コンセプション ナエギリ編

――後に"超高校級の探偵"である霧切響子は、こう語る。


そう、あれは就寝前の読書をしている時だったわ。
「き、霧切さん! その、えっと……」
「何かしら、苗木君」
目で文章を追ったまま彼の呼びかけに答える。

「ぼぼ、ぼ、僕の子供を産んでほしいんだ!」
「――え?」
突拍子もないお願いに私の思考は一瞬で真っ白になった。
私の膝元から床へと転がり落ちた本の存在も忘れて。


~ コンセプション ナエギリ編 ~


「……もう一度、言って貰えないかしら?」
再び働き出した脳の状態を確認するために、苗木君に復唱してもらうことにする。
「霧切さんに、ぼ、僕の、子供を産んでほしいんだ!」
顔を赤らめた苗木君が同じことを言う。

スキル「右脳解放」発動――。

顔が赤い。彼はお酒を飲んでいた?
――否。今日調達した食料にアルコールの類はなかった。
もちろん備蓄した覚えもない。
故に、彼はシラフだ。

では私の目の前にいる苗木君の姿を借りた別人?
――否。言葉遣いに違和感はなかった。
自分を呼ぶ時の一人称が「僕」、そして私への呼び方も。
何より彼はバカ正直だ。
今の言葉が冗談半分ではなく、これが一世一代の告白であるかは手に取るようにわかった。

――告白。その単語を頭の中で認識した瞬間、膨大な高揚感に包まれた。
次いで羞恥心、そして「一生に一度の告白だから、もう少しムードある言葉がよかったわ」というワガママな欲求。
そして現状から考えられる未来予想図……を考えて私は冷静さを取り戻した。

荒廃した世界の現状。
希望ヶ峰学園を卒業したばかりの私達に安息の地はなかった。
幸いにも電気・ガス・水道のライフラインが機能したままのホテル跡地に拠点を置くことは出来たが、必ずしも安全とは言えない。
コロシアイ生活で生き残ったメンバーと共同生活をしながら物資の確保に躍起になっているのが私達の現状だ。
そんな状況下で肯定の「ありがとう、苗木君。あなたの赤ちゃんを産んでこれからも一緒にいてほしいわ」と言えるわけもなく。
かと言って否定の「ごめんなさい。あなたとは一つになれないの」と断る理由はないし、断る気持ちにもなれない……。

よって、今の私に出来ることは回答の「保留」だった。

「まず私の話を聞いてほしいの、苗木君」
「う、うん……」
苗木君にペースを握らせないように彼の両肩を掴んでベッドに座らせる。
「そんなに悲観的な顔をしないで……。苗木君の話を聞いて最初はビックリしたわ。
 前に冗談で私の家族に立候補しないかって尋ねた時の仕返しかと思った」
「じょ、冗談なんかじゃ……」
彼の反論を封じるように唇に指を添える。
「あなたのバカ正直なところを見れば本気なんだってわかる。
 ……でも今の状況で子供を産んだとしても、きちんと育てられる環境下じゃないわ」

物資の調達および支持者の確保をする捜索班。拠点の防衛をする待機班。
各員3人のローテーションでやり繰りしているのを妊娠・出産という理由で私が離脱したとする。
「それにこの場所にモノクマ暴徒が押し寄せてくる可能性だってある。
 そうなった場合、私は必ず足手まといになるの。だから苗木君……」
子供をあやしつけるように彼の両手を握り見つめる。
今は無理でも、いつかきっと――。

「ありがとう、霧切さん……」
私の意図を汲み取ったのか苗木君が微笑んでくれる。
その笑顔を直視するのはまだ恥ずかしいもので、少し目線を逸らしてしまう。
「それに、先日も私と苗木君がご、合意の上で応じたじゃない……」
だんだん声がか細くなってしまう。
「避妊をした上での性交渉を……」
自分から下世話な話を振って、はしたない女に見られたりしないだろうか。
そんな不安を払拭するかのように苗木君が抱きしめてくる。
優しく、それでいて締め付けるかのように。
「大好きだよ、響子さん」
そう耳元で囁かれ、体が強張る。
苗字ではなく名前で呼びかけるのが睦言の合図。

結局のところ、私は苗木君にペースを握らせてしまったのだった――


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「……ハッ!?」

まさかの夢オチ……ではなかった。
目の前には苗木君の寝顔。
彼の左腕を枕代わりに眠っていたのだ。
そして私の左手は手袋越しに指を絡ませたまま、彼の右手と繋いでいて。

視点を枕下のサイドボードに向ける。
5cm四方の開封済みのブリスターパック、まだ起床時間より早い時刻を告げるデジタル時計。
まだ身だしなみを整える猶予はあるようだ。

彼を起こさぬよう、そっと繋いだ左手と頭を離す。
足音を極力立てないように浴室へ。
まずはシャワーを浴びて体中に彩られた鬱血痕、有り体に言えばキスマークをなくす工作をしなければ――


「……クシュン!」
突然のくしゃみに慌てて口元を抑える。
今の声で苗木君が目を覚ました……わけではなかった。
私が始めに見た時の姿勢のまま寝息を立てている。

今朝はいつもより冷え込む。
下着とインナーのシャツしか着用していないという理由もあるが、防寒対策をとらねば。
まず調達した衣類の一つ、カーゴパンツを履く。
「あれは……」
後はカーディガンを上着にして保温効果を高めようかと思ったが、視界はある物を捉えた。
緑色のジップパーカー。昨夜苗木君が着ていた服が、ベッドの下に無造作に脱ぎ捨てられていた。
……所有者の苗木君はまだ熟睡しているようだし、少しばかり借りてもいいかしら。

後ろ髪がフードにかからないようにヘアゴムで髪型をサイドポニーテールに。
袖を通しジッパーを胸元付近まで閉める。
……脱ぎ捨てられて放置していたはずなのに、暖かいと感じるのは不思議な話ね。

昨夜読み捨てられたままの本を拾い上げ、私は部屋を出ることにした。
今日みたいに冷え込む日なら温かい飲み物が欲しくなる。


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1階にある従業員の事務室。今は私たちの給湯室代わりだ。
従業員の使っていた備品の中でコーヒーメーカーだけが唯一使えるものであった。
セットしたペーパーフィルターに市販されていたコーヒー粉を注ぐ。
後は水槽にミネラルウォーターを注いで電源を入れるだけ。

それまでの間、椅子に腰掛け昨夜中断された読書を再開させる。
……しかし、再開させたものの文章を目で追っているだけで頭に内容が入らない。
きっとこの匂いのせいだろう。
そう推理して自分の袖口を鼻先にあてがう。
コーヒーの香りで充満する室内なのに一際異彩を放つ匂い。
私の嗅覚はパーカーから醸しだす苗木君の残り香を敏感に捉えていた。

次にフードを目深に被って読書をしてみる。
するとどうだろう、今度は文字を読むことすら困難になる。
視野が狭まったというけれど、決して読書に支障をきたすレベルではないのに。
袖口を嗅いだ時よりも鮮明に苗木君をイメージできる。
目蓋を閉じてみると後ろから苗木君がそっと抱きしめてくれ――「そんなに面白いか」

「――えっ?」
「霧切、お前の読んでいる本はそんなに面白いのかと聞いている」
「十神君――。え、えぇ。予想外に面白いわ」

人の気配に気づかない、尚且つ無意識のうちに口許が緩んでいたのは予想外だ。
対する十神君は自分から呼びかけたのに反応がなかったことが不満なのか、不機嫌なオーラを隠さないでいる。

「この俺を無下に扱った代償だ、お前が作っているコーヒーから一人分よこせ」
「それで手打ちにしてくれるなら構わないわ」
「聞き分けがよくて助かる」
もとより余った分はマグボトルに補充するつもりだったし。

十神君も私に倣うようにコーヒーが出来るまで隣の椅子に座り読書を始めた。
「……霧切」
「……何かしら、十神君」
お互い視線を本に向けたまま会話をする。
「苗木のような格好をして、どういう了見だ」
「今朝方、いつもより冷え込んでいたでしょう? そのための防寒対策よ」
「確かに。俺も寒さで目を覚ましたしな」
「だからお互いこんな時間から給湯室に足を運んだんじゃないかしら?」
「違いない。お前が先客だったおかげで給仕の手間が省けた」
「どういたしまして」
抑揚のない、淡々とした遣り取りを続けながらも頁を捲る音は止まらない。
「では肝心の持ち主は寒さで震えていたりしないのか?」
「その心配はないわ。今も熟睡中よ」
「ほぅ……」
「何か含みのある言い方ね。はっきり言ってくれないかしら?」
「なぁに、寒さに気づかないほどに苗木を疲れさせたのかと思った節でな」
「……下世話な話は時と場所を選んでほしいわ」
「流石に首筋にある虫刺されを見ると下種な勘繰りもしたくなるさ。葉隠みたいにな」
「なっ――!?」

本日三度目の驚愕だ。
起床直後のシャワー入浴で工作は済ませたはずなのに――。
慌てて首筋を触ったところで気づく。
シャツの襟で首筋なんてほとんど見えない状態なのに。

「……まさか子供騙しのハッタリに易々と引っ掛かるとは。呆れるほか何もないな」
「悪趣味極まりないわ、十神君」
「学級裁判を経て生き残った人間が言う台詞とは思えんな。
 それに、揃いもそろって似たような反応だから面白みにも欠ける」
「『揃いもそろって?』……まさか、あなたが苗木君を唆したの?」
「唆すとは人聞きの悪い。俺は苗木の背中を押してやっただけだ」

本を閉じ、自分のマグカップを手に持ってコーヒーメーカーの前に立つ十神君。
いつの間にか機械の音も止まって、コーヒーも完成していたようだ。

「私と苗木君のことで余計な口出しは控えてほしいわ」
「フッ、惚気にしか聞こえないな」
私の忠告を鼻で笑うようにあしらい、十神君は自分の部屋に戻っていったのだった。


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両手が塞がった状態なので、背中で押すように自室の扉を閉める。
「……まだ寝ているようね」
入り口から苗木君の様子を見たが、まだ起きる様子はない。
持ってきた本をテーブルの上に置き、先ほど補充したマグボトルのコーヒーを自分のカップに注ぐ。
そして両手でカップを持ったまま反対側のベッド、昨夜私が使うことのなかった自分のベッドに座る。

「僕の赤ちゃんを産んでほしい、か……」
昨晩、苗木君が言った言葉と一緒にコーヒーを一口飲み込む。
意訳すれば、僕と家族になってください……かしら。

家族。
その単語を頭の中で浮かべてみる。
コロシアイ生活の最中、苗木君に手袋の下の手のことを触れた時の話を思い出す。

『……立候補する?』
――私の家族に。

あの時は苗木君のバカ正直さをからかう目的で尋ねたけれど、「はい」か「いいえ」の答えを聞く勇気が当時の私にはなかった。
なぜなら私も苗木君という人間に興味を抱き始めていたから。
「いいえ」で拒絶されることが怖かったから。
それが今になって「はい」という形で帰ってきたのだ。
「嬉しくもあり、恥ずかしいものね……」
率直な感想をつぶやいてみる。
そう言って二口目のコーヒーを飲み込む。

『あなたみたいな人と一緒なら、私はむしろ楽しみよ……』

学園の外に出る直前にかけた言葉を思い出す。
今はもう思い出すことのない希望ヶ峰学園の学生時代は学友。
コロシアイ生活においてはパートナーの関係。

そして今はパートナーから恋人への転換期ではないだろうか。
体と心が繋がるような蜜月をこれからも彼と積み重ねていくのだろう。
今朝のように手袋越しで手を繋いでいることが、いつかは手袋を外して地肌の手を繋いだまま同衾することが日常となるかもしれない。

その先にはきっと夫婦、子供を授かって苗木君の思い描いた「家族」になるだろう。
今はまだ不透明で、苗木君のお願いを成就することは難しいけれど。

「あなたと家族になるなら、私はむしろ楽しみよ……」

あの時のように不敵に宣言して残りのコーヒーを一気に飲み干す。
苗木君との未来図を想像したせいか、熱い飲み物を流し込んだ影響か体がポカポカする。
……むしろ暑い。
上着にしていた苗木君のパーカーを脱ぐ。

デジタル時計を見ると起床時間には頃合だろう。
彼の寝顔を堪能する密かな日課も終わりを告げる。
「……起きて、苗木君。起きて」
苗木君の右肩を揺すりながら、耳元で意識の覚醒を促す。
これが最近学習した効率のいい起こし方である。
「う、う~ん……」
数度瞬きをして目と目が合う。
「起床時間よ、苗木君。おはよう」
「……おはよう、霧切さん」
今の私は苗木君との挨拶から一日が始まる。








\バサッ/

「あっ///」
「……朝食まで時間はあるから、苗木君はまず身だしなみを整えて。
 私はここの後片付けをするから」
「あ、ごめん。霧切さん……」
「謝罪はいいから早く浴室に行ってちょうだい」

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「ところで、苗木君。一つ確認したいんだけど」
「えっ、なにかな?」
「昨夜の言葉を言うまでの経緯を聞かせて貰えないかしら?」
「うっ」
「あら、あれは一世一代の告白じゃない。何が苗木君を駆り立てたのか知りたいの」
「それは……」
「十神君の証言によれば、苗木君は十神君に後押しされるような形で今回の告白に至った」
「十神君だけじゃないよ……」
「あら、キューピッドは複数なの。誰かしら?」
「葉隠君に、……それとジェノサイダー」
「……妙な人選ね」
「その前に一つ確認したいんだけど、いいかな?」
「改まって何かしら、苗木君?」
「これから言うことに決して怒らないでほしいんだ」
「内容によって吟味するわ」
「ありがとう。実はあの告白は昨晩4人で花札をやった時の罰ゲー「ごめんなさい」

\ズドムッ!/

「かはっ……!」
「さっきの発言を撤回させて貰えるかしら?
 それと朝食には顔を出せるように加減はしておいたわ」
「ごめん……なさい」\ドサッ/
「まず一人……」


ホントに終


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