沙織「タイが曲がっていてよ」:143


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143 : 以下、名無しにか - 2010/11/11(木) 22:39:42.21 ID:vLAorgNV0
「平凡」「不変」「普通」

俺が常々口にしている、俺なりの幸せのかたち。

変わらないものを変わらないまま続けていく難しさは
ある程度理解しているつもりだった。
いや、大した経験や体験談がある訳じゃないから、
苦労を乗り越えて血肉としてそう言い切れるような人たちに
面と向かって言う事なんてできやしないけどな。

だってそうだろ?

誰でもが簡単にできる事なら、誰も苦労しないんだ。


けれど、俺の場合。案外あっさりそこに手が届くかもしれなかったりする。

144 : 以下、名無しにか - 2010/11/11(木) 22:40:38.38 ID:vLAorgNV0
俺には1人の幼馴染がいる。
名前は田村麻奈実。和菓子屋の娘だ。
とにかく地味な性格、地味な容姿なのだが、成績に関しては優秀の一言に尽きる。

麻奈実のおかげで、そこそこ良いレベルの高校に合格できたし、
さらに都内の大学にも現役で合格した。
旧帝ってほどじゃないが、やはりそれなりに名の通った大学で
合格の知らせを聞いた両親や桐乃、黒猫や沙織、あやせも
割と驚いていたのが、悔しくもあり、また同時に嬉しくもあった。

「きょうちゃーん。こっち手伝って~」
「あいよ!」

季節は8月。大学生活4回目の夏休みは4年連続4度目の、バイトに来ていた。
どこって? そりゃ決まっている。

「おにーさん、このお饅頭とこっちのお煎餅2つずつね」
「はいはい。えーと、1050円が2点、840円が2点で……」
「違うわよ。こっちの1260円の方」
「うわっ、すんません!」

お盆を前に帰省ラッシュも始まりつつあるため、和菓子屋は大盛況という訳だ。
初めて麻奈実から話を持ちかけられたのは4年前。夏休みを控えた7月のある日の事だった。

145 : 以下、名無しにか - 2010/11/11(木) 22:41:20.01 ID:vLAorgNV0
『バイト?』
『そう。実は毎年この時期は忙しいの。それで、今年もあるばいとをお願いしてたんだけど
 急に1人きゃんせるが入っちゃって』
『それで俺に白羽の矢が立った訳か』

この話を聞いて、俺は悪くないなと素直に思った。
バイトは未経験で、兼ねてより探そうかなと考えたりはしていたからだ。
根が小心者の俺としては、いきなりコンビニなんかの知らないところで働くよりは
ある程度気心の知れた人間の店で働く方が気が楽ってもんだろ?

とは言え、一応親父の耳に入れる必要はあるだろうと思い、
その場では前向きに考えると答えるに留めた。
もちろん、その晩、親父からは2つ返事が許可が下りたけどな。

「あっ、すいませーん。これって包んでもらえるんですか?」
「贈答用ですか? 熨斗の指定はありますか?」

普段はぽけーっとしている麻奈実は意外にも手際よく客を捌いている。
そしてなんだか今日は機嫌が良さそうだな。傍目にも浮かれてやがる。

19時閉店。今日も1日お疲れ様でした。
ちなみに普段の営業は18時まで。繁忙期なので1時間延長しているのだそうだ。
実際閉店間際にもお客さん来てたしな。

「きょうちゃん、おつかれさまあ」
「おう、麻奈実もお疲れさん。今日もよく売れたな」
「うん。えへへ。きょうちゃんのおかげだよ~」

やっぱり機嫌良いな。なにかあったんだろうか?

146 : 以下、名無しにか - 2010/11/11(木) 22:42:01.30 ID:vLAorgNV0
「なあ、麻奈実。お前、今日何か良い事でもあったのか?」
「えっ!? な、なんでわかるの~?」

そりゃお前、顔に書いてあるって表現がピッタリくるぐらい顔に出てるからな。
隠し事のできないヤツめ。

「それってさ、昼間のアレだろ?」

と、顔をひょこっと出したのは麻奈実の弟、岩男だった。

「にーちゃんがお昼食べてる時、お客さんに言われてたんだよなー」
「こ、こら! それはないしょ」
「なんだ? 俺が許す。言ってみろ」

むぐむぐと口で言っているかのようにもがく麻奈実を後ろから抑える。

「今日は若旦那は一緒じゃないのかい?ってお客のばーちゃんに言われてたんだよ」
「なっ! わかっ!?」
「ぷはーっ! もう、言っちゃだめって言ったのにー」

今度は俺が真っ赤になる番だった。若旦那て。

「ご、ごめんね。きょうちゃん。迷惑だった、かなあ?」
「……」

少し困るようにはにかむ麻奈実を見て、
何故だか心に小さなトゲが刺さったみたいに感じた。

147 : 以下、名無しにか - 2010/11/11(木) 22:43:05.98 ID:vLAorgNV0
だから、俺はハッキリと否定してやる。

「いや」
「ふえ?」
「10年後、こうやって俺とお前はこの店を切り盛りすんのかなって、ちょっと今日思った」

麻奈実は、今自分が聞いたものが信じられないと言わんばかりの表情だったが、
一拍の間を置いて喜色満面になった。

「そ、それって、きょうちゃん……」
「まぁ、そういう事、かな。今後ともよろしくな、麻奈実」
「うん、うん!」

戻ってきた岩男が口笛を鳴らして快哉を叫ぶ。
あーあ、あの分じゃ爺ちゃんも婆ちゃんも、麻奈実の両親も聞いてたな。
でもまぁ。情報化社会、文化の欧米化が進む現代の日本で
伝統の和菓子を守るって仕事も悪くないだろ。

「えへへ、きょうちゃんだいすき~」

ましてや、涙と笑顔でくしゃくしゃになってるコイツと一緒なら、なおさらな。

こうして。既にいくつかの内定をもらっていた身ではあったが、
俺は永久就職先を見つけてしまったのだった。


終わり
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