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SS17唯と私は付き合っている。」(2011/02/02 (水) 16:48:05) の最新版変更点

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***SS17 唯と私は付き合っている。いわゆる恋人同士ってやつだ。 部屋でごろごろしている唯にそれとなく好きだと伝えたら、なんと唯も私のことを好きだと言ってくれたのだ。 あの時は天にも昇る気持ちだったけれど、今にして思えば。もうちょっと告白のシチュエーションというものを考えるべきだった。雰囲気とか。 そうすれば――そうすれば?一体、何が変わっていたというのだろう? 穏やかな放課後。柔らかな夕日が教室をオレンジ色に染め上げて、窓際には二人の女の子。 囁きにも似た密やかな笑い声が、椅子に腰掛けた私の元まで届けられる。 「ムギちゃんの髪の毛ってふわふわだよねぇ。一体どんなおシャンプー使ったらこんな風になれるんですかい?」 「おシャンプーって、ふふ、唯ちゃんたら。普通のシャンプーだし普通のリンスよ。そんなこと言ったら、唯ちゃんだって……」 「えー、ムギちゃんのふわふわに比べたら私のなんてぼっさぼさの毬藻みたいなものだよぅ」 「そんな事ないわ。唯ちゃんの髪、なんだか猫ちゃんみたいで可愛いもの」 「えへへ、ムギちゃんくすぐったい~」 なんじゃそら。 先程から繰り広げられている二人―唯とムギ―の会話に耳を傾けていた私は、がくりと肩を落とした。 手を取り合って微笑み合い、お互いの髪を撫で合って、これをいちゃいちゃと言わずして何と言う。 近頃ずっと考えている事がある。 私って、唯と付き合ってるんだよな? 何かが劇的に変わると思っていた訳ではないけれど、両想いとなった私達の関係は、あまりにも今まで通りだった。 私がふざけて、唯がおどけて、二人で笑い合って、騒ぎに寄せられた仲間が集う。 二人きりの時ですら、げらげら笑っているばかりで時間があっという間に経ってしまう。 別にそれが嫌って訳じゃないんだ。でも、だけど。 ちらりと唯に視線を戻す。相変わらず仲良くムギと談笑していた。 唯は私と一緒にいる時よりも、ずっと落ち着いた様子で。 夕日のせいかその頬はほんの少し染まって見えて――まるで恋人同志みたいだった。 「律」 「……」 「律ってば」 「……え?あ、ああ何?」 「何ボーっとしてるんだよ。さっきからずっと手が止まってるぞ」 我に返って顔を上げると、向かい合った机の先に澪の呆れ顔が視界に入る。 「何が?」 「何がじゃないだろ!お前が課題で分からないとこがあるって言うから練習しないでこうして部活にもいかないで……」 「ああ…、うん。そうだな、すまん」 「?どうしたんだ、最初の問題が分からないのか?」 「やーなんだか頭が働かなくてな」 教科書に張り付いたままだったシャープペンシルを手に取り、固まった思考を解すように指で眉間を揉み込んだ。 そんな私を、怪訝な表情で窺っていた澪がちらりと窓の方を見やって、合点がいったという風に頷く。 「……なんだよ澪」 「なあ、律ってさ、唯の事好きだろ」 「……」 驚きはなかった。 唯との事を誰にも話した事もないけれど、遅かれ早かれ澪にはバレるだろうと思っていたからだ。 「言いたくないのか?」 「澪がそう思うなら、きっとそうなんだろ」 図らずもぶっきらぼうな言い方になってしまって、内心少し焦る。 けれど澪は特に気にする様子もなく話を続けた。 「そっか。うまくいくといいな」 「……やっぱりそうか」 「ん?」 第三者の立場からみると、やはり私達が付き合っているようには見えないらしい。 当人ですら怪しいと思っているのだから、当然と言えば当然か。 「一応もう付き合ってるんだけどな」 「うそ?いつから?!」 まばらに残っていたクラスメイト達の視線が、一斉に向けられる。 その中には唯とムギのものも混じっていて、私は慌てて身を乗り出し澪に顔を寄せた。 「ばかっ、ちょっと声抑えろよ」 「ご、ごめん。びっくりしちゃって……で、いつからなんだ?」 興味津々に目を輝かせる澪が小声で質問を重ねた。こいつ歌詞ネタにするつもりじゃないだろうな。 皆の意識が離れていくのを確認してから、すとんと椅子に腰を下ろす。 「さあな」 「さあってなんだよ、自分の事だろ」 「……だってわかんねーんだもん。唯に聞いてくれよ」 もやもやした気持ちと頭を抱えて、机に伏せる。告白した日の事は、今でも鮮明に覚えている。 色気も何もあったもんじゃない告白だったけれど、それでも私にとって人生の一大イベントだったのだ。 いつから付き合っているのか分からないなんて、そんな筈はないのに。 「律」 「なんだよ」 「なに拗ねてるんだよ、お前」 「……別に拗ねてなんか、ない」 「……ふーん」 頭を軽くこつりと叩かれて、緩慢な動作で顔を上げる。 「今日はもう帰ろうか?ごはん食べたら家に来いよ。課題教えてやるから」 「……ありがとうな、澪」 いつものように仕方ないなという表情を浮かべて、澪は笑った。 「りっちゃんおーっす」 「おっす、唯」 「あれ、まだりっちゃんしか来てないの?」 「おう、ムギと梓はちょっと遅れるって今メールが入ったよ」 翌日の放課後。久しぶりの二人きり。妙に緊張しているのは、恐らく私だけなんだろうと思って、また少し落ち込む。 「澪ちゃんは?」 「昨日あいつの家に泊まり込みで勉強教えてもらってさ、寝不足だから今日は帰って寝るって」 「りっちゃん澪ちゃん家に泊まったの?」 「うん」 「えー、澪ちゃんいいなあ」 何の気なしの日常会話に、唯の好意がぽろりと投げ込まれて、私は一瞬ドキリとする。 「いいなって、何がだよ」 「私に内緒でお泊まりなんて……りっちゃんが浮気した~」 何気ない唯の様子に心が震えて、拳を握り締める。なんで唯は、平気で私の心をかき乱すんだろう。 ふざけてるときも、嫉妬するときも、愛を吐くときも、いつだって何も変わらないよって顔をして。 唯がどれ程の本気で物を言っているのか量れない私は、いつだってそれを持て余す。 「ムギちゃんまだかな~今日のおやつなんだろうねりっちゃん」 いつものように次の瞬間には私から興味を移した唯を見て、平静でいようとした私の苦労は叶わなかった。 「っじゃあお前はどうなんだよ!」 突然響き渡る大声に、きょとんと首を傾げる唯。 普段ならば可愛らしいと思う筈のその仕草は、余計に私をいらつかせた。 「お前の方こそ、ほんとはムギの方が好きなんじゃないか」 「なんでそう思ったの?」 間髪入れずに返される言葉。心底不思議そうに目を丸くする唯。 膨れ上がった怒りが音を立てて急速に萎んでいくような気がした。 「しらねーよ、もうなんかよくわかんないんだ……」 「私とムギちゃんが仲良くするの、嫌?」 「嫌じゃないよ、別に……いつもの事だし、なんか……ごめんな。私ちょっと変だな」 「りっちゃん」 鞄を持ってくるりと背を向ける私の腕を、素早く唯が掴む。 振り解けない程の強さではなかったけれど、もうそんな気力も残っていなかった。 「りっちゃん。ちゃんと話してくれないとわかんないよ、どうして怒ってるの?」 「……」 「……」 落ちる沈黙。背後に受ける唯の気配は一歩も引く様子はない。 私は観念して振り返り力なく笑って見せたけれど、唯はくすりともしなかった。 「ほんとに怒ってないんだ。唯とムギが楽しそうにしてるの見たら、そりゃちょっとはムッとするけど、でも嫌って訳じゃない」 「うん」 「だけど……唯が、唯も私も、付き合う前と何にも変わってないなって、そう思って……」 言葉尻が濁る。情けなくてもう泣いてしまいそうだ。こんな風に弱音を吐いたりするなんて、私らしくない。 唯が好きだって言ってくれた田井中律ではないような気がして、きつく目を瞑った。 「うん」 ふと、握った右の拳を優しい温度が包み込む。 涙で滲んだ眼をそっと開けると、唯が至近距離で私の手を握っていた。 真剣な顔で、りっちゃん頑張れって目で訴えている。 ばかやろう、お前のことでこの私が駄目になってるんだからな。 「私といるより、ムギとかと一緒にいる唯の方が、よっぽど付き合ってるって感じで、なんか不安なんだ」 「りっちゃん」 「唯とはしゃいでる時間はほんとに楽しいし好きだけど、でもそれだけじゃ前と変わらないような気がして」 「りっちゃん、私りっちゃんが好きだよ。目が合って、キスしたいなとか、唇舐めたいなぁって思うのりっちゃんだけだもん」 「……なめたい?」 「あずにゃん見てたら可愛いし抱きつきたいって思うし、ムギちゃんとお喋りしたらあったかい気持ちになって 澪ちゃんと一緒にいたら凄く楽しいけど、でも、朝起きる時もボーっとしてる時も夜眠る時も、頭にずっと浮かんでるのは、りっちゃんだけだよ」 「……」 なんだか聞き捨てならないようなものが散りばめられていたけれど、唯の言葉は私の心にするりと入り込む。 「きっとりっちゃんが思ってるよりも、もっといっぱいいっぱいりっちゃんが好きだよ」 「唯」 「だけど私馬鹿だから、りっちゃんと楽しくしてたらそれが一番になっちゃうみたい。りっちゃんがそんな風に思ってることも分からなかった」 「なんかかっこ悪くてさ……」 「りっちゃんはいつもかっこ良いし可愛いよ!」 無駄に胸を張る唯を見て、愛おしい気持ちが足元から頭のてっぺんまで駆け巡る。 さっきまでのモヤモヤは、嘘みたいに何処かへ飛んで行ったみたいだった。 ――変わらない二人の関係が嫌だった訳じゃない。 「だからりっちゃんの気持ち、全部知りたい」 心臓が早鐘のように胸を打つ。長距離を全力で走りきったって、こんな風にはならない筈だった。 私の言葉を不安気に待つ唯へ、ありったけの気持ちを吐きだして。 「私、唯が好きだ。キスしたいって、多分いっつも考えてる。お前が思ってる程、明るくて優しいだけのりっちゃんじゃないんだよ」 「それじゃ、私と一緒だね」 唯は見たこともないくらい綺麗な顔でにこりと微笑んで、ゆっくりと瞼を閉じた。 ただ、私は唯とキスがしたかったんだ。 「でもやっぱ、私の前でムギといちゃいちゃすんのはむかつくからやめろ」 「おおう、確かにこれは優しいだけのりっちゃんじゃないよ!」 おわり。

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