心の拠り所

「う、嘘だ! こ、この俺が、負けるなんて!」
「事実は事実。現実を認めなさいませ」
「イ、イカサマだ! てめえ、イカサマしやがったな!?」
「見苦しいですわ。ギャンブルには必ず勝敗があり、わたくしが勝ち、あなたは敗れた。それだけのことなのです」
「うるせえ! このイカサマ女! 許さねえ!! イカサマ女ぁぁぁ!!!」

セレスとのギャンブル勝負に負けた男が、セレスに飛びかかろうとする。
しかし、すぐに周囲にいた黒服の男たちに取り押さえられた。

「こ、こんなのは夢だ……! あ、ありえない……!」
「では、ごきげんよう」
「ふっざけんなぁぁぁ!!! 俺が負けるわけないんだ!!! このイカサマ女がぁぁぁぁ!!!」

恨みがましく暴れる男を無視し、セレスがゴスロリ調のスカートを翻して立ち去ろうとする。
途中、観客席ではらはらと事態の推移を見守っていた苗木誠に、そっとウインクをしてみせた。



「はぁぁ……吃驚したよ。鬼か悪魔か、みたいな形相で……」

セレスのギャンブル勝負が終わり、苗木とセレスの二人は充てがわれた準備室で帰りの支度をしていた。
セレスに「一度、わたくしのギャンブルを見学に来ませんか?」という誘いに乗った苗木であったが、
彼以外の他の観客は富豪、あるいは参加しているギャンブラーの勝利を祈る必至の形相の家族ばかりだったので、
肩身が狭いことこの上ない。
そして、最後のあの騒ぎだ。

「人間というのは、最後の最後に本性が暴かれるものです。あの醜悪な姿が、あの男の正体なんですわ」
「でも……ちょっと可哀想だよ。あの人、これから恐ろしい負債を、一生かけて払わなくちゃならないんだよね……」
「同情はよしなさい、苗木君。あれは自業自得というものなのですから」

哀しげな表情を見せる苗木に、セレスは鼻で笑ってみせる。

「家族の命を人質に取られて無理矢理ゲームに参加させられた……とかなら、成程、同情もできます。
しかし、あの男がこのゲームに参加したのは自分の意思であり、ならば敗北の結果もまた自己責任なのです。
そもそも、借金を背負っている時点で、彼に同情すべき余地はありません。
苗木君。彼らには、真面目に働いて借金を返済する、という選択肢もちゃんと与えられているのです。
だけど、彼らはそれを選ばなかった。
真面目に返済することで失われる『時間と労力』、それとギャンブルで失われる『人生』とを天秤にかけ、
そして運否天賦の大博打に乗ったのです」

セレスの言うことももっともだ。
しかし、理屈で理解出来るからといって、感情で納得するわけでもない。
人一人の人生が潰えた瞬間を、この目で見てしまったのだ。
あまり気分の良いものではなかった。

「だけど、優しげで人が良さそうだったあの人が、あんな顔をするんだから……怖いね」
「人は心の表面、ペルソナだけしか見えませんから。その裏側までは知り得ませんわ」

支度が終わり、廊下に出る。
今回のギャンブルの会場は、25階建てのビルの20~23階までをぶちぬいて作られた遊技場だ。
二人はエレベーターに乗り、一階へとのボタンを押した。

「しかし一度剥がれれば、あのような醜い姿が顕になる。
ギャンブルは特に嘘付きの多い世界です。皆が皆、自分だけが他者を出しぬいて勝利を得ようと、嘘に嘘を重ねていますから。
隙を見せれば負ける。負けることはイコール破滅です。
だから、誰も彼もが必死になって嘘をつく。
誰も信じることの出来ない、敵しかいない孤独な世界……その頂点に立つ勝利者こそが、わたくし。
セレスティア・ルーデンベルクなんですわ」

なんだ、結局自慢がしたいだけだったのか。
苗木は苦笑し、セレスさんは凄いね、と褒め称える。
ピンポン、と音が鳴り、エレベーターが一階へと辿り着いた。

「苗木君。あなたはわたくしのナイトなのですから、そんなわたくしを守ることが、あなたの使命なんですわよ?」
「いや、ボク、ナイトになるなんて一言も」
「チッ! ……まぁ、苗木君はヘタレですから、暴力沙汰には期待しておりませんけど」
「ヘ、ヘタレって……ボ、ボクだって、女の子を守るためなら頑張るよ……」
「どうでしょうね? 口だけは立派でも、いざとなったら腰が引ける情けない男の多いこと。
苗木君も、仮面が剥がれたらその本性は……」

と、その時。
ピンポン、という音と共に、別のエレベーターが開いた。
黒服の男たちに囲まれ、意気消沈した様子の男が――セレスに敗北した男が現れ、セレスの姿を目に留めた。

「…………ッ!!!」

男の行動は迅速だった。
一切の躊躇などせず、一瞬の内に駆け出し、セレスへ向かって突進していた。
黒服の男たちが止める間もない。

「てめぇぇぇ、イカサマ女ぁぁぁぁ!!!」
「ッ!?」

目を見開くセレスへ向かって、男が拳を振り上げた。

「セレスさんっ!!!」

ガスッ!!!

咄嗟にセレスを庇った苗木の後頭部に、男の拳が突き刺さった。

「う、ぐぅぅ……!!」
「な、苗木君!」
「邪魔してんじゃねぇぇぇ!!!」

激昂した男が、やたらめったらに何度も何度も拳を振り下ろす。
苗木はセレスの頭を抱きかかえるように身を屈め、その背に本気の殺意が篭った暴力の嵐を何度も受けた。

「貴様、何をするか!」
「うぉぉぉ、離せぇぇぇ!!! あのクソ女のせいで、俺は、俺はぁぁぁぁ!!!」

すぐに追いついた黒服たちが、男を苗木から引き剥がす。
そして何度も殴り付けると、やがて男は大人しくなった。

「苗木君、しっかり! 大丈夫ですか!?」
「う、ぐっ……」

苗木のほうはダメージが酷いらしく、辛そうに顔を歪めて呻き声を上げている。

「すぐに救急車を呼んでください!」

セレスは黒服の一人に怒鳴りつけ、その場に正座すると苗木の頭部を自分の膝へと乗せた。
労るように、その髪を撫で付ける。

「申し訳ありません、苗木君を招待しなければ、こんなことには……」
「セ、セレス、さん、は、怪我は……?」
「ありません。全て、苗木君のおかげです」
「そう……」

苗木は、痛むのか眉を顰めつつ――
それでも、強張った表情ながらも、にこりと微笑みを浮かべた。

「良かった」
「…………!」

虚を突かれたように、セレスはハッとして苗木の顔を見る。
そしてすぐに、ギャンブル主催者の車で、彼らの息のかかった病院へと搬送された。

幸い、相手が素人の拳だったこともあって苗木の怪我はそれほど深刻なものではなく、
薬を塗られた後は、頭部を殴られたために一日だけ入院して、様子を見た後はすぐに退院出来るようだった。

「あの……セレスさん? ボクは大丈夫だから、帰ったほうが……」
「まさか。そんな無責任な真似、出来るはずがありませんわ」

主催者側のミスということで、苗木には本来VIP専用の個室が当てられている。
本来、面会時間はとっくに終わっているような時間帯なのだが、セレスは既に許可を貰っているようで、
苗木のベッドの傍に椅子を用意し、座っていた。

「改めて、苗木君には謝罪をしなくてはなりません」
「いいよ、そんな……」
「しかし、わたくしが苗木君を連れて来なければ……」
「それは違うよ、セレスさん」

苗木は首を横に振る。

「ボクがいようといまいと、あの人はセレスさんを襲っていたはずだ。
だから、ボクが身代わりになったことで、セレスさんが怪我せずに済んで、良かったよ」
「……あなたという人は」

セレスは顔を伏せると、スカートを握りしめて「ありがとう」と呟いた。
それは小さく、早口だったので、苗木の耳には届かない。
そしてセレスはすぐに顔をぱっと上げると、苗木の手をそっと両手で包み、

「苗木君、あなたはBランクに昇格ですわ」

と、言った。

「……え?」

一瞬、何を言われたのか分からず、苗木はきょとんとした顔を見せる。

「Bランクって……確か、世界に誰もいないっていう……」
「はい。苗木君が初めての、世界でただ一人Bランクとなった殿方です」
「ちょ、ちょっと待って! その、たった一回暴漢から助けただけで、それは早計なんじゃ……」
「あら、苗木君は、わたくしの目が節穴だとおっしゃりたいのですか?」
「そ、そうじゃないけど、でも……!」

なおも辞退しようとする苗木に、セレスはふふ……と、いつもの微笑を浮かべてみせる。

「苗木君、あの暴漢が現れる前に話してたことを、覚えていますか?」
「え?」
「人は必ず、自らの利になる行動を取ります。
表面上はどう取り繕おうと、最後の最後まで追い詰められれば、自分を守るために体裁など捨ててしまう。
――あの瞬間。わたくしを庇えば殴られると理解していながら、苗木君は身を挺して、わたくしを守ってくださいました」
「あれは……身体が勝手に動いただけで……」
「そう、苗木君、あなたは『絶対に他人を裏切らない』人」

じっ、とセレスは苗木の瞳を真摯に見つめる。

「……ギャンブラーは嘘付きが多い、と言いましたわ。
そう、生き馬の目を抜くあの世界で、他人なんて敵以外の何者でもない。
信じられるのは己の力のみ、寄ってくる者たちは全てわたくしを陥れようとしている刺客……
……だけど、苗木君。一人ぼっちは、寂しいのですわ。
疲れたときには、誰かに寄りかかりたくなる。
でも、ギャンブラーとして生きてきたわたくしには、もう誰も彼もが、信じられない存在としか映らないのです」
「そんな……」
「だから……わたくしは欲しいのです。
絶対に、わたくしを裏切らない、わたくしに忠誠を誓った者……
あるいは、わたくしが心を許し、何も考えずに寄りかかれる人を」

そして、と苗木の手をぎゅっと握り、

「苗木君……あなたは、そんな人になってくれる。わたくしは、そう思えてならないのです。
どうか、わたくしの永遠のパートナーとなっていただけないでしょうか……?」

ほとんど告白紛いの言葉を、セレスは口にした。
苗木は目に見えて狼狽え、顔を赤くしながら、なんとかこの状況から逃れようとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ! な、何分、急な話で、いきなり言われても困るというか……」
「いいえ、待ちませんわ」

だが、セレスは苗木を逃がそうとはせず、身を乗り出して苗木の顔に自らの顔を寄せる。

「わたくし、欲しいと思ったものは、絶対に手に入れる主義ですの」
「セ、セレスさん、顔が近い……!」
「うふふ。どんな手段を使っても、セレスティア・ルーデンベルクは苗木誠を自らのものとします。
では、恥ずかしいですけれど、受け取ってください。わたくしの、ずっと大事にしてきた、ファーストキスを……」
「え、ま、待っ……んん~~~~~!!?」

苗木とセレスの影が重なる。
時刻は深夜。防音設備は完璧な、誰も来ることのない二人だけの世界。
そして二人は(省略されました。全てを読むにはクロになって学級裁判で無事卒業してください)





翌日。
無事退院した苗木は、希望ヶ峰学園の寮へと戻った。
連絡を受け、駆けつけたクラスメイトの前で、セレスは突如苗木にディープなキスをかます。
俄に色めき立つ男性陣。怒りと嫉妬のオーラに包まれる一部女性陣。

「ライバルは多いですから、先にアピールしておきませんと。
言っておきますが、わたくし、負ける気はありませんわよ?」

艶っぽい流し目を放心状態の苗木に送りながら、勝ち誇った笑みを見せるセレス。
これからしばらく、忙しい日々になりそうだった。

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