女の子・1

 それが気になったのは、いつ頃からだろうか。


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 弾丸論破 ナエギリSS 『女の子・1』
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「えっと…親子丼」
「ハンバーグプレート、ポテトサラダとライスを大盛りで。あとコーンスープ」


 …念のため言っておくと、前者が僕の注文だ。


 いや、これでも食欲旺盛な男子高校生。
 今日はたまたま、懐の経済事情が厳しいので、量の割に安い丼ものを頼んだというだけ。

 仮に僕が、値段やカロリーを気にせずに後者の注文をしたとて、誰が咎めるだろうか。


 そう、問題点はそこである。
 僕が頼めば、なんの違和感もない、そのハンバーグプレート大盛り。

 注文したのは、僕の隣で凛と佇む、細身の少女なのだ。


 隣に並んでいる男子が、マジかよと言わんばかりにこちらを見ている。
 マジである。


 此方におわします『超高校級の探偵』霧切響子さん。
 彼女は、大の男が食べるような量のご飯を、涼しい顔をしてペロリと平らげてしまうのである。


―――――


『隣、いいかしら』
『あ、うん。喜んで』

 そう言って、彼女と昼食を共にしたのはいつが最初だっただろうか。


 最初はなぜか、気にならなかったのだ。
 モリモリと食事を口に運んでいく彼女の姿が、やけに自然というか、絵になっているというか。

 しかし、他の女の子の昼食や、周囲の反応を見て、少しずつ僕も違和感を感じるようになっていった。


 大食い、という言い方では品が無い。
 霧切さんは、すごい…こう、すごい食べる人だ。

 自分のボキャブラリの無さは、考え出すと悲しさが溢れだすから、まあ目をつぶるとして。


 当然ながら混雑している昼食時の食堂は、相席を余儀なくされる。
 それなら、誰とも知らない相手と気まずいランチタイムを過ごすより、顔見知りのクラスメイトの方がマシだ、と。
 そんな理由で、食堂で顔を合わせれば、僕達はどちらからともなく互いに隣り合うようになった。

 クラスと寮が同じと言うだけの、僕と彼女の接点なんて、その程度だ。
 そもそも住んでいた世界が違うんだし。


―――――


「いただきます」
「いただきます」


 互いに手を合わせ、自分の昼食に手を伸ばす。

「…」
「…」


 双方無言。

 ただ黙々と行儀よく、食器の鳴る音だけが二人の間に響く。


 僕と彼女のランチタイムはこんなものだ。
 会話が弾む時もあれば、互いに一言も発せずに終わる時もある。

 霧切さんが話題を切り出すことも時々あるし、僕から何か尋ねれば、例外なく彼女は反応を返してくれる。
 最初の頃は沈黙が痛くて、必死に会話を繋げようとどうでもいい話を繋げて繋げて。
 けれど最近は、この沈黙にも慣れてきた。

 慣れては来たのだけど。


「…」

 やっぱり、せっかく一緒に食事を取っているんだし、話はしたい。

 それは、彼女が持つ『探偵』という性質のせいなのだろうか。
 一度霧切さんが沈黙すると、こちらから話題を切りだすのに酷く緊張させられるのだ。
 直接拒まれたことはないけれど、霧切響子と言う人間に踏み込むのは憚られる。

 それは、砕いていうなら、絡みにくいとかそういう言葉になるのだろう。

 つまるところ、僕はまだ彼女のメールアドレスすら知らずにいるのだ。

 そして、例えば他の友人たちのように、一緒に帰ったり、どこかに出かけたりという所までは望まなくとも。
 もう少し彼女とも親密になりたいな、なんて思っていたりするのだ。



「…、と」


 何か切り出すきっかけを探して、僕はまた彼女が食べる様に目を向けた。



 希望ヶ峰学園の学生食堂は、かなりレベルが高い。
 購買もあるのに昼食時に混雑するのは、それが理由だったりする。

 彼女が食べているハンバーグプレート一つにつけてもそうだ。
 その重厚感たるや、思わず『ファミレス!?』と突っ込んでしまいそうな質とボリューム。
 それにコーン、ポテト、ブロッコリーに人参のグラッセと、付け合わせも豊富。
 本格的にも、熱した鉄板に乗せられてくる。

 まあ、普通の女子高校生が昼から頼むような料理じゃない、と思う。


 そして、そんな肉々しさたっぷりのハンバーグプレートを、
 ひょい、ひょい、と、かなりのハイペースで、霧切さんは口の中に押し込んでいく。

 不思議と粗野な感じはしない。
 驚くほど丁寧な所作で、肉を切り分け、フォークの背にライスを乗せて、口に運んでいく。
 あくまでテーブルマナーに乗っ取ったその食事は、むしろ上品なものに感じてしまう。



「…苗木君」


 と、彼女に名前を呼ばれて、ふと僕は我に帰る。

 霧切さんはいつの間にか手を止めて、ジト目で僕のことを見ていた。


「そんなに見られていると、食べにくいわ」
「あ…そうだよね、ゴメン」
「謝る必要はないけれど。私の顔に何か付いていたの?」


「――いや、よく食べるな、と思って」


「…」


 二階級特進。

 そんな不穏な単語が、頭をよぎった。



「…あ、いや、その…」

 馬鹿か。よりにもよって、女の子に面と向かってそんなこと。
 せめて、もう少しオブラートに包んだ言い方だってあるだろうに。
 どうしてこういう時に気が利かないんだ、僕って男は。

 と、及ばざるがごとしながらも、謝罪の言葉を口にしようとして、顔を上げると。



「…そうかしら。まあ、苗木君と比べれば健啖な方だけど」


 言われた本人は、当惑するでも顔を赤く染めるでも、ましてやデリカシーの無い僕に愛想を尽かすわけでもなく。
 淡々とそう返して、また食事に戻るのだった。

「…」

 うん、まあ。彼女の言っていることはおおむね間違ってはいないんだけど。

 確かに、霧切さんが食べている量は、規格外かと問われればそうでもない。
 僕にしたって、それほど大食いと言えるわけじゃないし。
 あくまで比較して、彼女の方が量が多いという、それだけの話なんだけど。


 なんだかなあ、と頭を掻いて、僕も自分の食事に戻っていった。

 そもそも、今の発言を気にするなら、最初からあんな量を頼んではいないか。



―――――



 以前舞園さんと昼食を共にした時のことだ。

 霧切さんの量に慣れている僕は、彼女の昼食に目を丸くしたのを覚えている。


『苗木君…これ、半分食べてくれませんか?』

 言って彼女が差し出したのは、まだ手の付いていない、主菜の肉野菜炒め。
 お腹が膨れて残すのならともかく、なぜ食べる前からくれるのだろう、と僕が顔を傾げると、

『や、さすがに一度箸をつけたものを渡すわけには…いかないじゃないですか』

 と、照れ半分困り半分で笑う舞園さんの顔があった。




 いわく、最初から半分しか食べない予定で注文したらしい。
 ライスも小盛りで、サラダとみそ汁でお腹を膨らませる作戦なのだとか。

『油断するとすぐに増えるんです…!乙女の敵です!』

 なんて、厳しい目をして語っていたっけ。
 いくらアイドルとはいえ痩せているんだし、もう少しくらいゆとりのある食生活でも罰は当たらないだろうに。

 どうも昨今は、淑女たるもの小食たれ、という風潮に囚われてしまっているみたいだ。
 慎ましやかは結構な事だと思うけれど、なんだかなあ、と思ってしまう。
 テーブルマナーや淑女のたしなみも結構な事だと思うけれど。
 やっぱり、残さず美味しく好きなだけ食べることが、料理に対しての一番の礼儀だと思う。


 なので、肉野菜炒めは一口だけもらって、後は丁重にお断りして、
 お返しに、えび天重のえびを一匹丸々、半ば無理やりに食べてもらったっけ。

『うう…恨みます、苗木君…』

 そう言いながらもえび天を頬張る舞園さんは幸せそうで、思わず頬が緩んだのだった。



―――――



 さて、それから見ればもう一方。

 こちとら何の躊躇いも無く、『男子の前で』『豪快な肉料理を』『大盛りで』頼める女傑である。
 この学園で同じことができるのは、後は水泳少女くらいじゃないだろうか。

 誤解のないように付け加えると、当然僕はそれを否定しているわけじゃない。
 むしろ、彼女がそうやって食べている様子は、見ていて気持ちがいいほどだ。

 一緒に食事をしていれば、思わず釣られてこちらの食も進むほど。


 前述の通り、希望ヶ峰学園の学食はレベルが高い。
 その中でも、とりわけ根強い人気を誇るのが、この親子丼である。

「ん…」

 一掬いして、口に。

 卵の半熟具合はもちろんのこと、塩ベースのタネに出汁の風味が効いている。
 炭火で焼いて旨みを閉じ込めた大ぶりの鶏肉と長ネギに、口の中で広がるしめじの香りのアクセント。
 うん、やっぱり美味い。自然と顔が綻ぶ。
 これでワンコインなんだから、もう何も言い残すことはありません。

 これは真似しようと思ってもなかなか真似できないクオリティ。
 黄金比ともいえるタネの配合なんか、特に。
 これを食べられるというだけでも、希望ヶ峰学園に入学した甲斐が、……


 ふ、と視線を感じて、目を上げる。

 さっきとは逆に、今度は霧切さんが食事の手を止めて、僕をじっと見ていた。


「…あの、どうかした?」
「いえ、別に」

 いやいや、さっき自分で、食べている人を凝視するなと抗議しておいて、それはないでしょう。
 と、抗議の視線を送ってみれば、


「…苗木君、もしかして食にはかなりうるさい方なのか、と思って」


 そんな、突拍子もない答えが返ってきた。


「へ?」
「やっぱり、自分では気付いていないのね。あなたの目、すごく輝いているわよ」

 親子丼を食べている時や、私のハンバーグを見ている時も、と、彼女が付け足す。

「――っ…」

 途端に、顔が熱くなった。


「ちなみに、探偵は関係ないわよ。あなた、顔に出やすいもの」


 それは、子供のように食べ物で一喜一憂する、食い意地の張った自分を恥じてか、
 それとも、すぐ隣で微笑んでいる彼女の顔が、反則級だったからか。


「否定しないということは、図星?」

 どちらにせよ、と。
 照れ隠しに、僕は切り返す。



「霧切さんこそ、結構食べるけど…こういうのは好きなんじゃないの?」

「私?」

 尋ねれば、面喰ったように目を見開いて、それから伏せる。


「…どうかしら。娯楽としての食生活は悪くないとは思うけれど…あまりしてこなかったわ」
「どうして?」
「必要性を感じなかった、という言葉では、味気ないかしら」


 それは、うん、確かに。
 味気ないというか、もったいないというか。

 と、自分のことを語るのは思う所じゃないのだろう。
 居心地悪そうに口籠り、それから彼女は話題を戻した。


「…私のことはいいのよ。それより、あなたの話を聞かせて」
「え、僕?」
「そうよ。食事の話題を切り出したのは、あなたの方でしょう?」

 おかしなルールもあったものだ。
 まあ、確かにきっかけは僕に違いないんだけど、あれは口が滑ったというか、そんなつもりじゃなかったというか。


「それに…あなた、あまり自分のことは話さないでしょう」
「そう?それを言うなら、霧切さんだって話したがらないよね」
「私はそんなことないわ。隠しているわけじゃないもの」
「それなら僕だって。隠してるわけじゃないし」
「あら、隠してるわけじゃないなら、聞いてもいいのよね?」


 詭弁だなぁ、と思いつつ。

 ふふふ、と不敵に笑う霧切さん。
 目がきらきらと輝いているのは、多分本人も無意識の所なんだろう。


「『超高校級の幸運』の謎を解き明かす、絶好の機会ね。覚悟しなさい苗木君、丸裸にしてあげるわ」


 そもそも探偵業、知らないことを知る、というその行為がもう趣味の領域なんだろう。
 でも、せっかく目を付けてもらって悪いんだけど。

「…本当に、人に話せるような面白い話はないよ」

 僕も、あんまり気が乗らない。
 霧切さんを満足させられるような話があるとも思えないし。

「僕は、霧切さんの話を聞きたいんだけどな。外国にいた頃のこととか」
「私の話こそつまらないわ。人に話せるような面白い話はない」
「いや、だから僕も、」
「あなたの話がつまらないかどうかは、私が聞いて決めるからいいのよ」
「でも、それなら霧切さんの話だって、」
「そういえば調理実習の時も、苗木君の班だけやたらに盛り上がっていたわね」


 ああもう、なんなのこの人。

 自分のことは棚に上げて、すごいぐいぐい来る。
 こっちの言い分は、聞く耳すら持ってくれないのに。

 僕の押しが弱いせいもあるんだろうけど、どうも探り合いじゃ分が悪いようだ。
 こういう、少し強引に情報を聞きだす技術も、探偵には必要なんだろう。


 彼女の追及から逃れる術も思いつかないし、仕方なしに覚悟を決めた僕の目の前に、


 つ、と、一切れのハンバーグが差し出された。


 何事かと思って顔をあげれば、霧切さんがフォークで器用にそれを僕の器の中に入れている。
 そして、『これで満足か』と言わんばかりのドヤ顔。

 意訳、ハンバーグあげるからこっちの話に付き合いなさい。



 いや、あの。

 仮にも女の子がですね、そういう食事中のマナーというか、
 一度口を付けた食器で、男子に料理を渡すという行為は、

「…苗木君?」

 そういうの、意識しちゃうじゃないか。

「は、はい…」

 霧切さんは、ハンバーグを茫然と見ている僕を訝しげに見て、首をかしげた。
 その仕種が少しだけ子供っぽくて、いつもの大人びた霧切さんとのギャップに、さらにドキッとさせられる。

「食べないの?ハンバーグは嫌いだった?」
「いや、そんなこと…うん」

 いやいや、待て僕。
 首をかしげた、ということは、霧切さんは気づいていないか――それともなんとも思っていないのか。
 どちらにせよ彼女が気付いていないのなら、それを僕が意識するのは彼女にも失礼じゃないか。

 そう思い、いざ一口に放り込んだハンバーグは、

「あふっ!」

 先ほどまで鉄板の上にあったためか、思っていたよりもかなり熱く、
 霧切さんに、子供の戯れを見るような眼で笑われてしまうのだった。




―――――




「――じゃあ、ご両親が出張の際は、部活で帰りの遅い妹さんのために料理を作っていたのね」
「まあ、そうなるかな。うち、共働きだったし」


 焼けた石のように熱かったハンバーグも、のど元過ぎれば何とやら。
 急いで飲みこんでしまったのが惜しくなるほど、口の中には肉汁の風味が残っている。

 僕が飲み込むや否や、矢継ぎ早に霧切さんに質問責めにされて、十分弱。
 ホントにこんなつまらない男子の話の何が楽しいのか。
 へえ、とか、ふーん、とか言いながら、霧切さんは相変わらず目を輝かせている。


「今も料理はしているの?」
「まあ…暇なときとか、小腹がすいたときとかに、ちょっと」
「得意な料理は?」
「うーん…どうだろ、意識したことないかな。レシピと材料があれば、大抵のものは作れる…と思う」
「そう。煮ものとか、そういう地味…家庭的な料理が似合いそうだから、そっちかな、とも思ったんだけど」

 くす、と誤魔化すように笑う霧切さんを、僕はねめつけた。

「…今、なんか攻撃的な単語が聞こえたんだけど」
「気のせいじゃないかしら?」

 悪びれた様子も無く、彼女は僕をからかって楽しんでる。
 その笑みにあまりにも邪気が無くて、それ以上追及する気がそがれた。
 けど、と。

「…煮ものは地味じゃないと思う」


 反撃にもならないけど、ぼそりと言い返す。

 確かに時間との勝負のような料理だけれど、だからって手が抜けるわけじゃない。
 素材や作る量によって、調味料と相談が必要だ。火加減にも気を抜けないし、灰汁取りも面倒。
 味のしみ込み方や、食べる相手の年齢も考えて、具材の切り方にすら気を配る必要がある。
 そういう手間がかかるという意味では、ある意味僕の苦手な料理と言えるかもしれない。


「――だから、煮ものは地味どころか、すごく奥が深い料理なんだよ」


 と、言葉とともに、ビシッと霧切さんばりに人差し指を立ててキメて、


「…」
「…」


 その行為の恥ずかしさに耐えきれず、そろそろと腕を机の下に戻した。
 向かいの席に座っていた生徒が、何事か、と僕の方をじろじろ見ている。

 ああ、また調子に乗っちゃった、恥ずかしい。


「…だから、話したくなかったんだ」
「あら、どうして?料理の話をしている苗木君は、すごく活き活きしているわ」

 だから、だ。
 まるでいつもの自分のテンションじゃないみたいになってしまう。それは、すごくみっともないし、それに、

「…可笑しいでしょ。男が料理好きなんて」

 以前の調理実習で、僕の班が盛り上がっていた原因の半分はそれだ。
 みんなの包丁捌きの危なっかしさや、料理知識の不足さを見かねて、僕があまりにも出張ってしまった。

『うおお、千切り早えええww』
『苗木すげえ、女子よりすげえww』
『お前もう専業主夫だなww』

 彼らはたぶん、称賛してくれたんだろう。
 けれど男子にとって、称賛と冷やかしは紙一重。
 他の班からも湧いてきたギャラリー、その好奇の目に、僕は実習中延々と晒されることになってしまった。
 …あの時の恥ずかしさは、ちょっとトラウマ。

「それは偏見よ」

 と、意趣返しか、霧切さんが僕の鼻先に人差し指を突きつけた。
 やっぱりこのポーズは、彼女がやらなけりゃ様にならない。

「…念のため言っておくけれど、地味だなんて冗談よ。気を悪くさせたのなら、謝るわ」
「あ…ううん、気にしないで」

 急に霧切さんが真面目な顔になったので、面喰らってしまう。
 感情の機微に敏いのか、こういう会話の中で彼女は時々、すごく律義というか真面目になってしまうのだ。
 それは彼女の、隠れお人好しな人柄から来るんだろう。でも、今だけは少し居心地の悪さを感じる。



「――まあ、得意かどうかは分からないけれど、中華はよく作るかも」


 少し強引に軌道修正。
 料理の話題に戻すと、再び霧切さんは目を輝かせた。

「へえ…少し、意外だわ」

「そう?適当に作っても味は整うし、逆に極めようとすればどこまでも行けるから、作ってて楽しいんだ。
 小腹が空いた時にササっと出来るし、一品小物を加える時も冷蔵庫の残り物で出来ることも多いから、重宝してた。
 あと、調味料が多いのも特徴で、自分なりにアレンジが加えられるのが…って、語れるほど上手いわけじゃないんだけど」


 照れ隠しに頬を掻いて見せる。
 と、霧切さんは身を乗り出して、


「…ねえ、今度御馳走してくれない?」

 そんなことを言いだした。

「うええ!?いや、ホント人に出せる腕じゃないんだってば!」
「そんなに驚かなくてもいいでしょ。というか、味云々よりも、料理をする苗木君が見てみたいわ」
「や、やめてよ…」

 本気で恥ずかしい。
 何が恥ずかしいって、霧切さんが冗談じゃなく本気で言っている所だ。
 彼女は本気で僕に料理を作らせて、その過程を眺めて楽しもうとしている。

「ねえ、良いでしょう?材料費は全部負担するし、雑用くらいなら手伝うから」
「そ、んな、別にいいって…いや、よくないけど…っていうか、もう僕の話は良いでしょ!」

 今度はやや強引に、はっきりと話を打ち切る。
 む、と眉をひそめられたが、さんざん聞いて満足したのか、今度は大人しく食い下がってくれた。

 はあ、ようやくターンエンドだ。

 このままずっと霧切さんのターンかと思ったけれど、まだ昼休みには余裕がある。


「じゃあ、今度は霧切さんの番だよ」
「…私?」

 讃えていた微笑がふっと消えて、霧切さんが真顔になる。
 う、やっぱり迫力というか、無言無表情の威圧感というか。
 でも、僕ばかり質問されたなんて不公平だし。


「私の方こそ、人に話せるような面白い話はないわ」
「霧切さんの話がつまらないかどうかは、僕が聞いてから決めるよ」

 と、意趣返し。
 僕だって、やられっぱなしは好きじゃない。

 挙げ足とられたのが気に食わないのか、霧切さんはますます眉をひそめる。
 けれど、反論はしない。
 好きに質問してくれ、ということだろう。

「じゃ、向こうにはどんな料理があったとか、こっちと比べてどっちが好きだとか、」
「――待って」

 掌をかざして制止される。

「…苗木君。私はあなたから話を聞く時に、ハンバーグを一切れ差し出しました。わかるわね?」
「……、あ、うん。そうだよね」

 こういう所で、変にきっちりしている。

 意訳、話して欲しければなんか寄こしなさい。

 まあ、そこまで乱暴な口ぶりでもないし、せせこましい人でもない。
 たぶん彼女自身、同級生とこうやって昼食を交換したりするのを楽しんでいるんだろう。
 僕だって、さっきは意識しすぎたけれど、こういうお弁当の交換みたいなのは好きだ。

 さて、僕が口を付けてしまった親子丼を渡すわけにもいかないし。
 飲み物でも買ってこようか、と、僕がポケットの小銭に手を伸ばしたのと、


 何のためらいも無く霧切さんが親子丼の器に手を伸ばしたのは、ほぼ同時だった。


「え」


 当然のように、さっきまで僕が使っていたレンゲを手に取り、親子丼を一掬い口に運ぶ。

 ぱく。
 もぐ、もぐもぐ…もぐ。
 ごくん。

 飲み下す音が、やけにリアルに耳に届いてきた。



「…む。丼ものは味が単一で大雑把な料理だと思っていたけれど…これは侮れないわね」


 口端に付いた米粒を、ペロリと舌を出して舐め取る。
 小さな舌、柔らかそうな唇。
 レンゲと丼を返して、彼女はまた首をかしげる。



「…それで、何を話せばいいのかしら?」

 親子丼がお気に召したのか、少しだけ上機嫌な霧切さん。

 それに対して僕は、


「あ、あ…ぅ」


 返ってきた器と霧切さんを交互に見比べて、まともに言葉を紡げない唇をひたすらに動かすのだった。

 いくらなんでも、無防備すぎる。
 年頃の女の子が、男子を相手に、そういうことを躊躇なくするなんて。

 そう、注意しようとしたいのに。
 僕の頭はまともに働かず、親子丼、だの、僕の、だの、意味を成さない単語を呟いてばかり。

 それをどう勘違いしてしまったのか、


「…そんなに親子丼が惜しかったの?」

 しょうがないわね、と、お姉さんのような口ぶりで、ハンバーグをもう一切れ、丼の中に入れられる。

 そうじゃないのに。
 いや、何もそれが悪いって言っているわけじゃなくて、嫌なんかじゃなくてむしろ――って、何考えてんだ。


 霧切さんは、嫌じゃないんだろうか。
 僕がそのまま、彼女の口を付けた食器を使っても。
 彼女はさっきから全く意識していないみたいだけど、僕だって一応健全な男子高校生だ。
 そういうの、意識しちゃうし。

 どうしたの?と再三に首をかしげて――ああもう、反則だ、その仕種。
 そういう表情をされると、こう悶々としていること自体がすごくいやらしいように思えてくる。

 今からでも食器を変えてきた方がいいのか。
 それでも、霧切さんは意識していないんだから、こだわる方が失礼かもしれない。


 いや、でも、その、


「…苗木君。そのままボーっとしているのも私は構わないけれど、そろそろ昼休みが終わるわ」
「あぅ、……、…っと、うん…」

 結論。

 食堂が閉まる十分前で、彼女に諭されるまで悶々としていた僕は、
 結局彼女に質問することも敵わず、次はちゃんと味わおうと心に決めていたハンバーグもろとも、
 よく味の分からなくなった親子丼を、木製のレンゲで口に流し込むのだった。




―――――




「…まあ、三流の恋愛ジュブナイルじゃあるまいし…神聖な学び舎でそんな喜劇、繰り広げないで貰いたいですわね」
「それなんてギャルゲ?ってやつですな。で、苗木誠殿…そのレンゲ、いやさ宝具は、今はどちらに保管を?」


 翌日、食堂。
 霧切さんとは入る時間がずれたため、今日は山田君とセレスさんの向かいに座っている。
 別に昨日あんなことがあったから、意識して食堂に行くのを遅らせたとか、そんなことはない。


「…レンゲなら普通に返却したよ。食堂のものなんだから」


 昨日のアレは、一般的に見てどうなのか、と。
 第三者の意見を求めて、たまたま彼らが良い所にいたから尋ねてみただけ。


 そう、それだけなんだ。僕に罪はない。


「か、返したですとぉ!?理解できん、自ら宝具を放棄して、どうやって聖杯戦争に勝ち残るつもりかぁ!!
 こ、これが勝者の余裕…ふぉおおリア充爆発くぁwせdrftgyふじこlp;@」

「うるさいですわ」

「ぶぎゅうっ…!!せ、セレス殿ぉおお…ピンヒールはさすがに痛いですぎゃああ…ぎゃああああああ…!!」


 僕に罪はない。
 罪はないが、今度から『一般的な意見』を求める時は、ちゃんと『一般人』に尋ねるようにしよう。


「…とにかく」

 紅茶を啜りながら、セレスさんが話題を戻す。
 優雅な所作だ。
 隣で真っ青な顔で悲鳴を上げる山田君と、テーブルの下からの肉を抉るような音がなければ、尚いいんだけど。

「殿方の器から遠慮なしに料理を、しかも同じ食器を使い持っていくとは…女子にあるまじき、浅ましき行いですわね」
「…うん、隣にギョーザ定食がなければ、その女子力発言の説得力も五割増しなんだけどね」
「何か言い  黙れビチグソ  ましたか?」
「いえ、別に」

 セレスさんの副音声から耳を反らし、僕もお茶を飲み干す。

「んー…しかし、やはり苗木殿の考えすぎな気もしますな」
 と、ピンヒールから解放されたのか、山田君が会話に戻ってくる。

「ギャルゲではフラグビンビンなイベントですが…特に気にする必要もないかと」
「あら、女子の食事中のマナーに目を配るのは、殿方として当たり前では?」
「む、それはそうかもですが…苗木殿が言っているのはマナー云々ではなく、その、間接キス的なことでしょう」

 話展開がまずい方に及びそうだったので、それじゃ、と、僕は二人に礼を言い、早々に食堂を後にした。

 とりあえず二つ分かったことは、僕がいちいち気にしすぎだということと、
 一般人とは呼びがたい彼らの目から見ても、彼女の昨日のアレは、やっぱりちょっとおかしいということ。


「でも、うーん…なんか、気にせずにはいられないんだよね」


 そう独りごちて、僕は午後の授業のため、教室へふらふら戻るのだった。




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