、付き合っていたんだってね。ああ、当然、男女の関係として」
「は、はい」
「で、今はその関係を解消していると」
「は、ははい」

 くそ、声が裏返ってしまう。別に悪い事をした覚えはないってのに。

「時に、今回、僕達が家族旅行をしている目的を知っているかな?」
「も、目的ですか?」
「そうだ。……実はね、ここ最近、瑠璃が酷く落ち込んでるようでね」
「…………」
「花火大会があった日からなのだがね。因みに、花火大会は君と一緒に行ったという事でいいのかな」

 こ、答えたくねえ……。

「は、はい。い、一緒に行きました」
「その時はまだ付き合っていた、という事でいいかな?」
「……は、はい」

 黒猫の父親……父猫さんはどうやら娘が落ち込んでいる理由を正確に推測しているらしい。

「花火大会が終わった後は、どうなんだい?」
「ど、どうというのは?」
「君たちは、付き合っていたのかい?」

 決定的な問いかけだった。

「……いいえ」

 正直、この質問に答えるのは別の意味で抵抗があった。
 なんせ、俺が振られた側なのだから嫌な思い出を掘り出されている感じがする。

「そうか……。状況は、分かった。だから娘が……瑠璃が落ち込んでいた訳だね」
「…………」

 俺は父猫さんに何も答える事が出来ない。

「……すまないね」
「な、何がですか?」
「瑠璃、結構変わっているだろう。見た所、君は瑠璃と同じような趣味は持ってないように見受けられる。
 君にとって、瑠璃の趣味は異質なものに思えるのだろうね」
「…………」

 確かに、普通だ、とは思ってない。

「だから、君が瑠璃を拒んでしまうのは分かる。だがね、ああいう変わった趣味を持っていても僕にとっては可愛い娘なんだ。だから――」
「――――なよ」
「え?」

 どうもこの父猫さんは何かを勘違いしている。
 俺が、黒猫を拒んで振ったと考えているようだ。
 だがそんな事はどうでもいい。

「ふざけんなよ……ッ!」

 俺は真っ直ぐと父猫を睨みつけて、そう言い放つ。
 いきなり態度が変わった俺に対して、父猫さんは少したじろぐ。

「すまない、ってなんだよ! 黒猫と付きあわせてしまって申し訳ないって意味か?
 ざっけんな! あんた、てめえの娘をそういう認識で見てるってのか?
 あんたの娘は、確かに妙な格好をしてるよ? 正直俺には理解はしきれねえ!
 けどな、あんたの娘は、すげえ優しい奴なんだよ! 口下手で全然素直じゃねえけど、俺には分かる!
 友達が物が手に入らなくて悔しがってれば、それを自分で取って渡してやるような、
 友達が馬鹿な事をしたら真剣に怒ってやるような、
 そういう優しくて真っ直ぐな奴なんだよ!」

 俺の怒鳴り声に、この部屋に居る誰もが唖然と口を開けていた。
 分かってる、分かってるって、どんだけ場違いな事を言ってるかって、分かってるさ。
 でもさ、黙っている訳にはいかねえんだよ。

「いいか、俺はな、黒猫と付き合えて、あんたの娘さんと付き合えて、本当に嬉しかった!
 楽しかったんだよ! 本当に、この夏休みが永遠に続けばいいと思うぐらいに、最高の日々だったんだ!
 本当に本当に本当に、ずっと一緒に居られればいいと願ったんだ……!
 だからすまないなんて言わないでくれ……ッ!
 あんたは自信を持って俺を罵倒すりゃいいんだよ……」

 あんたの娘さんと付き合えたんだ。
 そんぐらい幾らでも受け入れてやるさ。


 ……沈黙。
 場が凍りついたように、黙りこむ。

 ……や、やっちまった。くそ、最近スイッチが入りやすくて困る。
 で、でも嘘は言ってない。誤魔化してもない。
 だから、俺はこうすべきだと思って、言っただけだ。
 どんな結果になってもそれを受け入れるぜ……。

「……気に入った」

 父猫さんが真っ直ぐに俺を見つめて、そう言った。

「……へ?」
「そこまで瑠璃の事を分かってくれているなんてな……。実に見どころがある。どうだね、瑠璃ともう一度付き合ってもらえんかね?」

 俺が間抜けた顔をしていると、父猫さんがニコニコと笑いながら俺にそう提案してくる。
 い、いや、俺が振られた身なんだけど……。
 ど、どちらにせよ、俺は既に約束してるわけだし……。

「……それは、お断りします。まだ、色々とすべき事が俺にはあるって気付いたんです。そのすべき事を終えるまでは、娘さんと付き合う気はありません」

 失礼な事を言っていると承知している。しかし、これはきっぱりと言っておかなくてはいけない。
 それが決意というものではないだろうか。

「ふっ……。そうか、そうだな。男には準備というのがある。分かったよ」

 だが父猫さんは納得してくれたようだ。
 ……なんだか、何かを勘違いされている気がするが、納得してくれているのを無理に掘り返す必要は無いだろう。

 気が抜けて、ようやく周りを見る余裕が出る。
 母猫さんは、俺を真剣な眼差しでじっと見ていて、日向ちゃんは目をキラキラさせて俺を見ている。
 ……よく分からないが、上手くいったようだ。
 心の中で息を吐く。


「よし。京介くんと言ったか」
「へ、は、はい?」

 まだなんかあんの?

「一緒に風呂に入らないか?」

 うぇ? 父猫さん。そのポーズ、若干あの、やらないかみたいなポーズですげえ嫌なんですけど。

「……はい」

 けど断る事なんて出来ない。これで相手がこっちを睨みながらとかならまだ断りやすかったが、凄いにこにこしている人に嫌だなんて返せない。

 俺のHPはゼロなんだけどね……。

「ふっふ、瑠璃の昔話でも肴に飲み明かそうじゃないか」

 ……。まあ、元彼女の父親と一緒に風呂入るのもそう悪くない、よな。


 そうして、父猫さんと一緒に風呂で語り合い、男同士でしか話せないような事だったり、ちょっとした相談したりで、凄く仲良くなれた。
 将来、また黒猫と付き合う未来があるのか、それはまだ分からない。
 しかし、この家族とは末永く仲良くやっていければと思う。

 ……田村家以外のもう一つの我が家になりそうだな。
 真っ暗な部屋で、外に浮かぶ月を見上げながら想う。
 ……居心地のいい場所が増える事は歓迎だ。
 でも、と俺は目を閉じる。
 ……田村家にも五更家にも、あいつは居ない。
 俺の妹が居るのは、高坂家だけなのだ。

 そんな当たり前の事を思いながら、俺は眠りについた。

 完
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