kk26_871

――今、僕が相当に動揺していることに、彼女は気付いているのだろうか。


唇を重ねたのは初めてじゃない。いわゆる大人のキスというものも、何度か経験はある。
それが昼日中のことであれば、むしろ彼女に翻弄されるのは僕の方だというのに。


「キスでそんなに真っ赤になるなんて……キス以上のことになったら、どうなるのかしらね」


余裕綽々にからかわれて、悔しいけど妖艶に微笑む姿は僕よりよっぽど男前で、もしかしたら僕らは生まれる性別が逆だったんじゃないかなんて。
そんな力関係が当たり前だった恋人同士。一夜を共にする――来たるべき時が来ても、それは変わらないんだろうと漠然と思っていた。
ほんの数分前までは。


「……な、苗木君……。いきなり、き、キスとかは……やめてちょうだい」
「……」


一応釈明しておくけれど、別に何も変なことはしていない。キスといっても、ほとんど触れただけのバードキスを数回程度。
タイミングだっておかしくはなかった筈だ。二人してベッドに腰掛けて、いい雰囲気で見つめ合って……それなのに。


今目の前にいるのは本当に彼女――霧切さんなんだろうか。一瞬そんなバカバカしい考えまで浮かんでしまう。
だけど、正直それも仕方ないんじゃないかと思う。だって部屋に入った時には、いつも通りの彼女だったんだ。


「随分緊張してるわね……ふふ、相変わらず苗木君は可愛いわ」
「き、緊張するのは当たり前じゃないか……。霧切さんは……その、全然平気みたいだけど、もしかして……経験あったり、する?」
「さあ、どうかしらね?自分の目で確認して頂戴……期待が外れても知らないけど」


いつものからかいを含んだ笑顔でそんな思わせぶりなことを言っていたけど、間違いなく彼女は未経験だと今確信した。


そもそも電気を消した辺りから少し様子が変だとは思っていた。妙に硬くなってるというか、大人しくなったというか。
でも場面が場面だし、流石に空気読んでくれたのかな、程度にしか思わなかった。僕も全く余裕がなかったし。
だけどこれは――


「霧切さん……もしかして、恥ずかしいの?」
「……」


プイッと横を向いてしまう。暗くてよく表情は見えないけど、微かに顔が赤らんでるのと目が潤んでいるのがわかる。
そんな子供っぽい仕種も、やっぱり彼女らしくない。昼なら即座に否定の言葉と氷の様に冷たい目線が飛んでくるだろうに。
彼女らしくはないけれど……全然、嫌じゃない。


緊張やプライドと必死に戦っているらしい彼女を見て、逆に僕の方には余裕が出てくる。
もっと恥ずかしがる姿を見てみたい、もっと彼女を追い詰めてみたい、色んな彼女を引き出したい、もっともっと――。


瞬く間に胸中に広がった欲望はそのまま行動になって、体重をかけないように彼女を押し倒した。
わかりやすく跳ねた肩をそろそろと指でなぞってみれば、それだけで反応を返してくれる。


「……霧切さん、可愛い」
「……っ!」


かっこよくて男前な彼女の、正反対の夜の顔。
その可愛らしい姿をもっと見たくて、翌日昼間に受けるだろう報復のことも忘れて、結局僕は一晩中夢中で彼女を貪ったのだった。
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