僕のビアンカ

691 : ◆36m41V4qpU [sage saga]:2013/05/24(金) 22:52:41.47 ID:7ipQRA2L0


    "僕のビアンカ"



俺様の名は高坂京介
人は俺のことをこう呼ぶ―――北関東のハイエナ



ハイエナは狙った獲物は絶対に逃さない

「キャァー」

「うりゃ―――よし苺のパンツか」

狙った同級生の女子のスカートは必ずめくる
それがハイエナの掟(お・き・て・)

「フフハハハ………これで後一人―――って痛ってぇ」

後頭部を思いっきり蹴られる俺様

「何すんだ!誰だっコラ?!」

「高坂
―――アンタこそ何をやってる?」

「ゲッ………団子」

俺が『団子』と呼ぶ―――俺様の頭にケリをいれた不届きな奴
怖い物なしの俺にすれば唯一の天敵だった。

みたらし団子の様な髪の色に
みたらし団子のような団子を頭の上に乗っけたような髪型に、
長い足に―――これ見よがしの短いスカート
クラス委員で、クラスの中心にいつも居る、クラスのまとめ役

集団行動の群れた羊共のリーダー、否、猿山のメスボスザルなんだ。
要するに

一匹ハイエナである俺様はもちろん群れるのを好まない
――――独りで生きていけない権力に屈した羊共はもちろん俺様に
逆らったりしないのだが、この団子だけは別だった。
そして、クラスで俺様がスカートめくってないのもこの男女だけだった。

「誰が団子?
高坂、ちゃんと名前で呼ぶ」

「………………………………う、ぅるせぇ」

「えー?何か言った?
全然聞こえない」

「な、な、なんもねぇよ。
俺は先を急ぐからよ。アディオス―――あっ」

「待って
―――こっちの話は終わってない。高坂くん!」

団子は、威圧的に俺の名前を君付けした。


「こっちはねぇんだよ!」

「口で話出来ないなら、こっちで訊くしかない?」

『ボキボキ』と
団子は俺を威嚇するように首や拳の関節を鳴らした



「す、スカートめくって、本当にすいませんでした」

結局、団子に凄まれて――脅されて何度も何度も土下座をさせられた。


「も、もう大丈夫だから―――私はこれでっ」

最期にはスカートをめくられた当の女の子の方が恐縮していた。


「これに懲りたら少しは反省する
良(よ)い?高坂―――」

俺が土下座の格好ままで下から団子を見上げていた刹那

「―――甘いぜ、団子っ!
大将討ち取ったりっ―――ってあれ?」

記念すべきコンプリートのパンツは密かにこの小生意気な同級生と
決めていた俺様だったのだが、ヒラヒラしている短いスカートを
いくら強くめくってもお目当てのパンツは見えなかった。

「こ・う・さ・か!!!」

鬼の形相の団子を放置して俺は一目山に走って逃げ出した。
逃げ足だけには自信があるつもりだった

―――しかし団子は簡単に追いつくと思いっきり俺を蹴り飛ばして

「アンタ、少しは足速いみたいだけど、わたしほどじゃない」

「く、くそ………なんで、いつも負けんだよ!
それにスカートめくれねぇし」

「これからは覚えておくと良(よ)いよ!
―――これはキュロットスカートって言う
そして、やっぱりアンタってバカ、バカ、バカ、バカ高坂!」

と言って
『バカ』のかけ声に合わせて何発も何発も俺の頭を踏み砕いた。

「………グハ」


「痛てて………あの男女覚えてろよ!」

「もうきょうちゃんって、ホントにおバカだね」

おっとりした口調で彼女が言った。


「痛いって………ちょっと手当するなら、もう少し優しくしてよ」


「そんなにパンツが見たいならさ、わたしがいくらでも見せてあげるのに♪」

「え?」

「ふふ、あっれ~?本気にしちゃった?」

彼女はショートカットの髪を振るわせながらニッコリと笑った。
そして彼女が振るえるように笑うと大きな胸も一緒に揺れた。


「そんな ふとましい太ももとか、そんなパンツとか別に見たくねぇって」

俺は何となく恥ずかしくなって軽口を叩く


「ぶーもうっ、きょうちゃん、ちょっと言葉が過ぎるぞ ぷんぷん
親しき仲にも礼儀ありだからねっ?」

怒ってるのか笑ってるのか分からない
―――俺が好きな優しい微笑みを浮かべながら、
幾分芝居がかった口調で(でも自然な表情で)頬を膨らませつつ
彼女は言った。

―――本当にどんな時も全然変わらないなと思う。
こんな風に話しているだけで、俺は何となく落ちついた気分になれるんだ。


「はいはい」

「ところで、きょうちゃんって女の子のスカートめくって何が楽しいのー?」

「別に楽しくねぇよ、暇潰し」

「でも大人達に怒られるんだから、もう辞めた方が良いと思うよ」

「そういや、最近親父に殴られてないや」

「そのお団子ちゃんが一緒に謝ってくれてるから、めくられた当の女の子も
先生や親に言ってないのかも知れないね」

「そっか、だから
帰りのホームルームで問題になったり、親父に殴られたりはしてねぇんだ」

でもあの男女に殴られてるなら一緒じゃねぇかと俺様は思った。


「でも、もうしちゃダメだよ?
次にしたら、わたし本当に怒るから、分かりましたか?
きょうちゃん」

「はい、はい」

同じ女は二度狙わないのはハイエナの掟だ。
そしてあの団子の野郎が例の絶対防御(キャロットスカート)を装備してる限り
俺の狩り(スカートめくり)が成功する確率は一㍉もない!

この狩りは暇潰しで始めたんだし、(当然)誰に褒められるわけでもない
でも何となく、このミッションがコンプリート出来なくて悔しい気持ちと
―――同時に、(エロい意味ではなく)何がなんでもやってやろうって
ワクワク感が俺様の中に拡がった気がした。

そう―――ハイエナは狙った獲物は絶対に逃さないんだ。



「ねぇ、きょうちゃん………わたしのお部屋でゲームする?」

「するする、ドラクエやりたかったんだ」



『うかんだぞ!
トンヌラというのはどうだろうかっ!?』


「うげぇ………どっかで見たことある顔だな、これ。
ってかさ、俺一人でやってても良いの?」

「うん♪
わたしはきょうちゃんが遊んでるの………見てるだけでも
楽しいから」


『あなた、だあれ?
え?お父さんといっしょに旅してるの?
わたしもお父さまといっしょに来たのよ。
海ってなんだか広くてこわいのね。』


『ちょっとあなた。
勝手に入ってこないでくれる?
ここは私の部屋なの。
わかったら早く出て行って。』


『ねえ、
大人の話って長くなるから上にいかない?
わたしはビアンカ。
わたしのことおぼえてる?』


『きまったわ!
今日からあなたはチロルよ!』



次の日、学校


「えっと、今日は運動会のリレーの選手を決めたいと思います」

自習の時間に団子が教壇の前に立って、何やら話している。
あの男女………今日はズボンかよ、くっそ


「誰か立候補する人はいる?他薦でももちろん良いよ」

運動会のリレーなんぞ俺様にはどうでも良いんだ。
本当に何が楽しいんだか。
あーあ、こいつらマジで下らねぇな。


『委員長が良いと思います』

と誰かが言った。


『確かに一番足速いし、賛成』

『俺も賛成』

クラスの羊共がこぞって団子を推薦している。
そりゃ、あの男女の足が速いのは俺様が一番知ってるさ。

「他に誰かいる?居ない?」


『おまえ、やれ』 『無理無理』

などクラスの男共は言い合っていた。


全く、群れたがる羊はひ弱なモヤシが多いらしい。
その後、団子がいくら問いかけても最期の一人の選手が決まらなかった。

俺は完全に興味を無くして窓から見える空を見ていた。
今頃、俺の妹は病室の窓から、この空を見てるのだろうか?


「―――が良いと思う」

少し眠くなりながら窓から教壇に目線を戻した時、
何やら大勢の視線を感じた。
教壇にいる団子は笑顔で、他のクラスの奴等は困惑気味に俺の顔を見ていた。


「わたしは高坂くんが良いと思います。どうかな?」

「は?」

「だから、わたしはリレーの選手に高坂くんを推薦してる。」

『………………』

さっきまでとうって変わって、クラスの中が気まずい雰囲気に包まれる。
そりゃ、俺様を前にすりゃ羊共は畏怖して、ビビるよな、当然だ。

「断る!
なんで俺様が、この愚民共の為に走らなきゃいけねぇんだよ
参加者が居ないとか知るか、走る奴がいねぇなら棄権でも何でもしろよ」

『………………』

一瞬、氷の様にクラスの羊共の顔が固まったのが見えた。
俺は本当に良い気分だった。
何で俺がおまえらの為に何かしなきゃいけないんだよ。
知るか―――トロい奴が参加してボロ負けしちまえば良いんだ。
へへ………ざまぁみろ

『……………………………………』


「う~ん、困った―――困った」

その雰囲気の中、団子はただ一人だけ場違いな感じで
『困った』と言いつつも、ニコニコ笑顔を崩さずに続ける


「ちょっと………高坂くん、お話があるから来てください」

と言って
教壇から最後尾にある俺の席までステップでも踏んでるかの如く
飛んでやってくると、団子は俺の手を無理矢引っ張った。

そして俺は教室を出て、誰も居ない廊下に連れ出された。

「ちょ………おまえ」

「あれ?
どうしたの………高坂、アンタ顔が赤い」

「う、うるせぇ!一体どういうつもりだよ!」

「いや、だからリレーの選手になってくんない?
わたし達、困ってる。
アンタって逃げ足速いじゃん、今度はリレーでそれ使って欲しい」

「だからイヤだって言ってるよな?」

「冷たいこと言わない
アンタ………女の子がこんなにお願いしてる」


「し、知らねぇし
………俺には、おまえらがどうなろう関係ねぇだろ」

教室の廊下側の窓からクラスの奴等が奇異の目で俺等を見ている。
俺は思いっきり睨み返してやった。

「関係ないわけない。
だって、高坂はうちのクラスなんだから」

「俺はおまえらとクラスメートになったつもりなんか………ねぇ」


そして―――それは俺だけじゃない


       お・ま・え・ら・だって、そう思ってるんだろ?


俺はおまえらが嫌いだ、だからおまえだってそれは同じだろう。


「出席番7 高坂京介くん 住所は千葉県―――で、
趣味はパズルと植物観賞。尊敬する人は………………」

「だぁぁ………何で俺のトップシークレットを知ってるんだよ?!」

「これくらいの情報はクラスメートなら当然知ってる」

「………………」

俺はクラスの奴等の情報なんて
それどころか―――名前すらあやふやだった。
当然、相手だってそうだと思っていた。

「アンタにそのつもりないって言われても、わたしは困る。
―――わたしは普通にクラスメートと思ってるし
何よりも実際、高坂はわたしと同じクラス。
アンタ、何をワケの分かんないこと言ってる?」

「………………う、うるせぇ、とにかく知るか」

俺は団子の言葉に動揺していた。

こんな風に一方的に関わってくる、こいつが相手だと
どうしても、俺様のペースはかき乱されちまう。

「あー、逃げる?」

「は、はぁ?
おまえ………何言ってる―――」

「だ・か・ら・わたしはアンタをクラスメートと思って頼んでる。
うんって早く言ってくんない?」


俺は思わず、団子から目を逸らした。

教室の奴等は俺に冷たい目を向け居た。
俺が、おまえら羊共と同じクラスなわけがねぇだろ。
そうだ、俺がこいつらの為に何かするなんて絶対お断りだ。

団子の野郎もきっと同じだ。
―――こいつは優等生だから点数稼ぎで色々俺に構ってくるだけだ。
ただそれだけだ―――そうに決まってる。

「―――くれたら、良いぜ?」

どうせ、おまえもあいつらの仲間なんだろ?

「………?」

「おまえのパンツ、見せてくれたら
走ってやっても良いって言ってるんだよ!」

「………」

俺らのやり取りを見ていたクラスメートが一斉に騒ぎ始めた。
―――知ってるさ、ワザとやってやったんだ。
おまえらがいくら騒いだって痛くも痒くもねぇさ。


「…………………ふぅん」

「おまえこそ逃げるのかよ?」

ほら、早く正体見せろよ?
おまえは所詮、あいつらの中の一人に過ぎないって事をな


「アハハ………高坂ってやっぱり面白い」

団子の反応は
―――俺の予想と違う大きく違うものだった。
何で、おまえはあ・い・つ・ら・と一緒に、俺を糾弾しないんだよ?

「ふ、ふざけるな!
誤魔化してるんじゃねぇよ、無理なら無理って言え!」

俺は尚も諦めずに団子に迫った。


「いいよ。見せてあげる」

「え゛?」

「その代わり、高坂もパンツ見せる。良(よ)い?」

「はぁ?
お、おまえ一体何を言って―――」

「―――だ・か・ら・
アンタが見せてくれるなら、わたしのも見せてあげるって言ってる」

「何でおまえが俺のパンツ見たがるんだよ?」

「高坂と同じ理由かもね?」

「う、うそつけ
俺がやらないからって脅してるんだな?」

「さぁ?どうでしょうね」

「おまえ、ふざけるなよ………やってやるさ」

「っ………!」

流石の団子もこの時ばかりは驚いた顔で、茫然と俺のパンツを見ていた。
ほら、どうだ!ふん、これで俺の勝ちだ

クラスの奴等に笑われたのはシャクに障るが
団子の野郎が、大嘘吐きであいつらの仲間だって分かっただけでも
俺様の大勝利に違いなかった


―――その筈だった


「よし、うん分かった。
ほら………今度は、高坂よく見る」

団子はズボンのベルトを外すと、一番上に止めてあったボタンも外した。


「ちょっと………待っ」

「ほら注目―――」



「―――このバカ野郎!
何、本当にズボンを降ろそうとしてるんだよ!!!!!」

俺はとっさに団子に飛びついて、こいつが降ろそうとしていたズボンを
―――そのズボンを、降ろそうとしていたこいつの両手もろとも無理矢理
思いっきり上に引っ張り上げた。

こいつの一連の行為がズボンを降ろす振り(ふ・り・)で
してなかったことは明らかだった。
何故なら、俺が団子の両手を握って引っ張りあげた時
その手の力のベクトルは確かに下の方向に向いていたからだ。

しかも教室の奴らには、角度的には見えてないかも知れないが、
俺には下着の生地の一部が色だけだが少しだけ見えていた。

「あれ?
見なくて良(よ)いの?
アンタはちゃんと見せてくれたのに、わたしはちゃんと約束は守るつもり」

「バカ野郎!おまえは女だろ!」

「高坂、いつも女子のスカートめくってるじゃん」

「今はクラスのほとんどの男共も見てるんだぞ!」

「高坂………顔真っ赤かだ」

「う、うるせぇ」

「何で、アンタが照れてる?
それにアンタが邪魔するから脱げなかったじゃん」

「と、とにかく………もういい」

「何が良(よ)い?」

「わ、分かったから
―――おまえの気持ちは分かったから、ズボン下げんなよ」


「高坂ってさ―――」

団子は俺に近づくと、ヒソヒソ話の要領で俺の耳元に―――………

「―――実は優しい」


………―――と言った。


「う、うるさい!うるさい!」

「別にうるさくはない。わたしは小声で言ってる」

「………」

俺は絶句して、もう何も言えなかった。
目を逸らして教室の方を見るとクラスの奴らも静まり返っていた。

「とにかく高坂には約束守って貰う」

「へ?」

「だって、アンタが見せなくても良いって言ったんだから
今更、ナシとかはナシ」

「………く」

「高坂はちゃんと走る、わたし達はリレーで勝つ。
うちの組が優勝する、結果めでたし――めでたし」

「………くそ」

「あと、リレーの選手は練習あるから、ちゃんと来る。
良(よ)い?」

「ちいっ」

「返事聞こえない」

「あーあー」

俺は両耳を両手で押さえて、奇声を上げた。


「返事」

『ボキボキ』と関節を鳴らして団子が問いかけた。
悔しいが、今はこいつの言う事の方が正論だった。
賭けをして負けたのに約束を反故にするのは、俺様の流儀に反する。


「ちぃ分かったよ!やりゃ良いんだろやりゃ」

「うんうん、期待してる。
他のクラスには速いの多いからね。
わたしはアンタの逃げ足だけが頼りです♪」

こいつが周りの状況・雰囲気・流れ、
そんなの完全無視で、ニコニコと笑ってるのを見ていると、
俺は腹立つより呆れて、それ以上何か言うのが面倒くさくなってしまった。


―――本当にいつも、いつもそうだったんだ。


「ちくしょう、ちくしょう!
あの団子のやろう、まんまと俺をハメやがって!」

「きょうちゃん、リレーの選手になったんだ、凄い凄い」


「マジで………最悪過ぎる」

「でもお団子ちゃん、結構な策士の女の子だね
わたし、ちょっと会ってみたいかも?」

「単なる変わり者なんだ、あいつ
―――俺にいつもちょっかいかけやがって、マジで腹立つ」

「きょうちゃんのことが好きなの………かもね?♪」

「じょ、冗談キツ過ぎる」

「全然………冗談じゃないよ」

「何で分かるの?」

「女のカン………かな?」

「そのカン大外れだよ、絶対
大体、女のカンって………適当過ぎる」

「適当じゃないよ
わたし、きょうちゃんの事なら何でも分かるもん」

「何で分かるの?
ってそれも女のカンで、以下無限ループで―――」


「―――わたしはね、きょうちゃん好きだから♪」


「なっ………」

「これは将来、大惨事が起きるかもね
お団子ちゃんと、わたしできょうちゃん取り合いかぁ
―――わたし、二人が付き合っても別れて欲しいとか言ったりして」


「ハァ
まったく………何をワケの分からないことを言ってるんだよ」


「とにかく大会の時はわたし、応援しに来るね
お団子ちゃんにも会ってみたいし、きょうちゃんの活躍も見たいし」


「こ、来なくて良いよ」

「お弁当作ってくるからね♪」

「何で、俺よりはしゃぐのさ?」


「あのね………きょうちゃん、よぉ~く覚えておきなさい
女の子はね、自分が好きな男の子が頑張る姿にはしゃぐ生き物なんだよ」



―――そして、俺よりはしゃいでる女の子がもう一人居た。


「わぁーお兄ちゃん、
リレーに出るのすごぉい、すごぉい」

「ふふ、クラスの奴らがどうしてもってお願いしやがったからな」

「えぇー?
そーなんだ………みんながおねがい したんだぁ!
みんなに、たよりにされてるんだねー」

「俺ってさ頼られたら、断れないからな
―――まったく、北関東を守護するハイエナは苦労が多いぜ」


「キリちゃん、ぜぇ~たいっおうえんに行く♪」

「うん、でもその前に早く良くなれよ?
そしたら、俺様の超絶スペシャルな活躍が見られるからな!」

「うん!
はやく よくなって………ぜったいぃみにいく!」

「でもキリちゃんごめんな、
俺、その練習で放課後とかあんま来れなくなるかも」

「う、うん………………だいじょうぶだよ
―――でもぜったい、ぜったい一番になってね、お兄ちゃん♪」

「ああ、当日はキリちゃんの為に走ってやるからな」

「うん♪ぜったぁいやくそく!」



俺の妹は病気だ
物心ついた時から、ずっと入院していた。

だから両親は当然、俺の妹につきっきりで看病。
と言うよりも、家族の優先順位は常に妹の事で占められていた。

そして家族の中で、
―――何故か一番妹に懐かれてる俺は(たかだか小学生だが)
何を犠牲にしても、妹に会って看病したり、あやしたり、話し相手になったりした。


そう………俺には、あの羊共の様に群れたり連むダチは居なかった。
あの通り、学校では一匹ハイエナだし―――俺は孤高の存在なんだ。

別に、弱っちぃクラスの羊共と連みたくなんて無いから
それは別にどうでも良いが
でもあの団子だけが突っ掛かってくるから、話がややこしくなってる。

俺は入院生活で辛い思いをしている妹が少しでも喜んでくれたら嬉しいだけ。
出来ればその笑顔のまま、病気を乗り越えて欲しいと思っているだけだ。

だから現実の学校での俺様と、妹に今話してる俺に、
ちょっとばかりギャップが有ったって別に何の問題も無いさ。


それに学校ではあんな俺でも
家に帰れば、俺のことをちゃんと待っててくれる人が居る。

だから不平なんてない―――不満なんて無い。
俺はこのままで良い―――絶対に変わるつもりなんて無かったんだ。


「ほら、きょうちゃん、お紅茶煎れたから。それにお菓子もどうぞ」

「うん、有り難う」


『こんな私でいいの?
フローラさんみたいに女らしくないのに。』

『私は守ってもらうことしかできない女ですのよ。
それでも私を選んで下さるの?』


『なにしてるの?早く私を選びなさいよ。』


「結構、きょうちゃんゲーム結構先まで進んだね。
きょうちゃんの人生最大の選択かな?」

「何か、滅茶苦茶………選びづれぇな」


『なんとこの私が好きと申すか!?
そ、それはいかん!もう1度考えてみなさい』

「ふふ………何回それやってるの?
もう、きょうちゃんったら♪」



"しかし選んだ花嫁にプロポーズせずここを出てゆけば
皆をがっかりさせることになるだろう"


―――逃げ出したくても"ルーラ"は肝心な時には使えないって事
と合わせて
何となくこの言葉が、その後 俺の心の中にずっと引っかかった。



俺の学校での生活は相変わらず
でも、前にもまして団子の奴が色々話しかけてきやがる。
ったく あの女、面倒くせぇったらありゃしねぇ。

いつもの様に、妹の見舞いを終えて帰ろうとしていると
何故か、団子が突き当たりの病室の前で困った顔をしていた。

俺は興味本位で、その様子をしばらく遠くから眺めていた。



団子が病室へ入っていった後、部屋から声が聞こえる。

「わし、薬とかいらんし飲まんからね」

「お爺さん………我が侭を言ったらいけませんよ。
これはお医者さまが―――」

「―――大体、医者なぞ病院なぞ来たくは無かったんじゃ」

どうやら、団子のじいさんが我が侭を言って、家族を困らせてるらしい。

何でだろう?
学校でいつもちょっかいをかけられていたから
その意趣返しのつもりだったのか?
それとも別の理由だったのか?

大好きな祖父母のことを思い出しながら
俺は本当に何の躊躇もなく、病室の入り口から団子に挨拶した。

「よっ!
こんな所で会うなんて随分奇遇じゃねぇか?」


「誰じゃ、この小僧は?」

「こ、高坂――アンタ、ここで何してる?」

「何じゃ、わしの孫娘の友達か
とにかく、わしの可愛い孫はおまえにはやらんぞ」

このじいさんは陽気なタイプのようだ。
こういうじじいの転がし方は、大体分かっている。

「お爺さん、そう言わず是非、僕にください
絶対に幸せにしますから」

「小僧、マジか?」

「嘘だよ、じいさん」

「クク………面白い坊主じゃな。茶でも飲んでくかい?」

「おう、玉露で良いよ」

全くの他人で初対面にかかわらず
俺とじいさんは、普通にうち解けて茶を飲んで世間話をした。


「じいさん、何だから知らねぇが薬は飲んだ方が良いと思う」

「だって苦いし不味いし、嫌じゃ」

子供か、このじじい


「じゃ、勝負しねぇか?じいさん
将棋やって、俺が勝ったら素直にじいさんは薬を飲む」

病室の机に置いてあった将棋盤を指差しながら、俺は言った。

「小僧が負けたら、どうするんじゃ?
わし、薬飲まされるだけの勝負とか受けるつもりはないぞ」

「団子と―――じいさんの孫と結婚するのは
泣く泣く諦める」

「ほう………気に入った、よし勝負じゃ!
でもわし強いからハンデをやろうかのう」

「そんなのいらないぜ」

「―――ふむ、その意気潔し!! 」

「いざ………尋常に」

「「お願いします」」

俺は自慢じゃないが、ガキにしては結構 将棋強い方だと思っていた。
でもこのじじい、とぼけてる割りに滅茶苦茶強い。

「ほらほら、どうした王手、飛車取りじゃぞ」

こんな所にノコノコやってきてボロ負けしちゃ
俺の格好つかねぇんだよ。

………………………!

まぁ………このじいさんなら洒落は分かるよな


「あっ、じいさん………窓、窓にUFO!!!」

「え?!
何処じゃ?何処にも見えんぞ」

―――この隙に将棋盤をそっくりひっくり返して


「あれ?どうやら俺の勝ちみたいだぞ」

「あーわし負けとる」

「いや、良い勝負だったぜ」

俺は、団子と団子のおばあさんにウインクして、
じいさんに見えない様にピースサインを出した。

「わたしが優勢だった筈なんじゃが、何でかのう」

本当にボケてないだろうな?
………このじじい

「とにかく、約束守って貰うぜ」

「しょうがないのう」

じいさんは約束通り、薬を飲んでくれた。


「じいさん、早く良くなれよ」

「うむ、また遊びにおいで」



「高坂、あんがと
うちのおじいちゃんって頑固だから、本当に助かった」

「俺は、年寄りあしらいはプロ級なんだぜ
暇なら、また茶でもご馳走になるわ
んじゃ、帰るわ―――」

「―――あの高坂………」

「アディオス!」

「ちょっと待ってくれる?」

「な、何だよ?」

「アンタさ、お菓子好き?」



「おまえんち、菓子屋だったのかよ。
マジでイイよな、菓子食い放題でさ………羨ましいぜ」

その後、俺は何故かこいつに連れられて団子の家に案内された。
考えてみりゃ、俺って女の子の家なんて上がったことなかったな。
つーか、友達の家なんて随分行ったこと無かった。


「わたしの予想通りの高坂らしい発想
でもわたしは和菓子よりも、洋菓子の方が好き」

「おいおい………おまえ酷いな
それでも和菓子屋の娘かよ?」

「ふふ
だったらアンタ、ここの子になる?」


「毎日、菓子食えるなら結構良いな、それ」

「ふぅん
本当に美味しそうに食べてる
お茶飲んで、お菓子食べてる姿がうちのおじいちゃんにそっくり」

「あんま嬉しくねぇな、それ
ところで、物陰に隠れてるガキに、俺、睨まれてるんだけど?」

「あれはね………わたしの弟。こら、挨拶は?」

「逃げやがった。
おいおい、躾けと教育がなってねぇぞ………ここの家は」

「アンタがそれ言う?」

「そりゃ………そうだな」



  『アハハハ』  『クク……フハハ』


その後、俺らは何が面白いのかも分からず
ずっと二人でクスクス笑っていた。


俺がこんなに無邪気に笑ったのは―――………

"姉ちゃん"や妹と話してる時以外で、

………―――俺がこんなに笑ったのは、どれくらい前だっただろう?


「高坂の妹って入院してるね?」

「何で知ってるんだよ?」

「だって、うちのおじいちゃんも入院してるから
アンタって妹のお見舞いに何度も――何度も行ってる」

「おまえ 見てたのかよ………?」


「ちゃんとお兄ちゃんしてて偉い。
アンタが早退したり、学校来なかったりする原因って
やっぱり―――」


ああ………そっか。
だからこいつは、そんな俺に同情してただけ だったのか。

何故だか、俺はさっき一緒に笑っていた自分が無性に恥ずかしくなった。


「別に、そんなんじゃねぇよ」

「わたし、高坂と走るの楽しみにしてる
アンタがスカートめくって逃げるのを追っかけるよりは
バトンを渡す方が絶対に良(よ)いよ。
うんうん♪」

「………あっそ」


「何?
高坂、どうかした?」

「俺、帰るから」

「ちょっと待って―――」

団子が何か言うのも聞かずに
俺はなるべく早く、この場から立ち去ろうと駆けて外に飛び出した。

俺は一体、これ以上………この親切なクラスメートに何を期待してたんだよ?
こいつは他の奴らとは違う。
それで―――それだけで、もう充分じゃねぇか?


無性に姉ちゃんが恋しくなって、
俺は脇目もふらずに家路に向かって出鱈目に走った。


俺は思った。
―――あのドアを開けたら、またいつもの俺に戻れるんだ



「ハァハァハァ………もうっ高坂!
―――だから、わたし ちょっと待ってって言ったでしょうに」


「な、な、何で、
おまえは………俺の家の目の前まで追っかけてくるんだよ?!」


「挨拶」

「あ、挨拶………?」

「忘れてる」

「え?」


「高坂、またね」


「お、おまえ………」


「高坂、リレー頑張ろう」

「………」

「返事」

「あ、ああ………やろうぜ!」


夕陽に照らされた、こいつの顔を見ていると
何故か、ポカポカと暖かくて懐かしい気分になって
俺は何の気も衒わず―――本当に素直な気持ちになって、そう答えていた。


「高坂、アディオス♪」

とニッコリ笑って団子がそう言ったかと思うと
まるで背中から羽根でも生えてるみたいに
本当につむじ風の様に―――団子は俺の視界から消えていった。


気付くと俺は
いつまでも――いつまでも、団子が見えなくなっても手を振っていた。



あーあ、俺って何………青春してんだか


その時、俺の頭の中で
何故か、ゲームの場面が再生される。

『きまったわ!
今日からあなたはチロルよ!』


北関東のハイエナだろうが、"地獄の殺し屋"だろうが
―――こうなっちまったら、もう形無しだ。


「………………………ったくよ」


―――本当に、最近の俺ってバカみたいだ

俺はそう自嘲しながら、もう暫くの間
―――団子が居なくなった路地を、家のドアの前で
ずっと――ずっと、見つめていた。



おわり

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