記憶の彼方の親友

Beautiful Years ~記憶の彼方の親友~



見渡す限りの瓦礫の山。何も、無い。
本当に、ここは自分達が住んでいた街なのかと、私も当然の如く疑った。
学園を脱出した矢先に見るこの光景。
例えるなら、夜にカラオケやネットカフェなどに入って、寝ずに一晩過した後に外に出た時の、何とも言えない違和感。そして……喪失感。
目の前にあって、当然だったものが無くなっている。
……成程、確かにこれは"絶望"だ。ご丁寧にも、奴は『失う恐怖による絶望』と、『失った後の絶望』の二通りを用意していたのか。
……全くもって、悪趣味である事この上無い。

ふと、私は足元に落ちている物に目をやった。
ピンク色の、動物らしきもののアップリケが着いている手袋が落ちている。
ボロボロだが、私はそれを何となく手に取ってみた。

「ッ!?」

突然、頭の中でで何かがフラッシュバックする。
脳天に弾丸を撃ち込まれたような、ショックだった。

「……さ、や…か…」

そして私は、そんな言葉を口にしていた。
否、言葉ではない。
人の……名前。私にとって大切な……名前。

そんな合間にも、フラッシュバックは止まらず、私の頭の中を決壊したダムの如く流れ出した。










希望ヶ峰学園。超高校級の才能を持つ若者達を集め、この国の将来を担う人材に育て上げるエリート教育機関。
この学園を卒業した者には、絶対的な成功を約束されていると言われるほどの超名門校である。
その放課後の生徒達が行きかい混み合う玄関口で、私―――霧切響子は人を待っていた。

「おまたせー!」

そう言って手を振りながら駆け寄ってくる人物に、私はいつもと変わらない返事を返す。

「予定は大丈夫なの?さやか」
「うん、マネージャーには何とか都合つけてもらっちゃった。それよりごめんね響子、遅れちゃって」
「別に気にしてないわ。それより、時間がもったいないから早く行きましょ」
「そうね。早く行きましょうか」

場所が玄関口ということもあってか、長居する場所としては適切ではない。
私とさやかは、今日学園で起きた出来事の思い思いを口にしながら、玄関口を後にした。



彼女―――舞園さやかは、国民的アイドルグループのセンターマイクを勤めており、更なる将来の発展を夢見てこの希望ヶ峰学園に入学した、『超高校級のアイドル』である。
そんな彼女と私が、何故こうして親しく友人同士でいられるのかは、私でも未だに『運』という表現を使わずには説明出来ない。
自分がさやかの友人として釣り合いが取れているとはあまり思えない。こう言うと、朝比奈さん辺りから「また苗木みたいな事言っちゃって~」とぼやかれるけれど。
しかし、私にはそうした友人がそもそもあまり多くないのだから如何ともし難い。さやかもこの学園に入学してから初めて出来た友人である。
今まで引き受けてきた事件の中で、芸能界の関係者と関わる場面も多々あったが、友人と呼べる程に親しくなる事など当然の如く無かった。
けれどやはり、切欠は私の肩書きが『超高校級の探偵』であった縁からだろうか。
事実、私とさやかが懇意になった切欠も、それが関係したある事件があってからの事だった。

そして私とさやかは、今では学園中で『超高校級の親友』として語り継がれている。
私としては、超高校級でも何でもなく、さやかとは普通に友人として接しているつもりなのだけれど。
超高校級と呼ぶのなら、むしろ朝比奈さんと大神さんじゃないかしら。
…ごくたまに、"ベストカップル"などと言うフレコミも耳にするけれど、意味が分からない上何やら危険な感じがするので詮索しない事にしている。
ちなみに、苗木君と桑田君は『超高校級のマブダチ(桑田君自称)』、石丸君と大和田君は『超高校級の兄弟』なのだそうだ。

「この服、響子に似合うじゃないかな」
「…私には派手過ぎるんじゃないから」

とあるショッピングモールにやって来た私とさやかは、ファッションブティックで、服をあれこれと眺めていた。
さやかは芸能人という事もあってか、存外に普段こうした年相応の行動が中々出来ないのだが、私と出掛ける時はストーカー対策にもなって安心して買い物が出来るのだそうだ。

「そんな事無いよ!響子はすっごく美人だよ?肌なんて色白だし、髪もこんなに綺麗で、本当にお人形さんみたいで……」
「ごめんなさい。そういうの、自分では余り分からないの……」
「も~う…そういうとこ、響子の悪い癖だよ?現役のアイドルの私が言うんだから、もっと自分に自信を持とうよ」

そう言われても、興味が無いものは無いのだから仕方ない。
むしろ、派手な衣服や香水の類は、現場捜査や尾行などの際にかえって邪魔になるのだ。
目立たないという点では、苗木君には見習うべき部分が多々あるような気もする。一種の才能ではないだろうか。
かと言って、二人きりで服の見立てをしてもらったりなどしたら、目の前の彼女に大目玉を食らってしまうので控えているけれど。



ショッピング巡りを切り上げた私達は、一息付くためにいつも行き付けの喫茶店へ入店した。

ここの喫茶店は会員制の店で、店主は元警察関係者にして、父の大学時代からの友人である。
私が情報収集の一環で懇意にしている関係もあり、有名人であるさやかとも安心して来る事が出来る唯一の場所である。

「それにしても、理科はやっぱり苦手だな……実験とかになっちゃうと、もうお手上げ」

そう言って、溜息を吐くさやか。私達は、今日の生物の授業で行った内容のごく簡単なおさらいをしていた。

「そう?教科書とかで見るよりも、実際に見て調べられるのだから、これ以上無い学習方法じゃないかしら」
「それは、そうだけど……でも、生物の実験になっちゃうと、やっぱり私無理だよ」
「まあ、そこは人によって分かれるでしょうけど」

と嘯き、私はコーヒーを口にする。
さやかは、一般的な女の子らしく、虫や爬虫類などの類が苦手だ。
こんな話をしている傍ら、こんな行動が出来るのも彼女にとっては信じられないらしいのだ。

「響子は虫とか蛙とか得意だもんね。いっつも虫眼鏡持ち歩いてるし」
「これはそうした趣旨のものじゃないわ」
「でも、子供の頃からいつも持ち歩いてるんでしょ?」
「……昔はそうだったかしらね」
「あははっ、やっぱり」

ケラケラと笑うさやかは、初めて会った時の笑顔よりもとても自然に見える。
私はこの表情を見る事が、彼女と過ごす時間の中でとても好きだった。

「それより、さっき買ったその手袋……一体何に使うの?まだそんな季節じゃないでしょう?」
「え?これは……次の仕事で似たような衣装を着るから、ね。目に付いて、ちょっと買ってみただけ」
「……そう?」

少し府に落ちないが……まあいい。
ピンク色の柔らかい色の生地に、甲の部分には可愛らしいウサギのアップリケ、縁には手触りの良さそうな白い毛が着いた手袋。
彼女が私用に使うにしても不自然ではないし、とてもよく似合う事だろう。

「それで?今回は何があったの?」
「えっ…?」
「何か、話があるんでしょう?」
「……やっぱり、分かった?流石、響子」
「……エスパーだもの」
「あ、それ私の十八番!」
「冗談よ。親友、でしょう?」



私の言葉に軽いスネ顔を見せると、さやかは注文した紅茶を一口含み、話を続けた。

「私ね……ソロデビューの話、受けようかと思うんだ」
「ソロ…?また前のプロデューサーみたいな類の話じゃないでしょうね」

前のプロデューサーというのは、さやかにソロデビューの話を持ちかけて、自分に靡かせようとした人物だ。
この業界の言葉では、"枕営業"と呼ばれている。自分がデビューを遂げて売れていくために、その筋の関係者と特別な関係を結ぶ行為。
さやかにもそういう根も葉もない噂が立っているが、本人によればデビュー当時中学生だった彼女には、そういう話はまだ無かったらしい。
だが漸く高校生になって今一番の売れっ子であるさやかにも、ネタをぶらつかせて近づいてきたという訳だ。
私が助言しておいたボイスレコーダーでの証言を元に、何とか撃退する事には成功したが……とにかく、芸能界は何かと危険が付き纏う世界なのだ。

「ううん、今度は違うの。1/fゆらぎ、って言ったかな。私の声、そういうのがあるらしいんだ」
「パワー(スペクトル密度)が周波数fに反比例するゆらぎ……人に快適感やヒーリング効果を与える音域。この間の特集番組で、○○大学の教授が分析していたあれね」

さやかの声は、確かに何処か他人を安心させるような響きがある。

「成程、それがあなたの猫かぶりにも一役買っている、という訳ね」
「もう!そんなんじゃないってば、意地悪!それを売りにして、ラジオパーソナリティやCDデビューしてみないか、ってお話が来てるの!」
「そう、良かったじゃない。つまりアイドルとしてのあなたではなく、あなた自身の価値を評価してくれての話……そういう事でしょう?」
「え……あ、そう、か。そうなるんだ。でもね、それだけじゃないの。私が……自分自身の意思で、一人でやってみたいなって、思ってるの」
「……?」

さやかは、暴露した内容の重大さとは裏腹にどこか楽しげで。純粋に、この先自分が進もうとしている道に、光明を見出している顔だった。
何故彼女は、不安がるでもなく楽しそうなのか?私には、その表情の動機がいまいち分からない。

「前の事件でね…私、思ったんだ。私が仲間だと思っていたグループのみんなは、私の事を……心の底では仲間だなんて思ってなかったんだ、って。
今まで夢を叶える為に、人に嫌がられる事でも何でもして来た私だけれど……夢が叶った瞬間、私だけみんなの事……勝手に仲間だなんて思い込んでた。
みんなの夢は、まだ叶ってた訳じゃなかったのにね」
「…………」
「ある日……気付いたの。みんな……昔の私と同じ目をしてる事に。
夢を失う事に怯えて………応援してくれてた大勢の人達に忘れられていく……
どんどん…私達が…消えていく……それがどうしようもなく怖かった、昔の私に。
このまま、私はここにいたままでいいのかな……って思っちゃって」

知っている。初めて会った時のさやかは、表面上では極上とも言える笑顔で取り繕っていても、何処か怯えや憔悴のようなものを、私は彼女の内の奥底に感じていた。
何処かの超高校級の『幸運』や『野球選手』は、コロリと騙されていたが。

「私……苗木君や響子、みんなと出会ってから、気付いたの。例え大勢の人達に忘れ去られたとしても、私を絶対に忘れないでいてくれる人がいる。
私が例えどんなになったって、応援してくれる人がいる、って。
だから私は、今度のチャンスでそれを教えてくれた人達の為に、もう一度自分の夢を、改めて目指してみたいの」



私は、さやかの毅然と自身の新しい夢を語るその様に頼もしさすら感じていた。
さやかは今まで、自分の夢の為にひたすらに頑張ってきたが、その裏では私と同じように幼い頃からの孤独を常に抱えていた。
故に、自分がどうしようもない程に追い詰められた状況になると、無意識に人にすがってしまう所があった。
始めは正直、この先道を踏み外さずに生きて行けるのか、と思わず心配してしまっていた。
けれど彼女は、自分は誰かに支えられているという事を……自分は決して、一人などではないという事に気付いた。
彼女はその想いを胸に、あえて何も無い所から一人で、一から歩き出そうとしている。

「……強くなったのね、さやか」
「みんな、響子のおかげだよ。それにね……」
「?」
「苗木君がね、"夢が叶うっていうのはきっと、舞園さんも心から笑っていられるようになってる事じゃないかな"って」

苗木君、という言葉に自分の中の何処かがチクリと痛む。自分でも気付かないほど、鈍く。
さやかが彼の話をする時は、決まってこのように嬉しそうに話す。幸福を…感じている表情を浮かばせる。

「本当に、感謝してる。苗木君には、今までにもそんな希望をいっぱいもらって……苗木君からは、不思議な強さを感じるの。
だから私、晴れてソロデビューに成功出来たら……これまでの気持ち、全部、苗木君に打ち明けてみようと思う。
そんな強さに救われて来た、感謝の意味も籠めて」
「…そう…」

"苗木君"。この名前が出てくるだけで、何故こんなにもどかしい気持ちになるのだろう。
この私が、落ち着かなくなる。
親友を取られたようで悔しいのだろうか…?
差別の概念は無いが、彼は超高校級の才能を持つ他の在校生と違い、希望ヶ峰学園には抽選で入学を許されただけの、ごく普通の男子高校生だ。
自他共にそれは認知しているし、私も彼と知り合ったのは、さやかと同じ中学の出身だった事のよしみである。
けれど不思議な事に…先程さやかが言ったように、私やさやか、他のみんなが悩んだり行き詰ったりした時には、いつも力になってくれる。
本人は無意識なのかも知れないけれど、絶望を感じそうになった時、不思議と彼がいつも希望を見出せそうな手を差し伸べてくれるのだ。
私自身も、何度もさやかの…果ては私の助けになってくれた彼を、とても信頼している。
彼にはきっと、自分達には無い…何か特別な強さがあるのだろう。
さやかは、きっとそんな彼に知らず知らずの内に惹かれて行った。
……もしかしたら、私の何処かのうずきの正体によっては、私自身も……
けれど。この、霧切響子が選んだ選択は。



「応援するわ、さやか。ソロデビューの件も、苗木君の事も」
「ほんと!?」
「ええ。ストーカーでもセクハラでも……困った事があったら、すぐに駆け付けるわ」
「えへへ…響子ならそう言ってくれると思ってた。実を言うと……響子に勇気、貰いたかったんだ」

さやかは、心底安心したように言った。私の誓いは、さやかの力になれたようだ。

「よーし、勇気付けられたお礼に、響子に奢っちゃお!晩御飯も何処かで済ませようよ!」
「お金の事なんて心配しなくても、付き合うわよ?」
「いいのいいの!私、こう見えても結構お金持ちですから!」

えっへん、という風に可愛らしく威張って見せるさやか。
この、本当に可愛らしい親友に……私は何だって協力してあげたい。
親友の新たなる門出の決意に心からの祝福を願い、私達は店を後にした。



「ねえ、響子……」
「なあに?」
「響子は、本当に苗木君の事……」
「え?」
「……ごめん、何でもない!さっ、早く行こっ!」










頭の中で決壊したものは、そこでひとまず収まった。
そう、ひとまずだ。これ以上思い出す事に、私自身が耐え切れなかった。
何故なら私は、思い出すという事よりも、今思い出したそれに抱いた感情を処理しきれず、涙を流すことに精一杯だからだ。
本当に大事なものを取り戻せたという安堵感と、もう何もかも遅すぎるという罪悪感で、はち切れそうだったからだ。

「さ、やか…!さやかぁっ……!」

自分は何をやっていたんだ。今振り返れば、自分の行動は何処かおかしかった。

"…しっかり者の彼女が?"

記憶を消されてから初めて彼女に会った時、私は"彼女がしっかり者である事"を知っていた。
私は人の本質を1日足らずで簡単に判別するなど、本来はしない。
ましてや、その人物がしっかり者かどうかなど、ある程度の期間を共に過ごさなければ真には分からない。

"今はやめておきなさい…本気で、彼女の敵を討ちたいならね…"

苗木君がモノクマに食って掛かろうとした時もそうだ。
苗木君にあんな事を言ってはいたが、内心では説明が出来ない程の激情を自分は覚えていた。
人を殺したという事実に対する憤りからではない。
『舞園さやか』を追い詰め、あのような凶行と死に追いやった事そのものが、どうしようもなく許せなかった。
何か出来たはずだとしきりに思う自分自身が許せなかった。

"彼女の迷いが…失敗を引き寄せてしまったのよ。皮肉な話だけどね…"

そんなのも、きっと嘘。
超高校級のスポーツ選手である桑田君と彼女とでは、例えどんなに隙を突いたとしても、体力的に圧倒的に失敗する公算が大きい。
そんな事が分からない程、彼女は頭が悪い人間ではない。
それでも彼を標的として選んだのは、明確な殺意と計画性を持っての事。
苗木君を騙す事…人を殺す事…それらに迷いを抱いていたから、彼女は失敗した。
そして、死の間際に残したダイイングメッセージが、苗木君の事を考えてのものだった。
彼には、それらを"推理出来る"なんて言ったけれど……彼の言うとおり、桑田君に対する意趣返しと見るのが普通なら合理的だ。



けれど、私はその答えを認める訳にはいかなかった。どうしても。認めたくなかった。
私は……彼女がそんな事は決してしない人だって、必死に信じようとしていたんだ。
それほどまでに、追い詰められて、道を踏み外してしまっただけなんだって、思いたかったんだ。
だって、さやかは苗木君に本当に助けられて、あんなに大好きだったのだもの。
そんな彼女が、苗木君を自分のためだけに、卑劣に陥れようとなんて……絶対にするはずが無い。
私は建前の"推理"なんかじゃなくて、確かにあったはずのさやかへの"友情"を無意識に信じていたのだ。

"舞園さんの裏切りを…ボク自身に気付かせようとしたんだよね?"

違う。
私が苗木君に真実を突き止めろと言ったのは、きっと…そんなさやかの気持ちを、彼にも分かって欲しかったから。
記憶を失って…頼れる人も、好きになった人の思い出も失って…絶望に満ちて過ちを犯してしまった彼女の心を、少しでも分かって欲しかったから。
そして何より…絶望を抱いて死んでいったさやかに、『真実』という手向けの花を添えてあげられるのは、苗木君だけだったから。
何も出来なかった私に、そんな資格は無い。

だから、"乗り越えずに、想いを引きずっていく"と彼が言ってくれた時、私はとても嬉しかった。
さやかの想いも、きっと彼に伝わったんだ、って。苗木君の中のさやかは、二度と思い出したくない人にはならないんだ、って。
それでこそ、さやかの……私の知っている、大好きな苗木君だ、って。

きっと、私はそう考えていたのだ。
もう、何もかも遅すぎたけど。

「超、高校級の、親友……?笑って…しまうわね……何も、出来なかったくせに!!」

私は馬鹿だ。
何度も、何度も、地面に拳を打ち付ける。鈍い痛みが走ろうと、構わずに。

"困った事があったら、すぐに駆け付けるわ"

かつて親友に言った台詞が、今一度頭の中で呼び起こされる。
声高々とこんな台詞を言っておいて……本当、馬鹿みたい。

記憶が無かった……?そんなの、ただの言い訳に過ぎない。
私は親友に誓ったことすら守れない、大嘘吐きである事が立証されてしまった。
『超高校級の親友』どころか、『超高校級の探偵』も返上しなければならないようだ。

ふと、視界の隅に、鋭利なガラス片を捕らえた。
もう……何をやっても、自分は駄目だ……
大嘘吐きがやる事なんて、みんな嘘で終わるのだ……
私も、さやかと同じように絶望に落ちるしかないのだ…………

そう、思い……破片に手を伸ばし始めた、その時。



「霧切さん!!」

彼の、声が聞こえた。

「なえ、ぎ…くん?」

私は、涙でくしゃくしゃになった顔も省みずに、彼の声がした方向を見た。

「ど、どうしたの!?何かあったの!?」
「なえぎ、くん…」
「と、とりあえず戻ろうよ。暗くなっても時間になっても霧切さんが戻って来なくて、皆心配して……っ!?」

私は、咄嗟に彼に飛び付いた。そうせずにはいられなかった。
出口の無い絶望という名の水中でもがく私を、彼が救い出してくれたように思えた。
もしかしたら、さやかが呼んでくれたのだろうか……
静かに泣き続ける私を、苗木君は戸惑いつつも暫く付き合ってくれた。


「ごめんなさいね。見っとも無い姿を見せてしまったわ」
「いや、いいよ。何か霧切さんにとって、大切な事があったんだろうから。それに僕が役立てたなら、それでいいよ」
「フフ……ええ、とても助かったわ」

一頻り泣いた後…漸く落ち着いた私は、今苗木君と一緒に、十神君達がいるアジトへの帰路に着いている。
まだ目元が腫れているけれど、もうそんな事は気にならなかった。

「舞園さんの事、考えてた?」
「……よく、わかったわね」
「エスパー…だからね」
「……私があんな風になってたのを見て、その返しは……酷すぎるんじゃないかしら」
「ご、ごめん!冗談だよ!」

そう言って慌てふためいている苗木君。
でも、今は言うほど嫌な気はしなかった。
苗木君が、さやかの事を……今も覚えてくれているという証拠だもの。

「本当は……ボクも、舞園さんの事を考えていたんだよ」
「……舞園さん、の事を?」

さやか、とは言わない。苗木君が彼女の本当の姿を思い出すまで……その呼び方をするのは、躊躇われた。

「舞園さんは……本当に、自分の為だけにボクを陥れようとしたのかな、って」
「……苗木君、それは」

違う、と言おうとした。



「苗木君は自分で思ってるよりも、ずーっと強い人ですから」

しかしそれは、苗木君の突然の言葉に遮られた。

「えっ?」
「舞園さんの、その言葉を思い出してた。最後に話した時の言葉を。
中学の時に学校の池に迷い込んだ鶴を、ボクが逃がしてあげた時の話を覚えてくれてて……
ボクに話しかける機会をうかがってくれてたけど、出来なくて…そのまま卒業した事を残念がってた事とか」

"苗木君には、今までにもそんな希望をいっぱいもらって……苗木君からは、不思議な強さを感じるの"

かつて親友が行った言葉が、反芻される。あの幸福に満ちた表情を浮かべて口にした、その言葉を。

「後になって振り返ってみると……あの時の舞園さんの言葉は、どこまでが本心だったんだろう……それはボクには分からない。
だけど、ボクは信じてる。あれは……あの時の舞園さんの本心だったはずだ。誰が何と言おうと、僕は……そう、信じたいんだ」
「そう……なら……」

さやか……あなたという、人は。

「私が証人になってあげるわ」
「え?」

やっぱりあなたは、最期まで私の知っている『舞園さやか』だった。
今、他でもない苗木君が証明してくれた。

「私が彼女のその言葉を、保証する」
「霧切さん?」
「丁度先程、証拠も見つけられた事だし」

本当に、見つけられて良かった。あなたの想いを……そして、私の本当の想いを。
それは決して、絶望なんかじゃない。あなたが彼から貰ったのと同じ、前へ踏み出せる希望。

「えっ、ど、何処に!?教えてよ霧切さん!」
「嫌よ、だって」
「…?」
「それはもう、あなたの中にあるものだから」

見つけなさい、自分で。
ここまで言えば、分かるわね?苗木君。

そうして私は、苗木君の言葉も聞かずに、待っている仲間達の下へと駆け出す。
今だけは何故か、自分に吹き抜ける風の中に、懐かしい親友の匂いを感じた。













あの時、さやかは最後に何を言おうとしたのか……当時の私には分からなかった。
あんな事が起きると分かっていれば、私は彼女を追及して聞きだしていただろうか。
もう、遅いけれど……でもきっと今なら、素直に分かる気がする。

さやか……
苗木君の中に残した、思い出の中のあなたに……私、挑戦してみてもいいかしら。
例え親友のあなたでも…この想いだけは、譲れない気がするの。
だって、初めてなんだもの……こんな気持ちを抱いたのは。
苦情なら、また会った時に、いくらでも聞いてあげるから。今度は私が奢るわよ。
だからその時までは……私と、親友でいて頂戴ね。





Fin.

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