お昼休み

午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた後、僕らは一度教室へ移動した。
さっきまであんなに情熱的に求め合っていたのが、まるで夢の中の出来事であったかのように、僕らは普段どおりの軽い雑談をしながら移動した。


無論あれは夢なんかじゃなく現実で、少し痛む両腕が互いに強く抱きしめ合ったことを意識させる。

これは僕らのルール。二人きりの時以外は、あくまでただの親しいクラスメート同士であるかの様に振舞うと決めている。
その代わりにばれないように、熱烈に求め合うことになっている。


……もっとも、最初はただ単に、僕らが付き合っている事を秘密にするだけのはずだった。
秘密にして二人きりの時に燃え上がる。というものだった。

付き合い始めてすぐの内はそれでよかった。学校ではあくまで探偵と助手、あるいは仲の良い友達。
そして帰宅するなり二人で激しく求め合う。あるいは、知り合いに会うことの無いような遠方へ出て、いわゆるバカップルに豹変する。
そんな隠蔽工作も楽しかったんだけど……。

それだけじゃどうしようもなく『足りない』『満たされない』なんて思うようになってきて、諦めて皆に報告することも考えた。

だけどそんな欲求不満を抱える日々はすぐに終焉を迎えた。
いつものように教室を移動している時、最後尾にいた僕に、一歩前を歩いていた彼女が振り向きざまにキスしてきた。
驚いて声が出なかった。一瞬の出来事で僕の妄想かと思ったけれど、僕の唇に人差し指を立てて『ここまですれば分かるわね?』なんて目が訴えかけていた。

その日から徐々に、休憩時間中に隠れてキスをするようになっていった。
廊下の曲がり角で、階段の踊り場で、放課後の誰も居ない教室で、屋上で、体育館の裏で、教室の前で…………。
ほとんど休み時間のたびに教室を抜け出し、死角を見つけてはキス。わざと注意を引くようにして死角を作り出してキス。
そんな時は決まって素早く唇を交わすだけだから、背徳感は得られるけれど、一番大事にしたい気持ちを交換する事は出来なくなっていた。

そのことに深いジレンマを覚えて、なぜか今に至る。
結論としてはこうだ。『唇が触れ合う時間が短いから気持ちが交換できない。だったら触れ合う時間長くしましょう』
僕なんかよりずっと優れた探偵で、僕の人生の伴侶で、僕を導いてくれる存在の彼女がそう言うなら間違いない。

結果、隙を見つけては授業中に愛を確かめ合う。彼女の提案通りネットリとした濃密なキスをしながら。


ただ、今日はいつもより頻度が高い。普段なら毎時間、ましてや一限目から求めてきたりはしない。
その所為で僕の昂りは抑えられない。さっきの視聴覚室での出来事なんて普段なら周に一回程度だった。
一昨日もしているというのに、一体どうしたんだろう? 嬉しい反面、すこし不安になった。


教室に着いたら、すぐにお弁当を持って屋上へ上がった。
本来屋上は危険だからと、入り口は施錠されていたが、彼女のピッキング術の前には鍵など無いに等しいものだった。

そして外から施錠したら、あらかじめ隠してあったシートを敷いてその上で昼食を摂る。

ここに来るまでとは一変して、急に僕に甘えてくる彼女。肩を摺り寄せて僕にしなだれかかってくる。
僕もそんな彼女の肩を抱く。そして素早く頬にキスをした。

ここには僕ら二人しか居ない。誰にも邪魔をされない屋上は、普段なら存分に睦み合える最高の隠れ家なのだが……。
既に普段の何倍も濃密な一日を過ごした身とすれば、これ以上は一刻も早く学校を出なければならない。
最後に残された僅かな良識が、なんとか踏み止まらせてくれる。


だというのに、僕の耳をレロっと舐めながら「誠君、食べて欲しいの……」
なんてストレートな求愛に、僕の良識は一瞬で砕け散り、燻り続けていた僕の黒い炎は一気に燃え上がった。

「響子っ!!」

……だけど、彼女を無茶苦茶にしたいという欲求は叶えられる事はなく。

「私を、じゃなく私の作ったお弁当を、よ」
僕の拘束をスルリと抜け出し、片手で僕の鼻をつまみながら、空いている手で鞄からお弁当箱を取り出した。


わざとだ……わざとに決まってる。まるで気ままな猫みたいに僕の気持ちを弄んでいる。
燃え盛っていた炎は今や鎮火寸前。あんまりにもあんまりな態度に拗ねてしまいそう。

するとそんな僕を見かねたのか、額にキスをされた。
「いいから食べて。……私は帰ってからよ」

その言葉に再び火がともってしまったが、ズイっと目の前に差し出されたお弁当を素直に食べることにした。


やっぱり女の子らしく、綺麗な盛り付けだ。
桜でんぶでハートが書かれたご飯、レタスの上に甘辛いタレで炒められた牛肉、プチトマトとウインナーを刺してあるものや
美味しそうに焼けてあるだし巻き卵にデザートにオレンジ等も入ってある。
――その中でも特に僕の目を引いたのは、鶏とさやいんげんに蓮根、しいたけ等の入った煮物だった。

「これは……」
「お義母様に教わったの。同じ味だったらいいけど……」
そう言って少し照れて、僕から目を逸らす。

確かにその煮物は僕の慣れ親しんだ味、記憶にある味と寸分違わず同じ味だった。
すぐさま胸をこみ上げてくる形容しがたい気持ち。さっきまで抱いていた劣情は消えうせ、何か温かい気持ちになった。
僕はその気持ちをどう口にしていいか分からず。

「ありがとう」

と感謝の言葉を口にしながら彼女を抱きしめた。
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