僕の好きな人は(前編)

「苗木君、恋してる?」
 窓の外に広がる景色を眺めながら、霧切さんは唐突にそう切り出した。
「こい?」
 僕はただオウム返しに呟き返す。
「そう、恋愛の、恋」
 今度は真っ直ぐ僕の方を見ながら再びそう問いかけた。
 明日のテストが心配だったから居残っただけだったはずなのに、何だろう、この雰囲気は。

 放課後の教室。
 教室を出て行くみんなをよそに、霧切さんは僕の席にやってきた。
 いつも通り探偵助手のお誘いだろうか。
 流石にテスト前だからと断ろうとしたところで、彼女は僕の前――朝比奈さんの席に座った。
「苗木君、勉強していくの?」
「え、ああ、うん……」
 帰り支度をしていなかったことから察したのか、予想外の質問にちょっと慌ててしまう。
「だから、今日は――」
「私も一緒にしても構わない?」
 捜査の誘いを断ろうとしたところで、予想外の方向からパンチが飛んできた。
 僕の知ってる霧切さんは、自分からそんなことを言うキャラじゃない。
 でも、流石にそんなこと言えないので、とりあえず、目を白黒させてみた。
「今は何をやっているの?」
「え、古文の復習だけど……」
 ちょうど良かったわ、と言いながら、霧切さんは朝比奈さんの机の向きを変え、僕の机と合わせる。
 周りを見ると、既にみんなそれぞれ教室を出て行ったようだ。
「……ひとつ、良い?」
 鞄からノートなどを取り出す霧切さんに問いかける。
「何でまた、霧切さんが僕なんかと勉強を?」
 霧切さんは、無言で古文のノートを差し出す。
 中を開いてみると――所々空いているページがあった。
「捜査の所為で何度か授業に出そびれたのよ。あなたが教えてくれないかしら?」
 こうして、不思議な二人っきりの勉強会が始まった。

「恋、って言われても……」
 いきなり何を訊くんだ、この人は。
 ここまでの勉強会はいたって普通だった。
 霧切さんの古文力は至って優秀で(僕が教えるまでもないくらいに)、僕が「好きだ」などと囁いたわけじゃないし、古文の内容が愛を綴ったものだったということもない。
 だから、僕には何でこんな話になったか理解できない。
「【質問の意図】が……」
 とりあえず、普通に返すことにする。
 霧切さんはため息を吐いた。
「(言弾:恋話)それは違うわ」
「えっ?」
 普段の表情から一瞬で鋭い視線に変え、僕に向ける。
「舞園さんや江ノ島さんが言っていたわ。男子も女子も高校生なら一つや二つする、って」
 何か予想外のところでゲームの要素を無理やり取り込まれた気がするが、僕が論破されたのは事実だ。
「霧切さんも、舞園さんたちとそういう話するんだ」
 僕がそう返すと、霧切さんの顔が一瞬だけ赤く染まった。
「た、たまたまそういう機会があったのよ。同じクラス男子と付き合うなら誰か、ってね」
 赤面した霧切さんも可愛いな、なんて思いつつも、女子たちがどんな話をしたのかが気になった。
「まあ、今現在、私が訊きたいのはそんなところじゃないわ」
 しかし、すぐに机に両肘を立てて組み、口元を隠す霧切さん。
 その表情はどこか作ったように無表情だ。
「恋の話、だっけ」
「そう、苗木君は誰が好きなの?」
 何故、誰かが好きということは確定なんですか。
「ここには色んな人がいるじゃない。これで好きな人がいなかったら、苗木君は間違いなくイ●ポよ。専門医に相談することをお勧めするわ」
 確かに個性的なメンバーだということは認める。それ以前に、その表現はどーなんですか。
 不名誉な称号を頂きたくないので、ここは真面目に考えることにする。
「私の勘は【舞園さん】か【朝比奈さん】ね。守りたくなるような女子は人気がある、って言ってたわ」
 確かに、彼女達は守ってやりたくなる。
 舞園さんは何てったって超高校級のアイドルだし、朝比奈さんは天然なところがあって危なっかしい。
「一方、頼れるって意味で【セレスさん】や【大神さん】、【戦刃さん】も捨てがたいんじゃないかしら?」
 セレスさんは時々恐ろしいまでのキャラでみんなを引っ張ってくれるし、大神さんや戦刃さんは体力面でも本当に頼りになる。
「【江ノ島さん】や【腐川さん】だってファンクラブがある程の人気だって聞いたわ」
 今時、ファンクラブなんてあるんですか?
 まあ、確かに江ノ島さんはカリスマモデルだし、腐川さんも喋らなければ十分可愛いだろう。
「誰なのかしら、苗木君の【好きな人】は?」
 だけど……どうもピンとこない。
 彼女達は、何処か遠いのだ。
 超高校級の彼女たちと、極々普通の高校生である僕。
「……眩しいんだよね」
「……そう」
 僕には、ちょっと眩しすぎる。
 僕はこれまで、普通の人生しか送ってこなかった。
 それを知って彼女達がどう思うのかが、怖いのだ。
 退屈だと思われるか、無駄だと思われるか、残念だと思われるか。

「そうね、でも、彼女達は問題なく受け入れてくれると思うわ」
 そういって、霧切さんも苦笑いを浮かべる。
 この展開は考えていなかったのだろう。珍しくちょっと焦った様子だ。
 そういえば、霧切さんは彼女自身を選択肢に入れなかった。
 いつも通り一歩引いたところから僕たちを見てるのだろうか。
「霧切さんは、何で僕の好きな人を知りたいの?」
「そ、それは……今後、私の捜査を手伝ってくれるあなたの好きな人が、犯人に狙われないとも限らないからよ」
 論破するまでもなく、霧切さんの言葉は嘘だと分かった。
 声は震えていたし、目は逸らしている。
 そんな彼女が愛おしいと思ったのは、いつからだろうか。
 霧切さんの捜査を手伝っているとき?
 霧切さんとよく話すようになったとき?
 霧切さんと初めて話したとき?
 霧切さんを初めて見たとき?
 分からない、でも、いつの間にか僕は――。
(“言弾:霧切さん”を入手しました)
「僕が一番好きな人は――」
 それは何処からきた感情だろうか。
 羨望か、連帯感か。
「【好きな人】は?」
 そうじゃない。
 もっと、言葉では言い表せない何かから生まれた感情だ。
 長く伸びた髪とワンポイントの三つ編み、瞳に真実を見つめる光を溜め、手には悲しい思い出を手袋で封じ込んでいる、一番僕を必要としてくれる女の子。
「(言弾:霧切さん)――霧切さんかも、しれない」
 好きという感情がこれで正しいのなら、僕は彼女が好きなのだろう。

 一方の霧切さんは、一瞬、ぽかんとした後、凄く困ったような表情を浮かべた。
「そういう冗談はよろしくないわ、苗木君」
「いや、冗談じゃないんだよね」
 今の一言で動揺したのが手に取るように分かった。
 いつもは見られない一面、といった感じか。
 なるほど、先人の言うとおり、それには恋するだけの魅力がある。
 困った表情に若干の笑みが混じる。どうやら僕は嫌われてはいなかったようだ。
「いや、でも、そんな……」
 照れているのだろう、だんだんとその顔に朱が差してくる。
「予想外だった?」
「ええ、完全にね」
 どこか嬉しそうに彼女は答えた。
「私も、苗木君は嫌いじゃないわ。むしろ好意を持っていると言って良いかもしれない」
 だけど、と彼女は少し表情を強張らせて続ける。
「あなたには、私よりも舞園さんたちを好きになって欲しいわ」
「え?」
「彼女たちは、それぞれの夢に向かって全力で進んでいる。そして、彼女達には支えが必要なのよ」
 何故だろう。
 何故この人は、ここまで自分を追い詰められるのだろう。
「苗木君、ここまで言えば分かるわね?」
 何故もっと、自分の幸せを望まないのだろう……。
「ごめんなさい、変なことを訊いて。私、そろそろ帰るわ」
 霧切さんは、そう言ってそそくさと勉強道具をしまい始める。
 焦っているのだろう。手が若干震えている。
 僕は彼女に何も声をかけなかった。いや、かけられなかったのだ。
 何と言えば良いのか分からなかった。
 否定すればいいのか、肯定すれば良いのか、でも――。
 そう考えているうちに、霧切さんは鞄に勉強道具をしまい終えていた。
「また明日、苗木君」
 それだけ言って、逃げるように教室を出て行ってしまう。
 彼女が見えなくなってから、大きくため息を吐いて椅子にもたれかかった。
 窓の外はいつの間にかザアザアと雨が降り始めていた。
 そういえば、天気予報が嵐が来ると告げていたはずだ。成る程、みんながそそくさと帰るわけだ。

 僕は霧切さんを――。
 ・追う
 ・追わない


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