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雨の日は嫌いだ。
あの重く垂れこめる、鉛色の空を見ただけで気が滅入る。多分、誰だってそうだろう。
そんなことを考えながら、ボク―苗木誠―はため息を吐いた。
窓から外を眺めても、目に入ってくるのは雨模様の空だけ。
せっかく作ったてるてる坊主は、なんの役にも立ってくれなかったみたいだ。
そのこともまた、ボクの気分を沈ませる。
「おはようございます、苗木君」
不意に、背後から聞き覚えのある声がした。
「あ、おはよう。舞園さん」
その声の主―舞園さんの方を振り向き…思わず、ギョッとした。
「えっと…どうしたの?ずぶ濡れだけど…」
そう。舞園さんは、その綺麗な青髪の先から足の先まで、水が滴りそうなほどにずぶ濡れだった。
「大したことじゃないですよ、ちょっと傘を家に忘れてしまっただけで……」
鼻声混じりで、彼女はそう答える。…普通、梅雨の時期に傘を家に忘れるだろうか?
まぁ…舞園さんはたまに天然なところがあるし、仕方ないのかもしれない。
「とりあえず体拭いたほうがいいんじゃない?風邪ひいちゃうかもしれないよ」
「それは…そうなんですけど…」
舞園さんは困ったように目を伏せる。
「…もしかして、タオルとかハンカチとかも家に置いてきた…?」
「はい。だからちょっと困ってて…」
「じゃあ、ボクの使う?まだ使ってないからさ」
バックからハンドタオルを取り出し、舞園さんに差し出す。
「本当に、わざわざすみません…」
「いや、別にいいよ…大したことしてないし」
「ありがとうございます。ちゃんと、洗ってから返しますから」
そう言うやいなや、舞園さんはボクの手からハンドタオルを取り、足早に駆けて行ってしまった。
…雨で濡れた舞園さん、色っぽいなぁ…

昼を過ぎても雨脚は収まらず、結局雨は放課後まで降り続いた。
ボクは日誌を書いていたせいで、他の皆よりも少し校舎を出るのが遅れてしまった。
急いで脱靴場へ向かったところ、そこでは不安げな顔をした舞園さんが空を見上げていた。
「あれ?どうしたの、舞園さん?」
「いえ…傘を忘れちゃったので、雨が止むのを待ってるんです」
あぁ…そうだった。だから、今朝はあんなにずぶ濡れだったんだ。
…でも『雨が止むのを待ってる』って、確か今日は終日雨の予報じゃなかったっけ?
「ねぇ、舞園さん。だったら、一緒に帰らない?ボクの傘結構大きいし、舞園さんスマートだから、二人くらいなら何とか入ると思うんだけど…」
「え?い、いいんですか?」
「うん。もし舞園さんが良ければ…」
「もちろん大丈夫です!実は、もしもこのまま雨が止まなかったらどうしよう、って思ってたんですよ」
舞園さんはそう言うと、いそいそと近づいてきた。
―そこで気づいた。
『ボクが傘を持ったら、舞園さんは窮屈なんじゃないだろうか?』
悲しいことに、ボクは舞園さんよりも5cmほど身長が低い。
普通はそこまで気にならない差だけど、傘という密室の中では、それは致命的な差になるんじゃ…?
かと言って、舞園さんに持たせるのも…男子としてどうかと思う。
「そうですね…じゃあ、二人で持ちましょうよ」
「え?」
驚くボクをよそに、舞園さんは続ける。
「ですから、二人で傘を持ちましょう、って言ったんです」
たまに彼女は、少し常識はずれなことを笑顔で言う。
でも今回は、その常識はずれがありがたい。
「うん。じゃあ、行こっか」
「はい!」
ボク等は二人仲良く、傘を握って歩き出した。

「ふぅ…久しぶりに、二人っきりでお話出来ますね」
「久しぶりだっけ?ボク、舞園さんとは結構喋ってるつもりだったけど…」
「なかなか、『二人っきりで』っていうチャンスはありませんからね…お互い、忙しいですし」
今朝も二人っきりだったような気がするけど…わざわざそんなことを言って、このいいムードを壊すのも嫌なので言わないでおいた。
「あ、そうえいばこの前、舞園さんが出てた番組見たよ」
「本当ですか!?嬉しいです…」
「ああいうの見ると、やっぱり舞園さんって雲の上の人なんだなぁって実感しちゃうね…」
「む…雲の上の人なんかじゃないですよ…私はちゃんと、ここにいますから」
舞園さんの傘を持っていない方の手が、ボクの手を握りしめてくる。
「うわっ…ちょ、ちょっと、舞園さん!?何するの!?」
「私を雲の上の人、って言ったことへの"オシオキ"です」
拗ねた顔つきで、彼女は平然とそんなことを言い張る。
【超高校級のアイドル】にこんなことをして貰えるとは、ボクの【幸運】も捨てたもんじゃないのかもな…
「あはは…ごめん、もう言わないからさ」
「…もう、次そんなこと言ったら、もっとヒドいことしちゃいますよ!」
『ヒドいこと』って何をするんだろう…その時のボクには、そんな好奇心と良心との葛藤があったけど…勝ったのは良心だった。
ということで、それからの帰路は雑談を楽しんだ。

翌日―天気は曇天。
どうやらここに来て、てるてる坊主がちょっとだけ仕事をしたみたいだ。
それに加えて今朝の占いが1位だったので、ボクは昨日よりちょっとだけいい気分で、学校に向かうことができた。

「あ、苗木君!おはようございます!」
「あぁ、舞園さん。おはよう」
朝イチから舞園さんの笑顔が眩しい。ベタな比喩だけど、本当に輝いているみたいだ。
「これ、昨日はありがとうございました!」
そう言って、舞園さんはカバンから白い布を手渡してくる。昨日ボクが貸したハンドタオルだ。
…もちろん、しっかり洗ってあるのだろう。
手渡されたそれを受け取り、何の気なしに舞園さんのカバンを見てみると…
「あれ?もしかして舞園さん、新しいストラップ付けた?」
「あ、気づいてくれましたか?昨日、自分で作ったんですよ!」
「へぇ~、上手だね!」
「そうですか?…そうだ!これもう一つ余分に作っちゃったんですけど…良かったら、いりませんか?」
「え、いいの?じゃあ、貰っちゃおうかな」
舞園さんはボクがそう答えるのを待ち構えていたかのように、瞬時にカバンの中からお手製のストラップを取り出した。
どうぞ、と手渡されたそれをよく見て、ボクの頭にある疑問が浮かんだ。
「ねぇ、舞園さん…このストラップのてるてる坊主、何で上下逆になってるの?」

「あぁ…それにはいろいろ理由があるんですけど…苗木君は、雨の日って好きですか?」
唐突に投げかけられた質問にちょっと面食らったが、その問いには正直に答えることにした。
「え…?う~ん…嫌い、かなぁ。ジメジメしてて、気分が落ち込んじゃうからね。舞園さんは?」
「私は、結構好きですよ。晴れの日とは違う良さがあるっていうか…何より、苗木君と相合い傘ができますから」
「…もしかして、それでストラップのてるてる坊主は逆さまなの?」
「はい。そうですけど…よく分かりましたね!エスパーですか?」
ホントにこの人のアプローチは積極的だ。…ボクが消極的すぎるのかな?
まぁどちらにせよ、嬉しいってことだけは確かだ。
「そんなわけ無いでしょ…これ、ありがとう。大事に使わせてもらうね」
舞園さんの視線を感じながら、ボクはバックにそのストラップをつけた。…しっかり、上下を逆さまにして。
『どうか雨を降らせてください』っていう祈りを込めて。

ついさっきまで雨の日は嫌いだったけど…あんなこと言われたら、好きになるなって方がどうかしてる。

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