バレンタイン for 不運

 今日は2月13日、即ちバレンタインデーの前日だ。

 詳しい起源とかは知らないんだけど、キリスト教圏発祥の行事だったはず。
 海外では親しい人に贈り物をしたり、男性が恋人にお菓子や花を贈ったりするらしい。

 でも、僕は日本の男子高校生だ。
 俗物的なイベントと化した日本のバレンタインを享受し、女子達の動向にやたらと敏感になってしまうのは致し方ないと思う。
 今日だって用もないのに、放課後になっても寮に帰らず、手持無沙汰にブラブラしている。

 早い話が浮かれているんだ。
 しかも気になる女の子が同じ寮に住んでいるとなれば尚更。

 とはいえこの学園の生徒は、誰もが知っているような才能ある有名人がほとんどだ。
 だから誰から貰えたって、それだけで近所中に自慢できるくらいのことではあるんだけども。

 それでも現在僕の脳内を占めるのは、美しい銀髪の女の子。
 クールで頭脳明晰で、仕事熱心で怖かったり優しかったりする同級生。

 霧切響子さん。僕の好きな人。

「霧切さんも誰かにあげたりするのかなぁ」

 彼女の性格的に、こういうイベントは好きじゃないかもしれない。
 と、そう思ってたんだけど、最近他の女子達とよく手作りチョコレートの話をしていたりするから、どうしたって気になるんだ。

 なんでも、女子一同から男子一同に義理チョコをくれるらしいから、それとは別に個人で渡すとなれば、義理じゃない可能性が高い。……はず。
 最近は自分用にチョコを用意する女性も多いみたいだけど、それなら手作りじゃないだろうし。……多分。
 霧切さんはあまり親しい異性が多い訳じゃないし、僕にも十分チャンスはある。……と思いたい。

 全部願望だけど。

 甘いものは嫌いじゃないけどそんなに好きでもなくて、今までは貰ったチョコを妹に食べられても別に良かった。
 でももし霧切さんから貰えたら、後生大事に――は出来ないから、それはもうありがたく味わって堪能するだろうな。
 もし本命チョコだった場合は、それが告白になるのかな……好きな子から告白されるとか、想像しただけで顔が、

「苗木君、なに一人でニヤニヤしているの?気持ち悪いわよ」
「うわああっ!?」

 思わず転びそうになった。
 何でいつも気配を消して現れるんだろう。

「きき霧切さん……き、奇遇だね。何か僕に何か用事かな?」
「何かって2回言ったわよ。日本語は正しく使いなさい」

 驚いたせいで怪しい日本語になってしまった。
 心臓に悪いからびっくりさせないでほしいなあ。

「まあ、用事があるから話しかけたのだけど。苗木君、あなたこの後空いてるかしら?」

 ……なんて思っていたら。

「えっ……う、うん。特に予定はないけど」
「そう。じゃあ、しばらく付き合って貰いたいのだけど」
「……それって、2人で?」
「そうよ」

 まさかのお誘い。

 ……え、これって人気のない場所でチョコを渡されたりとか、そういう?

 いやいや落ち着こう。そんなうまい話がある訳ないだろ。
 大体今日はまだバレンタインじゃないし、きっといつものように仕事の手伝いか何かだ。

 ……でも当日だと周りにバレるから前日に渡そうとしているのかもしれない。
 うん、その可能性はある。希望を失っちゃダメだよね。
 霧切さん、何か荷物持ってるし。……うわ、なんか緊張してきた。

 そんなことを考えながら、ややぎこちない足取りで霧切さんについて行ったのだった。




 そして僕は今、霧切さんと2人っきりで厨房の中にいる。
 目の前には、先ほどまで渇望していたチョコレート。……ただし、

「苗木君、あまり大きく混ぜないで。お湯が中に入ってしまうわよ」
「……」

 作っている最中である。
 僕が。

「端をしっかり掴んで……そうよ、上手いじゃない。全部綺麗に溶けるまで頑張ってね」
「……」

 ――どうしてこうなった。

 厨房に入るや否や、チョコ作りを手伝ってほしい、と言われた。
 何が何だかわからないままにエプロンを手渡され(あの荷物の中身はコレだった)、霧切さんの指示に従いつつ作り始めたけど。

 ……何だコレ?

「あ、あのさ。今更だけど、何で僕に手伝い頼んだの?僕なんか今までロクに料理もしたことないのに」
「心配しなくても苗木君に料理の腕は求めてないわ」

 まあそうだろうけど、そこまでハッキリ言わなくても……。

「じゃあ、どうして僕に?」
「チョコ作りって、結構疲れるのよ。固くて刻むのも力がいるし、湯煎も熱くて大変だし」
「……男手が欲しかった、と」
「そう。頼りにしてるわよ、苗木君」
「……」

 ……情けない。
 要するに面倒くさい作業を押し付けられただけなのに、それでも一応男扱いされて若干喜んでる自分が情けない。
 恋は盲目って本当だな……。

「大体溶けたわね。少しだけこっちに移して…そっちは混ぜながらゆっくり生クリームを入れて頂戴。これも熱いから気を付けて」
「……ちなみにコレ、何作ってるの?」
「生チョコ入りのトリュフよ。ほら、ちゃんと混ぜて」
「はいはい……」
「『はい』は一回」
「はい……」

 というか、聞きたいのはそこじゃない。
 話してるうちにだんだん混乱がおさまって、一番の疑問が湧いて出て来た。
 だってチョコを作ってる(ほとんど僕がやってるけど)ということは、渡す相手がいる訳で。

「……ねえ、霧切さん。これって……バレンタインのチョコ、だよね?」
「当たり前でしょう、明日が当日なんだから」
「……だ、誰に、あげるの?」

 それが問題だ。

 そして僕は、生チョコを丸い形にしながら、得意の前向き思考を始める。
 これはもしかして、出来上がった直後に「これはあなたへのチョコだったのよ苗木君。はい、あーん」なんて、キャラ崩壊前提の素敵なオチが待っているんじゃ――

「……何か期待しているようだけど、私が渡す相手は苗木君じゃないわよ」
「……」

 もうやめようかな、前向き思考。

「これを贈りたい人は……そうね、特別な人よ」
「……特別?」

 随分抽象的な言葉だ。
 意味によってはまだ失恋確定じゃなくなるかもしれない。

 そしてその言葉で、何となく一人の人物が浮かび上がる。
 もしそうだったら安心なんだけど。

「それって……もしかして、学園長、とか?」
「そんな訳ないじゃない。笑えない冗談は嫌いよ」
「……」

 希望は0.2秒で打ち砕かれた。

「じゃあ……女友達にあげるとか?友チョコ、って最近よく聞くし」
「それも用意してるけど……そっちは市販品よ。これをあげたい人は男の人」
「……お祖父さん、とか」
「学園内の人よ」
「……」

 絶望的な気分になってきた。
 何故か江ノ島さんと戦刃さんが脳裏に浮かんだけど何だろう。

「ええと……特別って、どういう……」
「どういう意味だと思う?」
「……好きな人?」
「さあ、どうかしら」

 はぐらかされた、けど。
 でも肉親以外で特別な異性、なんて言ったらやっぱり本命ってことなんじゃないだろうか。
 特別な男友達、という可能性が無いわけじゃないけど、やっぱり苦しく感じるし。

「贈りたい相手が誰なのか当てられたら、特別の意味を教えてあげるわよ」
「……ははは」

 乾いた笑いしか出てこない。
 相手が自分じゃないのが確定してる時点でテンションは地の底に落ちている。
 そもそも、好きな人が他人にチョコを渡すと知っていて元気になる人がいたら、マゾなんじゃないかな……。

「……いい具合にコーティング出来たわね。後は冷やして詰めるだけだから、自分でやるわ。苗木君、お疲れ様」
「うん……お休み、霧切さん」

 重い足取りで自分の部屋に帰る。
 慣れない料理をしたせいか、やたらと疲れてしまった。ちょっと早いけど今日はもう寝てしまおう。
 ……別に夢オチとかいう都合のいい展開を期待してる訳じゃない。

 暗い気分のまま夜が更けていく。
 ……明日は学園長と残念会でもやろうかな。

 そして本日2月14日。バレンタインデーその日である。

 浮かない顔で教室に入った僕は、男子の机の上に一つずつ置かれた小さな箱を目にした。
 包装紙に直接男子の苗字が書かれている。これが女子一同からの義理チョコなんだろう。

 男子はみんな嬉しそうだけど、メッセージカードに書かれた「3倍返し」という文字は見えているんだろうか。
 ホワイトデーには財布が寂しくなりそうだ。

「……これが霧切さんからのだったらなぁ……」

 微妙に失礼なことを呟きつつ、溜息を零す。
 霧切さんへのお返しなら、3倍どころか10倍でもいいんだけど。

 まあ、女子「一同」からだし、1/8くらいは霧切さんの分も入ってるだろう。
 そう自分を慰める。
 かなり虚しいけど。

 霧切さんは朝、女子同士で友チョコを交換していたくらいで、あとは特に誰にも渡した様子はない。
 男子とはほとんど喋ってないし、他の学年の教室まで行ったりもしていない。

 特に緊張している様子もなく、いつも通りに淡々と授業を受けている。
 その姿をぼんやり眺めながら、昨夜のチョコの行方に思いを馳せる。

 教室に来る前に既に渡したのか、それとも机や下駄箱に入れたのか。

 しかし霧切さんに「特別」って言われるくらい仲のいい男子なんて、一体誰なんだ。

 相手がわかったら嫌がらせの一つでも――

「苗木君?聞こえてます?苗木くーん?」
「……へ?」

 色々と物思いに耽っていたら、いつの間にか昼休みになっていた。
 授業の内容は全く覚えていない。……後で誰かにノート見せて貰わないとな……。

「ご、ごめん舞園さん。ちょっと考え事しててさ。何か用事だった?」
「ふふっ、いいですよ別に。ところでこの日に女子から男子に用事があるといったら、エスパーじゃなくてもわかりますよね?」
「え?それって……」

「はい!どうぞ、チョコレートです!」

 そう言って後ろ手に持っていた可愛らしい包みを手渡してくれた。

 ……正直、全く予想していなかっただけに、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていただろう。

「え……これ、僕に?え、ホントにいいの?」
「はい、もちろんです!まあ、友チョコなんですけどね。ちゃんと手作りですから」

 そりゃあもちろん、本命だとは少しも思ってないけど。
 でもわざわざ手作りのものを、僕なんかが貰っていいのかな……。

「あ、ありがとう、舞園さん。嬉しいよ」
「結構いい出来だと思いますよ、自信ありますから!」
「そういえば、料理が得意だって言ってたね?」
「はい。今回の隠し味はラー油です」
「えええええ!?」
「あはは、もちろん冗談ですってば!」

 一緒になって笑っていると、なんだか教室内のどこかから舌打ちが聞こえた気がした。
 ……やっぱり超高校級のアイドルからのチョコなんて、いくら義理とはいえ妬まれるんだろうなぁ。怖い怖い。

 そんなことを考えながらそろそろ食堂に行こうかと思っていると、今度はセレスさんがやってきた。
 そして自分の下僕たちへの労いだと言ってチョコレートを置いていった。……いつ僕が下僕になったのかな。

 さらにその後江ノ島さんに、「残念な人からの預かり物」だとか訳のわからないことを言われてやはりチョコを貰った。残念って何だ。

 え、何だこの怒涛のチョコラッシュ。こんなところで「幸運」の才能が芽吹いたのか?
 刺すような視線が痛いんだけど。多分男子達だろう。

 意中の人に貰えなくて沈んでいたけど、やはりというか何と言うか、男としてはチョコを貰えるのは嬉しくない訳がない。
 嬉しさと驚きが混在して、この調子で霧切さんからも貰えたらいいのに――なんて調子に乗って彼女の方を見ると、

「……!」 

 ぞくりとした。
 すぐに目を逸らしてしまったけど、恐ろしく冷やかな目でこっちを見ていた気がする。

 何だろう、何か機嫌が悪いのかな。

 そうして何だか居た堪れなくなったので、さっさと食堂に移動した。




 そして放課後。

 人のいなくなった教室で、夕日が差し込む中、僕は一人机に座ったままボーっとしていた。

 結局霧切さんが誰にあげたのかはわからないままだ。
 そもそも本当にあげたのかすら判断がつかない。

「……はあ」

 机の上には今日貰ったチョコレート。
 舞園さん達には悪いけど、それらを眺めても、相変わらず虚しさが脳内で渦巻いている。
 嬉しいけど。嬉しいんだけど。

 好きな人に、霧切さんに、貰いたかったなぁ……。

 未練がましく思いながら、とりあえず小腹が空いたので早速チョコを食べてみようと、適当に江ノ島さんに貰った箱を取る。
 ラッピングの様子からして、市販品ではなさそうだ。これも手作りなんだろうか。

 随分気合いの入った綺麗なラッピングなので、なんだか開封するのがちょっと勿体ない気もする。
 気持ち丁寧に包装紙を剥がして、蓋を開けると――

「……あれ?」

 間抜けな声を上げる。
 中に入っていたのは2cmほどの球体のチョコレートが数個。
 ココアパウダーが塗してあって、食べてみると、固まったチョコレートでコーティングされた中には柔らかい生チョコが入っている。

 それはどう考えても、

「僕が作ったトリュフ……だよなぁ」

 つい昨夜のことだし、苦労して作ったからよく覚えている。
 完全な丸い形ではなくて少々歪んでいるのも、料理経験のない僕が作ったからだ。
 まあ味は美味しいんだけど。
 問題は、何でコレが――?

「自分で作ったチョコの味はどうかしら?」
「うわああっ!?」

 またもや仰天。
 椅子から落ちそうになった。

「き、霧切さんっ……!?」
「何かしら」
「何かしらじゃなくて!」

 何でいつも心臓に悪い現れ方をするんだと、それも突っ込みたいんだけど。

「こ、これっ!これって昨日のやつだよね?なんで江ノ島さんがくれたのさ?どういうこと?」
「ちゃんと自分が作った物だって気付いたのね。記憶力のテストは合格よ」
「そりゃさすがに気付くよ…ていうかテストって何!?」
「でも観察眼はまるで駄目ね。江ノ島さんが休み時間にラッピングしていたのを見ていれば、少しは疑問に思ったでしょうに」
「だから何の話なのさ!」

 訳がわからない。
 僕は昨夜、霧切さんに頼まれて江ノ島さんのチョコを作っていたのか?
 そして何故それを僕が受け取って、自分で食べているのか――

「何の話って、だから私がチョコを贈りたかった相手があなただという話だけれど」
「……へっ?」

 思わず動きが止まる。
 今、霧切さんは何て言った?

「江ノ島さんに渡したのは、ラッピングをお願いしてたからよ。彼女は華やかに飾り付けるのが得意だから」
「い……いやいや、ちょっと待って」
「ついでにそのまま渡してくれるよう頼んでいただけ。……まあ、何を勘違いしたのか『自分で渡す勇気のない残念な人』とか言われたけれど。これで理解したかしら?」

 ……ええと、要するに。

 霧切さんの言ってた「チョコをあげたい人」っていうのが僕で、単に江ノ島さん経由で貰っただけ、ってこと?
 でもそれなら、昨日の会話は何だったんだ。

「いや、霧切さんが言ってたんじゃないか!相手は僕じゃないって!」

 そのせいで激しく落ち込んでいたというのに。

「あら、私は『私が渡す相手は苗木君じゃない』って言っただけよ。実際、江ノ島さんに渡したでしょう?それに『贈りたい人』が苗木君じゃないとは一言も言ってないわ」
「なっ……!?」
「言葉に気を付けて話していたのよ。でも全然気づかなかったわね。洞察力も不合格」

 そういえばそうだった気もする。
 でもこれはさすがに……。

「それは……ずるいよ……」
「嘘は言ってないもの、ずるくはないわよ」
「いや、だってさあ……こんな……あー……」

 何とも言えずに脱力する。
 散々思い悩んだのに、面白がられていただけだったらしい。

 ……あれ、でも待てよ。

「ねえ、霧切さん。嘘を言ってないってことは、その……『特別な人にあげたい』って言ってたのも、本当なの?」
「もちろん、本当よ」
「……!」

 一気に心臓が跳ねる。

 特別な人というのが自分だった。それだけで顔が赤くなる。
 思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「と、特別って……どういう意味の『特別』か、聞いてもいい……かな」

 バレンタインデーに、特別な異性に、チョコを贈る。
 否が応にも期待してしまう。

 心臓がうるさいくらいに高鳴って、じわりと汗を浮かべつつ、霧切さんの唇が開くのを待つ。

 しかし。

「教えないわ」
「ええええ!?」

 ……今日はよく叫ぶなぁ。
 じゃなくて。

「なんで!」
「もう忘れたの?相手が誰だか当てられたら教える、って言ったじゃない。結局当てられなかったのだから教えないわよ」
「そんな……僕宛てだったんだから教えてよ!」
「嫌よ。自分が言ったことは守る主義なの」

 まさかのお預けだった。
 何で生殺し状態にされなきゃいけないんだ。

「そんなことより、お返しは当然3倍よ。わかってるわね?」
「ええ……だってこれ、作ったのほとんど僕なのに」
「文句があるなら返してちょうだい」
「いやごめんなさいちゃんと3倍で返すから!」

 来月は生活費をいつもより多めに振り込んでくれるよう、家族に頼んでおこう……。

「何だか不満そうね。私から貰っても嬉しくなかった?」
「いやいやまさか!すっごく嬉しいよ、僕は霧切さんに貰いたかったから」
「あら、それは愛の告白と受け取っていいのかしら?」
「ぅええっ!?なっ、ちち違うよそういうんじゃなくて」
「そんな……私をからかったのね。ひどい人」
「からかってるのは霧切さんでしょ!」

 まあ、なんだかんだ言いつつも。
 霧切さんにチョコを貰えただけで、びっくりするくらい幸せな気持ちにはなってるんだけど。

 ここら辺が単純だと言われる所以なのかな。

「……あ、まだ言ってなかったね」
「?」
「チョコレート、ありがとう。霧切さん」
「……ええ、どういたしまして」

 結局生殺しだったけど、所謂リア充?になれた今年のバレンタイン。
 厳禁だけど、いいイベントだよななんて思ったり。

 お返し、頑張らないとな。




「そういえばさ、舞園さん達にチョコもらったとき、霧切さん凄い冷たい目で睨んでなかった?あれって何で?」
「……っ、……気のせいよ」

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