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「……何たる失態かしら」


 そう呟いた場所は学園エリア一階にある保健室のベッドの中。
 普段から健康管理には気を遣っているので滅多に体調を崩すことなどないのだが。

 なんでよりにもよって、この日に。


「…そろそろパーティーが始まる頃ね」


 本日、二月五日はあるクラスメイトの誕生日である。
 超高校級の幸運という肩書で入学してきた、苗木誠という少年の。

 特筆すべき才能を持たないにも関わらず、クラス内の人間と大体仲良くなってしまった彼。
 そんな彼の誕生日をクラス全員で祝おうと、最初に言い出したのは誰だったか。

 そういう行事には普段乗り気でない自分にしては珍しく、やる気を出して準備を手伝った。
 学園長に直接交渉して夜間の食堂を貸し切ったのも自分だ。

 苗木君は私にとっても大切な友人であるし。
 それ以上の感情も持っていたりするのだが、まあそれはいいとして。


 少しでも喜んでくれたらと、思っていたのに。


「どうして当日になって熱が出たりするのよ……」


 時折咳き込みながらぶつぶつと文句を言ってみるが、原因は明白だ。
 プレゼントを何にするか話し合った結果、女子は全員一人一品ずつパーティーの料理を用意することにしたのだ。
 買っても良かったのだが、せっかくのプレゼントなのだし、と慣れない料理に挑戦することに決めた。
 そして練習の為に冷え込む夜の厨房で夜更かしを続けた結果が、本日の八度五分という高熱を伴った風邪である。

 何という本末転倒。

 授業にはなんとか出たものの、放課後になると限界が来て保健室に直行した。
 結局料理が出来ていないどころか直接祝いの言葉すら言えていない。


 既にクラスの者たちには、メールで事情を説明している。
 お見舞いに行くと言ってくれた者もいたが、移してしまうといけないので丁重に断った。
 まあ、自分一人欠けたところで、別段困ることもないだろうが。

 ただ、出来るならきちんと祝いたかったとは思うけれど。

 彼は今頃、サプライズパーティーに驚きつつも、きっと嬉しそうにしているだろう。
 舞園さんあたりは特に気合いを入れて料理を作っていたようだから、さぞ美味しいものが出来ているだろうし。

「………」


 二人が笑顔で楽しんでいる様子を思い浮かべて、もやもやとした気分を抱えながら布団を被る。
 眠くなるような時間ではないのだが、やはり身体は疲れているのか、少しずつ睡魔が襲ってきた。

 どうせ養護教諭も留守なのだし、このまましばらく寝てしまおう。

 ふて腐れたように溜息をついて、ゆっくり瞼を閉じた。




 どれくらい時間が経ったのか。

 不快感にふと目を覚ますと、全身が汗でびっしょり濡れている。
 眠る前より体が熱くて頭痛が酷くなっていた。悪化している気がする。

 特別な人の誕生日を祝えないどころか、こんなに体調が悪くなるなんて。

「……苗木君の不運が移ったのかしら」

 顔をしかめながら呟いた直後、

「流石にそれはひどいんじゃないかな……」


「……!?」

 まさかの返事が返ってきた。


 慌てて寝返りを打って反対側を向くと、ベッドの横に椅子に座る苗木君の姿があった。

「な、苗木君…?どうして、こんなところに…?」
「どうしてって…霧切さんが風邪で具合悪いって聞いたから、お見舞いに」

 何でもないように話すが、そういうことではなくて。

「移るから来なくていいって伝えたでしょう?大体…パーティーはどうしたの?」
「だって霧切さん、ずっと保健室から出てないみたいだから、そんなに酷いのかなって心配になってさ。
 パーティーの途中で、抜けて来たんだ」
「抜けて来たって……」


 主役が何をやっているのか。

 そんな胸中での突っ込みを感じ取ったのか、苗木君が苦笑しながら口を開いた。

「実はさ、葉隠クンとかセレスさんがこっそりお酒を持ち込んでて。
 …知らずに飲んだせいで、結構な人数が酔っ払っちゃって、色々滅茶苦茶になっちゃったんだ」
「……」

 人の誕生パーティーで何をやらかしているのだ。
 思わず遠い目をしてしまう。

「それでさ、逃げて来たって訳じゃないんだけど…舞園さんに教えてもらって、おかゆ作ったんだ。
 食欲ないかもしれないけど、何か食べた方がいいかと思って」


 あんまり美味しくはないかもしれないけど、と笑う彼を見て。
 何とも言えない気持ちで胸がいっぱいになった。


「…せっかくの誕生日にわざわざ病人のところに来るなんて、とんだお人好しね。…移っても知らないわよ」
「あはは…気を付けるよ。でもさ、弱ってる時はちゃんと誰かに頼ってね。霧切さんはしっかりしてるけど、女の子なんだからさ」
「……っ」

 それはもしかしてわざと言っているのか。

「…そういうのは男女差別と言わないかしら」
「えっ!?ち、違うよ!そんな意味じゃなくてさ!」
「ふふ…冗談よ。おかゆ、ありがとう」

 どうにも照れ臭いのを誤魔化しつつ、彼の作ってくれたおかゆを手に取る。
 今まで気付かなかったが、他にもスポーツドリンクやタオル類、熱冷ましなども持ってきてくれている。
 なんとも至れり尽くせりだ。恐らくは、舞園さんや大神さんあたりの気遣いだろうが。

「……苗木君。誕生日、おめでとう。…プレゼントは無いのだけど」

 自然と微笑んで、言いたかった言葉を贈る。
 体調は悪いままだが、こうして直接言えただけでも良しとしよう。
 偶然とはいえ、二人きりで言えたのだし。

「あ、ありがとう。プレゼントなんていいよ、そんなの。あのパーティーの準備とか、霧切さんもやってくれたんでしょ?
 気持ちだけで十分、嬉しいから」

 慌てたように言う苗木君の顔は何故か少し赤くなっている。
 何だろう、まさかもう移してしまったのだろうか。そんな馬鹿な。


「……熱がある時に笑うと、なんか…すごく可愛いね」
「……!?」

 おかゆを噴き出しそうになって思わず咽込んだ。

 そういえば忘れていたが、今の自分は汗ばんでいて、顔は紅潮しているだろうし目も潤んでいるはず。
 そんな姿でずっと会話をしていたのか。
 一気に羞恥に襲われる。

 苗木君を見ると、言ってから恥ずかしくなったのか顔を赤くして俯いている。
 何故言う前に気付かないのか。


(…もしかして、苗木君も酔ってるのかしら)


 結局、食べ終わった後部屋に送ってもらうまで、終始二人して赤くなったままだった。
 総合的に考えて、良かったのか悪かったのかよくわからない日。


 だが少なくとも、悪い日ではないだろうと思ったから。

 もし彼に風邪を移してしまったいたら、今度こそ自分で作ったおかゆでも持って、看病しに行こうと決めた。

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