デートネタ・続き

「ここだよ、霧切さん」

 あの後スタスタと先に行ってしまう霧切さんにどうにか追いつき、改めて目的地まで先導した僕は今、霧切さんと共にある店の前に立っていた。
 駅から程近い場所にあるアーケード街。その中ほどにある、女性向けの小物やアクセサリーなどを扱うショップだ。

「意外ね。苗木君がこんな店に来たいだなんて」
「うん、実は……とある女の人にプレゼントがしたいんだ。でも僕だけじゃ良く分からないから、霧切さんとかの意見も聞いてみたくて」
「え? ……そう、そういうことだったの」

 何故だろう。さっきまで笑顔だったはずなのに、霧切さんは急に表情を曇らせて俯いてしまった。
 と、僕が声をかける間もなく顔を上げた霧切さんは、いつも通りの無表情で、さっきまでの笑顔は名残さえ残っていなかった。

「えっと……霧切さん?」
「……早く選んでしまいましょう。こういう店は苦手だわ」
「あ、うん。わかったよ」

 店内は休日だけあって、若い女の子でごった返していた。店内はピンクを基調とした内装で、正直言って、男の僕にはひどく居心地が悪い。

「苗木君は、どういうものを送りたいのかしら」
「え、あ、っと……アクセサリー、かな」
「そう。じゃああっちの売り場ね」

 そう言って足早に歩く霧切さんに、僕は黙って付いていくしかなかった。
 霧切さんが明らかに『話しかけないで』オーラを出しているような、そんな気がしたから。

「ブレスレットなんてどうかしら」
「えっと、出来れば手とか手首に付けるものは避けたいかな」
「注文が多いのね」
「う、ごめん……」

 僕の注文を聞いて改めてアクサせりー売り場を見渡す霧切さん。
 不機嫌そうながらも付き合ってくれている辺り、僕の気のせいなのか判断に迷うところだ。

「それじゃあ、これなんてどうかしら」

 そう言って霧切さんが指差したのは、ネックレスだった。
 葉っぱと音符を模した装飾のシルバーのネックレスは、僕が贈ろうとしている相手に似合っているように思えた。
 それは想像に過ぎないけど、多分、間違ってはいないだろう。

「これ、すごくいいよ! 霧切さんにお願いしてよかった」
「そう……」
「じゃあ、ちょっと買ってくるから待っててくれる?」

 無言のまま、しかし首を縦に振ってくれた霧切さんをその場に残して、僕はそのネックレスを持ってレジへと向かった。
 正直なところを言えば、僕は浮かれていたのだろう。
 霧切さんと買い物が出来て、自分の目当ての物が見つかって、おかげで、霧切さんの表情とか、言葉に少しだけ込められた感情とか、そういったものを感じ取ろうとしていなかったのだと、僕は後日悟ることになるのだ。

「今日は本当にありがとう、霧切さん」
「…………」
「えっと……も、もし良かったらなんだけど、お礼にお昼でも」
「苗木君、私急用を思い出したから帰るわ。じゃあね」
「え、ちょ、霧切さん!?」

 僕は勿論止めようとしたのだが、霧切さんは尾行術でも応用したのか、瞬く間にアーケード街の人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。
 後に残された僕は、ラッピングされたネックレスを抱えて、一人岐路に着くしかなかった。



 月曜日。週の始めのその一日は、酷いなんてもんじゃなかった。

「霧切さん、おはよう」
「…………」

「霧切さん、学園長が呼んでるけど」
「…………」

「霧切さん――」
「…………」

 霧切さんが、まったく口をきいてくれなくなった。
 それだけでもかなりの精神的ダメージなのに、朝日奈さんからは僕が無理矢理襲った容疑を掛けられるし、葉隠君からはいわゆるハプニングエロの容疑、腐川さんからは浮気の容疑を掛けられた。
 その全てをどうにか論破して無実を証明するだけで一日が終わってしまい、へとへとになって気づいたころには、既に最後の授業が終わっていた。

「もう放課後か……って、こんなことしてる場合じゃない!」

 あまりの精神的疲労に一瞬目的を見失いかけたが、すぐに行動しないといけない。
 今日は土曜日に選んだあのネックレスを渡す日なんだから。

「まさかもう帰ってるなんてことは……」

 そう懸念して目的の相手の下駄箱を見てみるが、外靴がまだ入っているし、帰ったわけではないらしい。
 となれば、まだ校内にいるはず。さっき教室にはいなかったから、色んなところを探し回ってみよう。

 体育館、視聴覚室、プール、図書室、娯楽室、美術室等々、学園の1階から目ぼしい教室をしらみつぶしに探してみたが、目的の人は見つからなかった。
 最後に生物室を見てみようかと、あの長い直線廊下を歩いていた時、こうして探している間に帰ってしまったのではないかという不安に駆られ、もう一度下駄箱へ戻ろうと後ろを振り返った。

「あ……」
「あ……」

 ばっちり目が合った。廊下の角から頭だけを覗かせて僕の方を見ていた霧切さんと、完全に目が合った。
 お互いにしばらく固まっていたが、霧切さんがいたたまれずに顔を引っ込めたことで、僕もやっと我に帰った。

「あ、ちょ、待ってよ霧切さん!」

 廊下に足音が響いている。それは、霧切さんが走って僕から逃げているという証拠に他ならなかった。
 僕は慌てて霧切さんを追いかける。今まで探し回って疲れていたのが嘘みたいに、僕の体は軽かったように思えた。

「はぁ、はぁ……追いついた」
「…………」

 僕がやっとのことで霧切さんに追いついたのは植物園の中だった。
 何とか手の届く範囲まで追いついて、霧切さんの手を握って逃げるのを阻止したのだけど、息が切れてうまく喋れそうに無い。

「……プレゼントは、渡しにいかなくていいのかしら?」
「え?」
「誰に渡すのかは知らないけれど、あれだけ探し回るほどの相手なんでしょう? 私を追いかける前に、その子を探す方が先決なんじゃないかしら」
「あ、それは」
「勝手に期待して勝手に裏切られただけの私のことなんて、気にする必要は無いわ。早く手を離して」


言弾「土曜日に買ったネックレス」


「それは違うよ!」



「違うんだ、霧切さん。このネックレスは」

 僕はそこで言葉を切って、手に持っていたネックレスの袋を、霧切さんに差し出した。
 探している間ずっと手に持っていたから、ラッピングは少し汗で湿ってしまったけど、そこまで見た目は悪くなっていないはず。

「霧切さんへのプレゼントなんだ」
「え?」
「ほら、今日で僕が霧切さんの助手を初めて一年でしょ? だから、感謝の気持ちっていうか、僕なんかを助手にしてくれてありがとうってことで、何か贈り物がしたくて」
「じゃあ、土曜日の買い物は……」
「他の人に聞くより、本人に聞いたほうが好みとか、分かるかなって思って。ただ、霧切さんに贈ることは隠しておきたかったから、ああいう言い方になっちゃったけど」
「……」
「怒ってる……かな?」

 と、僕が顔色を伺うように霧切さんの表情を覗き込むと、霧切さんは片手で器用にネックレスのラッピングを外していく。
 そして、ネックレスの入ったケースだけを僕の方に差し出して、僕の好きな笑顔で言った。

「苗木君、付けてくれる?」
「え?」
「苗木君からの贈り物なんでしょう? だったら、首に掛けるところまで苗木君がするべきだわ」
「あ……うん!」

 僕は自分でも分かるくらい満面の笑みを浮かべながら、霧切さんの後ろに回りこみ、そのネックレスを霧切さんの首に掛けた。
 音符と葉っぱ。霧切さんの名前の『響』と、僕の苗字の『苗』に密かにかけているそのネックレスは、笑顔の霧切さんにこそ、最高に似合っていたように思う。


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