ラナルータの恋人


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715 : ◆36m41V4qpU [sage saga]:2013/05/26(日) 01:11:19.37 ID:vPs0BN+70


  "ラナルータの恋人"




あの一件以来、クラスはまとまりを見せて
田村を中心に、大会に向けて一致団結した。

俺もいつのまにか、本当にその輪の中にとけ込んでいた。


「高坂、何?」

「い、いや、何でもねぇよ」


『あー夫婦で、また見つめ合ってる』

―――俺への批判は
俺ら二人を、純粋に冷やかすと行為へと変化していた。

そして、そんな風に冗談半分にからかわれても
俺は全然イヤな気がしなかったんだ。


この時はもう、俺は田村のことが本当に好きになっていたから。




そして、大会当日

幸い俺の妹は無事退院することが出来た。
家族がこんな形で揃ったのは何年ふりだろう?


「雪乃姉ちゃん、大丈夫?」

キリちゃんは元気いっぱいだったけど
雪乃姉ちゃんはちょっと熱ぽいようだった。

「うん、平気だよ」

「別に、無理しなくて良かったのにさ」

「だって、きょうちゃんの晴れ舞台なんだから
もし見逃しちゃったら、わたし一生後悔しちゃうよ」

「雪乃姉ちゃん、大げさだよ」

「ふふ…………良いの♪」

「キリちゃんも応援に来てくれて本当に有り難うな!」

「ふふぅ…………いいのぉ♪」

キリちゃんは雪乃姉ちゃんの真似をして
ニッコリ笑って言った。


「あっ、そうだ写真撮ろうよ?」


「別に良いけど、何で………突然」


「良いから、良いから♪
ほらァ………キリちゃんも、ね?♪」

「うんっ♪」

―――そして何故か、姉妹でヒソヒソ話

自分が通っている学校の見慣れた校庭を背景にして
美人の姉と可愛い妹が並んでる光景を見てると、俺は胸が熱くなった。

本当に妹が元気になってくれて良かった。
キリちゃんは、ちゃんと俺との約束を守ってくれた。
―――次は俺がキリちゃんとの約束を果たす番だ。


「ほら、きょうちゃんここに立って」

どうやら、高坂姉妹の密談は終わったらしい。

「………はいはい」

雪乃姉ちゃんはデジタルカメラをセルフタイマーにすると
俺の右手にキリちゃんが、左手に雪乃姉ちゃんが立って三人仲良く並んだ。
俺はキリちゃんの為に少し屈んで、雪乃姉ちゃんは俺らの為に中腰になる。

「きょうちゃん、両手に花ですねー?」

と雪乃姉ちゃんは言った。

「花ですよぉー♪」

とキリちゃんも言った。

「あのさ…………二人共カメラの正面を見なくて良いの?」

俺が当然、疑問に思っていると
突然―――俺の姉と妹は声と息をピッタリ合わせて


「「3」」

「「2」」

「「1」」

「え?」


「ちゅう♪―――「『!』―――chu♪」」


シャッター音がする直前
俺は頬に左右同時―――俺の姉と妹から軽くキスされた。

―――カシャ★

「へ?えぇぇ?!」


「頑張ってきてね、きょうちゃん♪」

「ちょっとっ―――は、恥ずいだろ!」


「ふふ
照れてる♪、照れてる♪」

「ふふぅ
てれる♪ てれる♪」

と雪乃姉ちゃんとキリちゃんは言った。


「ったくよ
しょうがねぇなぁ、姉ちゃんとキリちゃんは―――」

確かにメチャクチャ照れくさかったけど
俺はやっぱり、何だかちょっと嬉しかった。
俺はこの姉と妹がやっぱり相当に好きなんだ。

「―――あら
高坂、楽しそう」

俺が思いっきり喜びつつ、いささか狼狽してる場面を
今、まさに俺らの目の前を通り過ぎようとして目撃した
田村が言った。

「げっ」

「わたし、ドン引きです」

「お、おまえ居たのかよ?」

「居て悪かった?
わたし悪かった?」

「べ、別に悪かねぇよ
つーか、そんな事よか―――田村、おまえの足は
本当に大丈夫か?」


「もう、全然平気」

と言って田村は軽やかにステップを踏みながら
クルクルと回ってみせた

「そっか。
でも無理だけはするなよ?」

「分かってる
ところで、誤魔化したつもりで全然誤魔化せてない高坂
良かったら、アンタの家族紹介してくれる?」

「ぐ…………わ、わかったよ。
えっと、こいつは俺の弟子で、田村って言うんだ」

「いやいや―――逆でしょうに
こんにちは
わたし、田村麻奈実って言います」


「そして、こっちは雪乃姉ちゃんと妹のキリちゃん」

「おねぇちゃん、こんにちわぁ♪」

「うん、こんにちはー♪」

「初めまして
あなたが噂のお団子ちゃんか
―――きょうちゃんがいつもあなたのことを話してるから
何だか初めて会った気がしないよ」

「そ、そうなんだ―――って、き、きょうちゃん?
高坂、アンタまさか―――」


「―――な、何だよ!文句あるのかよ?!」

「いや、別に。
ふぅん―――"きょうちゃん"ね」


「きょうちゃんも親しいお友達なんだから
名字じゃなくて、名前で呼んであげたら?」

「別に………親しくは―――」

「―――ないの?」

「田村は田村なの!」

「桐乃はキリちゃんって呼んで
わたしは名前で呼ぶのに?」

「キリちゃんは、キリちゃんで
雪乃姉ちゃんは、雪乃姉ちゃんだろ?」


「まったく、きょうちゃんは本当に照れ屋さんだねぇ」

今更、田村を下の名前でなんか呼べるわけがない


「ふぅん」

「何だよ?田村」

「別に何にもない」

「きょうちゃんがお世話になってるよね
本当にいつも有り難う
これからも仲良くしてあげてね」

「………………いいえ
わたしこそお世話になってます
だって高(坂)………京介にはいつも助けられてるから」

「き、き、京介?」

「何?
何か文句あ・る・?
ねぇ…………きょ・う・す・け・」

「べ、別にねぇよ
つーか………何で、おまえ不機嫌なんだよ?」

「別に?
それは単なるアンタの勘違いでしょうに」

「あっそ」

「そろそろリレーの集合時間
では、またお話しましょう
京介のお姉さん(お・ね・え・さ・ん・)」

「うん………そうしましょう
麻奈実ちゃん♪」

「高坂の妹さんもまたねー♪」

「うん♪
おねぇちゃん、またねぇー」

何故か、姉と妹の間で
俺の呼び方が明らかに違う田村だった。


「キリちゃん、雪乃姉ちゃん
サクっとリレーで優勝してくるから応援よろしく」

「うん
お兄ちゃん、ふぁいと!」

「きょうちゃん、しっかり頑張って♪」

「おう!ドンと任せてくれ」


「ほら
きょうちゃん、行くよ?」


「痛っ―――引っ張るなよ
そして、おまえが俺をそう呼ぶな!」


「別に良(よ)いでしょうに
だって、わたしときょうちゃんの仲♪
ねっ、きょうちゃん♪きょうちゃん♪」


「お、おまえ、ふざけるな!」

「キャハハ
きょうちゃん―――照れるな♪照れるな♪」




「なんだか、お兄ちゃんとあの女の子ってぇ
すごぉく仲が良いみたいだよぉ?お姉ちゃん」

「……………そうだね」

「どうしたのー?うれしい?」


「うん、もちろん
きょうちゃんにあんな素敵なお友達が出来たんだもん
わたしは良かったと思ってるよ」

「でも………さみしいー?」

「ううん、そんなことない………よ」




"そっか、小さかった………あのきょうちゃんがね"


"きょうちゃんはもう…………ちゃんと大人になったんだね"




俺は田村とリレーの選手が並ぶ集合場所に向かいながら
自分の手足が震えている事に気付いた。

何で、今頃俺はプレッシャーを感じてるんだ?
ちゃんと、練習もしたし必死に頑張ってやってきたじゃねぇか?
何で今頃ビビる必要があるんだよ?
俺は………………


「高坂、どうした?」

「な、何でもねぇ」

「……………………ふぅん」

「だから何でもないって―――」

「―――ちょっと、こっち来る」


田村は俺の手を引っ張って、運動場から学校の校舎の中に俺を連れ込んだ。
誰も居ない校舎の中は運動場の喧噪が嘘のように静かだった。


「田村、何のつもりだよ?
もう集合の時間なんだぞ!」

「ねぇ、からかわれたじゃん」

「は?」

「わたし達、夫婦ってからかわれた」

「な、何で…………今その話をするんだよ?」

「わたしはね、イヤじゃなかった」

「………」

「全然イヤじゃなかったよ」

「………」

「ねぇ
アンタ…………は?」

「俺は………………」

「………………"俺は"?」


「お、おまえさ、『ラナルータ』って知ってる?」


「アンタこそ何で今、その話?
それってドラクエの話でしょうに―――昼と夜を逆転させる呪文」

「おまえも知ってるんだな」


「うちには弟がいるから
ちなみに弟はアンタが嫌いみたい」

「そっか………そりゃそうだよな
俺は、おまえの弟の気持ち分かる――すげぇよく分かる
だって、俺も雪乃姉ちゃんの事大好きだから」

「………そう」

「今度おまえの弟も連れて、うちでみんなで遊ぼうぜ」

「うん、分かった
それで…………ラナルータって?」


「俺さ、ずっと夜だったら良いと思ってたんだ」

「夜?」

「ああ、前に話しただろ?
学校が嫌で―――本当は学校だけじゃない俺の周りの物が全部嫌で
だから、ずっと雪乃姉ちゃんと二人で居たいって思ってたって話」

「うん…………聞いた」

「きっとあの時の俺って
雪乃姉ちゃんと二人でベットの中から見てる夜の月が
―――あの月が見える時間が好きで、その瞬間が一番幸せだったんだ」


「うん」

「本当にそれだけが、俺の全てだったんだ。
だからずっと夜が続けば良いと思ってた。
朝なんか太陽なんか消えちまえば良いって思ってた。
だから、もし俺が何か呪文を使えるならラナルータを使いたかった」


「…………うん」

「でも俺はおまえと会って、色々馬鹿やってさ
それは全部が―――全部、楽しいことだけじゃなかったけど
おまえと一緒に時間を過ごして、学校で話したりリレーの練習してるうちに」


「………"してるうちに"?」

「今はもう夜だけが続けば良いって思わなくなった。
そして、キリちゃんや雪乃姉ちゃんの為に、本当に頑張ろうって思ったんだ。
俺は――俺自身のことが前より少しだけ好きになれた。
それは……………全部、おまえのお陰だよ」

「…………そっか」

「ああ」

「………うん」


「なぁそろそろ、行こうぜ?
時間がヤバ―――」

「―――ちょっと、待って!」

「な、何だよ……?」


「………う~んと、、ね」

田村はトレードマークの頭の上に乗ってる団子の髪型を解いて
髪留めのゴムを口にくわえて、後ろ髪を一つにまとめ三つ編みにし
―――その三つ編みを肩口から前に垂らした。

「―――ゴホン」

田村が軽く咳払いすると
亜麻色の三つ編みが、俺の目の中で ゆらゆら と揺れる。


「『わたし あなたにめぐりあえたこと
本当に心から神さまに 感謝してるわ』」

「へ?」

「『絶対に わたしの前からいなくならないでね。
わたしのこと 絶対に 離さないで……』」

「何それ?
おまえ、何言ってるの?」

「ち、ちょっと………まさか
アンタはゲームもしてないで、わたしにその話を聞かせた?
わたし、馬鹿みたいで恥ずかしい」

「いや『勇者きょうすけ』の冒険は
"サラボナ"の嫁選びでずっと止まったままなんだ
だって、なかなか決められなくってさ………」


「ハァーまったく、それは凄くアンタらしい」

「それ、雪乃姉ちゃんにも言われた」

「…………そう」

「田村、どうかしたか?」

「ちなみに
その人って実は最期まで、全然まったく勇者じゃないって知ってた?」

「なんだ……………と」


「でもわたしは、それで別に良(よ)いよ
高坂が勇者じゃなくたってさ」


「何か、色々ありがとうよ」

そしてそれは
―――俺自身が誰よりも一番知ってる事だった。




「ううん
アンタはアンタだから別に気にしない」

「つーか俺は、おまえにはいつも助けて貰ってばっかだ」

「アンタが一生かかっても、必ず返して貰うから
別に良(よ)いよ」

「へいへい」

「――ってアンタに見せたかったのは、これじゃなかった」

と言って、今度は三つ編みも辞めて
―――俺が初めて見る
長いサラサラストレートの亜麻色の髪をなびかせた。

「え?」

「どっかの誰かさんに見せたくて
生まれて初めて、髪をちゃんと伸ばしてみた
どう―――似合ってる?」

「……………」

「返事」

「に、似合ってるんじゃねぇ―――」




           キスされた




「―――うん♪ありがとう」


「えっ?おまえ………?!
な、な、な、何をしやが………るん………だ………よ?」

「高坂が緊張してるから
わたしからのとっておきの―――呪文でした」


「………」

「ちょっとは勇気出た?
―――可愛い奥さんの励まし」

「あ、ああ、ちょっとだけ一㍉くらいはな」

「あら少ない」

「充分だぜ」

姉、妹、同級生
―――勝利の女神が三人も居れば、
本当にそれだけでお釣りがくるほど、もう充分だ。

「ふぅん
ねぇ………きっと、わたし達ってさ
別に今日がどんな風に通り過ぎても、明日も明後日も―――その明日も
ずっと―――ずっーと、こんな風に残念な感じで一緒に過ごすって思わない?」

「多分、そうだな
毎日、朝になったらおまえに会って
そして馬鹿ばっかやって、たまにおまえに怒られて
そして夜になったら家に帰って―――また朝になったらって
………思うぜ!」

「うん♪
でもせっかく、こうやって高坂と仲良くなれたキッカケだから」

「うん、俺も同じことを思った」

「高坂、頑張ろう
―――いいや、絶対にリレー勝とう」

「ああ、絶対にな!」

田村の励ましで俺の緊張は嘘みたいに消えていた。
本当にいつも―――いつも助けて貰ってばっかりだ



―――校内放送でリレーの選手入場のアナウンスされる。


「さあ行くよ?―――京介」

「おう!」


田村がとても自然にそう呼ぶのを聞いて
―――俺は少し照れくさくなりながらもしっかり肯いた。

きっと俺達は―――最期にはお互いの名前を自然に
こんな風に呼び合える仲になる
きっと、そうだ―――俺は暖かくて優しい確かな予感がした。





でも田村が俺をそう呼ぶのを聞いたのは
俺がその名前を耳にしたのは―――この時で最期になった。





日が落ち始め
辺りは黄昏の夕陽の色に包まれた。


最終競技
―――この大会の最大の佳境である
クラス対抗リレー


観客の歓声と、クラスメートの応援の声
キリちゃんと雪乃姉ちゃん、両親も俺を応援してくれている。

あの頃の自分を思い出しながら俺は『夕陽』をしっかり見据えた。
―――俺はちゃんとこの場所に立つことが出来たんだ。


俺が最終走者
田村は俺の前の走者―――田村は俺にバトンを渡す役だ。


そして………ついにスタートが切られる。
勝負の行方はまさに一進一退だった。

俺達の組は、三位で前の走者が田村にバトンを渡した。
田村はバトンを受けるとつむじ風のように
どんどん先行しているランナーを抜いていった。



―――でも


田村は俺が待つゴールの直前で派手に転んだ。


そして
それが―――単・に・転・ん・だ・わ・け・じゃ・な・い・事が
俺にはすぐに分かった。



あいつ………足の怪我が治ってなかったんだ




「ま、麻奈実!!!!!」

俺は気付くと、何度も何度も―――何度もそう叫んでいた。


次々にバトンを受け取って、俺の横を通り過ぎていく他の走者達と逆行して
俺は倒れた麻奈実の元まで駆けつけて、彼女の手からバトンを受け取って握った。

「麻奈実―――おまえは、ちょっとだけここで待ってろよ?」

「………………うん」

俺は必死に走った
―――多分、後続のランナーが勝手に戻ってバトンを受け取っちまったら
ルール違反で競技は完全に失格

でもどんな形にせよ、こんな終わり方だけには
絶対(ぜっ・た・い・)にしたくなかった


だから俺は走った。
そして、同時に色々な感情が
―――まるで今走って通り過ぎて行くトラックの周りの風景みたいに
俺の頭の中を駆けめぐった。


それは
キリちゃんのこと、雪乃姉ちゃんのこと、麻奈実のこと、

そして
―――悲しかったこと、
―――ムカついたこと、
―――淋しかったこと、
―――楽しかったこと、
―――嬉しかったこと、

今の俺は
その全てを―――ちゃんと好きになれたこと


俺が握っているこのバトンには
このリレーに参加している選手だけじゃない
―――俺が関わった全ての人の思いが託されているのだと、
俺は身にしみて実感した。

みんなの心、みんなの願い、家族やクラスメートの声援
そして何よりも俺をずっと支えてくれた麻奈実の為という強い気持ちが
俺の背中を強く―――強く押した。


結局、俺は何とかギリギリの所で先行して走ってた奴ら全員を抜き去ると
最初にゴールしてテープを切ることが出来た。


こんな俺でも、何かを成し遂げられたような気がした瞬間だった


そしてそのまま、ゴール前から麻奈実の所まで全速力で走って戻る。

今だったら、俺は
―――こいつをちゃんと守れる………………よな?


「ま、麻奈実!
何で………おまえ、何で――何でだよ?!
何でこんな無茶しやがったんだ!!!」

「勝てなかったね………全部わたしのせいだ
わたしが遅くても―――軽く流してバトンを渡せてたら
高坂の足なら余裕で………勝てた
高坂、本当にすごく速かった」

「そんな事はどうでも良いんだ
何でおまえ、こんな―――こんな………」

「言い訳はしないよ
―――わたしの我が侭のせい」

「ち、違うんだ。
俺はそういう意味で言ってるんじゃねぇ
俺はおまえを………責めてるんじゃない」

「違う―――責めてくれて良い
わたしがもっとリレーの仲間を
―――アンタを信頼していたらこうならかった」

「確かに、おまえの行動は結果的に間違ってた
でもそれで文句言う奴が居るなら、俺がそいつをぶん殴る」


「それは理不尽」

「理不尽だし、理屈なんか一㍉もねぇよ
―――そうしたいからそうするっておまえが言ったんだぜ?」

「確かに………そうだった」

「だから、おまえは別に気にするな
ちゃんと、クラスのみんなに胸を張ろうぜ………良いな?」


「………………うん」

「絶対に、約束だからな?」

「でも………やっぱり
わたしは高坂を勝たせてあげたかった」

「俺の事は………気にしなくても良い
でもどうしても気になるなら、今度代わりに俺とダッシュの勝負してくれ。
麻奈実の足が治ったら、今度ちゃんと競走しようぜ?」

「競走して………どうするつもり?」

「そもそも、俺は練習でおまえに一回も勝ったことないからな
もし俺が麻奈実に勝てたら、その時に言いたい事があるんだ」


「ふぅん………わかった」

「ほら、後ろ乗れよ」

―――と言って
嫌がる本人を目の前にして
ほとんど無理矢理 半ば強引に、俺は麻奈実を背中におぶって歩きだした。


「高坂―――アンタって
最近ずっとカッコつけ過ぎでしょうに」

「良いじゃねぇか
特に今日は―――今くらいは俺はかっこつけさせろよな」

「ちょっと、もう良(よ)い
わたし………は、恥ずかしい」

「だから、俺らは―――俺と麻奈実は夫・婦・なんだろ?」

俺は思いっきり馬鹿デカい声で言った。
周りがどんなに気にしても、俺自身は一㍉も気にしない


「それに、わたしの名前もいつの間にか呼び捨て
随分大胆過ぎる」


「夫婦で、初めての共同作業ってやつさ
せっかくだから周りのみんなに見せつけてやろうぜ?」


「二人共泥だらけで、学校のみんなに注目されながら
校庭のど真ん中を突っ切って歩いておんぶされるのが、
わたし達の共同作業?」

「イヤか?」

「いや―――全然嫌じゃない
わたし達らしくって案外悪くない」

「へへ……なっ、だろっ?」

「………でも
って―――アンタちょっと今、わたしのお尻触った!」


「………さ、触ってねぇし
大体、おまえの何処に触れる場所があるってんだよ?」


「高坂のエロガキ」


「つーか、おまえって
―――雪乃姉ちゃんと違って、胸も尻もペッタンコじゃねぇか?」

「うん、わかった………よし殴る」

「痛い、痛てててぇ
麻奈実―――おまえ、ちょっと理不尽過ぎるぞっ!」

「わたしのお尻に触るとか
高坂には10年―――いや、6年早い」


「何だよ、その端数は!?」


「ふぅん♪
きっと………6年後には分かる」




そうやって何とか最期に
俺ら二人―――みんなが笑える結果にする事が出来た。

もっと上手くやれたかも知れない
これがベストじゃなかったかも知れない
でもこれが俺の―――俺たちのなりのハッピーエンドだった。


あの頃の俺の記憶の中でも、もっとも愛おしくて大切な瞬間


………そうだ
俺たちは、きっと いっぱいバカやって、こんな風に毎日を過ごして
やがては大人になる。

これからは、俺の家族はもっと気楽に団らんしたり、遠出したり、
―――普通の家族が、普通のことをする、そういう日が来るんだ。

そして、俺には家族と同じくらい大切な存在になった
麻奈実がずっと一緒に居てくれる。


何の名前もない―――ただ平凡で普通の幸せな日々
もうあんな気持ちになることなんて絶対に―――絶対にないと思っていた。




あの時の俺は―――愚かにもそう思っていたんだ。






おわり
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