沙織「タイが曲がっていてよ」:422

422 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:53:50.95 ID:zZuVFrAs0
「兄貴、寒い」
「……ホッカイロはもうねーぞ」
「今、使ってるのがあるでしょ!」
「お前! 俺に凍え死ねってのか!?

じろりと回りに見られてハッと我に返って頭を下げた。
桐乃は、ふん! とふんぞり返ってるけどな。やれやれ。

12月24日。世間ではクリスマスイなんとかって日に、俺と桐乃が何をしているのかって言うと、
秋葉原で先着限定の特典付きアニメDVDを買うため徹夜で並んでいるのだった。

時刻は6時。東の空が白んできてもうすぐ夜が明けそうなのだが
実は日の出の前後1時間くらいが一番寒い事を今知った。

このためにコートとセーターを着こんで、カイロをしこたま持ってきたのだが
桐乃は見た目を気にして、ダウンジャケットにホットパンツという
馬鹿丸出しの格好のためか、日付が変わったくらいからカイロの消費が異常に速い。

「だから温かい格好してこいっつったろ……」
「……だって……」

流石に失敗したと思っているようだ。全く。

「あと1時間くらいで整理券配布だろ? もうちょい頑張れ」
「……うん」

カイロを1つ渡して、頭をぽんぽんと叩いてやった。
あー、全く。なんでこんな事になったのかねえ。

423 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:54:36.12 ID:zZuVFrAs0
「……メルルの劇場版?」
「そう! あの神作がとうとうブルーレイで発売されんのよ!」

メルルと言えば、桐乃がハマりまくっている魔法少女もののアニメ。
3期が終わった後も根強く残った人気とファンの声により、劇場版が制作・公開された。

時系列的には1期と2期の間を補完するようなストーリーで、
作画・ストーリー・音楽、とどれを取っても『アニメ史上最高』だったらしいが
まぁそれはファンによる色眼鏡的な評価があっての事と思う。話半分。

「で、それがどうかしのたか?」
「だーかーらー、ココ! 耳の穴かっぽじって、よっく見てみなさい!」

耳掃除しても目には関係ねぇだろう……。

「……ソフ○ップ特別協賛、先着限定特典?」
「そう! それなのよ!」

今回の新商品発売にあたり、店頭で購入した客に先着順で特典をつける、と。
某ネット通販サイトに対抗しての策なのかね。

「……それで?」
「アンタの目は節穴!? よく見るの!」
「んー……?」

ああ、なるほど。そういう事かと合点がいった。

424 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:55:26.68 ID:zZuVFrAs0
「メルルとアルファ。2種類特典があるのか」
「そう! けどこれは一限なのよ」
「? いちげん? 大学の講義の1コマ目ってこと?」
「アンタバカァ!?」

ひっでえな! そこまで言われる事かよ!?

「お一人様限定1つまでってこと。1人で買いに行ってもコンプできないってことなのよ」
「なるほど。なかなかアコギな商売だな」
「うっさい」

とまぁ、ここまで来れば先は読めたよな。
1人1つ限定。しかし2種類ある特典は両方ほしい。

「なるほどな。つまりこの発売日に、予定空いてる? って聞きたい訳だ」
「はぁ? 違うし。24日、行くからねっていう確認」

……既に決定事項なのかよ……。

「どうせアンタ、クリスマスイヴなんて予定ないでしょ? じゃあ問題ないわよね」
「確かに予定が入る予定もないけどさ……」

いい年こいてイヴに妹とアニメのDVD買いに行くのか……胸が苦しくなるな。

「あ、ちなみに、前日の終電で現地入りして徹夜だから」
「殺す気か!」

そんな訳で、予定通り予定の入らなかった今日。
こうしてメルルの劇場版ブルーレイを購入する為、桐乃と並んでいるという訳だった。

425 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:56:22.48 ID:zZuVFrAs0
陽の光が少しずつ大きくなっていく。
こうやって日の出を見るのは、あれ? もしかして人生初かもしんねえ。
初日の出とかそういうのはあんまし興味なかったし、富士山登ってご来光を拝む、
みたいな崇高な趣味も持ってないしなあ。

……人生初の日の出は、妹と秋葉原でアニメのDVDを買うために並ぶ最中見ました。

割と素で泣けてくるな、これ。

街は少しずつ起き始め、行きかう車や人も増え始めた。
こんな時間からスーツ着たサラリーマンが歩いてるのを見ると
ああ、こういう人たちがいるから社会は機能するんだなとか思っちまう。

「あ、兄貴」
「ん?」
「あれ」

必要最低限しか喋らなくなったな、こいつ。
ダウンジャケットの裾から指だけ出して差した先を見ると
ソフ○ップのロゴ入りナイロンジャケットを着たオニーチャンが出てきていた。

「本日はー『星くず☆うぃっちメルル劇場版DVD/BD』にお並び頂きまして誠にありがとうございます」

うわー、そんな風に言われちゃうとなんだか公開処刑されてるみたいだぜ。
街行くサラリーマンやキャリアウーマンの皆さんの視線が痛い痛い。

426 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:57:04.12 ID:zZuVFrAs0
「予想以上に大勢のお客様がいらっしゃっておりますので、予定を繰り上げ、整理券の配布を
 始めさせて頂きたいと思います。お受け取りになられたお客様は周辺のお店、一般の歩行者の方々の
 ご迷惑になりませんよう、よろしくお願いいたします」

「ら、らっきー……」
「助かったな、桐乃」
「ん」

先頭から順番に1人1枚ずつ券が配られていく。
終電で来た俺たちが並ぶ頃には既に50人くらい前にいたのには恐れ入った。

無事整理券を2人分もらうと、俺たちはその場を離れた。

「行くアテあんのか?」
「……ネカフェ」

あぁ、なるほど。24時間営業のネットカフェや漫画喫茶なら
座れるし温かい飲み物もあるし、個室では人目を気にせず休憩できそうだ。

黙々と歩く桐乃の後ろからついていき、とあるビルに入る。
エレベーターで4階に上がると受付があった。

「2名様ですか?」
「あ、はい。そうですけど、席は」
「カップルシートで」

なに?

427 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:57:46.75 ID:zZuVFrAs0
「かしこまりました。お煙草はお吸いになられますか?」
「いえ。禁煙席で」
「はい。それではこちら、3番のシートをどうぞ。ドリンクはセルフサービスになっております」
「どうも。いくよ」
「あ、お、おい」

ポケットに両手をつっこんで足早に進む桐乃に
声を掛けられるような雰囲気は皆無だ。
俺はまぁ、別に一緒の席でも構わんが、お前は構うんじゃないのか?
全く。わっかんねーヤツだな。相変わらず。

428 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:58:31.43 ID:zZuVFrAs0
「ここ」

そう言って3と書かれた扉を開いて俺は驚いた。

「意外と広いんだな」

ゆったりとしたソファークッションに、足をゆったり伸ばせるスペース。
大きな液晶画面のデスクトップPCと大きなヘッドフォンが2つ。
なるほど。これなら確かに、普通の個室に入るよりゆっくり休めそうだ。

桐乃はブーツを脱いで端っこに置くとジャケットを脱いでクッションに横になる。
自分の上に、着ていたジャケットをかけて、完全に寝る態勢に入っている。

「開店まで寝るから」
「あいよ」
「変な事しないでよね」
「あいよ」

疲れていたんだろう。桐乃は目を瞑って動かなくなった。
1人でクッション独占しやがって。
これが本当のカップルなら添い寝でもするんだろうけどね。
ははは。まだ死にたかねーや。

429 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 17:59:13.15 ID:zZuVFrAs0
実は、昨日の夜。お袋とこんな話をした。

「アンタ、最近桐乃と一緒に行動する事多くない?」
「ん? そうか? そんな事ねーと思うけどな」
「うーん」

お袋は難しい顔して唸っている。

「なんだあれか? 桐乃に手を出すなーってヤツか? 心配しなくても……」
「いやー、最近分かんなくなってきちゃったわよ」
「は?」

だからね、と。お袋は前置きして続ける。

「最近分かんなくなっちゃったのよ。アンタたち、昔から仲悪いし、
 今も仲良さそうには見えないけど、アンタはアンタでたまに良いお兄ちゃんしてるし
 桐乃もなんだかんだでアンタの事頼りにしてるみたいだし。
 そんでアンタたち、彼氏も彼女も作らないでしょ?
 もしかしてこのまま2人で生きていくつもりなのかしら、とか」

俺はお袋のトンデモ発言に身震いした。
実の母が実の子どもが結婚しないとか、しかも兄妹で生きていくとか想像していやがる。

430 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18:01:14.12 ID:zZuVFrAs0
「ねーよ。ありえん。俺が彼女いないのは仕方ないとして、アイツはムカつくけどモテるんだろ?
 だったらその内、自分に合うやつ見つけて連れてくんじゃねーの?」
「そう、ねえ。そうだと良いんだけどねえ」

まぁ、そんなヤツは良いヤツだろうと何だろうと一発殴るとは思うが。

「んだよ。随分疑うじゃん」
「なんていうか、女の勘ってヤツ? あの子、あたしたちが思ってる以上にアンタに懐いているのかもって」

「桐乃が? 俺に? ねーわ。ねーよ。ていうか懐くって何だよ。犬か?」
「もし、もしよ? 京介」

ちょっとお袋はマジだ。いつもおちゃらけてるから、こっちまでちょっとマジになる。

「アンタが桐乃に手を出すのは許さないけど、
 もし、桐乃がアンタについてくって言うなら、アンタ、ちゃんと受け止めてやんなさいよ」

それこそ一番ありえない事だと思うけどな。
つーかホント桐乃贔屓な母親だな。長男の俺がちょっと凹むくらい。
まぁデキが違うから仕方ないんだろうけどさ。

433 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18:04:47.65 ID:zZuVFrAs0
こちらに背を向けて寝ている桐乃を盗み見る。
綺麗に染めたライトブラウンの髪も、両耳のピアスも、
艶やかにマニキュアを塗られた綺麗な爪も、端整な顔も、すらりと伸びた手足も、
今はダウンジャケットの掛け布団に隠されちまっているが。

コイツが、俺を慕うとか、懐くとか。

「……ありえねーだろ」

小声で、誰にも聞こえない声で呟く。

自分の着ていたコートを桐乃の下半身に掛けてやり、
俺はブランケットを取りに行こうと個室を出ようとした。

「……ありがと……」

そんな声が、か細い、糸みてーな声。
だけど確かに、聞き間違うはずのない桐乃の声がした。

「桐乃?」

桐乃は動かない。ぴくりとも反応しない。
でも、残念な事に片耳は隠れていなかった。

赤くなった耳は、寒さのためか、それとも――。

おかしいな。

俺の妹が、こんなに可愛い訳がないのに。

437 : 以下、名無しにか - 2010/11/15(月) 18:14:58.78 ID:zZuVFrAs0
おまけ。

「あ、兄貴……もういない? いない? いっちゃった?
 ああああああああああ兄貴いいいいい兄貴のコートコートコート!!
 くんくん……あぁぁ兄貴の汗の匂い凄いよお!兄貴が添い寝してるみたい。
 もしかしてアタシ今、兄貴と添い寝してるの? やだもう幸せ過ぎるんですけど?
 ば、バカ兄貴ったらアタシと添い寝したいなんて何言っちゃってんの?
 ホント変態すぎるんですけどー超キモイ。ありえないから。
 そんな兄貴の事、好きでいてあげられるのなんてアタシくらいしかいないんじゃない?
 もうホントどうしようもない兄貴だけどー、アタシぐらいの心の広さがあれば許してあげちゃっても良いよ?
 え? 許してほしい? 仕方ないなー。そんなに妹のアタシにベタぼれしてるなんて、でへへ。
 キモ過ぎて婿の貰い手もいないでしょー。地味子とか完全に引いちゃってるし。
 仕方ないから、兄貴の事はアタシが養ってあげるわよ。もうバカ変態兄貴。
 今度は何? アタシのジャケット貸してくれって? この変態、何する気?
 ちょ、ちょっと、何ジャケット嗅いでんの!? 変態すぎるんですけど!
 い、良い匂いがするって……バカ、バカ兄貴。もう。最悪。最低。
 仕方ないから兄貴のコートにアタシの匂いつけといてあげるわよ。
 こうすればいつでもアタシの匂い嗅げるでしょ?
 あーもうこんな変態兄貴持ってホント不幸。あたしってホント不幸!
 アタシを不幸な目にあわせた責任、ちゃんと取らないと許さないんだからねっ!」


終わり

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最終更新:2011年03月28日 11:11
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