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私たちがあのコロシアイ学園生活を乗り切り。希望の象徴として全国にTV放映されていたのは知っていたが。
そのことにこんな反響があるとは思いもよらなかった。

「あなたがあの苗木誠君? 放送見てたわよ、すっごくカッコよかった!」
「テレビで見るより小っちゃくてかわいい~」
「そ、そんな……///」

「ねぇ? 彼女いるの?」
「どうかな苗木君? わしの娘なんかは」
「いやぁ……恐縮です。僕なんかに……」

………………なによデレデレして。

私が昼休憩から戻る際にロビーを通りかかったら、彼の姿が見えた。何人かが彼を囲んで談笑してる。つい癖で物陰に身を潜め聞き耳を立ててしまった。
どうやら機関の仲間たちと話しているようだが。
………………。



人類史上最大最悪の絶望事件により、世界中が絶望に覆われてもなお希望を捨てなかった人たちが学園を出てすぐの私たちを保護してくれた。
おそらくコロシアイ学園生活が始まってすぐに救出に向かってくれた人たちの仲間なのだろう。
彼らは“希望機関”の人間だと名乗っていた。

そして私たちを保護し、希望の象徴として機関に加わることを提案してきた。
無論断る理由もなく、彼らの一員として活動することを誓った。

最初の内はただのシンボルマークとして彼らの活動を手伝っていた。絶望を払拭し、希望を取り戻す手伝いだ。
あの放送のおかげで、希望を取り戻す人のペースが増したらしい。

実に激務だった。だったが『希望は絶望に負けない』という彼の言葉が現実になっていくのは、嬉しくもあり誇らしくもあった。
そして私が“超高校級の希望”と認めた彼の人気は凄まじいものがあった。


絶望に取り付かれた者にとって彼は、忌避し、憎むべき対象ではあるが、逆に希望を見出した者からは、尊敬され、歓待された。
何度となく危険な目にあっても絶望に打ち克ち、希望の言弾をぶつけ続けた。

そうして希望を取り戻せた者は勿論、もとより希望を保ち続けた者からは、本来ただの高校生であるはずの彼の前向きさ――すなわち“希望”により魅了されていった。



それがこの結果である。
確かに彼は魅力的だ。ああ見えて勇敢で、正義感に溢れて、バカがつくほど正直で、誰にでも分け隔てなく接して……こんな私にも。
実に行動力があって、それに彼の功績は皆が知るところだし、絶望の淵から救われた人からは教祖の様に崇められているようだし……。
彼が人気者なのはいい、別に構わない。それは彼が頑張ってきた事に対する正当な評価だ。

だけど、彼が異性に、女性に人気だとなぜか胸がざわつく……今まで経験していなかった感情だ。苛々する。
別に彼が人気者でもそれは当然の事なんだから。でも…………。



私たちは黒幕の江ノ島盾子に記憶を奪われた。ただその記憶も未来機関によって取り戻すことが出来た。
その記憶の中で私は彼に特別な感情は抱いていなかった。けれど、彼は誰にでも分け隔てなく接してくれるので、私の一番親しかった友人ではあった。……ただの友人のはずだった。
学園生活の記憶を取り戻したのにも関わらず、彼に抱くこの気持ちは何なのだろう。
友情? それとも、影に生きる私にはあんな風に構ってくれる人が居ないから人気者の彼に対する嫉妬?
それともまさか…………。いや、それは違うだろう。

ちょっと気分が悪いのだろう。私も彼に劣らず激務をこなしているのだから。それに不可思議な苛立ちを覚えるここを、一瞬でも早く離れたい。
私は彼と違って、希望を与えることは得意じゃない。ただ事実を突き止め、その証拠を叩きつける事しかできないもの。
精々染み付いた探偵としての才能を活かした、諜報活動のような裏方の仕事だが。
私が浴びるべき賞賛はクライアントからだけでいい。別に、彼に労って欲しい訳じゃない。


まるで彼から逃げるように足早にロビーを去った。
なぜ私が逃げる必要があるのか。チラリと振り返って彼を見るが、こちらに気付きもしない。余計に苛立った。


一旦気分を落ち着ける為に自室へと向かった。
その途中で、最近機関に入った男性に出会った。どことなく彼を彷彿とさせる、私より背が低い男性だからよく覚えていた。
私の進路の前に立ちはだかると、開口一番
「好きです。僕と付き合ってください」
と唐突に告げてきた。



「え?」
余りにも想定外の事態に、思わずそんな疑問符が口をついた。
「あのコロシアイ学園生活からずっと憧れていたんです」
「……からかっているのかしら。だったら相手を選ぶことね。私は今凄く不機嫌だから」
目の前の彼には何の咎もない、ただ少しばかり鬱憤を晴らそうと睨んだ。

「からかってるわけじゃないです。あなたのことが好きだから。好きだからこの未来機関に所属したんです」
私の鍛え抜かれた観察眼が、彼の決意読み取った。……どうやら本気らしい。
「物好きな人も居たものね……」
呆れと関心がすこし苛立ちを紛れさせた。

「霧切さん、今付き合ってる男性っていますか?」
「……いないわ」
積極的にグイグイくるみたいだ。……どこかの彼にも見習ってもらいたい。いけない……目の前の彼に失礼だ。

「だったら僕と」
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、私はあなたの事知らないし、悪いけど今はそれどころじゃないの。分かるでしょ?」
――そう、それどころじゃない。世界はまだ完全に希望を取り戻していないし、苗木くんが発案した計画の準備が忙しい。

「じゃあ好きな――」
「悪いけど用事があるから」
彼の言葉を途中で遮って、つかつかと廊下を歩く。
「僕諦めませんからー」
背後から何か聞こえたような気がしたがそれを無視した。同時に、この場に居ない私のストレスの原因が頭をよぎった。



今日の分の作業を終え、珍しく彼が誘ってくれた夕食をとりに食堂へ向かう。
再びロビーを横切ろうとすると、またもや昼間を彷彿とさせる光景を目にした。ただし今回は女性一人だったが。
自然に横切ればよかったのだろうか、またもや物陰に身を潜め、聞き耳を立てた。身についた習性はいかんともしがたい。
同時に胸がモヤモヤする。不思議だ。隠れず堂々とすればいいのに。なにか後ろめたい気もする。


「何ですか話って?」
「あのね、キミって鈍感だから単刀直入に言うね……私苗木君の事好きなの」
「えぇ!? 僕をですか?」
「そうなの。あなたって一見頼りなさそうに見えて実は凄く頼もしいし、凄くカッコいいじゃない」
「いや、でも他にもカッコいい人は……」
「私みたいな年上の女性はイヤ?」
「いや、その……」
「それとも実は彼女がいるとか?」
「……いませんけど、好きな人なら……」
「あぁ~残念。ちなみに好きな人っていうのは?」
「えぇ!? 言わないとダメですか?」
「勿論、私を振ったんだから」
「……僕が好きなのは一見とても冷たそうに見えるんですが、実はとても優しい霧切さんです。どんなに辛い現実があろうと、諦めずに真実を追い求める事を僕に教えてくれて」
「僕が超高校級の希望。なんて名乗らせてもらってるのも彼女のおかげで。あの辛いコロシアイ学園生活を、絶望に打ち克つことが出来たのも彼女のお陰なんです」
「記憶を奪われる前から、気になる存在でした。それがあの絶望を乗り切ったことで好意に変わって」
「僕の記憶だと彼女はそうでもないんですけどね……。でも僕の一方的な想いでも構わない。時間はまだあるんですから少しずつ好意を抱いてもらえれば」
「……そっか……諦めて私にすればいいのに」
「僕は前向きなのが取り柄ですから。すいません」
「謝らないで、私を振ったんだから精々お幸せにね」

彼女がロビーを離れ、食堂と逆方向に走っていった。
……とんでもないことを聞いてしまった。まさか苗木君が私の事を……
そんなまさか……だって私は…………記憶を失っていたとはいえ、少なくとも大事な友人を、隠された謎を解くために見殺しにしかけたのに。
嘘……。でも彼の言葉は……。
思考が上手くまとまらない。こんな経験も生まれて初めてだ。いや、父を失ったとき以来か……。

必死で思考をまとめようと、一旦ロビーを離れた。彼に見つからないように。

ロビーを少し離れたところで昼間の彼に遭遇した。
「霧切さん、どうかしたんですか?」
「なんでもないわ、今急いでるの」
彼にかかずらってる暇はない。どうしよう苗木君と夕食の約束があるのに……。いや今回は断ろうかしら……。
どんな顔して会えばいいのかしら……私をここまで悩ませるなんて苗木君の癖に生意気よ。

「……霧切さん」
「今急いでるの」
「他に好きな人がいるんですか?」
「っ!?」
無視しようと思っていたが、彼の一言に思わず反応してしまった。
ダメだ……私がここまで心乱されるなんて……。頭の中がグチャグチャだ。苗木君の事ばかり考えている。

「その反応はやっぱり……」
「何のことかしら」
極力冷静を装って聞き返すも、やはり苗木君の顔ばかり浮かんでくる。ダメ……落ち着いて、落ち着くのよ。

「苗木君ですよね?」
「!!!」
露骨に反応してしまった。これ以上ぼろを出す前にここから立ち去らないと。

「……そんなはずないじゃない。私が? 苗木君を?」
「僕、知ってるんですよ。十神さんから聞きました。霧切さんが苗木君に言った言葉を」
「そう……聞いたのね。まぁ、事実彼と一緒に行動しているものね。勘違いされてもしょうがないわね」
あのコロシアイ学園生活での彼を思い出す。決してどんなに絶望的な真実でも、目を背けず、友の死を乗り越えずに引きずっていくと誓った彼の目を。

「ごまかさないで下さい。苗木君が好きなんでしょ?」
「…………」
苗木君が好き? ……苗木君が…………好き? なんだろうか。
でも仮にそう考えると、彼に対する複雑な気持ちも苛立ちも説明が付く? 

改めて考える。あの時の私の気持ちを。記憶を失う前に抱いていた気持ちを。
私が彼を好き。……彼を…………好き。……好き。
私は彼が好き。苗木君が好き。好きなんだ。

「どうなんですか?」
「……そうね。私は苗木君が好き」
好きという気持ちを口に出した途端、凄く嬉しくて、温かくて、くすぐったいような気持ちで胸が一杯になった。
幸せ……なんだろうか。私は彼が好き。彼も私が好き。嬉しい。嬉しい。幸せなんだ。

「……そう、ですか……そんな嬉しそうな顔で言われたら、流石に身を引くしかなさそうですね」
「……ごめんなさい」
つい顔に出てしまったようだ。でも嬉しくて嬉しくて。こんなに嬉しいなんて思いもしなかった。

「どうか末永くお幸せに……僕は違う支部に異動願いを出しておきます」
「本当にごめんなさい」
彼に背を向け、来た道を駆け出した。


「遅れてごめんなさい」
「ううん、僕も今来たところだよ」
彼の優しさが嬉しい。彼が私の横に居るだけで嬉しい。

「あれ? どうしたの霧切さん。何かいいことあったの?」
「いいえ、別に。それよりも」
わからないようにいつもの様にしているつもりなのだけど、彼にはわかってしまう。そんなことも嬉しい。

「わっ……え!?」
「あなたが誘ったんだから」
私は腕を彼の腕に絡ませた。こうすれば、さっきみたいな余計なお邪魔虫は寄り付かなくなるだろう。

「は、恥ずかしいよ……」
「あら? エスコートしてくれないのかしら?」
「……うん、わかったよ」
そう言って私のほんの少し前を歩く。私より少し背が低いけれどとても頼りになる人。どうしようもなくにやけそうになる口を手で隠した。



さぁ後はどうやって彼の口から愛を囁いてもらうかだ。





「十神さん、あれでよかったんですよね」
「あぁ、これで俺に余計な世話を焼かなくなるはずだ」
「それより約束通りお願いしますね」
「この十神白夜。必ず約束は果たそう。十神家再興の折には二人とも重要なポジションで働かせてやる」


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