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「あはは~、なんだかいい気分になってきたなあ」
「……大丈夫? だいぶ酔っているみたいだから、もう飲まないほうがいいと思うけれど」
「へーきへーき……ヒック」

希望ヶ峰学園を卒業して、私たち78期生はみんなそれぞれ別々の道を歩み始めた。
私は探偵業に専念することを決め、大学には通わず事務所で依頼を待つ日々が続いている。
そして、ただいま目の前で絶賛泥酔中の彼――苗木誠君は、国立大学で勉強を頑張っているらしい。

「あれ、霧切さん手が止まってるよ? もう飲まないの?」
「私まで酔ってしまうとどうなるかわからないから、やめておくわ」
「じゃあボクが酌んであげるよ!」
「会話が成立しないレベルでひどいわね」

飲まないと言ったのに、苗木君は私のグラスになみなみとお酒を注ぐ。
……彼がここまでアルコールに弱いなんて知らなかった。
ため息をつきながら、私は彼に安易にお酒を勧めたことを若干後悔する。

「あなた、今までアルコールを口にしたことはなかったのよね」
「うーん?……そうだねー、今日が初めてだね」
「今後は飲酒しないことを勧めておくわ。飲むにしてもグラス一杯までにしておきなさい」
「なんで?」
「そうね。理由は明日の朝にでも説明してあげるわ」

壁に掛かった時計を見ると、ちょうど午後10時になろうかというところ。事務所で飲み始めたのが9時半ごろだったので、およそ30分で苗木君はべろんべろんになってしまったというわけだ。
そもそもどうして2人で飲むことになったのかというと、きっかけは昨日彼が私のもとに依頼を持ってきたことにある。
依頼の内容自体はそう大きなものではなく、本日無事に解決することができた。特に詳しく語る必要はないだろう。
問題はその後。お互いめでたく成人したのだから、せっかくだし飲もうか、という流れになった。
卒業して以降もメールのやり取りくらいは行っていたものの、こうして直接会う機会はなかなかない。久しぶりに彼との時間を過ごせると思い、内心喜んでいたのだが。
……少し、いやかなり予想外の展開になってしまっている。

「苗木君、もういい加減にやめたほうが」
「えいっ」

お酒の瓶を取り上げようとした瞬間だった。苗木君が腰を上げたかと思うと、一目散に私の体に抱き着いてきたのだ。

「ちょっ、苗木君!? いったい何を……」
「ふとももー、霧切さんの生ふとももだー。すりすり」

私の脚に頬ずりをする彼の表情は、ものすごく幸せそうだった。ちょっぴりくすぐったい……ではなくて!

「やめなさい苗木君、さすがにこれは立派なセクハラよ!」

顔が熱い。今鏡を見れば、間違いなく赤面した私の姿が映ることだろう。しかしそれは彼のように酔っているからではなく、羞恥から生じたものだ。
とにかくやめさせなければ。私も恥ずかしいし、酔いから覚めた時の苗木君がこのことを覚えていれば確実に自分を責めるはず。彼の心のためにも、ここは――

「想像通りの心地よさだよ。ずっと前からすりすりしたかったんだ……」
「!?」
「霧切さんのふともも、さいこー」

ず、ずっと前から……? つまり、私の体に前々から興味を抱いていた?

「ね、ねえ苗木君。あなたは、『私の』ふとももに頬ずりしたいと思っていたのかしら」
「うん、そうだよ? ボクが見てきた中で最高のふとももだったからね」
「そうなの……へえ」

これは、喜んでいいのかしら。

「私も少し酔ってるのかもしれないわね……」

こんな変態的なセリフでうれしがっている時点で、私も若干ネジが外れている。
でも、まあ……ずっと望んでいたことなのだとしたら、もう少し触らせてあげてもいいのかもしれない。翌朝の苗木君の心のケアについては、また後で考えるとしよう。
それよりも、である。

「苗木君。聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」

今の彼は、羞恥心を失っているがゆえに本音を簡単に漏らしてしまう状態。少し卑怯だけれど、踏み込んだ話を聞かせてもらうことにした。

「あなたから見て、私は……女らしいと思う?」
「ヒック……うん?」

私の問いにしばしぽけーっとしていた苗木君は、とろんとした瞳でこちらを見つめる。小動物みたいでちょっと可愛いと思ってしまった。

「霧切さんは、顔もいいし? スタイルもいいし? 女らしいと思うよ~」
「そ、そうかしら。あなたがそう言ってくれるなら、私――」
「あとは朝日奈さんくらい胸が大きければねー」
「………」

このアンテナ、引っこ抜いてもいいかしら。

「上げて落とす……苗木君のくせにやってくれるわね」
「霧切さーん。髪が痛いんだけどー」
「いい加減ふとももから離れなさい」

苗木君の頭を少し持ち上げ、拘束されていた脚を引き抜く。

「あう」
「もう寝なさい。さっきも言ったけど飲み過ぎよ」
「うう……ふともも……」
「十分堪能したでしょう。次は朝日奈さんの胸にでも顔をうずめればいいじゃない」

酔っ払いの発言に、何をイライラしているのだろうか。
自分でもそう思うけれど、感情の抑制がうまくできない。
「ほら、布団敷いてあげるから」

「それは違うよ」←イケメンボイス

「っ!?」
「ボクが胸に顔をうずめるなら、それは霧切さんの胸以外ありえないよ」

床から顔をあげた苗木君は、なぜかスイッチが切り替わったかのように真面目な表情になっていた。
一瞬酔いが覚めたのかと考えたが、顔は赤いままだしおそらく違う。というか、普段の彼はこんなストレートな言い方はしない。

「ど、どうしてかしら」
「ボクが好きなのは霧切さんだけだから」
「………え」
「だから、セクハラするとしても君にしかしないよ」

……少し落ち着きましょう。
安直に考えれば、私は彼に突然の告白を受けたという結論になる。
なので、彼の発言をもう一度振り返ってから改めて答えを出してみる。

――ボクが好きなのは霧切さんだけだから。

やはり告白されている……

「苗木君。今の言葉、酔った勢いで出た冗談ではないの?」
「正真正銘、ボクの本心だよ」

本心からの告白らしい。あくまで酔っ払いの自己申告には変わりないのだが、でも。

「それで、霧切さんはどうなのかな」
「え? どう、って」
「ボクは自分の気持ちを言ったよ。だから、霧切さんの気持ちも教えてほしいな」
「ちょ、ちょっと待って。そんなこと急に言われても困るわ」
「お願い、霧切さん」

押される。
徐々に物理的距離を詰められると同時に、心理的にも追い込まれてきている。
まさか、酔った苗木君がここまで押しが強いなんて。

「……わかったわ」

考え抜いた末、覚悟を決める。私の体の中のアルコール成分が、この選択に力を与えた。

「苗木君」

高校時代から秘めていた想い。いつか伝えようとしながらも、最後の一歩が踏み出せなかった想い。

「私は、あなたのことが」

「………すぅ」

「……苗木君?」

いつの間にか、彼の目は閉じられ、規則正しい息遣いだけが続いている。
やがて体が床に倒れこんだが、ぴくりとも動かない。
つまるところ、寝ていた。それはもう、とてもとても幸せそうに。

「………ふ、ふふふふ」

このアンテナ、切り裂いてもいいかしら。


「うぅ……」

目が覚めると、頭がズキズキ痛んでいた。しかも体がすごく重い。おまけに、自分がいつ寝たのかも思い出せなかった。

「えっと、昨日は確か霧切さんとお酒を飲んで……」

駄目だ、一杯飲んだあたりから記憶が飛んでいる。酔っぱらって意識が曖昧になっていたのだろうか。

「おはよう、苗木君」

とりあえず布団から出て部屋を移動すると、デスクでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる霧切さんの姿が。

「おはよう。ところで霧切さん。実はボク、昨日の夜のことよく覚えてないんだけど……何か迷惑かけたりした?」
「そうね。迷惑がかかったと言えばかかったのかもしれないわ」
「そ、そうなの? ごめん!」
「いいのよ。今はそれより大事な話があるから」

新聞を置いて、彼女はボクの方に向き直る。大事な話って、いったいなんのことだろう。

「苗木君。私、告白されたの」
「え? ……えええっ!? だ、誰に!?」
「さあ、誰でしょうね」

そんな言い方するってことは……まさかボクの知っている人物なのか?でも、ボクと霧切さんの共通の知り合いと言えば、それこそ希望ヶ峰学園のみんなくらいしかいない。

「予想がつかないかしら」
「うん……情報量が少なすぎるよ」
「ならヒントをあげるわ。その人は、昨夜私とお酒を飲んでいた」

昨夜霧切さんとお酒を飲んでいた人物。それは……え、ボク?
思わず自分を指さして聞くと、彼女はこくりと頷いた。

「そんな、ありえないよ。ボクが告白したのならボクが覚えてないのはおかし」

い、と言いかけたところで。今のボクは、昨夜の記憶をきれいさっぱり失っていることに気づいた。

「あなた、酔っぱらうと直情的になるのね」
「う、うそ……」

にやりと笑う霧切さん。がくりと膝から崩れ落ちるボク。……なんてことだ。まさか自分が知らないうちにそんな重大な出来事が起きていたなんて……

「本当なら、私はあなたの告白を忘れるべきだったのでしょうね。酔った勢いで出た愛の言葉なんて、なかったことにするのが一番いい。それが最も丸く収まる」

でも、と。彼女は首を横に振り、ボクの顔をじっと見つめる。

「私は探偵。だから、どうしても真実を追求したくなってしまうのよ」
「そ、それって」
「苗木君。あなたの気持ちを教えてくれないかしら。酔っぱらっていない、素のままのあなたの気持ちを」

心なしか、霧切さんの頬が赤く染まっている。それによく観察してみれば、体がこわばったりもしているようだった。……もっとも、顔が赤くなって緊張しているのはこっちも同じなんだろうけど。

「わかったよ」

覚悟を決める。記憶にはないけれど、一度は言ったであろうことをもう一度繰り返すだけだ。

「ボクは、君のことが――」


おしまい。ここからの展開は各自で想像してください
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