km1_827-838

「おいおいおいおい…ほ、ホントに大丈夫なんだろーなッ!?」

グラグラと世界が歪み始めたのを感じながら、アタシは左右田の声を確認する。
ジャバウォック島。
地獄のようなコロシアイ修学旅行の、まがい物の舞台。
今、そこからアタシたちは『現実』へと解放される。
――希望も絶望も乗り越えて、『未来』へと。

「皆…」

生き残り全員の顔を改めて眺める。
忘れるもんか、絶対に。

「……ッ、俺からかよ」

気付くと、九頭龍の体が何だか淡い光に包まれていた。
一瞬戸惑ったような表情を見せたけれど、すぐに九頭龍は決意に満ちた顔を見せる。

「いいか、テメェら。俺は覚えてるからな」

忘れたら転がすぜ?――それだけ言って、不敵に笑ったまま九頭龍は消えた。

「次はオレだな…」

「って、俺もかよ!」

「私も、です」

赤音ちゃん、左右田、ソニアちゃんも九頭龍のように光に包まれる。
赤音ちゃんもソニアちゃんも迷いのない笑顔だった。
…左右田はちょっと慌てていたけど、すぐに覚悟を決めたみたいだからよしとしよう。

「じゃーな! 先にメシにしてくるぜ!」

赤音ちゃんが消える。

「いいか、俺は左右田だ! 左右田和一だかんな!!」

左右田が消える。

「必ず、お会いしましょうね」

ソニアちゃんが消える。

皆が、消えていく。
そして――

「次は、アタシか」

体を包みだす光を感じて、アタシは呟く。
光は、思ったよりもずっと温かった。

「…先、行ってるからね」

「あぁ」

隣にいたアイツは笑う。ちょっと変わったな、と思った。
……『頼りない日向君』から少しはグレードアップしてもいいかな、と思えるくらいには。

「…あの、さ」

気付いたら喋っていた。
特に考えもしないで話しかけてしまった。
やっぱり、不安だったんだ。
もしかしたら、ここで『アタシ』が消えてしまうかもしれないから。
もしかしたら、これで『アイツ』が消えてしまうかもしれないから。
怖くて、仕方なかった。
でも――

「…大丈夫だ」

「え…」

何か言う前に、また日向が口を開く。

「俺たちは、絶対にまた会える」

――だから、待ってろ。
表情を変えず、日向は笑う。
その笑顔は、見ていて安心出来て。
これまで見てきたモノの中で、一番写真に撮りたいと思った。

「…当たり前でしょ! アタシが言いたかったのはもっと別のことよ!」

まったくもう、と呆れたように目を逸らす。
何となく、直視出来なかった。

「そっか」

日向は余裕のある笑みを崩さない。
何よ、その顔は。
それじゃ、まるでアタシの方が『子供』みたいじゃないの。

「…そうよ」

ちょっとだけ、ちょっとだけ悔しい。
よく分からないモヤモヤした気持ちと一緒に、アタシは。

「話の続きは、また今度」

忘れないでよ、と言い終わるか終わらないかで、視界が一瞬で暗くなる。
そして、意識が失せて。
アタシは眠りに落ちた、らしい。

帰ってきたんだ。
それが、まず目覚めてから思ったこと。
次に、薄暗い部屋の天井が見えて――

「小泉さん…ッ!」

カプセルのようなモノから身体を起き上がらせた先に、何人か仲間がいた。
肉体も精神も成長したような印象を与える人。
対して変わった風には見えない人。
アタシは…どうだろう?

「ここ、は…?」

「プログラムを受けるのに寝かせられていた部屋です」

答えてくれたのは、どうやらソニアちゃんらしい。
長い髪が短めになっていて、一瞬誰なのか分からなかった。
それ以上は、変化が見られない。
でも、その顔はわずかにこわばっていた。
きっと、服の中は目も当てられないのだろう。

「赤音ちゃん、は?」

周りを見回す。
ソニアちゃんの他には、九頭龍しかいなかった。
皆は――

「ウォー、ふぉきたか?」

聞きなれた声がして振り向く。
でも、そこには想像とは違う人がいて。
アタシは目を丸くした。

「ん? あぁ、見ての通り凄まじいほど痩せ細っちまった」

そこには、まさに健康そうな肉体を持っていた赤音ちゃんの変わり果てた姿があった。
骨と皮、という言葉がぴったりはまってしまうような、そんなことを思った。
例の『絶望』の爪痕は大きなモノだったんだ。

「俺は、この通りだ」

付け加えるような声にまた振り向く。
アタシの視線の先、九頭龍が片目を――仮想世界で見えなくなった方を見せる。
その瞳の色が九頭龍本人のモノとは違うことにすぐさま気付いた。

「…はっ、どうせ使わねぇ方だ」

「アタシは…」

服の下、体の方を見た。
火傷の痕、切り傷や打撲のような見れば分かるようなモノから、
奇妙に変色した肌、何で出来たのか分からないような傷が浮かび上がっている。
…血の気が引いたけれど、でも。

「ま、まだマシな方だな」

両手をひらひらと振って、九頭龍が言った。
フォロー、のつもりらしい。

「…左右田と日向は?」

ここにいない残りの二人の顔を思い浮かべ、アタシは聞いた。

「左右田はコイツのことを調べに行ってる」

そう言うと九頭龍は軽くカプセルをノックした。
…そうか、アイツはエンジニアなんだ。
今頃、皆のために少しは根性出しているのかな。

………日向は?
もう起きているの?
だんだんと気になりだして、アタシは皆を見回す。

「日向さんは外に行っちゃいましたけど…あ、小泉さん!?」

後ろから呼び止める声がしたけれど、アタシには聞こえなかった。
何をそんなに慌てていたのかは分からない。
とにかく、アイツに早く会って――――会って。
話がしたい。そう、思った。

仮想世界でも散々浴びた南国の光を受けながら、アタシは島中を走った。
島の施設を全て回ったけれど、アイツは居なかった。
どこにいるの?
どこに行ったの?
必死にあちこちを探し、見て、走った。
そして、日が傾き始めたころ。

「ひ、ひな、たッ」

ようやく、アイツが見つかった。
島の施設ではなく、アイツは呑気そうに最初に来たあの砂浜で座っていた。
呼吸もろくに整えずにアタシが声を掛けると、アイツはアタシを見て驚いたように目を見開い

た。

「小泉? 起きたのか」

「ま…まあ、ね…」

立ち上がって近づいてきた日向に荒い呼吸のまま応じる。
汗もかなり噴出しているのに気付いた。
…もしかして、アタシは今とても人に会うような見た目じゃなくなってるかもしれない。

「落ち着け。ほら、深呼吸」

日向が、苦笑している。
…なんだか、一気に顔が熱くなった気がした。

「う、ん」

慌てて俯く。アタシは大きく息を吸った。
………うん、かなり落ち着いてきた。

「ちゃんと…戻れたんだ?」

とりあえず言うべきことを口にしながら、日向の隣に並んだ。
夕日を受けて輝く海がそこにあった。
…なるほど、ずっと見ていて飽きないのかもしれない。

「もちろん」

それだけ返すと、日向も海の方を向く。
……お互い、何を話すこともなく、ただ眺めてた。
特に意味はないけれど、時間がゆっくりとなったような錯覚が起こって――安心を感じた。

「…そういえば」

ふと、思い出したように日向が声を上げた。

「例の続き、聞いてもいいか?」

「へ?」

何のことだか分からなくて、思わずアタシは間の抜けた声を出してしまった。
それから少し考えて、やっぱり分からなくて日向の顔を窺った。
そんなアタシの様子を見て、日向は困ったように頬を掻いた。

「いや、ほら、言ってたろ?」

ここを出る時にさ、と付け加えられて、やっと何のことか分かった。

「あ、あー…」

今の今まで忘れていたことを聞かれて、アタシはちょっとだけ黙った。
体育座りで砂浜に腰を下ろした。
日向もそれに合わせて座った。
じっと地平線を眺めながら、アタシは口を開いた。

「あのさ、アンタはここから出たらどうするの?」

元の世界に戻って、これから他の皆が元に戻ってくるように頑張って。
その先で、コイツはどうするんだろう。
そんなことを、思っていた。

「…うーん。考えてなかったなぁ」

唸るように日向は答える。
当然といえば当然の答えだった。

「まぁ、今はそんな深く考えないわよね、そんなの」

まだ見えてるわけじゃない遠い将来よりも目先の話のほうが、今はずっと優先しなきゃならな

いことだ。

「何でも出来るからな。じっくり考えるよ、後で」

「…改めて聞くとバカげた話ね」

気軽な調子で言う日向に、アタシは少し呆れ気味に返す。
現実味がなくて、『頼りない日向君』がずいぶんと遠くに感じられる気がした。
…まぁ、コイツの中身まで変わったわけでもないんだろうけど。

「小泉は?」

聞かれて、アタシはちょっと黙った。
そういえば、自分のことはよく考えてなかったな、アタシ。

「…うーん。ま、写真しかアタシはないわね」

悩んでから出した答えは、結局一つしかなかった。
…アタシ、取り柄ないのかなぁ。
少し自虐的な考えを抱いて、それから、急にあることを思いついた。

「そうだ、アンタもどう?」

「…何がだ?」

いきなりの言葉に、日向は面食らったように聞き返す。
やっぱりコイツはマヌケな顔してるほうがいいな、と、ふと思った。

「いや、だからさ」

改めて言い直す。
今度はちゃんと伝わるように。
若干の緊張を感じながら。

「アタシの助手でもしない?」

それは、アタシにとって結構な冒険めいたセリフだった。
日向が何か言う前に、アタシは畳み掛けるように続ける。

「ほら、やっぱ女一人で色んな所行くのって何かと不安じゃない」

必死さを感じさせないように、なるべく冷静になるように努めて。
はっきり、と。

「そ、それに…写真、教えるって言ったし」

…言おうと、したのに。
最後の辺りは、小声になってしまって。
アタシはそっと顔を膝に埋めた。

「そうだ、アンタもどう?」

「…何がだ?」

いきなりの言葉に、日向は面食らったように聞き返す。
やっぱりコイツはマヌケな顔してるほうがいいな、と、ふと思った。

「いや、だからさ」

改めて言い直す。
今度はちゃんと伝わるように。
若干の緊張を感じながら。

「アタシの助手でもしない?」

それは、アタシにとって結構な冒険めいたセリフだった。
日向が何か言う前に、アタシは畳み掛けるように続ける。

「ほら、やっぱ女一人で色んな所行くのって何かと不安じゃない」

必死さを感じさせないように、なるべく冷静になるように努めて。
はっきり、と。

「そ、それに…写真、教えるって言ったし」

…言おうと、したのに。
最後の辺りは、小声になってしまって。
アタシはそっと顔を膝に埋めた。

「うーん…なるほどなぁ」

日向はアタシの様子には何も言わず、真剣な調子で唸る。
…そんなに、悩んでくれるんだ。

「…ホントに迷うなぁ」

困ったように、日向が呟いた。
たくさん選択肢があると、それはそれで大変らしい。

「や、やっぱ後でいいわよね、そんなの」

顔を上げて、アタシは慌てて言う。
…どうしてこんなこと聞いたんだろ、アタシ。

「まぁゆっくり考えるよ」

快活に笑って、日向は言った。
その笑顔は、あの仮想世界で最後に見たモノと似ている気がした。
もしかしたらこれがコイツの心からの笑顔なのかな、と思った。

「…そ」

自然と笑みが浮かんだ。
何でだろ? アタシ、さっきまでちょっと不安だったのに。
何で、コイツの笑った顔見た途端に、ほっとしてるんだろ?
……そっか、アタシが慌ててあのカプセルの部屋から飛び出したのは――

「――日向さん! 小泉さん!」

そこまで考えたところで、後ろから声がした。
ソニアちゃんだ、とすぐに分かった。
たぶん、アタシたちを迎えに来てくれたんだろう。

「っと、そろそろ帰らないとな」

日向が立ち上がった。
いつの間にか、日は沈んで、夜になってた。
そうね、と返してアタシも立ち上がろうと――

「ほら」

日向がアタシに手を差し出した。
動きが、一瞬だけ止まった。
ま、待って。えっと、その、それってつまり……。
いや、でも、そうよ、ちょっと立つの手伝ってくれるだけよ、そう。
一秒ほど色々なことを考えて、アタシは。

「……うん」

手を、差し出した。
ためらうように伸ばした、小刻みに震えてるそれを。
日向はしっかりと取って、引っ張ってくれた。

立ち上がって、アタシは空を仰いだ。
無数に輝く星と丸い月は、夜の暗幕を彩って。
アタシたちのことを、強く照らしてくれた。

――いつか。
希望と絶望を乗り越えて、本当の『未来』がやってくる時が来たら。
そのとき、アタシは――きっと初めて、この気持ちが出せる――気がする。
だけど、その日までは。
アタシは、アタシらしく振舞っていよう。
だって、『恋する女の子』なんて、アタシらしくないじゃん?

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