大人ナエギリ花札編 十一枚目&十二枚目

十一枚目:雨に番傘 & 十二枚目:桐に鳳凰

「…意味もないことを考えすぎたみたい…風に当たってくるわ」

 外に出ると、雪が降っていた。
 雪の白がやけに眩しく感じられて、思わず目を伏せる。
 道端に積もった雪山が街灯を反射しているからか、それとも。
 その白の純朴さの中に、彼に通ずるものを見たからか。

 病人、それも友人に嫉妬するなんて最低だ。
 さらにそれだけに留まらず、苗木君やみんなの努力を侮辱した。
 苗木君に見られないようにポケットに隠した鶴の歪さは、私の性根が歪んでいることの象徴なのかもしれない。

 サク、サク、サク。
 降り積もる雪に、足跡を刻んで独り歩く。
 薄手のベストを羽織っただけの恰好では、寒さが厳しい冬の夜。
 それでも頭を冷やすにはちょうどいい。

 せっかくだし、行きつけの商店でも寄ろう。
 空気が悪くなってしまったのは私の責任。自腹を切るのも当然だ。
 美味しいお酒と、彼の作った肴があれば、きっと元通りになる。

 そう、思っていたのに。


「…年末年始は休業、ね…失念していたわ」

 誰にともなく一人ごちる。
 個人経営の店なら、前後三日は休業するのもザラだ。
 私としたことが、こんな当たり前なことに気付けなかったなんて。

 店のシャッターの張り紙をしばらく睨みつけても、開くわけでも無し。
 気が抜けてしまい、白く濁ったため息を吐きだして、そのままシャッターに背を預ける。

 歩いていれば、話していれば、考えずに済むこと。
 立ち止まった瞬間に、物思いに耽ってしまう。
 それは大抵考えたくもない、日頃見ないようにしている自分自身の恥部。

 私は、苗木君の、何なんだろう。

 そもそも『舞園さんに取られた気がした』だなんて、思い上がり甚だしい。
 彼女の方が苗木君とも付き合いは長いし、鶴の一件もある。
 ちょっと腹黒いところもあるけど、明るくて他人を気遣える良い娘だし。
 アイドルという肩書も、きっと男の人には魅力的なはず。

 お似合いだ。

 立っているのがだんだん面倒になり、ずるずるとシャッターに背中をこすりながら、崩れるようにしゃがみ込む。
 膝を抱えると、少しは寒さも紛れた。

 雪はどんどん積もる。
 そのまま、私を埋めてくれないか。

 ふ、と影が差す。
 降り積もる雪と街灯の光を遮って、青い一輪の影。
 なんとなく来てくれるだろうことを予測していた私は、そのまま膝に顔を埋めていた。

「…何、やってんの」
「…行きつけの店が閉店中で、ショックで崩れていたところよ」
「とりあえず立って、霧切さん。全身雪まみれだよ」
「…雪化粧よ。似合うでしょう」
「意味違うから」

 苗木君の腕が軽く私の服を払って、それから私を引きずり起こす。
 自分の意思で立つ気力も起きなかった私は、引っ張られるままに彼の胸の中へ飛び込んだ。

「え、ちょ…」
「……」
 温かい。
 人の温かさだ。
 あの学園で、初めて彼から教わったモノ。

 千羽鶴を中断して、雪の降る中を、傘二本に私のコートまで持って。
 それは面倒だっただろう。
 それでも彼は、文句も言わず、嫌な顔もせず、私のために。

「霧切さん…?」

 律義なところは苗木君の美点だけど、頼り過ぎては彼の負担になってしまう。
 分かっているのに。
 彼が私を甘やかすから。私にまで優しいから。
 この温かさを手放す事は、今まで出来なかった。

「…あなたはどうして、私なんかと…」
「え、何?」
 体を離すと、再び冬の寒さが隙間に戻ってきた。
 それでも、私は独りで立つ。
 数歩離れて、苗木君の傘の外側に。

「…なんでもないわ。帰りましょうか、苗木君」

 受け取ったコートを身につけ、自分用の傘を開いて距離を置く。
 いつまでもいつまでも、彼にしがみついている訳にはいかないから。


 苗木君は少しの間考えるようなそぶりを見せて、私のポケットに手を入れた。

「…何のつもり?」
「ちょっと、コレもらうね」
 取り出したのは、捨てる予定だった失敗作の鶴。気付いていたのか。

 傘を上手く首で支え、器用に紙を折っていく。
 曲がった翼は綺麗に伸び、大きすぎる嘴は別の形に。
 最後に尾を裂いて、出来上がったのは鶴とも違う別の鳥。
 私が失敗したはずの折り紙が、彼の手でまた息を吹き返した。

「これは…?」
 苗木君は何も言わずに、その鳥を私に手渡した。
 それから自分の傘を閉じて、私の傘の中に入ってくる。
 急接近する二人の距離。唐突過ぎて、少しだけ焦る。

「あの…」
「…私なんか、って…あんまり言わないでね」

 優しい声。
 なのに、なぜかドキッとした。
 肝心なことは何一つ察してくれない癖に、余計なことばかり気付く少年だから。

「それから、嫌なことはちゃんと嫌って言ってほしい」
「嫌、って…」
「僕、ホラ、あまり頭は良くないから…無意識に霧切さんを傷つけていても、分かって無い事とかあるからさ」
「…違うわ、あなたが悪いわけじゃない」
 少なくとも今回は、私が独りで勝手に傷ついただけだ。

 こういう時、私は真っ直ぐ苗木君の目を見られない。
 苗木君もそれを察してか、私の正面ではなく隣に立った。

 いつの間にか、私を追い越していた背丈。
 いつの間にか、私より広くなっていた肩幅。
 いつの間にか、大人っぽくなっていた声。

 私の知らない間にも、苗木君はどんどんカッコよく変わっていく。
 学生時分のようにいつまでも私が付きまとうのは、本当は迷惑じゃないだろうか。
 今まで気づかないふりをしていた疑問。
 怖くて、苗木君本人には絶対に聞けない言葉。

 『どうしてあなたは、今でも私なんかに付き合ってくれているの?』

 まるで、その心を見透かしたかのように。

「僕は霧切さんの苦労も、苦痛も、苦悩も…一つも分かってあげられないけど」
「……」
「せめて霧切さんを癒す、止まり木になれたらな、って…そう思ってるから」

 努めて明るい声で、そんな言葉をくれた。

「どうして…」

 また答えずに、彼は私の手を握り締める。
 手を取るのではなく、指と指を絡めて、離さないように。

 手袋越しに、温かさが伝わってくる。
 心臓がバクバクとなるのが、つないだ手を通して伝わるんじゃないかと不安になる。

 今まで何度か、彼と手を繋いだことはあったけれど。
 こんな、恋人みたいな繋ぎ方なんて。
 本当に、どうして。

「…『月が綺麗ですね』」

 唐突に、苗木君が呟いた。

「え?」
「ううん、なんでもない」

 問い返したのは、聞こえなかったからじゃない。

 その言葉の意味を、もし彼が知っていた上で使ったのだとしたら。

 ふと見返ると、顔はそっぽを向いていた。
 ただ、その耳が真っ赤に燃えあがっているのが分かる。
 どうして、と、私は尋ねた。
 苗木君は答えずに、ただ月を褒めた。

 雪が降っている。
 月なんて、見えるはずはないのに。


「…『貴方と見ているから、綺麗なのね』」

「……」
「……」

 沈黙は凍らず、私たちは手を握ったまま、どちらからともなく歩きだす。
 雪の白に違って、二人の顔は燃える赤。

「…は、恥ずかしいね、コレ」
「…じゃあ、何で言ったのよ…」
「き、霧切さんこそ」
「私は別に…恥ずかしくなんかないもの」
「顔真っ赤じゃないか」
「……寒いからよ」

 使い古された陳腐な言葉だけれど。
 私と苗木君の二人に、これ以上相応しい応答もないだろう。
 好きだ、なんて、ストレートに言い合える仲じゃないから。

 ああ、でも、それなら。
 もう少しくらい、彼に迷惑をかけてもいいだろうか。


「…そう、寒いから…もう少し寄りなさい、苗木君」

 年の瀬に祈る。
 許されるのなら来年も、こうして彼の隣を歩んでいけますように。


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