あなたの隣で 3章 空白の6年間(2)

「ねぇ、誠君」
「何?」

 誠はロンドンに着いてから真っ直ぐにここへ来たため、昼食をとっていなかった。それを聞いた響子が用意してくれたものを食べているのだが、それはやはりカップ麺だった。
せっかくの彼の一世一代のプロポーズの余韻も台無しである。しかし、それでも誠はこうして響子と一緒に居られるのが何より嬉しかった。ちなみに響子は、誠がちょうどロンドンへ着いた頃に、
彼が今食べているものと同じカップ麺を食べたらしい。そのカップ麺をすすっている誠に響子は尋ねた。

「あなたの6年間を聞いてもいいかしら? 私は淡々と探偵の依頼を受けていただけで代わり映えしない日々を送っていたのだけれど……」
――あなたは、色々あったのでしょう?

 確かに色々あった――誠は過去を振り返る。しかし、彼は敢えてしれっと嘘をついた。ある目論見を思いついたのだ。ごく自然に、笑顔を彼女に向ける。

「うーん、別にこれといって何もなかったよ」

 明らかな嘘をつかれて響子は眉を顰めた。彼女は誠の目論見通りの言葉をいつもの落ち着いた口調で言い放った。

「私に嘘をつくなんて……誠君のくせに、生意気ね。大体さっきあなたは、”身長だけは努力じゃどうにもならなかった”って言っていたじゃない。つまりそれは他の部分では努――」
「ぷっ、ふふふふっ……あはははっ」
「……何を笑っているのかしら?」

 誠は彼女の反応が自分の予想通り過ぎて、彼女が話している途中にもかかわらず、つい噴出してしまい声に出して笑った。
一方響子はいつもだったら……いや、6年前であればすぐに謝罪の言葉を述べているはずの誠が、謝るどころか自分の話を遮って大笑いし始めたことに内心驚きを隠せない。

「いや、ごめんごめん。響子さんの"誠君のくせに、生意気ね"って台詞を聞きたくてわざとバレるような嘘をついたんだけどさ、あまりに、君の反応が予想通りすぎて、ふっ、ははははっ」

 涙目になりながら相変わらず笑い続ける誠から、そこまで聞かされて響子は彼に手玉に取られたことに気付いた。
いつもの響子であれば、バカ正直な誠程度のいたずらや嘘はすぐに気づき、逆に騙し返すくらいのことはしているはずなのに、すっかり彼の罠にはまってしまった。
6年ぶりの再会と彼からのプロポーズの影響でまだ、本来の冷静さを欠いたままだったのかもしれない。それでも響子は、表情には出さないものの悔しいものは悔しかった。

「本当に、生意気になったものね。そんな人には、この貴重なカップ麺は食べさせられないわ」

 仕返しのつもりだろう。彼を非難するとすかさず、響子は誠の食べているカップ麺を没収しようと手を伸ばす――が、失敗した。ひょいっと、いとも簡単に誠は彼女の仕返しを躱したのだ。

「ごめんって。そんなに怒らないでよ。それに、僕も無駄に6年過ごしたわけじゃないからね。簡単には取られないよ」
「……別に怒ってないわ」

 かつてはからかう側だった響子が、6年経って誠に再会してみたら反対にからかわれた上に仕返しすらも躱された。誠が明らかに色々と成長したということは分かっているし嬉しいのだが、この状況は面白くなかった。
 そんな響子にも構わず、楽しそうに笑っていた誠は笑い止むと、ふと遠くを見るような目をして呟いた。それは彼自身にも再認識させる為に放たれたようにも感じられる。

「僕の6年間ね。うん、本当に色々あったよ……」


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