エピローグSS1:『自分よりリアクションの大きい人間を見ていると、なんか冷める』
さて、翌日のことである。
昨日あんなことがあった上でアレだけど、寝覚めはかなり良かった。
久しぶりに、ぐっすりと寝られた気がする。
中途退学の件は、とりあえず保留ということにしようと、自分の中で決めた。
学園長には話を聞いておくけど、それだけに留める。
『もし中退するのだとしても、出来る限りわたs…周りの人に、相談しなさい』
霧切さんにもそう約束させられちゃったことだし。
まいったな、と、僕はひとりごちる。
どんどんと、彼女との約束事が増えていく。
そのうち約束でがんじがらめにされて、動けなくなるかもしれない。
…まあ、それはそれで、と思ってしまうあたり。
彼女に限定して、僕はマゾの気があるのかもしれない。
本人に言ったらドン引きされそうだけど。
と、そんな気持ち悪いことを考えながら、教室の扉をカララと開いた。
「…!」
「おっはよ、苗木ぃ!」
「あ、苗木君!」
「おはよ、朝日奈さん、舞園さん」
「…」
「あ、霧切さん、おはよう…? どうしたの?顔が赤いけど」
「…苗木君、もしかして今日は体調が悪いんじゃない?悪いわよね?
大変、顔色も悪いし熱があるわ保健室に行きましょうそうしましょう」
「ちょ、え、ええ!?」
「ちょっと霧切さん、どいてください!苗木君!これ!どういうことですか!?」
そう言って彼女が突きつけたケータイの画面には。
「あー…」
案の定、それが映し出されていた。
「だから、舞園さん…誤解だと言っているでしょう」
「霧切さんには聞いてません!誤解って何ですか!?」
「…聞いてるじゃない」
「もう、これ!付き合ってる男女の修羅場的な、そういうアレじゃないですか!何なんですか!」
「違うわ…違うわ、それは…そう、苗木君を使って、バックドロップの練習を」
「バックドロップの練習をして、胸を押し付けているんですか!?」
「ち、違う!」
「くぅう…!苗木君、私もバックドロップの練習したいです!いいですよね!?絶対霧切さんより大きいし、柔らかいですから!」
「ちょっと、それどういう意味…!?」
「ぺったんこは黙っててください!」
「それは違うわ!あなたみたいに無駄に大きくないだけで、ちゃんとそれなりにあるの。ねえ苗木君!?」
「…」
「あ、どこ行くんですか、苗木君!」
「苗木君、待ちなさい!話は終わってないわ!」
――――――――――――――――――
「あっははー、修羅場だね、苗木!」
「よ!リア充!」
「誠氏ねですぞ」
「…あの写真撮ったの、桑田君でしょ。山田君のカメラまで借りて」
「げ、ばれた?」
「うん、なんか写真がチャラかった」
「は!?」
「で、広めたのは朝日奈さん」
「あっはは、ばれたかー。さすがは超高校級の探偵の彼氏、ってとこ?」
「あ、写真のデータ貰っていいかな」
「…苗木誠殿は、あまり動じてませんな。リア充の余裕か。爆発しろ」
「ね、つまんないの」
「まあ、ね」
エピローグSS2:『勉強の出来る人間が、勉強を教えるのも上手いとは限らない』
「…違う、これは女性名詞じゃなくて複数形」
「うん、と…die…?」
「わからなかったら、ちゃんと辞書で調べなさいと言ったでしょう」
その日の放課後。
苗木君とやってきたのは、学園から二駅離れた図書館。
「うぇ…分かんないよ…」
「じゃあ今理解しなさい。あのね、私だって最初から外国語が出来たわけじゃないんだから」
「そうだぞ、苗木君!学問とは、繰り返しと積み重ねからなるものだ!そしてそこはnじゃなくてmだ!」
「この俺の貴重な時間を割いてやってるのだ、感謝しろ…だからそれは疑問詞じゃなく関係節だと言っただろう!低能か!」
…残念ながら、二人きりではない。
私一人では、カバーできる範囲に限界があるからだ。
いや、まあ、むしろ二人きりだったらそれはそれで、私が困るんだけれど。
彼の気持ちを考えずに怒りをぶつけ、中退を辞めてくれと駄々をこね。
挙句寂しいからと、背中から抱きついてしまった。
あんなことしてしまって以来、まともに彼の顔を見れないんだから。
「…少し、休憩にしましょう」
きっかけはあの写真の言い訳に、私が他の皆に彼の悩みを相談したことだ。
誰一人、彼の苦悩を理解しようとしない人は、いなかった。
『水くせえじゃねえか…悩んでるなら、言えばいいのによ』
『き、気に食わないわね…苗木のくせにっ…一人で、勝手に背負いこんで』
みんな、彼をこの学校に留まらせるための対策を、真剣に考えた。
それだけでも、彼がこのクラスにおいて、どれだけ大きな存在だったかが分かる。
それから、この勉強会が開かれるようになった。
この学校生活を有意義なものにするために、この環境を最大限に活かす方法。
それは、周囲の人間の長所を、少しずつ自分のものとして吸収していくこと。
完全なコピーは出来なくても、それだけで十分、彼の今後の人生で強みになるはずだ。
例えば、私は語学と海外の文化。石丸君には学業全般を、十神君には授業の範囲を超えた教養を担当してもらっている。
戦刃さんと大神さんに体を鍛えてもらい、朝日奈さんや桑田君にそれぞれ運動を任せ、身体能力の活性化は万全。
舞園さんや江ノ島さんからは、ファッションセンスや流行を学ばせている。
他にも、パソコンに強いプログラマーに、絵画の天才に、集団をまとめるカリスマの塊。
心理戦に強いギャンブラー、筆達者な文学少女。
…まあ、ごく一部、教えてもどうにもならない不可思議な才能を持つ人間もいるけど。
超高校級の高校生が師となるんだから、これ以上心強いものがあるだろうか。
苗木君はすぐ弱音を吐いたけれど、『止めたい』とは言わなかった。
そして。
超高校級の平凡、だなんて誰が言ったのか。
彼は驚くべきスピードで教わったことを飲み込み、自分のものにしていった。
もちろん、その分野の生徒には遠く及ばないけれど、それでも一般人のレベルからしたら大したものだ。
それは、明らかな『才能』であり『異常』。
彼は多分、『超高校級の幸運』なんて陳腐な言葉で終わらせられない、何かを持っている。
それが何かは、まだ分からない。
彼の隣を歩いていくことで、その正体もいつか見えてくるだろうか。
「…そこは女性名詞よ。何回言わせるの」
「ごめんなさい…」
「綴りが違うぞ、苗木君!そこはsが二つだ!」
「うう…」
「適当に訳すな…その文章は疑問文だ、犬でもわかるぞ」
「犬は…無理だと思う…」
エピローグSS3:『ペットは飼い主の意思を理解していても、飼い主はペットの意思を理解していない』
マコである。
性別は雄。人間年齢にして約20歳。
ほんの数か月前までは、別の名前で呼ばれていた。
今僕がいる場所では、マコと言うのが僕の名前らしい。
前のご主人は、どこかに行ってしまった。
いつ帰ってくるのかは分からない。
それまではこの建物が僕の家で、ここに暮らす人たちが僕のご主人だ。
――――――――――――――――――
「おーい、マコ…あ、いた」
『お帰り、ご主人』
アンテナ頭のご主人。割と背は小さくて、ぱっと見は冴えない。
僕を最初に拾ってくれたご主人である。
ご飯もくれた。見た目は冴えないけど、素晴らしい徳のある人だ。
尊敬している。
「マコ…うーん…今更だけど、なんか自分の名前を呼んでるみたいで、恥ずかしいな」
僕の『マコ』という名前は、このご主人の名前を取って付けられたようだ。
『僕はご主人の名前を貰えて、誇らしい気持ちですよ』
「ん?ああ、ゴメンゴメン、ご飯の時間だよね」
『催促したわけではないのですが。まあ、くれるというのなら、ありがたく頂いておこうかなという所存でありまして』
「はは、尻尾振って喜んじゃって…ちょっと待っててね」
『ご主人、ここ最近落ち込んでいたようですけど、もう大丈夫なのですか』
「わかった、わかったって」
『元気そうですね。それはよかった』
丸い皿の上に、円柱状の肉と、水が用意される。
前のご主人が与えてくれた餌と比べれば、かなり質は劣るが、貰える立場で文句は言えない。
「…美味しいか?」
『(今食べているので返事ができません)』
「…あ、そうだ」
目の端に、ご主人が革の鞄を漁る姿が見える。
なにやら紙の束をぺらぺらと捲り、そして小難しい顔をして読み上げる。
「ヴぃ…ヴぃー、はいせん、じー?」
『…』
「…ヴぃ、はいせん、ずぃ?」
時々この人の考えていることはよくわからない。
「…やっぱ、犬にはわからないよな」
なにやら納得したようで、その紙の束を戻してしまう。
うーむ、どう反応すれば正解だったのだろうか。
「…さて、そろそろ休憩終わりか。また来るよ、マコ」
『お待ちしてます』
――――――――――――――――――
アンテナのご主人が去ってしまって、数時間。
時々、他のご主人も僕の相手をしてくれる。
目が怖いご主人は、よく撫でてくれる。どうやらアンテナ頭のご主人と、仲が良いみたいだ。
あごひげのご主人は、よく遊んでくれる。ただ、なんというか香水臭い。
もじゃもじゃのご主人は、よくわからない。でもご飯は恵んでくれるし、腹巻を貸してくれる。
ポニーテールの御主人は、柔らかい。舐めても怒らない。時々うるさい。
筋肉のご主人は、逆に硬い。この人も、舐めても怒らない。だけど力が強くて、撫でられると痛い。
三つ編みのご主人は、なんか臭い。吠えると怯えられるけど、彼女の知識のお陰で僕は満足に暮らせている。
眼鏡のご主人は、なんか偉そう。たぶん、実際に偉いんだと思う。まあ、悪い人ではない。
白いご主人は、かなりうるさい。どうやら他のご主人からも、うるさがられているみたいだ。
リーゼントのご主人は、意外と優しい。見た目は怖いけど、全然怒らない。
小さいご主人は、すぐ泣く。たぶん、僕より弱い。僕が守ってあげなきゃ。
丸いご主人は、美味しそう。ダイエットだと言って、よく散歩に連れて行ってくれる。
ぐるぐるの御主人は、僕をからかう。あと、アンテナのご主人もからかう。時々怒る。
ツインテールのご主人は、舐めると怒る。あと、舐めてもなんか化粧っぽくておいしくない。
そばかすのご主人は、前に食べられそうになった。怖い。
僕は基本的に一人だけど、色んな人が遊びに来てくれる。
だから、退屈はしない。
みんないい人だ。
でもやっぱり、僕は中でもあの二人のご主人が好きなんだ。
――――――――――――――――――
「…マコ、おいで」
『お帰り、ご主人』
手袋のご主人が僕を呼んだので、僕はそちらに駆けて行った。
手袋のご主人は、最初に僕を見つけた人だ。
あの時はそのまま通り過ぎて行ってしまったけれど。
とても物言いたげな目をしていた。
もしかしたらアンテナのご主人よりも、優しい人である。
そして、アンテナのご主人が、たぶん一番大切に思っている人でもある。
アンテナのご主人いわく、僕がここに住めるようになったのは、手袋のご主人のお陰だそうだ。
でも、怒ると恐い。
「…まったく、あれくらいの日本語訳で、どうして3回も間違うのかしら」
『またアンテナのご主人が何かしたのですか』
手袋のご主人は、時々ここに来て、僕を撫でながら愚痴る。
内容はほとんど、アンテナのご主人のことだ。
『元気出してください、ご主人』
僕は彼女の頬や首を舐める。
「…ちょっと、マコ。くすぐったいわ」
満更でもなさそうだ。
アンテナのご主人の前で舐めると、すごく怒られる。
なぜかはよくわからない。
「マコ、お手」
『はい、ご主人』
「マコ、お代わり」
『はい、ご主人』
「マコ、ちんちん」
『はい、ご主人!』
「…そう言えば、雄だったわね」
『…恥ずかしいのですが、ご主人』
この芸に何の意味があるのかは分からないけれど。
ちゃんと言うことを聞くと、時々クッキーを貰える。
「…彼はまだ、この学園が苦手なのかしら」
『…』
手袋のご主人は、誰かと来るとあまり構ってくれない。
けど、一人で来ると、僕をよく撫でて、よく話してくれる。
「ねえ、マコ…あなたのご主人は、やっぱり私のこと…」
『あなたもご主人ですが』
撫でている間は、アンテナのご主人の話ばかりだ。
アンテナのご主人と一緒にいる時は、つまらなそうな顔をしてみせるのに。
そのくせ、二人ともお互いに一緒にいる時が、一番楽しそうで。
人間の考えることは、よくわからない。
ふと、アンテナのご主人の匂いが近付いてくる。
そういえば、さっき「また後で」とか言っていたっけ。
「…苗木君も、あなたくらい素直だったらいいのに」
『あの、ご主人。そろそろ止めといた方が』
「こっちが素直になったと思えば、すぐふざけるんだから」
『ご主人、あの、アンテナのご主人が来ますから』
「…ああやって茶化されなければ、もう少し抱きついていられたのに」
『ご主人…まさかわざとやってませんか』
「…着やせする、とか…見たこともないくせに」
『ご主人、もう真後ろにいます。丸聞こえです。もうそろそろ止めておいた方が…』
「聞いてるの?マコ。あなたのご主人の、セクハラアンテナ野郎のことよ。
人のスカートの中を覗いたり、胸を押し付けられて喜ぶ、ラッキースケベなのよ。
いつ見られるか分かったものじゃないから、こっちは下着を選ぶのも大変なんだから。
む、胸だって…あまり大きくないの、気にしてるのに…あんなこと言うし。
私にセクハラするだけならまだ、まあ、許してあげないこともないけれど。他の女子に同じことをやろうものなら――」
『ああ、どうか、アンテナのご主人。空気を読んで…って、ダメですね。
子どもがいたずらする時の、愉快犯の目をしていますね。
もう僕は知りませんよ。あとは二人でいちゃいちゃしててください。
夫婦喧嘩は、犬だって食べないんですからね』
「どうしたの、マコ?何をそんなに、吠え、て……」
終われ
最終更新:2011年07月15日 17:04