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hSS2がしりと掴まれた手首。

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yuiritsu

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hSS2



 がしりと掴まれた手首。
 唯の手は小さくて、けれどあたしの手首を捕えることは容易なことだったらしい。
 振りほどこうと思えば簡単に出来たはずなのに、まっすぐな唯の瞳に見据えられて、
 あたしは身動きを取ることすら忘れてしまう。
 と、そのとき。唯の口元がわずかに動いたかと思うと、
「……出ちゃヤダ」
「え?」
 手元で鳴り続ける電子音の中。
 唯の声は小さかったけれど、はっきりとあたしの耳に届いた。
 唯は確かに言った。
 この電話に『出ないで』と。

  *

「あれ、りっちゃんだけ?」
 いつもの放課後。がちゃりと部室のドアが鳴って、そんな声が聞こえてくる。
 いつもの席に腰を下ろして雑誌を読んでいたあたしは、お、と呟いて顔を上げた。
「遅いぞ、唯」
「だってぇ、数学の宿題出すまで帰っちゃだめって先生が言うんだもん」
「やってなかったのかよ」
「うっかりしてました!」
 妙に元気よくそう言って笑うと、唯は背負っていたギターを壁に立てかけて、そのままあたしの隣に腰を下ろす。
「みんなはまだ来てないの?」
「それがさ、今日はみんな用事があるから先に帰るって」
 澪もムギも、あと呼んでないけどさわちゃんも。
 偶然に偶然が重なって、今日の部活はあたしと唯のふたりだけだ。

「じゃあ今日はりっちゃんとふたりきりかぁ……でへへ」
「なんだよ、その顔は」
 なんとも言えない締まりのない笑い顔にツッコミを入れると、
 唯は照れたように前髪をくねくねと触りながら口を開く。
「だってー、なんかちょっと、変なカンジだなって」
「変なって、何が?」
「この部室に私たちしかいないのが」
 言われてみれば確かになるほど、と思う。
 今のメンバーが揃ってから一年弱。あたしたちはいつだって四人一緒で、
 こんな風に唯とふたりきりで部活をやることなんてこれまで一度たりともなかった気がする。

「確かに新鮮かも」
「だよねぇ」
「んじゃ、帰るか」
「えーっ!?」
「だってお菓子もないし」
「ひどいよー、りっちゃん!!」
 ぶーたれて口を尖らせる唯を見て、思わず噴き出してしまう。
「ごめんって。冗談だよ」
「冗談でもあんまりだよ。……私はりっちゃんとふたりきりで嬉しいのに」
「へいへい、悪かったって。あたしも唯と一緒で嬉しいですわよ」
「むー、なんか心がこもってないよ~」
 そうは言いながらも唯はなんだか妙に楽しそうで、そのままぴたりとあたしに体を寄せる。
 相変わらず人にくっつくのが好きな奴だ。

「あのね、りっちゃん」
「うん?」
「私ね、りっちゃんとお話してるの、本当に好きなんだぁ」
「な、なんだよいきなり」
「だって本当なんだもん」
 その言葉に思わず頬が熱くなる。好き、だなんて。
 そんなこと面と向かって言われたら、たとえ相手が唯といえども照れくさいじゃないか。
「まあ、あたしも唯と一緒にいるの好きだけど」
「ほんと!?」
「うん」
 唯は高校に入ってからの友達だったけれど、妙に気が合うし、
 一緒にいて飽きないし、なんだか危なっかしくて放っておけないというかなんというか……。
「……ってなんだよ、この空気は」
「なんかちょっと前に読んだ漫画みたいだったね」
 どんな漫画かって、そりゃ言うまでもなく恋愛漫画だ。
 妙な甘酸っぱい空気にふたりしてクスクス笑いあう。

「漫画だったらこのままうっかり付き合っちゃうよね、私たち」
「まじでか」
「昨日読んだ漫画はそんな感じでした!」
「じゃあ、付き合っちゃうか」
「付き合っちゃいますか」
「…………」
「…………」
 ぷ、と噴き出すのはほぼ同時のこと。
 そのままあたしたちはけらけらとお腹を抱えて笑いはじめた。
「唯と付き合うって、相手はすっげー大変そうだな」
「りっちゃんと付き合う人だって絶対大変だよ」
「なんだとー」
 ぺちんと両手で唯のほっぺを挟み込んで、ぐにぐにとかきまわしてやる。
 相変わらず唯のほっぺはもちもちで、やたら手に馴染んで妙に楽しくなってしまう。
 唯は唯でやめてやめてと言いながらも声は笑っていて、
 小さな子供のようにキャッキャとはしゃいでいる。
 まったく、小学生か。……なんて、人のこと言えないけど。

 と、そんな風にふたりしてじゃれあっていると、ふいにあたしの胸元から軽快な電子音が鳴り響いた。
「……うわ、やば、音消してなかった」
 音の正体はブレザーのポケットにしまった携帯電話で、
 しかもうっかりマナーモードにし忘れているというおまけ付き。
「あぶなー、授業中に鳴らなくて良かった……って、澪?」
 どうやら着信の相手は澪。先に帰ったはずなのに何の用事だろう?
 まあ考えていてもしょうがないので、とりあえず電話に出ようと右手の親指を移動させた、その瞬間――
「……出ちゃヤダ」
「え?」
 突然手首に感じた圧迫感。唯の右手だった。
 唯の手はまるであたしが電話に出ようとするのを止めるような――いや、実際に止めているのだ。
 だからこそ、出ちゃヤダ、なんてことを言ってきて……。

「あ、あの……唯?」
「……っ、あっ、と、あ、今のは、そうじゃなくて」
 あたしが困惑気味に話しかけると、唯ははっとしたように顔をあげて、
 慌ててあたしの腕を解放した。
 そして、そのままへたくそな笑顔を浮かべると、
「え、えと…………あはは、なんちゃって」
 なんだよ、その分かりやすく誤魔化した笑い方は。
 そんなツッコミを入れるよりも早く、唯ががたりと音を立てて立ち上がった。
「ご、ごめん、なんか用事があったことを思い出したような気がする!」
「は、お、おいっ、なんだそりゃ」
 ひどく曖昧な発言を残して、唯はそのまま部室から飛び出していく。
 残されたあたしは、いまだ鳴り響く電子音を止めることも忘れて、ぽつりとつぶやいた。
「ギー太、忘れてるぞ……」



 肩が軽いことに気がついたのは、部室を飛び出してすぐのことだった。
 壁に立てかけたギー太は持ち主に忘れ去られ、今ごろ悲しい思いをしていることだろう。
「でも……今さら戻れないし」
 あはは、ギー太忘れちゃったぁ。
 なんてニコニコ笑いながら部室に戻ることが出来るほど、私は大人じゃない。
 結局愛しのパートナーは明日迎えに行くことにして、私はとぼとぼと家までの道のりを歩く。
 足取りが重たいのは決して気のせいなんかじゃなくて……。
「……なんで」
 小さく呟いてそのままため息をこぼす。
 なんで、あんなことしちゃったんだろう?
 なんで私は、突然嫌な気持ちになってしまったんだろう?
 部室にやってきて、りっちゃんの隣に座って。ほっぺたをぐにぐにされて。
 あんなにも幸せな気分でいっぱいだったはずなのに。
(だって、りっちゃんが……)
 あ、澪だ、って。
 携帯電話の画面を見ながら、言うんだもん。
 ちょっとだけ声が弾んだの、分かっちゃったんだもん。

 そこまで考えたところで視界が涙に滲む。
 慌てて右手の甲で目元をこすって、鼻をすすった。
 どうして……どうしてこんな気持ちになっているのか。
 わたし、もう……。
「わっかんないよぉ……」
「何が?」
「ふへ?」
 突然声をかけられて、私は俯いていた顔をあげた。
 見るとそこに立っていたのは和ちゃんで、泣きべその私を見て苦笑する。
「なに、お腹でも減ったの?」
「の、和ちゃん……」
 いくらなんでもそれはあんまりだよ、和ちゃん。
 でもいつも通りの和ちゃんを見たら、なんだか急に心があったかくなって。
 ぐるぐると胸の奥で渦巻いていた気持ちの悪い感覚がすうっと薄れていく。

「で、何かあったの?」
「……お腹減ってたの」
「なに中途半端な嘘ついてるのよ」
「和ちゃんが言ったんだよ」
「そうね」
 淡々と答えて、和ちゃんはポケットから小さな飴玉をひとつ取り出した。
「はい、これあげるから」
「わーい、飴ちゃんだぁ……へへ」
 和ちゃんはぱくりと飴を口に放り込む私を見て何が言いたそうにしていたけれど、やがてやれやれと苦笑いを浮かべて、
「ね、公園にでも寄っていく? 久しぶりに」
 そう言った。

  *

 公園のベンチに座って。口の中の飴玉が消えるころには、私は和ちゃんに全てを話していた。
 やっぱり和ちゃんってすごい。
 和ちゃんがうんうん、って頷いてくれるたびに言葉が次から次へと飛び出してきて、
 気がつけば心の中のもやもやを一から十まで全部ぜんぶ打ち明けてしまっていたのだ。
「つまり、律と一緒の時間を邪魔されるのが嫌だったってことね」
「そ、そうなの?」
「違うの?」
「分かんない」
「私は唯の話聞いててそうなのかと思ったんだけど」
「……じゃあ、そうなのかも」
「自分のことでしょ」
 まったくもう、と優しく笑って和ちゃんが私の頭を撫でてくれる。
「多分だけど……唯は」
「うん?」
「……なんでもない」
 何かを言いかけて、和ちゃんは思いとどまったように口を閉じた。

「和ちゃん?」
「私がそれを言ったら、もし違ったとしても唯はそう思いこんじゃうから」
「? どういう意味?」
「唯が自分で考えないと、多分本当の意味で答えなんて出ないってこと」
「……よく分かんないけど、和ちゃんがそう言うなら、多分そうなんだよね」
「……ふふ、そうだね」
 和ちゃんは、ほらね、ととっても優しい口調で言って笑顔を浮かべた。
 そんな和ちゃんを見ていたら、なんていうかもう体が勝手に……。
「のどかちゃあん~」
 ぎゅうっと和ちゃんの首元に絡みつくと、和ちゃんはくすぐったそうに身をよじらせた。



 別に、わざわざ持ってくる必要なんて、なかったんだ。
 だってそうだろ。明日になれば唯だってまた部室に来るんだ。
 だったらたった一日くらいギターを部室に置いておいたところで、何も困ることなんてない。
「ばかだなあ、あたし」
 慌ててギー太をかついで、部室を飛び出して。
 唯を追いかけるための、口実を作って。
 追いかけて、何を言えばいいのかも分かっていなかったのに。
 追いかけるんじゃなかった。ギターなんて持ってくるんじゃなかった。
 あのまま澪からの電話を取って、何事もなかったかのように家に帰れば良かった。
 そうすれば、唯と和が抱き合っているところなんて見なくて済んだのに。

「どうすんだ、これ……」
 ずっしりと重たいギター。公園の柵にもたれかかったまま、あたしは呟く。
 唯ギター忘れてたぞ、って、何事もなかったかのように話しかければいい?
 でも、正直言って唯の前で自然な笑顔を作る自信が、今のあたしにはない。
 唯はもう、さっきのあの表情なんて嘘のように笑っているってのに。
 和に頭を撫でられて、嬉しそうにしているっていうのに。
(……なんだ、これ)
 なんで、もやもやしてるんだ、あたしは。
 一体あたしは、何に対してこんな気持ちになっているんだ。
 答えなんて誰がくれるはずもなくて、視界の端ではただただ楽しそうな唯たちが映るばかり。
「……帰ろ」
 ごめんな、ギー太。今日はあたしの部屋に居候してくれよ。
 明日になったら、ちゃんと持ち主に返してやるからさ。
 ……なんて。思わずこぼれそうになるため息をごくりと飲み込んで、
 あたしは元来た道を引き返し始めた。

  *

 家に帰って、ベッドに寝転がって、お菓子を食べて。
 それだけで気持ちが軽くなってしまうほど、あたしは単純な人間じゃなかったみたいだ。
 両親は出かけていて、弟も友達の家に遊びに行っているらしい。
 家の中はひどく静かで、こうして天井を見上げていると、自然といろいろと考えてしまう。
「あー、もう」
 あたしは枕元に置いてあった音楽プレイヤーをひっつかんで、
 ぐるぐるに巻いてあったイヤホンのコードを乱暴にほどいていく。
 両耳をきっちりと塞いで再生ボタンを押す。音は大きめでいい。大好きな曲。
 この音に全部かき消されてしまえばいいと、そう思ったのに。

 唯、唯、唯。
 頭の中でぐるぐると唯の顔がめぐる。
 唯の手、熱かったな。思ったよりも力、あるんだな。
 切なそうな顔、してたな。
 あたしの手首を捕えて真剣な眼差しを向けてきた唯。あんな唯の顔を見るのは初めてのことで……。
「……あたしは」
 ガンガン響く音楽の中で、もしかして、と思う。
 あたしは、何かを期待していたのか?
 見たことのない表情を浮かべた唯。いつもと少しだけ雰囲気の違う唯。
 澪からの電話を取って欲しくないと訴えてきた唯。
 そんな唯の口から、何か次の言葉が飛び出してくることを期待していた?
 冗談の中で言った言葉の中に、あたしは本気の気持ちを交えていたんじゃないのか?

「まさか……な」
 いかんいかん。考えすぎだ。
 唯とそんな空気になること自体、まずありえないことなんだ。
 現に、唯はもうすっかりいつも通りの唯に戻っていたじゃないか。
 和に対して信頼しきった笑顔を見せていたじゃないか。
 こんな風に考え込んでいるのなんて、あたしだけなんだ。
「もうやめ、考えるの」
 自分に言い聞かせるようにしてぼやくと、あたしはごろりと寝返りをうった。
「……なに見てんだよ」
 立てかけたギー太にいちゃもんをつける。
 ギターケース越しに、ギー太が何か言いたげな目をしているような気がした。



 憂の作ってくれたご飯は今日も美味しくて、お風呂にも入ってさっぱりして、お風呂上がりのアイスも食べて。
「…………うう、ギー太ぁ」
 自分が悪いとは言え、やっぱり部室に置いてきたギー太が心配で、
 ベッドの上で何度も寝返りをうっては唸り声を上げた。
 お向かいの飼い犬がわんわんと吠える声が聞こえる。
 いつもなら、この鳴き声と一緒にギターをかき鳴らしているのに。
「ギー太に触りたいな」
 それから――りっちゃんに、会いたいな。
 和ちゃんに、よく考えて自分で答えを出しなよ、って言われて。
 家に帰ってからこうしてベッドに横たわるまでの間、ずーっと私なりに考えてみた。
 でもこれだって答えなんて出すことは出来なくて、
 その代わりにとってもシンプルな気持ちがあることを知った。

 りっちゃん、私ね。やっぱりりっちゃんと一緒にいるの、好きなんだ。
 りっちゃんが笑ってくれると嬉しいし、
 りっちゃんがほっぺたぐにぐにしてくれたら楽しくてしょうがないし、
 りっちゃんがお姉ちゃんみたいに優しくしてくれたらなんだか頭がぐらぐらして、
 まるでお酒に酔ったみたいに……ってお酒を飲んだことはないんだけど、多分そんな感じになって。
 もっともっと一緒にいたいなって、思う。
 ふたりきりでいたら、りっちゃんは私のことだけ見てくれるし、
 私もりっちゃんのことをずっと見ていられる。
 それって、すごく、すごく幸せな時間なんだと思うから。

「……ごめんね」
 小さく謝ったのは、澪ちゃんに。
 一瞬のこととは言え、りっちゃんに電話に出て欲しくないなんて思って、ごめんね。
「私、こんなにりっちゃんのこと、好きだったんだ」
 自分でもびっくりしちゃったよ。
 こうしてりっちゃんの顔を浮かべるだけで胸がドキドキして、顔が熱くなって。
 まるでこの間りっちゃんと一緒に読んだ漫画みたい。
「…………ん?」
 自分の思考に妙な引っかかりを覚えた。りっちゃんと読んだ漫画みたいって……。
 そこまで考えたところで、ベッドの端に転がっていた携帯電話がぶるぶると震えだした。
「っとと……メール、じゃない、電話だ」
 慌てて携帯を持ち上げて、ぱかりと開く。
 そこに表示された名前は、さっきから私の頭を埋め尽くしている、その人だった。

「……も、もしもし」
 なぜだか緊張気味に電話に出ると、りっちゃんも私と同じように緊張気味な声で答える。
「よ、よう。こんな時間にごめんな」
「んーん、平気」
「あの、唯さ、今日ギー太部室に忘れていっただろ?」
「あ、うん。えと、うっかり」
 うっかり……ではなかったけれど、それを忘れた理由を話すのはちょっとだけ抵抗があった。
「そんでさ、あたしが代わりに持って帰ったから明日………………」
 りっちゃんはそこまで言って、じっと黙りこんでしまう。
 どうしたの、と尋ねてもりっちゃんは答えてくれない。
 代わりに、電話の向こう側でわんわんと犬の声……って、あれ。
「ね、りっちゃん」
「あ、ご、ごめん、なに?」
「もしかして、りっちゃん、私の家の近くにいる?」
「えっ」
「いるんだ」
「いや、いないし」
「いるよぉ、だってポン太の声聞こえるもん」
「だ、誰だそれ」
 困惑するりっちゃんの問いかけには答えないで、私は電話を持ったまま部屋を飛び出した。



 ギー太の視線に耐えかねてこうして唯の家までやってきて、
 電話をかけて……けれど寸前で勇気がなくなって、そのまま帰ろうとして。
 ところがどっこい唯にはあっという間に居場所がばれて、そして今、こうして目の前に唯がいる。
 まとめると、なんだか非常に格好悪い感じなのだ。
「……え、えっと、その」
「りっちゃん、こんな時間に外歩くの危ないよ」
「いやまあ、それはそうなんだけど……って、あ、そうだ」
 あたしはかついでいたギー太を両手で抱えると、それを唯に差し出した。
「ほら、ギー太」
「わざわざ持ってきてくれたの?」
「あ、う、うん」
 さすがに事の真相を話すわけにもいかず、言葉を濁す。
「えっと、あのさ、唯」
「ん? なあに?」
「……今日の、部活のときのことなんだけど」
 それだけで用件は伝わったようだ。唯の顔色が変わる。
 とはいえ、そう切り出したもののここからどう話を繋げればいいんだろう。
「えっと……その」
「あのね、りっちゃん」
 唯はしっかりとした口調でそう言うと、いつもの優しい笑顔を浮かべてこちらを見た。

「今日、ごめんね」
「あ、と」
「でね、あれからずっと考えてたんだけど」
 唯はそう言って、照れくさそうにほっぺに手を当てると、
「私、りっちゃんのこと、好きみたい。あのね、前にふたりで読んだ漫画みたいに」
「…………」
 言葉を失ってしまったのは、それが意外だったからじゃ、なくて。
 よもやこんな風にストレートに言われるなんて、思ってもみなかったのだ。
 とはいえ唯もやっぱり非常に恥ずかしかったらしく、
「ぬわっはー」
 よく分からない声を上げながら両手で顔を押さえている。
 暗がりの中でも分かるくらいに、そのほっぺは真っ赤に染まっていた。
「……あのね、それだけ伝えたかったから」
 唯はそう言って熱っぽいため息を吐いた。
 ……唯がこれだけ頑張ってくれたんだ。
 ここで勇気を出さなきゃ……部長の名が泣くってもんだ。
「唯!」
 大きく一歩を踏み出して、唯を抱きしめる。
 唯はあたしよりも背が高くて、少々不格好な気もしたけれど、それでもいい。
 唯と抱き合うことなんて慣れっこだ。
 でも、こんな風に頬が熱くなって、心臓がバクバクと音を立てるようなことは、初めてだった。

「りっちゃん……?」
「あのさ……」
 唯の首元に顔を埋めて言う。けれどそのまま言葉が続かない。
 言うべきことはたくさんあったような気もしたけれど、どれから言えばいいんだろう。
 とてもだけど、上手く伝えきる自信なんてなかった。
 ……だったら、あたしもこの一言で良いんじゃないだろうか。
「あたしも、唯のこと、好きみたい」
「…………」
 ぴくりと、唯の手が動いた。
 耳元で、小さく息を飲む音が聞こえてくる。
「……ほんと?」
「……ん」
 顔を見られないのが救いだ。かろうじでそう答えることが出来た。
「……ほんと?」
「何度も訊くな」
 あたしのその答えとほぼ同時。唯の手があたしをぎゅうと抱き寄せた。
 あったかいし、柔らかい。いつもの唯の体温だ。

「ねー、りっちゃん」
「なんだよ」
「漫画だったらこのままうっかり付き合っちゃうよね、私たち」
 そのセリフを、そんな甘い声で囁くのは、反則だ。
 あたしは深く息を吸った。
「……じゃあ、付き合っちゃうか」
「付き合っちゃいますか」
 おどけたように言おうとした唯の声も細く震えた。
 あたしはもう一度息を吸って続ける。
「付き合っちゃうか」
「……そだね」
 唯の手に力がこもって、負けんばかりにあたしも腕に力をこめる。
「ギー太、ちょっと邪魔だな」
「あ、りっちゃん、ひどいよ」
「だって抱きしめにくいんだよ」
「……じゃあ、ギー太置いてきたら、またぎゅーってしてくれる?」
 甘えたような口調に、頭がクラクラする。
 もちろんだ、とあたしが答えると、唯ははにかんだように笑って、
 そのままダッシュで家の中へと駆け込んでいった。


おわり

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