「苗木君、コンパス持ってないですか? あとものさしも」
「コンパス? ものさしはあるけど、コンパスは……あ、あるや。はい、舞園さん。でも何に使うの?」
「私じゃなくて、苗木君にお願いしたいことが。ええ、まず1センチの線と2センチの線を書いてください……はい、そうです。
それで、今度は1センチの円と2センチの円を、そのコンパスで……ありがとうございます。ね、わかったでしょ?」
「どういうこと?」
「つまりですね、直線だと気にならない小さな差でも、円にすると誰の目にも明確なほどにその差が」「黙りなさいこの狸女」
使わないコンパスなんか、とっとと捨てておけばよかったと思う。
梅雨が明けようとしていた。ここ何日か耳にしていない雨の音を少しだけ名残惜しく思った、ある休日のこと。
昨日ようやく乾いたお気に入りのパーカーを着こみ、久しぶりに傘も持たず登校したボクを出迎えたのは、笑顔の眩しい舞園さんと仏頂面の霧切さんだった。
「あら、妬みですか霧切さん。それとも僻みですか? いいんですよ隠さなくて。私エスパーですから」
「黙りなさいと言ってるでしょう。早くその口を閉じないと私の手袋にどうしてこんなに沢山鋲が付いてるのか知る羽目になるわよ」
「どうぞ教えてくださいな。それで目の前の数字がひっくり返るのならいくらでも」
「くっ、この……」
ほらほら、と何故か目いっぱい胸を反らす舞園さん。その仕草がカンにさわったのか、霧切さんは近くにあった雑誌で叩こうとする。が、かわされた。
なんだこの二人。
「………うん、雑誌?」
霧切さんが持っていた雑誌をこちらへと放る。多分、何度も読むかしてクセがついていたのだろう、受け止めた拍子にページが開いて鮮やかなグラビアが
ボクの目に飛び込んできた。
――『今年の夏はコレでキマリ! 水着選び10のポイント』
「苗木君、私はくだらないと思うのよ。メディアに踊らされて右へならえ左にならえで。ばかばかしいったらないわ」
「それは違いますよ霧切さん。海があれば泳ぎに行くし、梅雨が終われば夏がくるものです。議論のすり替えですよ、それ」
「生意気ね……たかだか1センチの差如きで……!」
「1センチ? さっきから、なんなのそれ」
ぐりん、と。視線がボクの方へと集まる。ご丁寧に効果音付きで、示し合わせたように身体ごと振り向く二人である。
「わかってます。苗木君はおっきいのが好きなんですよね? 言わなくていいですよ私エスパーですから」
「苗木君を誘惑しないでこの色魔。わかってるわよね苗木君。……事情? 言うわけないでしょう察しなさい。言わずとも理解しなさい」
「わかるわけないでしょう苗木君はエスパーじゃないんですよ。ね、苗木君。この、白いビキニよりこっちの青いのですよね? 勿論わかってますとも」
きゃあきゃあと騒ぐ二人は憎まれ口を叩きながらもどこか楽しそうで、傍観者であるところのボクも微笑ましい気分になってうんごめんなさい嘘つきました。
「舞園さん、アナタ少し苗木君に近」「嫉妬ですねジェラシーですね。わかりますよエスパーですものかーわいー」「やかましい」
――ああもう。
ボクなんかでこの二人が止められるはずもない。説得も仲裁役も早々に諦めて、ボクは、
「あ、逃げた!」「話は最後まで聞きなさい」
パーカーのチャックを全部閉じた。
最終更新:2011年07月15日 16:49