「SS49傷」(2012/05/04 (金) 01:25:52) の最新版変更点
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***SS49
***傷
土砂降りの雨が降っていた夜、憂ちゃんから連絡があった。
唯の家に遊びに行った時に『また遊ぼう』と連絡先は交換したものの、今まで連絡を取り合うことは無かったのに。
「律さん。お姉ちゃん、お邪魔してないですよね?」
電話を通して憂ちゃんの声を聴いたのは初めてだったけど、あきらかに元気が無いという事だけは理解できた。
「唯?来てないよ。どうしたの?ひょっとして唯、この雨の中どっか遊びに行ったの?」
「いえ、何でも無いです。それじゃ、失礼します!」
唯が来てないと告げると、憂ちゃんはそれだけ口にして電話を切ってしまった。
事情はよくわからないが、こんな時間まで唯が外出してて不安…という事だったのだろうか?
「唯のやつ憂ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
この時、私は唯のプチ家出?が私と関わりのある事だなんて思いもしなかった。
それから二時間ほどして、携帯がまた鳴った。
澪からだった。
どうやら唯はまだ帰っていないらしく、憂ちゃんは軽音部のメンバーや和等の連中に電話をかけているらしい。
―――もしかして―――
何か事件にでも巻き込まれたのかもしれない。
そう思った私は自然と携帯のボタンを押した。
「お姉ちゃん!?」
1コールしたとたんに耳が痛くなるほどの音量で憂ちゃんの声がした。
「いや、あの田井中律なんですが…憂ちゃんだよね?」
私は何一つ悪くない!
唯の携帯に電話したんだし、ディスプレイにもりっちゃんと表示されているはず!
だけど、憂ちゃんの様子を想像すると申し訳なくなってしまった。
「律さん…りつ…さん…おねえちゃんが…」
相手が私と分かったとたんに、憂ちゃんは泣き出してしまった。
「もしもし?憂ちゃん、唯に何があったの?」
普段しっかりしている憂ちゃんの取り乱しようから、私は最悪の事態も考えた。
「お姉ちゃんは絶対…律さんには『言わないで』って言ってたけど…CDに傷がついちゃって音飛びするようになっちゃったんです!」
「はぁ?」
事件や事故の予定でリアクションをする予定だった私は、あまりのギャップに携帯を手から落としてしまった。
「あのさ、もしかしてCDって…私が唯に貸したやつのことかな?」
覚えている。前に唯にCDを貸したんだ。
「はい。それで…お姉ちゃん、『同じの買って返す』って出かけて行って…携帯も持たずに出て行っちゃったから連絡が取れなくて」
「それで私の所に早くかかってきた訳か。しかし、憂ちゃんもその時言ってくれれば」
「ごめんなさい!でも、お姉ちゃん凄く困ってて…律さんに『嫌われちゃう』から言わないでって」
私も小さい時にそんな経験をしたので、その気持ちはわかる気がする。
「CDは私がちゃんと買って返しますから、お姉ちゃんの事許してあげてください!それで…今日の事は…」
憂ちゃんはどこまでも唯おもいで良い妹さんだ。
でも、これはそう言う問題じゃないんだよな。だから、唯は今も帰れないんだよな。
「憂ちゃん、CDの事は良いからさ、唯が最初に行った場所とか解る?」
「駅前のお店と、学校の近くにある大きなお店に行くって言ってました」
夜もだいぶ更けてきた、こんな時間に営業しているCDショップはいくつかしかない。
最初に唯の行った場所が解れば後は逆方向を追えば良いだけのはず。
「なるほど、たぶん唯は今頃…△○デパートの近くか、□□書店の近くに居るはずだ」
「解るんですか!?」
唯が事件や事故に巻き込まれていないという事が前提なのだが、私の予想に間違いは無いだろう。
「遠出する予算がなければ、行ける範囲のCDショップなんてたかがしれてるからね。私が探してくるから、憂ちゃんはもう少し待っててよ。警察とかに連絡しないでな?絶対つれて帰るから」
夜遅くても、雨が降ってても、私が行かなきゃいけない。
そうじゃないと唯は納得しない。
憂ちゃんを説き伏せた後、私は財布と携帯だけを持って外に出た。
「10時超えてるな。どっちみち店はもう閉まってるから…どちらの店にも行けるルートを探すか?あるいは…」
刑事と犯人という事でもないけど、こういう時は『自分だったらどうするか』ということが重要だと思う。
「ちょっと遠いけど、○○街に夜遅くまで営業してる中古屋があったな」
○○街に車以外で行くには駅から電車に乗るのが一番安くて速い。
唯が最初に行ったはずの目的地に近いのは気がかりだが、確立としては悪くないはず。
「・・・・・」
駅にたどり着いたら、飲んだ帰りのリーマンや部活帰りの学生達が沢山いた。
私は人ごみを駆けぬけて唯を探す。
「唯!!」
居なかったらどうしようと不安になった時、唯のような後姿をみつけることができた。
しかし、私が近づいて確認する前に唯のような人は走って逃げてしまった。
「逃げるってことは…唯で間違いないな!」
いい加減走り回って疲れていたが、最後の力を振り絞って唯を追う。
「待て唯。憂ちゃんから話は聞いたぞ!」
そう叫んだら、唯は立ち止まった。
「はぁはぁ・・・唯…ちょっと待って…息整えるから」
唯に追いつくまでは走れたけど、いざ話すとなると息が持たなかった。
「・・・・」
私が深呼吸している間、唯は何も言わなかった。
「唯、あのCDに傷つけちゃったんだろ?」
唯の体がビクンと震えた。
「あれどこの店にも無いだろ?なんてったって10枚500円の中古だもんな。だからさ、気にするなよ」
「でも・・・・」
そうだよな。値段の問題じゃないよな。
「解るよ。謝って許してもらっても、『そういう奴』って思われるのが辛いんだよな。だから、同じの探したんだよな?」
友達だったら、たいていの事は笑って許してくれる。
でも、心のどこかにそういうイメージが残るのが嫌なんだ。
「りっちゃん…わ…わたしね、一生懸命探したんだけどね…」
濡れてしまった髪と汚れた靴を見れば、どれだけ唯が一生懸命だったのかが解る。
「唯、もう良いから。何にも言わなくていいから」
「嫌いにならないでぇ…」
涙と鼻水とでぐちゃぐちゃの唯の顔は何度か見たけど…自分の事で泣かれてると凄く辛く感じる。
「私が唯のギターの保護フィルムかってに剥がした事あったろ?それで、唯は私の事嫌いになったか?」
「…なってないよ?」
完璧に意図が伝わっていないのか、唯の返事はとても小さい。
「もし、私が唯のギターに傷つけちゃったら…唯は私の事嫌いになるか?」
ギー太に惚れ込んでる唯に嫌いになるって言われたらどうしよう…って思ったけど、口にしてしまったものは仕方ない。
「りっちゃんだったら…ならないよ」
「そうなのか!?っと取り乱した。なら、私も同じだよ…」
そっと唯を抱きしめてやりながら耳元で呟いた。
意外な答えに少し驚いたけど、結果オーライだ。
「まったく、130円しか持ってないのにどうやって○○街まで行く気だったんだよ?」
「途中お腹すいちゃって…」
「まあ、唯らしいけどさ。ほら、遅いから早く帰るぞ。手かせ」
後ろを遅れてついてくる唯の手を握る。
「冷たいな!お前風邪引くなよ?」
「りっちゃん…CDなんだけど…」
「気にするなって言ったろ?だいたい、CDに傷くらいで嫌いになるんだったら…とうの昔に私は澪に殺されてるぞ!」
澪にゲンコツされた事を思い出しながらそう言ってやると、唯が初めて笑った。
「唯、帰ったら憂ちゃんに一緒に謝ってやるから…ずっとその顔でいろよな?」
「うん!」
end
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