ナエギリだんがんアイランド【遊園地編】【図書館編】

 石で組まれた舗装道が続き、ジェットコースターの赤いレールが、島中を巡っている。
 どことなく滑稽なネズミの絵柄があしらわれた、中世風の城の背には、ゆっくりと回り続ける観覧車。
 夢の国、というのがぴったりな表現だろう。

 隣を見れば霧切さんが、落ち着かない様子で、言葉を待つようにして僕を見返していた。

「……とりあえず、一通り回る?」
「ええ、そうね。そうしましょう。そうするべきだわ」
 そわそわ、そわそわ。
 もどかしげに足を揺らし、表情は平静を装っていても、視線はあちらこちらを泳いでいる。

「もしかしなくても、楽しみにしてたり…する?」
「え、ええ…そうね、楽しみというより、興味深いものは…」
 いつものとぼけるフリもないので、相当なものなのだろう。

 そういえば、こういう娯楽のための施設には縁遠かった、と、以前から聞いていた気がする。
 電飾きらびやかなメリーゴーランド、楽しげなポップが鳴り続ける園内。

 よし、此処でくらいは、彼女をリードしよう。
 いや、別に遊びに来てるというワケでもないんだけれど。
 いつも負んぶに抱っこだから、せいぜい此処でくらいは。

「じゃ、じゃあ霧切さん、僕がs「行くわよ、苗木君」

 ガシ、と掴まれた腕。
 次の瞬間、体ごと引っ張られそうな勢いで引っこ抜かれた。
 こけそうになる暇もなく、ずるずると怪しいネズミの巣窟となっている門の向こうへ、引きずられていく。

「ちょっ、わ、っ……っと、待って、霧切さん! 早い、早いから!」
「時間は有限よ、ぐずぐずしている暇はないわ」
 声はいつも通り単調なのに、なんて分かりやすい浮かれ方なんだろう。
 彼女との歩幅の差を、なるべく考えないように努めながら、小走りについて行った。
 カップルが腕を組む、だなんて夢心地の次元じゃない。
 ちょっとした連行だ。発見されたてのグレイマンか、僕は。

霧切さんと遊園地にやってきた。


「で、えっと…何から調べる?」
「定番は絶叫マシーンかホラー屋敷ね。観覧車も良いけれど、それは締めにしましょうか」

 だから、何の定番なんだ。

「…あの、一応確認しておくけど、これ捜査だからね」
「……」
 恐る恐る提言。
 細めた目で、無言で、僕への不満を訴えてくる。
 いや、遊園地を楽しみにしていたであろう彼女にそんなことを言うのは、僕だって罪悪感を覚えるけれども。

「……貴方にいちいち言われなくても、分かっているわ…そんなこと」

 喜んでいる時は分かりにくいけれど、不満は割と露骨に表す人だ。
 言葉も声もキツくなるし、何より目が鋭くなる。


 不機嫌な時の霧切さんはそら怖ろしいけれど、拗ねてしまう彼女の子どもっぽさが、少しだけ微笑ましくもある。
 なんだかんだで、僕が歩き出せば、それでもその数歩後ろをとことことついてきてくれる、その微笑ましさ。

「あ、じゃ、じゃあ…その、現実の世界に帰ったらさ」
「……」
「一緒に行こうか、遊園地」
「……、…ホントに?」
 ぱ、と、本当に分かりにくいけれど、表情が明るくなる。
 子どもっぽい時の霧切さんは、まるで気難しい飼い猫のようだ。
 少しだけ頬に赤みが差して、満更でもなさそうに、また足元をもじもじさせる。
 喜んでもらえているなら、それが何よりだ。

 例えば僕なんかは、よく両親と妹と、家族ぐるみで遊園地やテーマパークに通うことは多かった。
 思春期にはそれを疎んだこともあったけれど、思い返してみれば貴重な思い出。
 霧切さんが一度も行ったことがないというのなら尚更、そういう思い出を彼女にも抱えてほしい。

 うん、そうだ、それならなるべく賑やかな方が良いな。
 彼女が先程言っていたデートのようなものも、僕個人としては魅力だけれど、彼女を楽しませるにはそれじゃ役者不足だろうし。

「そ、そうね…貴方が連れて行ってくれるというなら、私も…やぶさかでは、ないけど…」
「うん、皆で休日合わせてさ。朝日奈さんなんか、特に喜んで、くれると、……」

 ビキ、と、嫌な音を立てて空気が凍った。
 視線がスッと細くなり、先程まで穏やかだった顔に青筋が浮かぶ。
 ほんのりと引き攣らせるように微笑む口元が、背筋も凍るほどに怖い。
 愉快な音を立てて光る電飾の場違い感ったら。

 あ、何か地雷踏んだな、と、本能で理解する。

 何の地雷を踏んだかは分からないけれど、踏んでしまったことは分かる。
 本当に、不機嫌な時だけは分かりやすい人だなあ、と、他人事のように思いながらも、思わず気を付けの姿勢に。

「……苗木君」
「は、い」
「良い計画ね。本当に。貴方らしい良い計画だと思うのよ。楽しみだわ」
「あ、あの、」
「……さっさと済ませましょう。これは遊びでも、ましてやデートでもないのでしょう?」

 くる、と僕に背を向けて、足早に歩いて行ってしまう霧切さん。

「あ、僕、飲み物とか…買ってこようか?」
「……必要あるかしら」
「はい、スミマセン」
 気圧されて、自然と謝罪の言葉が口をつく。
 こうして、一つのアトラクションにも触れないまま、僕たちは足早に園内を回ったのだった。
 肩を怒らせて歩く彼女との歩幅の差に惨めさを覚えつつも、今までは僕の歩幅に合わせてくれていたのか、と改めて実感してみたり。
 分かりにくい彼女の優しさに触れて、懲りずに僕はクスリと笑ってしまい、

「……」

 その数瞬後に飛んできた殺気と視線に、再び身を竦ませることになる。


……霧切さんと、なんだか気まずいひと時を過ごした。


 彼女の不機嫌は遊園地を巡る間中続き、その歩幅に合わせるのが精いっぱいの僕は、終える頃にはへとへとになっていた。

 怒っている時の霧切さんは、僕とのコミュニケーションを徹底的に拒む。
 かろうじて後ろについて行くことは許してもらえたけれど、調査も彼女一人で全て済ませ、目も合わせてくれない。
 怒りが冷えないのも当然と言えば当然で、なぜなら怒らせた僕本人が、その理由を自覚していないのだ。
 鈍い鈍いとはよく言われるけれど、やっぱり今回も僕が何かしてしまったのだろう。

 けれども理由が分からないので、謝ることも出来ない。
 霧切さんは論理の人だ、謝罪するには、僕自身が何故霧切さんに申し訳ないと思っているかが明確でなければいけない。
 それも分からないまま、ただひたすらに許して欲しいから謝るというのは、そもそも失礼になるかもしれないし。

 まあ、そんなわけで。
 謝ることも出来ず、故に彼女の機嫌が治るワケでもなく。
 図書館の調査を兼ねて休憩を挟むことを提案したのも、空気に耐えかねた僕の方からだった。

霧切さんと図書館にやってきた。


「えーと…あ、何から調べようか」
「……貴方は休みたいのでしょう。どうぞ、座っていればいいじゃない。調査は私が一人でやってしまうから」
 一人で、の部分に、心なしか棘が。
 言うが早いか、霧切さんは本の森の中に、僕を残してずんずんと進んでいってしまった。

 ……相当怒らせてしまったみたいだ。
 プライドも高い人だ、やっぱり後から笑ったのが一番いけなかったんじゃないだろうか。
 いや、だって、拗ねてる霧切さんが可愛いから。
 等と、ぶつぶつと虚空に言い訳する、独り寂しく残された僕。とりあえず手近な椅子を引いて、座る。


 はあ、と、どこからか大仰な溜息が聞こえた気がした。


 ふと顔を上げると、机の端に古ぼけてくすんだ色の文庫本が置かれている。
 こんな本、座る前には置いてあっただろうか?
 不思議に思いつつも、何故か興味と指を伸ばしてみる。

 『そして誰もいなくなった』

 よく知っているタイトルと作者名に、興味を惹かれて、手に取ってみた。

「……私が調査で足を使っている間に読書だなんて、良い御身分ね」

「っ! …、…き、霧切さん…」
 背後から突然呼びかけられて、飛び上がりそうになる。
 驚かさないでよ、といつもの調子で言いそうになって、彼女の機嫌を損ねてしまっていることを思い出す。

「いや、読んでたワケじゃないんだ。机に無造作に置いてあったから、何かな、と思って…」
「…机に?」
「ホラ、普通、本は本棚にあるじゃないか。ちょっとした違和感だけど…もしかしたらバグかもしれない、よね?」

 思い付きで「バグ」を持ちだして言い訳してみれば、彼女も合わせて、仕事モードの顔つきになった。
 私情を抜きにした捜査時の霧切さんが相手の方が、今は良い。


「…ちょっと貸してもらえる? 読んでみるわ。おかしいところがあるかもしれない」
「え、危なくない…? 調べるなら、僕が読むよ」
「気遣いは結構だけど…貴方、コレを読んだことがあるの?」

 黙って首を振る。と、呆れたように肩を竦める霧切さん。

「……なら、おかしいところがあっても違いに気付けないでしょう」
「あ、そっか…」
 大人しく彼女に本を任せた。
 ああ、もう、情けない。

 それでも、一応会話は続けることは出来たので、と、無理矢理前向きに自分を納得させてみる。
 ペラペラと速読する霧切さんの隣に、さり気なく腰を下ろす。
 ピタ、と読む手を止めて一度だけ僕を見、また読書に戻った。

「えっと……、…」
「…聞きたいことがあるなら、はっきりと聞いてくれる? 別に、読むことに差し支えはないから」
「あ、いや、…大したことじゃないんだけど、どんな話なんだっけ?」

 再び向けられた目は、心なしか冷ややかだ。
 これほど有名な作品の、その粗筋すら知らないなんて、と、視線が非難している。

「…はぁ。クローズドサークルの典型、とでも言えば良いかしら」
「くろーず…?」
「外界から切り離された空間とか、そこで起きる事件のことよ」
「えーと、孤島とか、吹雪の中の山荘とか…? …なんか他人事には思えないね」
 そうね、と相槌を返して、再び霧切さんは本の中に戻って行ってしまう。

 実はクローズドサークルの話も、学園時代に霧切さんに既に叩きこま…教わった教養の一つだ。
 僕としては少しでも長く会話を持たせるのに必死なわけで、どうにかして話題を紡ごうと言葉を探る。

「あ、あと…あれだよね、なんだっけ…童謡殺人?」
「…知ってるじゃない。『見立て殺人』の典型ね。寓話や伝承に準えた事件が起こるのよ」
「……なんか、ホントに他人事には思えないんだけど」
「ええ、少なからず影響を受けているでしょうね」
 何が、とは、互いに言及しない。そこから先はメタ情報だ。
 それ以上いけない、と脳内で警鐘が鳴っている。話題を変えよう。

「あー、…じゃあ、つまり、この小説って結構代表的な推理小説だったりするの? その、教科書的存在、みたいな」

 いつか霧切さんに教わった言葉を、そのまま持ち出した。
 さすがに霧切さんも気付いたみたいで、きょとん、とした表情でこちらを見返す。

 数瞬見つめ合って、ふ、と、霧切さんの方が先に吹き出した。

「ふふっ…必死ね、苗木君」
「だ、だって、相当怒らせちゃったみたいだから…」
「それにしても、昔私が教えたことを…っ、ふ、…必死に話の種にして、あんな……」
 どうもツボに入ってしまったらしい。
 彼女の破顔は見たことがないけれど、それでも顔を背けながら、くつくつと愉快そうに肩を揺らしている。
 どうやら、もうそれほど怒ってはいないみたいだ。
 よかった。本当に。


「……その、ごめんね、霧切さん」
 ここぞとばかりに、謝罪の言葉を口にしてみる。
 彼女の怒っていた理由はまだ分からないままだけれど、何というか、そういう流れだろう。

「いいわよ、もう。貴方が何をした、というわけでもないし」
 何をした、というわけでもないらしい。
 本当に、どうして怒っていたんだろうか。僕も探偵だったら、きっと理解できるのに。

「そう、本当に…貴方らしい提案だったわ。どこかずれていたけれど」
「う…」
「……それでも、私を気遣ってくれたのよね」

 ありがとう、と、目を逸らしながら、聞こえるか聞こえないかほどの声で呟かれた。
 素直なんだか素直じゃないんだか、わからない。
 けれども決して悪い気はしなくて。

 偶然とはいえ、この本が出しっぱなしになっていたことに感謝しなくては。


「それにしても…例えミステリに興味がなくても、この話は教養として知っておくべきよ、苗木君」
「そ、そうかな…」
「どのジャンルでもたいてい有名どころを押さえている、という貴方の数少ない長所が台無しになってしまうわ」

 それは困る。
 僕の、本当に数少ないアイデンティティの一つだというのに。

 肩書に偽りありね、と、意地悪そうに笑んだ霧切さんの、ふと椅子の隣に、また別のミステリを積んでいるのに気づく。

「…その本たちは?」
「…あ、これ、は……その…」
 はた、と、彼女自身もようやく思い出したように、積んだ本の表紙を撫でた。
 見れば、『ABC殺人事件』や『モルグ街の殺人』など、聞き覚えのある作題が並んでいる。
 ちょうど名前だけ知っていて、中身には触れたことのなかったものばかり。

 首を傾げていると、歯切れの悪いままに、霧切さんはぼそぼそと告げた。

「あ、なたに…」
「僕?」
「…どうせ、知らないのでしょうから…紹介しようと、思って」

 嘘だ、と、すぐにわかった。
 いや、嘘というよりも、でっち上げの理由だろう。
 僕がミステリに造詣が深くないことを、彼女は今知ったようなものなんだから。

 だとすれば。先程の調査のうちに、僕に紹介するために集めていたとすれば、それは。

「……勘違いしないで欲しいのだけれど、…苗木君、これは」
「霧切さんも仲直りしようとしてくれてた、そのきっかけに…ってこと?」
「そっ、…、……別に、…ただ、貴方がそういう教養がないから、紹介しようとしただけで…」

 赤みの差した頬、ごにょごにょとすぼんでいく言葉尻。
 ホント、こういうときだけは分かりやすい人だ、と、思わず頬が緩む。
 相手の嘘を暴くのは得意なのに。


 けれども、なんだかむず痒いような、それでも居心地悪くもない、良い雰囲気だ。
 先程の失態を挽回するためにも、ここはもう少し踏み込んでみても良いかもしれない。

「で、でもさ、僕は…僕は読まなくてもいいかな」
 緊張でどもりながら言うと、怪訝そうな顔を霧切さんが見せた。

「どうして? …私のおススメは気に入らないかしら」
「や、そうじゃなくて。だって霧切さんが、内容は全部覚えているんでしょ?」
「ええ、まあ…」

「じゃあ文章を読まなくても、これから先も霧切さんと一緒にいれば、教えてもらえるじゃない」

 は、と、呼吸を吸う音。
 次いで、ギシ、と、軋む音。
 見れば、金魚のように口と目を見開いたまま、霧切さんが固まっていた。
 思わず顔を覗き込むと、ハッとしたように背けられる。

「あの…?」
「……そういう、ものじゃないでしょう、これは」

 背けた顔の向こうから、絞り出したような声。

「話の、…流れ以外にも、文章の技巧とか…雰囲気とか……実物を読まないと味わえないものだって、あるのよ…」
「あ、そっか。そうだよね…」

 どうも、反応が芳しくない。
 そんなにおかしなことを言ってしまったのだろうか。
 僕としては、『これからもよろしく』をちょっと格好つけて言ってみただけなんだけれど。

「……卑怯よ、苗木君。そういうの」
「え、何が?」
「……なんでもない」
 一瞬だけこっちを見遣る彼女の目が、また不満の色を浮かべている。
 どうせ天然なんだから、と、ぼやくように零す。

 ああ、またか。思わず肩が下がる。
 また原因の分からないまま、地雷を踏んでしまったのか。
 上手く持ち直したと思った矢先にこれだから、僕という奴は。

「…もうここに用はないわ。一応本の件は、レポートに書きとめておくだけにしましょう」
「あ、うん」

 すた、と思い立ったように立ち上がり、そそくさと出口へ向かってしまう霧切さん。
 どうも、上手くいかないことばかりだ。
 諍いのない人付き合いにはそれなりに自信があったんだけれど、それでも彼女にはまだまだ届きそうにない。

 先程と同じように、少しだけ広い歩幅を追う。
 やってしまった、と後悔して俯いていた僕は、彼女の耳がほんのり赤く燃えていたことに、後になるまで気付けなかった。


霧切さんと、ちぐはぐなひと時を過ごした。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。