「舞園さん、あなた苗木君と同じ中学校だったらしいわね」
お昼休みを持て余していると、霧切さんが私を廊下へと手招いた。
何の用事だろうか、と付いていけば、いつも通りの冷ややかな表情でそう尋ねられる。
「それが…どうしたんですか」
思わず身構えてしまう。
相手は超高校級の探偵。尋ねられるということは何かあるということだ。
その上、彼女が「探偵同好会」と称して、苗木君を引っ張りまわしているのは知っていた。
「同じ中学」という繋がりを持っている、私を好ましく思っていないのかもしれない。
「…誤解しないで、あなたに難癖をつけに来たわけじゃないのよ」
私の緊張に気付いたのか、ゆるやかに霧切さんがほほ笑む。
「あなたとは、むしろ…そうね、協力関係を結びたいと思っているのだけれど」
協力関係。
違和感のある単語に、思わず首を傾げる。
「――単刀直入に問うわ。苗木君の恥ずかしい秘密とか、知っていたら教えてもらえないかしら?」
「は、恥ずかしい秘密…ですか?」
そりゃ、三年間同じ中学校だったんだから。
「知らないことは、ないですけれど…」
クラスは違ったとはいえ、色々と噂話は耳に入ってくる。
けれど、なぜ霧切さんはそんなことを知りたいのだろう。
「深い理由はないけれど…まあ、純粋な興味とでもいうのかしら」
「興味、ですか」
「それと…彼が言うことを聞かなかったときに…ちょっと、ね」
冷たい目をして、口だけを微笑ませる。
そんな仕草に、ゾクリと背筋が寒くなった。
入学して初めて出会った時も思ったけれど、やっぱり霧切さんは少し怖い。
「き、脅迫…するんですか?」
「そんな物騒なものじゃないわ」
恐る恐る尋ねると、軽い調子で返される。
「でも、苗木君の許可も無しに、そんな勝手に秘密をバラしたり…」
「もちろん、タダとは言わないわ」
私の話を聞いていないかのように、霧切さんは携帯電話をいじり出す。
そして、画面をこちら側に向けながら、
「授業中にこっそり撮影した、苗木君の寝顔写真…これと引き換えでどうかしら?」
「何でも聞いてください、霧切さん!」
私の掌の返しように驚いたのか、霧切さんがビクっと震える。
そんな彼女を横目に、私は携帯画面の中の苗木君をしっかりと確認する。
机に頬杖をついたまま、明後日の方向に顔を向けている。
口端から涎の垂れる瞬間を、見事に捉えたベストショット。
ケータイの待ち受け決定である。
心の中で苗木君に詫びながら顔を上げると、若干引き気味に霧切さんがこちらを見ていた。
「…コホン。それで、どんな秘密がいいんですか?」
「え? あ、そ、そうね…」
テストで自分の名前を間違えて零点を取った話、先生を「お母さん」と呼んでしまった話。
捨て犬に給食の残りをあげて、懐かれてしまった話。
私は知っている限りの彼の噂を、片っ端から霧切さんに語る。
そのたびに彼女は、クスクスと笑ったり眉尻を下げたり。
ポーカーフェイスだと思っていた『超高校級の探偵』は、ゆるやかに表情を変える。
別に、おかしなことじゃない。
彼女も私と同じ、高校生の女の子だった。
それだけのこと。
どうして、特別な存在のように思っていたんだろう。
大人びて振舞う彼女が、いつも澄ました顔の彼女が、少し怖いだなんて。
「…ふう。ありがとう、舞園さん」
「どういたしまして」
御礼だけ告げて、無言で頬笑みを向ける。
彼女はすぐに意図を理解して、携帯を取り出した。
「えっと…赤外線で良いかしら?」
「あ、はい」
と、私も携帯を取り出して、
ふと、思いつく。
「あの……どうせなら、アドレスも交換しませんか?」
思い切って、口にする。
「…私、と?」
彼女は目を丸くして、驚いている。
ちょっと唐突だったかもしれないけど、これを逃すと次の機はないかもしれないから。
「構わないけれど…」
そういうと、再びポケットに手を入れる。
今度はお財布を取り出して、そこから切手のような紙を取り出した。
それは、おそらく仕事用の名刺。
ゴシック体で、名前の隣にメールアドレスが載せられている。
「その宛先に、メールを送って。依頼なら、三割引きで請け負うわよ」
私も予定帳の一ページを破って、そこにアドレスを走り書いて渡す。
「あなたは、いいの…?こんな一般人に、自分のアドレスを教えてしまって」
「一般人じゃ、ないです」
友達、と呼ぶのは、さすがにこの歳では恥ずかしいけれど。
「苗木君の、ヒミツの話をした仲じゃないですか」
「……そうね」
クスリ、と、また彼女がほほ笑む。
と、そこで、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
「…教室に戻りましょうか」
「あ、私午後は仕事で…」
「そう」
そっけない口ぶりだけど、
「頑張ってね」
緩やかに、微笑む。
「あ、あの! 他のヒミツも思い出したら、メールしますから!」
教室に戻っていく背中に、私は呼び掛ける。
一度だけ振り向いた霧切さんは、いたずらっぽい笑みを返してくれた。
さて、約束の苗木君の画像を要求するために、どんな文面で最初のメールを送ろうか。
最終更新:2011年09月30日 21:42