真夏の昼の夢 1 > 3

事の発端は放課後の教室からだった――。

「えーっと、朝比奈さんは競技大会で公欠。江ノ島さんはファッション誌の撮影で午後から早退……っと」
「それで学級日誌は書き終わったの?」
「うん。ありがとう、黒板消してくれて」
「それはどういたしまして……。時は金成りだったから手伝っただけよ」
「だからと言って僕を椅子から引き起こすのもどうかと思うよ?」

日直だった僕の雑務を何だかんだで手伝ってくれる霧切さんだった。
最近の放課後は霧切さんと探偵学に関する座学、もしくは護身術のトレーニングということに時間を割くようになった。
これも"超高校級の助手"と名乗れそうなくらい、霧切さんとの信頼度が高まっている証拠なのだろう。


後は消灯して教室を出ていこうとした矢先のことだった――。

「あ、よかった。まだ教室に残っていたんですね」
「舞園さん……。どうしたの?」

舞園さんである。
その言い方からして僕か霧切さんのどちらかを訪ねてやってきているのは確実だろう。

「はい。実は霧切さんに折り入って頼みたいことがあるんです」
「そこまで畏まる必要はないと思うわよ、私と舞園さんの仲じゃない?」
「あー、女の子同士の相談だったら僕、席外そうか?」
「あ、大丈夫ですよ、苗木君? 今回は友人ではなく依頼人としてアプローチしに来たんですから」
「つまり……プライベートではなく、ビジネスの相談と受け取っていいのね?」
「そうなんです。"超高校級の探偵"の腕を見込んでの相談です」
「そう……。詳しい話を聞かせて貰える? それと、助手の苗木君を立ち会わせることに問題はない?」
「大丈夫です」

そう言って舞園さんは自分の席に座り、霧切さんはその前の席・公欠だった朝比奈さんの椅子に座る。
僕も舞園さんと正対するように霧切さんの隣の席に座る。
壁に掛けてある時計の長針がカチリ、と動いた時に霧切さんが口を開く。

「それで、舞園さんの依頼とは何かしら?」
「霧切さん……。今度の日曜、私のボディガードになってください!」
「エンダァァァァァァイヤァァァァァァ!!! ……のアレ?」
「そうです、それそれ」
「ちょっと苗木君、いきなり叫ばないでくれる? 私にはあなた達が何を言っているのかわからないんだけど……」


~ 真夏の昼の夢 ~


「そこのお兄さん、ちょっといいかしら?」
「むぅ、何だね君たちは? 我輩の神聖なる行為の邪魔はしないでほしいなぁ」
「そのあなたの神聖な行為は迷惑防止条例に該当するわ。平たく言えば犯罪よ」

日曜日、都内某ホテルに併設している大型野外プール。
アロハシャツにサングラスを掛けた胡散臭い男女がプールサイドにいた。
僕と霧切さんだった。

「苗木君?」
「ちょっと失礼「あ、やめろ!」……って、真っ昼間から赤外線モードで撮影しているよ」
「何を撮影していたか確認してもいいかしら?」
「やめてくれぇ、我輩の秘蔵コレクションを見ないでくれぇ!」
「……クロは確定ね」
「こ、このぉ!!」
「苗木君、パス」
「おっと」

証拠品のデジカメを放り投げるように渡してきたので、慌ててキャッチする。
そして霧切さんは激昂して殴りかかる男性の相手をする。

大振りの右ストレートを軽くいなして男性の背後をとる霧切さん。
片方の手で男性の右手首を掴み、さらにもう一方の腕で"4の字"を作る。
そのまま男性の腕を絡めながら自分の手首を掴んで、男性の手を相手の背後に回すように捻り上げる。
"チキンウィッグアームロック"と呼ばれる関節技の一種が完成した。
後は腕回りの関節を極めるのみだ。

「罪の重さは一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に値するわね、それと私への暴行未遂」
「があああ! 痛っイイ!! お……折れるう~~」
「あ……やめて! それ以上いけない」
「……そうね、警備員に身柄を引き渡しましょう」

パッと腕を離すと抵抗や逃走の素振りを見せることなく、両膝を付いて力なく項垂れる男性だった。
立ったままの状態でも関節を決めることができるこの技はプロレスや総合格闘技に限らず、護身術にも組み込まれているのであった。
え、何でそれを知っているのかって?
――まぁ、僕も護身術を教えてもらっている身の傍ら、どのくらいの破壊力か十分承知しているからだ。

『この技の最大の特徴はどんな体勢からでも狙うことができ、相手が逃げようと動いても腕が極まる方向になりやすいことね』
『そ、そうだね……グヌヌ』
『またリストロックやアームバーなどの連絡技に移行しやすいため、相手の動きを見ながら柔軟に技を移行する必要があるわ』
『やばい、やばいよ霧切さん! そろそろ極まっちゃうから!!』
『大丈夫よ。これでも加減はしているし、苗木君にこの技の組み方と威力と解き方を学んでもらう一石三鳥の時間を有効に使ってもらうわ』
『……あふんっ。極めながら耳に息吹きかけないでよ、力抜けちゃうから! 余計痛いから!!』

――と、まぁこんな感じに。
僕がそんな回想をしていると警備員の人がやって来た。

「ご苦労様です。彼の身柄はこちらで引き取ります」
「お願いします」

『以上で"水上ドンケツ大相撲"は終了です!』

そのアナウンスと共に盛大に鳴り響く拍手と太鼓とチア・ホーン。
野外プール全体が作られた歓声に包まれた。


「あなた方のご協力で不審者は一掃できました。どうです、後は我々に任せてお友達の応援に行っては?」
「えっ、いいんですか?」
「そう……。だったらお言葉に甘えさせていただくわ」
「はい、本日は暑い中ご苦労様でした」
「いえいえ、ご協力できて何よりです」

こうして僕らは警備員さんへの挨拶を済ませ、舞園さんの所に向かうことにした。
依頼人への報告と、彼女の勇姿を応援するために――。

―――――

『『アイドルだらけの水泳大会?』』
『そうです、今度の日曜にキー局のお仕事が入ったんですよね』
『……何か問題があるの?』
『はい、撮影当日は一般の方にも開放していて誰でも入場出来るんですが……』
『同意のない無断撮影目的で来る連中もいるってことね』
『そうなんです。事務所の方もそれが悩みで、イメージダウンに繋がるのではないかとヤキモキしているんです』
『今は撮影した映像を動画サイトで公開される可能性もあるわね』
『そういう人達から守るためにSPを大量導入したって、物々しい雰囲気になっちゃうよね』
『だからお願いです、霧切さん! 撮影当日、プールで怪しい人がいたら証拠を掴んで違法な撮影を阻止してください!』
『不埒な連中を一網打尽にすればいいのね、わかったわ』
『引き受けてくれるんですか!?』
『もちろん。依頼料は友人ということで勉強するわ』
『大丈夫ですよ、お金の方は事務所の方で用意しますから』
『そう……。それと当日までに会場の見取り図と番組のタイムテーブルの用意、警備の方と連絡を取れないか頼めるかしら?』
『わかりました、それは明日事務所の方に相談してみます。日曜日はよろしくお願いしますね』

―――――

「あっ、苗木くーん! 霧切さーん!」

今は次の競技への準備ということで、出演者の休憩時間ということもあってメンバーの娘達と談笑していた舞園さんが僕らに気づく。
まだ距離があるのに、嬉しそうに手を振って呼んでいるからちょっと恥ずかしかったりもする。

「撮影の調子はどうなの?」
「はい、順調で次が最後の種目ですよ」
「そう……。私達もある程度目処がついたということで舞園さんの応援に来たわ」
「ありがとうございます! 次も頑張りますね!」
「うん、応援してるよ……って、痛っ! 何するのさ、霧切さん!?」
「邪な目線で舞園さんを見ている気がしたから警告したのよ」
「だって、舞園さんの水着姿が可愛いからジッと見ちゃうのは仕方ないじゃない!」
「フフッ、ありがとうございます。苗木君」

水泳の授業で着ているスクール水着とは異なり、ピンク色のチェック柄トップスと同色のスイムスカート。
ステージ衣装を思い出させるような、実にアイドルらしく可愛らしいデザイン。
衣装を合わせたスタッフの人、さすがです。


そんな僕ら3人、舞園さんの出番まで談笑していると男の人の怒鳴り声が聞こえた。
よく見ると帽子にTシャツ姿、服装から番組スタッフの人たちかと推理してみる。
その様子が気になったのか舞園さんが駆け寄っていく。

「どうしたんです、何かトラブルですか?」
「あ、さやかちゃん……。実はね、さっきの競技でモデルの一人が怪我しちゃったんだよ」
「えっ、ホントですか!?」
「手首を捻った程度の軽い怪我なんだけど、次の騎馬戦は無理そうなんだよねぇ……」
「そうなんですか……」
「代わりの娘がいないか各事務所さんに頼みこんでいるけど、反応は悪くて困っていたとこ……」
「えっ、どうしたんですか……って」

会話を何故か打ち切り、舞園さんではなく別の誰かをじっと見るスタッフの視線を一緒に追ってみる。
すると彼の視線の先には、僕の隣にいる霧切さんが立っていた。

「ねぇ、さやかちゃん……。お友達を次の騎馬戦に出場してもらうようにお願いできる?」
「えっ!?」
「ごめん、この通り! 出演者の皆をこれ以上待たせられないんだっ!」

舞園さんに頭を下げ、その上で"お願い!"と手を打つスタッフさん。
相当切羽詰っている事態なんだなぁ、と今頃になって実感する。
そして僕らの所に神妙な顔つきで戻ってきた。

「霧切さん……。追加のお仕事を依頼してもよろしいでしょうか?」
「話だけは聞くわ、話だけ」
「まぁ、そう仰らずに……。次の水上騎馬戦で私と一緒に出場してくれま「お断りするわ」……せんか?」

即答だよ!

「第一、私は舞園さん及び番組の警備として同行したから水着なんて用意してないわ」
「その点は心配いりません。衣装の人が予備の水着を用意するんで、それで行きましょう」
「二点目、私はほら……手袋をしているから他の娘と違って違和感があるはずよ?」
「それも問題ありません。騎馬戦では乗り手の女の子は相手の髪や顔を傷つけないよう手袋を着用するルールになっています」
「そう……。これ以上ゴネても時間の無駄のようね」
「出場してくれるんですか!?」
「ただし、一つだけ条件があるわ。……苗木君も次の騎馬戦に出場させる、というなら追加オーダーを受けるわ」
「えっ、なんで僕なのさ!?」
「私はね苗木君……。助手のあなたが上から高みの見物をしているのが生意気で仕方ないの」
「そんな横暴な!」
「探偵と助手は一蓮托生よ……? ここまで言って嫌とは言わせないわ」
「……わかりました。スタッフの人に掛け合って苗木君を馬役で出られるようにお願いしてみます……。それでいいですね、霧切さん?」
「構わないわ」
「僕の同意はそっちのけなのっ!?」


結局、霧切さんの要求は通り、僕も急遽出場する羽目になったのだった。
それで、誰もいない男性用の休憩室を借りて、衣装の人から渡された水着に着替えることになった。
上着のアロハシャツを脱ぎ、ハーフパンツと下着を一緒に脱いで全裸に。
次いでハーフパンツと同じ膝丈のバミューダタイプのスイムパンツを穿く。
モスグリーンのカラーは僕がよく着るパーカーの色とそっくりだった。

「これでよしっと……」

着替えを邪魔にならないよう部屋の隅においてプールサイドへ戻る。
まだ霧切さんと舞園さんの姿が見えない。
――せっかくなので準備運動のストレッチをしながら待つことにしよう。


霧切さんと護身術のトレーニングをする時の準備運動と同じ要領で、首と肩を軽く回して関節をほぐす。
次に手首と足首を回したら膝の屈伸運動。

「おいっちにぃ、さんしぃ……」
「苗木君、お待たせしましたー」

後ろから舞園さんの声が聞こえる。
霧切さんの方も準備は出来たようだ。
膝を伸ばした状態で振り返ってみると固まってしまった。
二重の意味で。

霧切さんの水着姿は水泳の授業で見る姿とは全く異なっていた。
黒のストリングスイムトップスと同色のスイムパンツ。
霧切さんの白い地肌とのコントラストが明確で、何気に水着の面積も舞園さんの水着と比較すると小さい。
髪型だけは運動しやすいよう、ポニーテールに結っていた。

「何をそんなにジロジロ見てるのよ……」
「いや……。胸の谷間と両腰にある大きな結び目、ちょっと引っ張れば簡単に外れそうかなって思ってさ」
「そんなはずないでしょう? ただのアクセサリーじゃない、こんなの」
「うん、そうだよね……」
「? どうしたの、急に動かなくなって。準備運動を怠ったら怪我をするわよ?」
「ごめん、暑い中で急に体動かしたら頭がボーッとしちゃって……」

くっ、し、鎮まれ、僕の(※第三の)右腕……っ!
前かがみになったまま男の生理現象を鎮めるのは至難の業だった。


続く
ツールボックス

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