938

「覗いたわね」

たった一言の霧切さんの声で、僕は世界が崩れるかの様な衝撃を受けた。
何故なら僕はついさっき、彼女が言った通り、覗いてしまったから…彼女達の、入浴を。

「まさか、あんな事をするなんてね…」
「あの、その…!」

何か言おうとしても、何も出てこない。そもそも言い訳なんてしても、事態を悪くするだけで、意味がない。
それに、“男のロマンだったから”なんて…そんなの理由にもならない。

「ご、ごめん…」
「あなたは、葉隠くんに山田くんを止める、常識的な立ち位置だと思っていたのだけど」

軽蔑の視線が容赦なく、僕を睨んでいた。全面的に悪いのは僕だから、当然と言えばそうなんだけど。

「…でもいいの、問題はそこじゃないから」
「は…?」

問題は、そこじゃない? どういう事だろう。覗いた事を責められると思ったのに…。

「問題は苗木くん…あなたが一体誰を、いちばん印象に残したのかよ」
「…え?」
「言いなさい。言えば、誰にも話さないでおいてあげる」

僕が全く予想だにしない一言を、彼女は口にした。印象に残したって…それって勿論、覗いた時だよ…ね?

「な、なんで?」
「…いいから、答えなさい。正直に」

…拙い、かなり怒ってる。理由は分からないけど、とにかく答えないと! 僕が覗いた時、一番心に残った光景を…!

言弾)霧切さんの綺麗な白い肌・朝比奈さんの健康的な身体・セレスさんの湯船での優雅な姿・大神さんの戦士的な肉体・腐川さんの豪快な滑りっぷり
…よし、これが僕の答えだッ!

「霧切さん…だよ」
「え…?」
「詳しく言えば、僕は霧切さんの雪みたいな白い肌に見惚れたんだよ!」

…大々的に宣言した後、ホールに響いた自分の声で我に返った。僕は何を言っているんだ!?
覗いた人間が、覗かれた人に対して見惚れた…なんて! いくら霧切さんに言えと迫られたからって…! 彼女の気持ちを考えずにこんな事を!

「そ、そう…」

…あ、あれ? 怒らない? 傷つくような事を、僕は言っちゃったのに…。

「え、えっと、その…霧切さ」
「…私、用事があるからもう行くわね。安心して、誰にも言わないから」

口早に言うと、霧切さんは背を向けた。だけど僕はほんの一瞬、足早に去っていく彼女の横顔が見えた。
そして気付いた。彼女の色白の頬が、何故か赤く染まっていた事に…。


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。