kk9_346-351

―――――

「先にシャワー浴びてきなよ」
「私より先に苗木君が入るべきよ。さっきも言ったでしょう? 私はそんなにヤワじゃないの」

憮然とした表情で僕を睨む霧切さん。
あれからブティックホテルの部屋を取り、どちらが先に入浴するかで議論は平行線を辿り時間だけが過ぎていく。
このままズルズルと結論を引き延ばせば延ばすほど、二人とも風邪を引くリスクが上がることがわかっているから余計にもどかしい。

「だったら公正にじゃんけんで決めようか?」
「じゃんけん? するだけ無駄よ」
「なんでさ。勝負はやってみないとわからないよ?」
「バカ正直な苗木君の思考なんて私には手にとるようにわかるの。ここまで言えばわかるわね、苗木君?」
「……わかったよ。僕が先に入る」
「殊勝な心掛けね」

渋々ながら浴室の方に向かう僕。
クローゼットの方からバスタオルだけを持って入る。
カラスの行水みたいにパパっと済ませて、さっさと霧切さんに温まってもらうことにしよう。
――っていうか、最初からそうすればよかったんだよ。


~ 濡れる大捜査線2 505号室を封鎖せよ! ~


霧切さんと一晩過ごす――。
こういうのって温泉旅館で宿泊した時以来のことだっけ。
しかし、あの時あったことを思い出すとこれから一波乱も二波乱もありそうな予感がしてならない。

「ただ、一つのベッドで二人して眠るだけなんだ。決してラッキースケベじゃないんだからね……!」

そう自分に言い聞かせるようにしてシャワーのカランを閉める。
バスタオルで全身の水分を払い、腰に巻く。

「霧切さん、上がったよ。さぁさぁ入って入って」
「……ちょっと早過ぎない? ちゃんと温まったの?」
「温まったから言ってるの。あ、霧切さんはゆっくり入っていいよ」
「……やっぱり苗木君の癖に生意気ね」

渋々ながらバスタオルとバスローブを抱えて浴室へと向かう霧切さん。
――そもそも、女の子の前でバスタオル一丁というみっともない姿を見せることに抵抗はないのかって?
既に生まれたままの姿、有り体に言えば"すっぽんぽん"の姿を霧切さんに見られた以上、失うものはもう何もないって感じだ。

脱いだ服のTシャツとズボンをそれぞれハンガーに掛ける。
下着のパンツだけを穿きなおし、その上からバスローブを羽織る。
バスローブの腰紐を結んだら、靴と靴下を空調が当たりそうな場所に置いて少しでも水分を飛ばすようにする。

「さて、霧切さんが上がってくるまでどうしよう……?」

ベッドに腰掛けて考える――。

 テレビを見る
→冷蔵庫を漁る


「何か飲んで待ってようっと……」

備え付けの冷蔵庫を開け、アルコール類ばかりが並ぶ品数の中でミネラルウォーターをチョイスする。
キャップを開けて飲み口に口を付け、ボトルを上に傾ける。
水道水とは異なり、冷蔵庫で冷やされた天然水が喉から爽快感をもたらす。
シャワー入浴で温まった体をいい意味でクールダウンさせてくれる。

きっとテレビなんて点けたって、エッチな番組ばかりが流れているんだろう――。
そこにお風呂から上がった霧切さんと鉢合わせて気まずい空気を生んだりするんだろうなぁ。
前に旅館でテレビを点けた時も似たようなことがあったから僕も学習するわけだ。
そう考えているとガチャリ、と浴室のドアが開く音が聞こえた。
えっ、もう入浴済ませちゃったの?

「ちょっと霧切さん、早過ぎな……」
「何よ。文句があるならハッキリ言いなさい」

霧切さんに言われた台詞をそっくりそのまま返そうと思ったら、続きの言葉が言えなかった。
バスローブ姿の霧切さんを見て言葉を失ったからだ。
僕と同じものを着ているのに、着る人が違うだけでこんなにもドキドキするものなの――!?

「も、文句なんかないよ。ただ霧切さんの姿がすっごくセレブっていうか、優雅に見えるっていうか……」
「セレブって……妙な例えね」
「こう、ブランデーのグラスを傾けながら膝に抱えたシャム猫の喉をコロコロするようなセレブみたい」
「なによそれ……。それじゃあセレブっていうよりマフィアのドンじゃない」

僕のボキャブラリーがツボだったのか、霧切さんが苦笑する。
そして僕の隣に腰掛けて、手に持っているボトルに視線を送っている。

「いいものを持ってるじゃない。冷蔵庫から?」
「うん。つい喉が渇いちゃって」
「美味しそうね。私も飲もうかしら」

そう言って冷蔵庫のドアを開けて中を確認する霧切さん。

「ごめん。他はお酒ばっかりだから、水は今僕が飲んでいるのしかないんだ」
「あら、そのようね……」

そんなに残念って感じには聞こえないのは何故だろう――。

「ねぇ苗木君。ミネラルウォーターの代金は私が払うから、私にも飲ませてくれないかしら?」
「えっ、えぇっ!?」
「……私に分けるのが難しいくらい喉が渇いていたの?」
「いやっ、そうじゃなくて! き、霧切さんが飲みたいなら残り全部いいよ!!」

僕の予想を上回る要求にすっかり冷静でいられなくなった。
何だか霧切さんに押し付けるような形でミネラルウォーターのボトルを霧切さんに差し出すのだった。

「ありがとう、苗木君」
「お水のお金も僕が払うから気にしないでいいよ! その……いっつもお世話になっているからそのお礼ってことでさ!」
「じゃあ、いただくわ」

先ほどの僕のようにキャップを開けて飲み口に口を付け、ボトルを上に傾ける。
コクコクと霧切さんの喉を潤す音が聞こえる。
これは間接キスじゃない、ただの水分補給なんだ――!
そう意識しても生唾をゴクリと飲み込んでしまう。


「……やっぱり、私だけが飲んじゃまずかった?」
「いやいや、そんなことないよ!」

顔を横にブンブンと振って霧切さんの誤解を解く。
そんな時だった。


「カンダァ!」


いきなり僕らの部屋のドアが蹴破られたのだ。
部屋の入り口には知らない男性が突っ立っている。

「っ!」
「うわぁぁぁ!!」

突然の襲撃に僕は悲鳴を上げ、霧切さんは僕を庇うように――もとい、押し倒す。
そんなわけで僕の視界の八割は霧切さんで覆われた。
今の霧切さんをボーッと眺めると顔は襲撃者を威嚇するように睨みつけている。

そんな中、不謹慎にも僕の視線はバスローブから覗く霧切さんの素肌に目を奪われていた――。
まず鎖骨。
制服だろうと私服のブラウスだろうと決して着崩すことがないことで見たことないこの場所を、生まれて初めて見たという感動。
そして谷間。
朝比奈さんや江ノ島さんに比べたら見劣りしてしまうのは否定できないけど、色白の素肌から浮き出るコントラスト。
きっとこのボリュームは僕の手の平ならジャストフィットだ――!
この予想、あるいは推理が葉隠君の占い以上に当たる予感がした。

「……邪魔したな」

そんな僕の脳内なんて露知らず、霧切さんと男の人の睨み合いが続くのかと思いきや男の人の方があっさりと身を引いた。
そして足早にドアを閉め去っていくのだった。

「……なんだったのかな、今のは」
「さぁ……。私にもわからないわ」

僕らも呆気にとられていた。

「苗木君、今ので怪我はない?」
「うん、大丈夫。急に押し倒されてびっくりしたけど」
「……ごめんなさい。急なことだったから咄嗟にあなたを庇うことしか出来なかったわ」
「いや、霧切さんも謝らなくていいよ。僕なんかビックリして悲鳴上げることしか出来なかったんだし」
「フフッ。言われてみればそうね」

うわっ、この距離でその笑顔は反則だよ。
だが笑顔を浮かべたすぐ後に、眉を顰めて言うのだった。

「……それにしても臭うわね」
「えっ、僕の体臭ってきつい方だったの!?」
「違うわ。事件の臭いがするって意味よ」

探偵の勘なのか、霧切さんは何かを感じ取ったらしい。


「行きましょう、苗木君。探偵が事件を諦めたら迷宮入りよ」
「……わかったよ、霧切さん。でもあぶないと思ったらすぐに逃げようね」
「そうするわ。先ずは着替えましょう?」
「うん、わかった……って、ちょ!!」

僕から離れ、いきなりバスローブの腰紐に手を掛け解こうとするじゃないか!
前略、学園長。
あなたの娘さんはもう少し羞恥心というものを学習してほしいです。

「……何よ。やっぱり怖気づいたの?」
「そうじゃなくてさ! いきなり僕の前で着替えられてもビックリしちゃうから!」
「事件は現場で起きているのよ。一分一秒無駄に出来ないわ」
「だ、だったら僕が浴室で着替えてくるよ!」

ハンガーに掛けてあったTシャツとズボンをダッシュで回収して浴室へ。
そのままバスローブだけを脱ぎ素早く着替える。
浴室のドア越しに確認を取る。

「こっちは準備いいよ!」
「こっちもいいわ」

浴室から出たら靴下は履かず、素足に濡れたスニーカーを履く。不快感には目を瞑ることにする。
霧切さんは僕の貸したパーカーを上着にして、下はスカートとブーツという姿だった。
いつものブラウスとジャケットではない組み合わせだが、僕のパーカーを着るだけでとてもラフな格好に見えてしまう。

「はい、苗木君。これを着て」
「えっ、霧切さんのジャケットを?」
「防刃効果くらいしかないけど、ないよりマシだわ。水を吸って少し重いけれど我慢して」
「わかった」

渡された霧切さんのジャケットに袖を通す。
身長が近いだけにサイズもフィットしている。
雨に濡れて背中周りが少し冷たい感じもするが、窮屈ではない。
何だかこれを着ているだけで不思議と勇気が湧いてくる。

―――――

「行くわよ、苗木君」
「うん、いいよ。……うわっ」

霧切さんがドアを開けた瞬間、異変はすぐに気づいた。
廊下には男の人たちが倒れているからだ。
割られたサングラスのレンズから見える人の目は白目を剥いていた。

さらに床にはゴルフクラブや金属バットがへし折られていて使い物にならなくなっている。
倒れている人たちへの武器に使ったのだろう、使用目的を間違えているのが明らかだった。

「予想以上にあぶないわね。私の傍から離れちゃダメよ、苗木君」
「……うん」

霧切さんの背中に守られながら前進して先を進む。
倒れている人たちを道標のようにしながら。
そしてホテルの最上階、奥の部屋まで続いていた――。


「ここ、かな?」
「そうみたいね。……待って、誰か来るわ!」

霧切さんの腕に引っ張られる形で廊下の壁際に身を寄せられる。
奥の部屋から僕らの部屋に押し入ってきた男の人と、パンチパーマの人がやってきた。
霧切さんはパーカーのフードを被り、僕に抱きつくようにして耳元で囁く。

「今だけはカップルのフリをして。あの人たちとは目線を合わせちゃダメよ……」
「……うん」

そっと霧切さんの腰に腕を回し、抱きしめる。
パーカーのフード越しに頬擦りするようにして、じゃれ合う演技をする。

「苗木君……」

耳元で甘く囁くように名前を呼ばれたら心臓が大きく跳ねた。
それを知ってか知らずか、霧切さんは僕の耳元に何度も息を吹きかけてくる。

「うっわ……」
「力也、あんまりジロジロ見るな」
「すんません、兄貴……」

二人組の男性は僕らを一瞥するとすぐに階段を下りて行った。
――よかった。何とかやり過ごせたみたい。

「……ふぅ、あぶなかったわ」
「うん、今のはあぶなかった」

霧切さんに襲い掛かりそうな意味で。
もっとも、返り討ちに遭うオチしかないけど。

―――――

ホテルの最上階の部屋、一番料金の高い部屋は事件現場となっていた――。

バラバラに砕け散ったソファやスツール。
おまけに壁のオブジェか何かだろう。石の破片まで大理石の床に散らばっている。

そんな中、プールのような浴槽の前で大の字に倒れている人がいた。
腕から背中周りまで入れ墨を彫っている強面の人だと一発でわかる。
そのスキンヘッドの人が白目を剥いてピクリとも動かず倒れている。

「ひぃっ! し、死んでるぅぅ!!?」
「……いいえ、まだ息があるわ。ただ気を失っているだけのようね」

倒れている男性の首筋に指を添えて呼吸の有無を確認する霧切さん。
っていうか、怖くないの!?


「ど、どどどどどうしよう霧切さん!? 警察呼ぶの? それとも救急車呼べばいいの?」
「……まずは落ち着きなさい。はい、深呼吸」
「すぅー、はぁー」
「落ち着いたかしら?」
「……うん、さっきよりマシかも」
「恐らく受付の人が騒動に気づいているから警察は呼んでいるはずよ。廊下であれだけ人が倒れていたら大騒ぎでしょう」
「確かに……」
「せっかくの機会だから、ここをテストの場として利用させてもらうわ」
「テスト?」
「そう。私の助手としてどこまで成長したのかを知るためのね」

まさか、霧切さん――。
動揺する僕のことなんて露知らず、ニヤリと笑みを浮かべて提案してくるのだった。

「苗木君、警察が来る前にこの部屋で何が起こったのか推理してみない?」
「えぇーっ!?」


続く
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。