「うえええあああ・・・うえええええん」
こわいよう。
こわいよう。
あたしはまわりをきょろきょろとみまわした。
おとうさん・・・おかあさん・・・。
どこにもいない。
どこにもいないよう。
「・・・うえ」
「どうしたどうした?そんなに泣いてちゃ、可愛い顔が台無しだぞ?」
また大声で泣き出しそうになったその時、その声はひどく優しくあたしの耳に届いた。
『あの人は・・・』
「おとーさーん・・・おかあさ-ん・・・」
てくてくと歩きながら、あたしは自分の手をじっと見つめた。
さっきまで握っててくれたお母さんのあったかいのが残ってる手。
えれべーたーとかいうのにのるときにはなれちゃった。
「おとーさーん・・・おかーさーん・・・」
今日はお父さんが久しぶりのおやすみで、朝からでぱーとに遊びに来ていた。
おとうさんとおかあさんとあたし。
- おにいちゃんは、なんか一緒に行きたくないとか言ってこなかった。
おとうさんが仕方のない奴だとかいって、そのままでてきた。
少しさみしかったけど、でぱーとの屋上はすっごく楽しかった。
おうまさんにのったり、ゆらゆらうごくおふねにのったりした。
おとうさんがいっしょうけんめい写真を撮ってたので、あたしは楽しくて大声で笑った。
そのあとれすとらんにいって、はたのついたお子様らんちをたべた。
お子様らんちはここに来た時だけのとくべつだったから、あたしはすっごくすっごく嬉しかった。
なんどもおいしいねおいしいねっていってたべた。
それから・・・それから・・・。
「おとーさーん・・・おかあさーん・・・」
あたしはまた立ち止まってまわりを見回した。
でもしらないひとばかり。
こんなにたくさんひとがいるのに、あたしのしらないひとばかり・・・。
「う・・・」
学校ならたくさんひとがいても、あたしのしってるひとばっかりなのに。
先生にらんちゃん、かなちゃんにあやちゃんにいわおくん。
みんなみんなだいすきなおともだち。
「う・・・うう・・・」
でも・・・ここには・・・ココニハ・・・。
「うわああああん・・・おとうさーん・・・おかあさーん・・・」
こわいようこわいようこわいよう。
だれもしらないよう。
だれもみたことないよう。
たすけておとうさん。
たすけておかあさん。
たすけて・・・おにいちゃ・・・。
「どうした?泣いてちゃ可愛い顔が台無しだぞ?」
「おにいちゃ・・・!!」
ふいにかけられた声におどろいてとびついた。
いまの声は、ぜったいにおにいちゃ・・・。
「おいおいどうした?」
「・・・え?」
だきついた体の大きさにびっくりした。
これは・・・おにいちゃんじゃない。
「・・・」
おどろいたまま顔を上げると、しらないひとがにっこりと笑っていた。
「いきなり抱きつくとか積極的だな」
そういって片目をつぶるそのひと。
「・・・」
あたしはすこしの間その顔をみつめて。
「うわあああああん!!!」
「え!?なんで!?どうした!?」
さっきよりも大声で泣き出した。
※
「そっかー。お父さんたちとはぐれちゃったのかー」
おにいさんの言葉に、あたしはこっくりとうなづく
あの後おにいさんは、泣きわめくあたしの手を引いてここまで連れてきてくれた。
しらないひとについていくのはこわかったけど、なんでかおにいさんはこわくなかった。
そこでは、なんかてーぶるがいっぱいあって、いろんなひとが座ってて、やきそばとかほっとどっくとかを食べてた。
おにいさんはちょっと待ってなっていうと、近くのおみせにむかっていった。
ちょっとだけ、またひとりになっちゃうのかなっておもったけど、おにいさんはすぐにもどってきてくれた。
そうしてあたしはさっき買ってもらったここあに口をつけた。
「んー・・・どこではぐれたかわかるか?」
おにいさんの言葉にあたしはぷるぷると首をふった。
いろいろうろうろしちゃったからわからないっていうと、おにいさんは少しだけこまったような顔をした。
あたしはなんだかまたこわくなってなきそうになった。
そんな時、おにいさんが頭をぽん、てなでてくれた。
「泣きそうな顔するなって」
そのままくしゃくしゃってされた。
なんだかくすぐったくて、あたしはちょっとわらっちゃった。
「お、初めて笑ったな。やっぱ泣き顔よりずっとかわいいぞ」
おにいさんがにっこりとわらいながらかわいいって言ってくれたので、なんだか少し恥ずかしくなった。
「そういうの、ろりこんていうんでしょ?」
「うおい!?」
てれかくしにあたしが最近おしえられたことばをいうと、おにいさんがせいだいにずっこけた。
「おま・・・その年でそんな言葉どこで覚えてくるんだ?」
「このあいだあやちゃんがおしえてくれた。『世の中にはロリコンて言う私たちみたいな小っちゃい子を弄ぶ変態がいるんだから気をつけなきゃだめだよ?』って。もてあそぶってなに?」
「お前はまだ知らなくていい言葉だ。ったくこの頃からかよ・・・」
「?」
おにいさんはなんか大きくいきをつくと、おれは違うからあんしんしろっていった。
よくわかんないけどわかったってこたえた。
そしたら、いい子だってまた頭をなでられた。
「今もこれくらい素直だといいのにな・・・」
「なにが?」
あたしが聞くと、おにいさんはなんだかじーっとあたしの顔をみてきて、それから一回はぁって息をはいた。
「んー・・・実はお兄さんにも妹がいてな、その妹がお前くらい素直だったらいいなって話」
「すなおじゃないの?」
「まーな・・・顔見るのも嫌らしい」
「そんなことないよっ!!」
おにいさんの言葉に、あたしはおもいっきりおおきな声をだした。
「おにいちゃんが嫌いなこなんていないもん!あたしおにいちゃんだいすきだもん!!」
「・・・今は、だろ?大きくなったら嫌いになるかもしんないぞ?」
「そんなことないもん!あたしは大きくなってもおにいちゃんがだいすきだもん!!ぜったいぜったいだいすきだもん!!」
「・・・そか」
「うん!!」
おにいさんは、なぜか照れくさそうに笑って、またあたしの頭をなでてくれた。
「だから、おにいさんの妹さんも、きっとおにいさんのことがだいすきだよ!」
「・・・ありがとな」
「なんでおれいいうの?」
「嬉しかったからだよ」
そういっておにいさんは顔をあげた。
「さて・・・そろそろかな」
「?」
おにいさんがあたしの後ろのほうを見たので、あたしもおんなじように見た。
「どうしたの?」
「お迎えだ」
おにいさんがそう言ったので、もう一回さっきのほうを見た。
「・・・あ!」
そうしたら、すっごい遠くのほうで、お父さんとお母さんのすがたが見えた!
「おとーさーん!おかあさーん!」
あたしが泣きながら大声でよぶと、おとうさんが先にきづいて、すごいいきおいで走ってくるのがわかった。
「おにいさん!おとうさんとおかあさんだよ!」
そでをひっぱりながらあたしはぴょんぴょんと跳ねる。
「みつかったよ!!」
「よかったな」
おにいさんはそういって、ちいさく笑ったみたいだった。
あとでわかったことだったけど、おにいさんがまいご・・・なんとかせんたーとかに連絡してくれたんだって。
それでおとうさんたちも、あわててむかえに来てくれたんだって。
「さて、じゃあ俺は行くわ」
「え?」
おどろいて顔をあげると、お兄さんは小さくひらひらと手をふっていた。
「どうして!もうすこしここにいてよ!あたしおにいさんにたすけられたよっていいたい!」
「いやいいよ」
「どうして!?」
「ん?んー・・・娘命のお父さんがおっかないから逃げる」
「え?」
「はは。冗談だよ。じゃあな」
そういっておにいさんは後ろをむくと歩きだした。
「あ・・・ね、ねえ!」
「ん?」
なんだかまだおにいさんと別れたくなくてあたしはなんとか声をかける。
「も、もうあえない!?」
「ん?そうだな・・・」
おにいさんはたちどまって、あたしのほうを向いた。
そうして手をのばして、
「・・・またお前が今日みたいに困ってるそん時は・・・やれやれ。しょうがねーから俺に任せとけ。きっと助けてやる。また迷子になったらそん時は・・・」
そういって、今までで一番やさしく頭をなでてくれた。
※
「・・・懐かしい夢見たなー・・・」
あたしはベッドに半身起こした姿勢のまま、寝ぼけた頭でそう呟いた。
目を擦り、二三度頭を振ってから、枕元の時計に目を向ける。
朝の5時。
ちょうどランニングの時間だ。
鳴るまであと30分あるタイマーを切ると、あたしは大きく伸びをした。
「・・・今日も快晴!」
ベッドから降り、カーテンを開ける。
手早くトレーニングウエアに着替えると、寝て凝り固まった体をほぐすために柔軟をする。
入念なストレッチを30分かけて行い、ようやく体が温まった。
「そういや・・・あのお兄さんとは結局会えなかったな・・・」
屈伸をしながら何とはなしにそんなことをつらつらと思う。
あのあと、何度もあのデパートには連れてってもらったけど、あたしはあれっきり迷子になることはなかった。
「困ってる時は・・・か」
お兄さんの言葉を思い出して思わず苦笑する。
なんだそれは。
そもそもあたしが困ってるなんて、どうやって知るってんだか。
「やっぱあれだよねー・・・子供に対する大人の対応ってやつだよね。無責任だよなー」
それでも・・・とあたしは思う。
あの当時のあたしは、そのおにいさんの言葉に「うん!」と大声で答えた気がする。
だってとっても嬉しかったから。
今はもう忘れてしまったけど、あの大きな手で撫でられた頭の感触。
当時の私はどれほど嬉しかっただろうか。
「好きだったのかなー・・・」
そうだとしたらとんでもなくませたガキだ。
自分の事だというのを度外視して笑ってると、先に止めた時計が目に入ってきた。
現在5:47。
ヤバいずいぶん時間を無駄にした。
「急がなきゃ」
慌てて部屋を飛び出す。
途中にあるドアに、恒例のキックを1発入れて階段を下りる。
「げ」
はずだったのだが、階下から上がってくる姿に思わず声が出た。
「なんだよ、げ、って」
今まさに蹴りを入れた部屋の主が、相変わらずの不景気面で上がってくるところだった。
「な、なんであんたこんな早く起きてるのよ?」
「お前が朝までにゲーム一本終わらせろって言ったんじゃねーか。眠気覚ましのコーヒー淹れてきたんだよ」
「へえ感心じゃん。で?終わったの?」
「いや・・・まだ」
「はあ!?なんでよ!?」
「大声出すな!・・・途中で寝落ちしてさっき起きたんだよ。・・・なあ?残りは今日学校帰ってきてからでよくねえ?」
「ダメに決まってんじゃん」
「ですよねー・・・」
「あたし走ってくるから、帰ってくるまでに終わらせとくこと。わかったね」
そう言い捨てて、横をすれ違おうとしたその時。
ぽん。
ふいに頭に温かい感触があった。
「おう。気を付けて行って来い」
それが頭を撫でられたのだと気付くのに数秒かかった。
「な・・・なななな・・・」
「迷子なんかにならねーようにな」
ひらひらと手を振りながら階段を上がっていく背中に、ようやく硬直が解けてあたしは怒鳴りつけた。
「なるか!こんな近所で!!」
「そうか?ならいいけどよ」
なんでもないような言い方に、なにやら頭にきてあたしはまた怒鳴りつける。
「そもそもなに気安く触ってんの!?チョーキモいんですケド!?大体あたしが迷子になったからって、あんたに何ができるっていうのよ役立たず!?」
あたしはそれだけ言うと、少し乱暴に階段を下りた。
なにあいつ!?最近調子乗ってない!?
そりゃあ・・・少しばかり助けられちゃいるけど・・・。
あたしはついこないだ起こったばかりの、お父さんやあやせとの諍いを思い浮かべる。
「・・・」
役立たずは言い過ぎだったかな・・・。
そんなことを思いながら玄関を開けて外にでる。
そして、ドアが閉まるその時、あいつの声が聞こえた。
「約束したからな。話し相手になって、ココアぐらいは買ってやるさ」
「・・・え?」
ゆっくりと振りむいた視線の先。
閉まりかけたドアの隙間から見えたのは、確かにあの懐かしい笑顔で―――――
END
最終更新:2012年12月15日 19:43