kk13_242-243

「苗木君、ちょっといいかしら」
 朝、食堂から出た所で霧切さんに声をかけられた。彼女は寝ていないのかどうか、珍しく疲れた表情をしていて、それでもしゃんと姿勢よく立っている。
 僕は眉をひそめながら、
「霧切さん、ちゃんと寝ないとだめだよ」
「大丈夫よ。慣れているから」
 そういう問題ではなく。
 と、文句を継ぐまもなく霧切さんに手を取られ、ぐいっ、と強引に引っ張られる。
「ど、どこいくの?」
 足をもつれさせながらそう尋ねても、
「いいから」
 と、霧切さんは取り合ってくれない。
 しかたなく僕は口を閉じて、ずんずんずんずんと早足のペースで進む彼女の隣にどうにか並んだ。
 行き着いた先は図書室だった。
「入って」
 寝不足で充血した目をしながら、霧切さんは僕を見てそう簡潔に告げる。なんか誘拐犯に脅されてるみたいだ、なんて思った。
 図書室に入ると、霧切さんは司書机の前に僕を立たせ、そのまま天井まで伸びる本棚へと向かう。
 一冊、二冊、三冊、と本を引きぬき、そのまま戻ってくると、
「ん」
「持て、ってこと?」
「ん」
 しゃべるのも億劫とばかりに頷く霧切さん。無言のままずいっと僕に本を押し付けると、再び本棚の方へ。
 それを何度か繰り返した結果、僕の両手には二桁に届きそうな本が平積みになっていて、同じように霧切さんの手にも本の山ができた。
「戻りましょう」
 行儀悪くも足と肘で扉を開けた霧切さんの後に続きながら、僕はようやく彼女の用件を知った。
 ようするに、荷物持ちだった。
「入れ物とか用意すればよかったのに」
「……重いじゃない」
「何回かに分けるとかさ」
「……面倒でしょう」
 それはそうだけれど、と僕はため息を吐いた。
 霧切さんは無言で歩いている。ちょっと疲れた様子の空気をまとって、それがなんだかこちらを拒絶しているような気がした。
 仕方なく僕は視線を落とす。足元が、本の山に隠れてちょっと見にくい。
 と、視線が見知った文字を見つけた。
「あ、この本……」
 著者、腐川冬子。学友の名前だった。
「霧切さんもこういう本読むんだね」
 少し前に有名になったその本は、胸を焦がすほどに甘く切ない恋愛小説として人気を集め、確か映画にもなったはず。妹がすっごい感動した! とメールしてきたのを覚えている。
 いつもツンとしていて、あまりそういうのに興味が無さそうに見えた霧切さんも、やっぱりこういうのを読むことがあるんだ、とちょっと嬉しくなった。
「……悪い?」
「ううん、いいんじゃないかな」
 突慳貪に返ってきた言葉。けれどこっそり覗き見た横顔は、ほんのり赤く染まっていた、ような、気がする。


 その後も僕らは無言で歩き、寮の霧切さんの部屋までたどり着いた。
 霧切さんが悪戦苦闘しながら扉を開けようとする。
「本、持とうか?」
「重いわよ?」
「平気だよ。僕だって男だからね」
 霧切さんが一瞬目を見開いて、それから笑うように、
「そうえばそうだったわね」
「……」
「小さくて可愛らしいから忘れていたわ」
 無言で睨む僕の頭をからかいながら、あやす様に撫でて、霧切さんはドアを開けた。半開きにしたドアを身体で支えながら、
「半分頂戴。……残りは机の上にでも置いてくれればいいわ」
 笑みを含みながらの言葉にまた少しむくれながら、彼女の後に続いてお邪魔した。
 ぱたん、とドアの閉まる音。必要最低限のものしかない、殺風景な部屋。けれどどことなく甘い匂いは、霧切さんのものだろうか。ほんの少しドキドキする。
「このへんに置いてもらえる?」
「う、うん」
 予想外に散らかっていた机の上。散乱していた紙束を霧切さんは肘でどけ、作ったスペースに本を置いた。
 僕も、その隣へ。
「ありがとう、苗木君。助かったわ」
「いいよ。これくらい大して手間じゃないし」
 他人の空間にあまり長居しても悪い、と自分の部屋に戻ろうとしたところ、
「待って。……いえ、ちょっと廊下に出ててくれる?」
「え、うん。もう戻るつもりだけど……」
「そうじゃなくて、少しだけ待ってて欲しいの」
 よくわからない要求に首を傾げながら、僕は廊下へと出た。
 どうしたんだろう、と思いながら、壁に背中を預ける。本の山を持ったせいだろうか、少しだけ痛くなってきた腕をぷらぷらと振る。
 少しして霧切さんの部屋のドアが開いた。
 隙間から顔だけを覗かせた霧切さん。壁に背を預ける僕を見て、少し口ごもりながら、
「その……これ、お礼よ」
 と、綺麗にラッピングされた四角いものを放り投げた。
「え、わっ」
「ただのお礼、お礼よ、お礼だから。他意はないわ。勘違いしないように」
「え、え、え? あ、ありがとう……?」
「それだけ。……付き合ってくれてありがとう、苗木君」
 去り際に呟き、霧切さんはものすごい勢いでドアを閉めた。
 廊下に音が響く。思わず身をすくめる。手の中の贈り物が、少しだけ凹んだ。
「……なん、だったんだろう?」
 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、僕は部屋に戻り、ベッドに腰掛けながらラッピングを解いた。
 中から出てきたのは小さな箱。少し凹んでいるのは、さっき力を入れすぎたからだろう。
 その箱も開けると、メッセージカードと、
「……チョコレート?」
 はっと気づいてカレンダーに目をやった。
「そっか、バレンタインデーか」
 胸の奥から温かいものが沸き上がってきた。
 顔をにやけさせながらメッセージカードの下にあった、少し歪な形のチョコレートをひとつ、頬張った。
 ほろ苦い甘みが、口いっぱいに広がった。

『いつもありがとう、苗木君』
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