誇りと感情

他人とは深くかかわらない。なぜなら無駄な感情を抱いてしまうから。
「霧切ちゃん!ドーナツ・・・違う、お昼一緒に食べようよ!」
クラスメートが今日も話しかけてくる。
「ごめんなさい。気持ちだけ受け取っておくわ」
クラスメートは残念そうに「そっか・・・じゃ、また今度ね!」と言い、いつもの友達の集まりに入っていく。
そう、これでいい。
探偵に無駄な感情は命取りとなるから。
かといって断りを入れたこの教室にいるのも心地悪い。
(まだまだ・・・ね)
そう思いつつ霧切響子は教室を出て行く。
すれ違い間際に会ったクラスメート――短い黒髪に鼻の辺りにそばかすがある、とても無口な少女。
いつも彼女からは死のにおいがする。そして、自分と同じ超高校級の「何か」と明かしていない彼女。
似ている、いや、何かが決定的に違う。それが何かは分からないけれど。
ただひとつだけ分かることがある。彼女と自分は決して関わりあう存在ではないことだと。

昼食の断りを入れたのもやはりお腹は空いている。
購買部に行こうかと思ったとき、微かに違和感を感じ、その正体もすぐに分かった。
(開いてる・・・)
関係者以外立ち入り禁止の赤い扉が微かに開いていたのだ。
好奇心―それが探偵だからなのか、やはりだたの一人の人間だからなのかは分からないが―
霧切は気配を隠し息を潜めながらその扉を覗く。
「・・・っ!?」
そこにいたのは
会うべき相手 学園長
クラスメート 苗木誠
だった。
何故学園長が?何故ここに?何故苗木誠が?何故ここに?何故、何故
何故苗木誠が学園長と二人きりで隠れるように会って、お互い笑顔で話している?
疑問だけが霧切の中で増幅していく。
理解できない状況に霧切は混乱するばかりだった。
「・・・っはっっ!」
息苦しくなり、霧切は慌てて女子トイレに駆け込む。
幸い誰もいなく、霧切は気持ちを落ち着かせるためにハンカチを水に濡らし頬に当てる。
(・・・ひどい顔)
鏡に写る自分は顔色が悪く目が潤み、髪が乱れていた。
いつ何があっても冷静に。そう思っていたのに。
いざとなればこんな有様だ。
自分が嫌になりつつ、先程の状況を整理する。
と思ったが、まだ混乱しているのか頭が思うように働かない。
ただ、自分がやるべきことは一つある。
(これだけは・・・成功させる)

「き、霧切さん。め、ずらしいね、霧切さんが用があるってさ・・・はは」
放課後、苗木誠を植物園に呼び出し、あらゆる手段を使って白状させようと思っていたのだが・・・
(そうも怯えるものかしら・・・)
一応脅迫用として巨大花の近くに連れてきただけなのにこれはやりすぎたか・・・
と思いつつも霧切は気にせずに訊ねる。
「私が聞きたいのはただ一つ。苗木君、あなた昼休みに何してたの?」
「え?」
「誰かと話していなかった?あの場所で」
観察眼によって感じた変化。
「な、んの事かな?ボクは【赤い扉の場所】なんか行ってないよ」
「あら、私は『あの場所』としか言っていないわ。
でも苗木君は今『赤い扉の場所』といったわね。誰もそこだなんて言っていないのに。」
すると苗木はしまった、どうしよう、やばいよ、どうしたらいいんだ、という表情になる。
(・・・分かりやすすぎるわ)
そう思いつつ霧切は続ける。
「苗木君は昼休み、赤い扉のところで誰かと話していたわ。その人物はどうしてあなたと話していたのかしら?」
「ど、どうしてって・・・霧切さんは・・・」
「何?」
「霧切さんはどうしてそんなにムキになってるの?」
「っ・・・?」
ムキに?私が?感情的に?
「・・・ムキになってなんかいないわ」
「けど・・・。もしか、・・・いや」
何故か苗木は迷う表情になり、意を決したように口を開く。
「霧切さんの言うとおりだよ。ボクは昼休み、赤い扉の場所で学園長と話をしていたよ。」
学園長―その単語に反応してしまう。
「えっと・・・霧切さんがなんでそんなに怒ってるのか分からないけど」
「怒ってる・・・?」
「それに・・・泣きそうな顔してる」
そんなこと、と言いかけた時、胸が痛くなった。
(なんで・・・)
あんな人に対して感情なんか持っていないはずなのに。ただ会って絶縁を言い渡すだけなのに。
「・・・そのさ、詳しいことは明日の朝、図書館で話すよ。・・・いいよね?」
今すぐ知りたい、けれど、苗木誠の言うとおりにするしかない。そんな気がした。
「分かったわ、・・・明日の朝6時30分に図書室で待ってる。・・・必ずよ。」

夜、霧切は自室にいた。
行儀は悪いと思いつつも、ベットに仰向けになって推理小説を読む。
コーデリア・グレイ―何故か幼いときから好きな探偵の一人だ。
好きになった理由は覚えていない。ただ、好きだった。
「・・・はぁ」
読んでいても目が滑る。内容がまったく頭に入らない。
時計をちらりと見る。深夜1時27分。
早く明日になれ・・・そう霧切は強く願う。
ただ、遠足を楽しみに待つ子供のような無邪気な願いではなかった。

翌朝、6時。
結局昨夜はまったく眠れなかった。霧切は自室を出、足早に図書室を目指す。
約束の時間よりも30分も早いのは承知だが、自室にいる気分でもなかった。
ただ、早く真実を知りたい。それだけだった。
早歩きだったため少し息が上がっているが、気にせずに図書室の扉を空ける。
そこには―――学園長が立っていた。
「・・・え?」
何故?昨日の混乱をより超える混乱が霧切を襲う。
「な・・・んで」
「おはよう、霧切響子さん」
低く、大きく、優しい声。変わらない大好きだった声。ずっと追いかけていた声。
「おと・・・」
「朝、早いんですね。まだ6時過ぎですよ」
とやさしく微笑む。まるで他人に接するように。
「・・・はい、おはようございます。『学園長』」
すると学園長は少し悲しそうな微笑みになる。
その変化に気づき、霧切は眉間に皺を寄せる。
「霧切さん、学園は楽しいですか?」
本当に心の底から心配して訊ねる様な声色だった。
そんなのやめて、ともう一人の自分が叫んだような気がした。
今更心配するつもり?憐れむつもり?今更・・・今更・・・
「・・・みんな親切ですよ。あなたに心配される必要はありませんから」
感情を抑えたつもりだが、口調が荒くなってしまった。
「そうですか、よかった」
とやさしく微笑む。変わらない微笑み。いつも見ていた微笑み。
「ふふ、いつも授業中に当てられたら完璧に答えるそうですね。
またいつも教室の金魚にも餌やりしてると。」
え・・・?何でそんなことをこの人が知っているの?
「・・・まさか」
苗木・・・誠?
動機や証拠はない。だけど何となくそんな気がした。
「ねえ、霧切さん。1つ聞いてもいいですか?」
「何でしょうか」
「霧切さんは、探偵の仕事に誇りをもっていますか?」
霧切は思わず学園長の顔を見つめた。
私を・・・霧切を馬鹿にしているの?そんな怒りが込み上げてきた。
「・・・学園長は探偵という存在をどう思っていますか?」
「そうだね・・・」

そういうと学園長は考え込むような仕草をし、微笑みながら言った。
「私は推理小説を幼いころからよく読んでいました。
素晴らしいと思いますよ。どれだけ本を読んでも、私なんかは探偵にはなれないけれど。
だからこそ霧切響子さん、あなたには憧れているのかもしれませんね。」
憧れている?そんな言葉を何の意味があって言っているの?
そう思いつつ霧切は答える。
「私は探偵・・・いえ、霧切という名に誇りを持っています。
私は普通の人とは違う。探偵として私は生まれ死んでいく。最初から全て決まっている。」
ただ真っ直ぐ。学園長だけを見つめて霧切は続ける。
「けれど、逃げたりしない。私は自分に・・・自分自身に誇りを持っている。
霧切の名の下に生まれた自分に誇りをもっているから。」
本当の気持ち。心の底からの純粋な気持ち。誇り――それが霧切にとっての生きる理由だった。
それを捨てたあの人が許せない。まるで自分自身を否定されたような気がしたから。
「強いんですね。・・・僕がいうのもなんですが、霧切さん。
少し、誰かに甘えてみるのもいいですよ」
その言葉は何故か学園長としてではなく、「あの人」として言われたような気がした。
「・・・はい」
自然に出てきた答え。
霧切が答えたと同時にチャイムが鳴った。起床のチャイム。
「では、私は仕事がありますので。霧切さん、また」
「あ・・・」
行ってほしくない、まだもっといたい、話したい、もっと、もっと―そんな感情が溢れ出る。
「学園長が好きな探偵は誰ですか」
不意に出た言葉。
学園長は足を止め振り向き、優しく言った。
「コーデリア・グレイですよ」
「っ!」
思い出す、昔の記憶。
『パパ、なによんでるの?』
『女の人が探偵の本だよ』
『えー、おんなのひとがたんていなの?おかしいよー』
『はは・・・響子にはコーデリア・グレイのような女の子になってほしいと思ってるんだがね』
『こーでりあ?へんななまえー、すきなの?』
『ああ、僕の好きな探偵の一人だよ』
『じゃあ、パパがすきならわたしもすき!こーでりあみたいなおんなのひとになる!』
懐かしくて、あたたかくて、哀しい思い出。
「・・・あ」
気がつけばそこに学園長はいなかった。
霧切はあわてて図書室を出る。
そこにいたのは―寝癖がはみ出ながらパーカーを被り、ズボンはパジャマのままの苗木誠だった。
「あ・・・ははは、お、はよう」
「・・・おはよう」
霧切は予想外の展開に戸惑いつつ、続ける。
「遅れるなんていい度胸ね。もういいわ、それじゃあ」
「えっ!?や、ちょ、まって!?ごめん!本当にごめん!奢るから!」
言わないのね、あなたが全部仕向けたことだって。
あの時赤い扉をわざと開けていたのも、学園長を図書室に呼び出したのも、全て。
「・・・ありがとう」
「え?霧切さん何か言った?」
おかしい人、と霧切は思う。
霧切は振り向き、静かに言った。
これがはじめてこの学園に来てからの偽りのない笑顔。
「苗木君のくせに生意気よ」

「霧切ちゃん!ドーナツ・・・じゃないや、お昼一緒に食べようよ!」
クラスメートが今日も話しかけてくる。
「いいわ、食べましょう。誘ってくれてありがとう。」
クラスメートは一瞬驚きの表情を見せながらも、すぐに笑顔になる。
霧切は微笑みながら後ろを向く。
「戦刃さん、あなたもどう?」
「・・・え?」
後ろの席に座るクラスメート。関わりあう存在ではないとおもっていた人。
いや、この学園に人達と関わりあうことなんてないと思っていたけど。
「そうだよ!せっかくなら女子みんな集まって食べようよ!」
「むくろー、強制同行だかんね。女子会開いちゃったり!」
「ふむ・・・女子会とは・・・何だ?」
「えっとですね、女の子だけが集まって食べたり飲んだりしながらおしゃべりすることですよ」
「女子会だと!?ならば我々も男子会というものを開いて対抗するぞ!男子は絶対入会だ!」
「面白そうじゃねえか兄弟、入るぞ!」
「ボ、ボクも入るよ!」
「はぁー?そんなむさくるしいのには入りたくねえよ!」
「お、俺本当は葉隠ヤスコっていう名前で・・・」
「ヤスコ・・・ヤス・・・ちらっ」
「うふふ、何でこっちを見やがるんですか山田君」
「くだらん・・・俺は不参加だ」
「わ、私も不参加よ・・・び。白夜様の会なら考えてあげてもいいけど・・・」
「あはは、みんな元気だなぁ」
少しだけなら―あの人の言葉を借りて言うのなら―甘えてみてもいいかな。
あの人のことを許したわけじゃない。まだ話したいこと、言いたいこと、いっぱいある。
けれど、何か。あの人に出会えたことで何かが軽くなったような気がした。
かといって忘れたりするものじゃない。ずっと、大切なもの。
(ありがとう)
霧切は確かに思う。この平和な時がずっと続くように。
このクラスメートたちと一緒にいたい―と。


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