ファーストキスはあなたから

 外の世界に出てから、二人の関係が仲間よりも深いものに変わるまでそう長くはなかっ た。学園を出た後成り行きから二人は同じ部屋で生活を共にすることになり、彼らはお互いに惹かれ合い、そして自分たちの気持ちを自覚したのだ。それを最初に伝えたのは意外にも苗木の方だった。当然ながら霧切は彼を受け入れた。それからもう、三ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。

「ねぇ、苗木君」

 霧切がいつもの落ち着いた口調で、就寝しようとベッドに潜り込んだ彼の名を呼ぶ。苗木はすぐに起き上がり、彼女へ体を向けた。ベッドの上であぐらを組み、立っている霧切に目線を合わせるため少し上を向いて彼は上目遣いになる。

「どうしたの? 早く髪乾かさないと風邪ひくよ?」
「ええ。でも、少しだけ話をしていいかしら? 隣、良い?」

 苗木が肯いてあぐらを組んでいた脚を下ろすと、彼女は静かに彼と密着するように腰を降ろした。同時に苗木の鼻腔が刺激される。シャンプーの香りだろう。霧切は風呂あがりだった。綺麗な紫がかった銀髪は濡れて、白い頬は少し紅潮している。苗木の視線が彼女の髪、白い鎖骨、潤いのある唇へと流れる。
 苗木は、毎晩そんな霧切の姿を目にし、共同生活を始めたばかりの頃はとてもではないが、 彼の心は穏やかではなかった。しかし、今ではさすがに慣れてしまっている――が、何も感じないというわけではなかった。

「私達がお互いの気持ちを確かめ合ってからもう三ヶ月になるわ。けれど、よく考えたら学園に居た頃と何も変わっていない気がするのよ。」

 彼女はおもむろに口を開くが、普段と同様に、すぐに本題に入るがストレートには言わない。苗木に諭させるためだ。

「えっと、急にどうしたの? 霧切さん。どういう意味?」

――ああ、そうだ。この人は超高校級の唐変木だったわ。

 霧切は溜息をついた。こういうことに関して自分が積極的に行動できる性格ではないことを彼は知っているのだから、もう少しリードをするべきじゃないのか。いやそもそも、男性なのだから女性をリードするのは当然じゃないのだろうか――そう考えて頭を痛める。

「あの、霧切さん? 僕何か気を悪くするようなことしたかな?」

 苗木は霧切が怒ったと思ったのだろう。彼女の意図を読み取ることはできなくても、機嫌には敏感になっているようだった。

「……むしろ三ヶ月も経つというのに、何もしてこないのが悪いのだけれど」
「……え? えぇっ!? そ、それって…エ」
「それ以上言ったら殴るわよ? はぁ。それから、もっとよく順番を考えてちょうだい。……苗木君、ここまで言えば分かるわね?」



 霧切の頬は入浴によるものとは別の理由で赤く染まっているようだった。彼女の言う通り苗木でもそこまで言われたら霧切が何を求めているのか分かった。途端に苗木は彼女と同様、いやそれ以上に赤面して明らかに動揺し始める。

「あ、あの!えっと、ぼ、僕経験がなくて!」
「わ、私だって経験なんてないわよ。あなたと以外なんて……」

 そこまで言うと霧切の顔はさらに真っ赤になり、苗木もあからさまに照れている。端から見ると彼らが恋人になって三ヶ月も経っているとは到底考えられないほどに初々しい。
 それなりに覚悟を決めたのか、苗木が霧切の方にしっかりと体を向けた。

「えっと……き、霧切さん」

 苗木が霧切の肩に両手をかけて目を見ると、霧切はピクリとした。彼女も普段では決して見られないほどにうろたえており、相当恥ずかしそうではあるが、苗木の目をしっかり見つめ返した。

「い、良いかな?」
「……こ、こういうのって、雰囲気とか流れが大事なんじゃないかしら?」
「う、うん。ごめ……」
「謝らないで」
「あ、ご……わかった……」

 苗木はゴクリと生唾を飲んだ。彼女を見つめていた彼の目が一瞬下方へずれて、唇を見る。

「霧切さん、目……つぶってくれる?」
「……これでいいかしら?」
「うん……」

――どうしよう、なにか言ってからした方がいいのかな? このまましていいのかな?

 この期に及んで苗木が所作について悩み出したとは知らず、視界を閉じた霧切は来るであろう感触を待っていたが一向に来ない。すると彼女の何かがプツリと切れた。そして目を開けると彼をキッと睨みつける。

「わぁっ、霧切さん何で目開けて――ふっ!?」

 気づけば至近距離に霧切の顔がある。苗木の唇は霧切の唇と重なっていたのだ。
 煮え切らない苗木を待ちきれなかった霧切は、彼が着ていたシャツの首元を両手で乱暴に掴んで引き寄せ、ついにファーストキスを捧げたのだった。しかし、恥ずかしさのあまりそれは長くはなかった。
 霧切は彼の首元を掴む両手をバッと伸ばして、顔を離す。そして苗木から顔を背けて立ち上がった。

「……二回目は絶対にあなたからでないと許さないから。……私は髪を乾かしてくるから
苗木君はもう寝てしまって構わないわ。おやすみなさい」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ霧切さん!」

 苗木の静止の言葉も虚しく、霧切は一度も彼に顔を向けることなく、その場を去って行った。苗木は赤い顔のまま彼女が消えた方向を見つめ、ベッドの上で呆けているしかなかった。


― END ―
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